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Lace Edge  作者: 一夏
25/36

25.evil and flowers

「むかつく。」


 きぃ、とこちらをねめつけたって、定規ひとつ分下からである。


--恐ろしいほど怖くないな。


 薄い桃色のほっぺたが、ぴんと張っていて可愛らしい。こういうことは歳なんて関係ないものなのだ、と利人は感心した。例えば見ず知らずの小学生にされても、子憎たらしいだけだろう。


「あたしは、」


 声帯を震わせるという点では男も女も同じだ。要は響かせる場所が異なる。性別どころか地域でも、個々でも違うけれど。大概において利人の知る『女』は、姦しく囀り過ぎる鳥のように、上顎の前の方できんきんと話す。


--こいつは違うよなあ、


 かといって、声変わりをとっく昔に迎えた彼のように、低くもない。訳は至って、実に簡単である。


「聞いてるの、」


 火に油。


「聞いてる。」


「嘘だね。」


「取り付く島も無いな、」


「むかつくわ。」


 きっと皮膚の温度も上がっているに違いない。触って確かめたなら、恐らく手酷く振られることだろう。


「で?」


 ぴしり、と彼女の目元が凍った。また怒らせてしまったようで、少しばかりばつが悪い。


「あたしは。あたしの為に、服も靴もお化粧も選ぶの。」


それのどこがいけないの。


--いやいやいや、


 話の流れを悟らないのは、彼だけではなかったようだ。


「……解らないのか、」


ほんとに?


 彼が問えば、顰めっ面のまま小首を捻った。


--わざとか?


 疑いたくなるのも道理である。


「何考えてんだ、お前、」


 ぱっと彼女は目蓋を上げた。瞑っていたわけではないのに、鮮やかにそうと知れるくらい力一杯に。


「決まってるでしょ、」


 両手を腰に当てた、とんでもなく偉そうな仁王立ちだ。


「利人のこと、だけだよ。」


 ふん、とばかりに口を閉ざすのと、顎をつうっと上げて胸をそらすのを同時にやってのける。その勢いは、


 ふよよ、


 キャミソールの下で柔らかく乳房を揺らした。


--わざとだ、


 そうでなければやりきれない。どう言い募ったって分かるはずがないのだ。


「……負けた、」


「勝ったね。」


だからさ、


「ゆってごらん。」


 賢しげな笑いは、彼の気に大層そぐわない。事の発端は、何故ならば、


「声、」


「声?」


 彼が彼女に感じる不思議な心持ちは、普段とは別の箱に入っている。言い換えればそこには彼女しか入っていない。

 実に簡単な話だ。


「声、かけられてるからだろ。」


お前が。


 ぱぁっと染まったのは頬ばかりではなくて、白っぽかった目尻もピアスの引っ付いた耳朶も、およそ触れたらやわいところは全て。


き、


「聞かなきゃ良かった、」


「勝ったな。」


「……負けた、」


 上がった皮膚の温度を確かめるべく、ようやく彼は手を伸ばした。


あれです。お召し物が薄いので、余計な虫が寄ってくるでしょって話。

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