25.evil and flowers
「むかつく。」
きぃ、とこちらをねめつけたって、定規ひとつ分下からである。
--恐ろしいほど怖くないな。
薄い桃色のほっぺたが、ぴんと張っていて可愛らしい。こういうことは歳なんて関係ないものなのだ、と利人は感心した。例えば見ず知らずの小学生にされても、子憎たらしいだけだろう。
「あたしは、」
声帯を震わせるという点では男も女も同じだ。要は響かせる場所が異なる。性別どころか地域でも、個々でも違うけれど。大概において利人の知る『女』は、姦しく囀り過ぎる鳥のように、上顎の前の方できんきんと話す。
--こいつは違うよなあ、
かといって、声変わりをとっく昔に迎えた彼のように、低くもない。訳は至って、実に簡単である。
「聞いてるの、」
火に油。
「聞いてる。」
「嘘だね。」
「取り付く島も無いな、」
「むかつくわ。」
きっと皮膚の温度も上がっているに違いない。触って確かめたなら、恐らく手酷く振られることだろう。
「で?」
ぴしり、と彼女の目元が凍った。また怒らせてしまったようで、少しばかりばつが悪い。
「あたしは。あたしの為に、服も靴もお化粧も選ぶの。」
それのどこがいけないの。
--いやいやいや、
話の流れを悟らないのは、彼だけではなかったようだ。
「……解らないのか、」
ほんとに?
彼が問えば、顰めっ面のまま小首を捻った。
--わざとか?
疑いたくなるのも道理である。
「何考えてんだ、お前、」
ぱっと彼女は目蓋を上げた。瞑っていたわけではないのに、鮮やかにそうと知れるくらい力一杯に。
「決まってるでしょ、」
両手を腰に当てた、とんでもなく偉そうな仁王立ちだ。
「利人のこと、だけだよ。」
ふん、とばかりに口を閉ざすのと、顎をつうっと上げて胸をそらすのを同時にやってのける。その勢いは、
ふよよ、
キャミソールの下で柔らかく乳房を揺らした。
--わざとだ、
そうでなければやりきれない。どう言い募ったって分かるはずがないのだ。
「……負けた、」
「勝ったね。」
だからさ、
「ゆってごらん。」
賢しげな笑いは、彼の気に大層そぐわない。事の発端は、何故ならば、
「声、」
「声?」
彼が彼女に感じる不思議な心持ちは、普段とは別の箱に入っている。言い換えればそこには彼女しか入っていない。
実に簡単な話だ。
「声、かけられてるからだろ。」
お前が。
ぱぁっと染まったのは頬ばかりではなくて、白っぽかった目尻もピアスの引っ付いた耳朶も、およそ触れたらやわいところは全て。
き、
「聞かなきゃ良かった、」
「勝ったな。」
「……負けた、」
上がった皮膚の温度を確かめるべく、ようやく彼は手を伸ばした。
あれです。お召し物が薄いので、余計な虫が寄ってくるでしょって話。




