31.サイレン
初めて三津が彼ら、所謂利人と同属の人間の前に現れたとき、彼女は喪服だった。
ワンピースも、対の上着も、ストッキングも、控えめなヒールも、ビーズのバッグも。
烏よりも真っ黒で、唯、結い上げられた髪に真珠が三粒ついていたけれども、露になっている見事な襟足のほうが、余程「唯一の装飾」に思えた。
生真面目な顔のままでしゃんと背筋を伸ばして歩く姿は、斎場ならば模範的だ。外灯が燈った、かんっ、という音以外は一切が静まる。そうして響くのは規則正しいヒールの奏でる音のみだ。
ぴた、
揃いの様な黒尽くめの男の前で、喪服の女は立ち止まった。
「利人、」
たちまちの事だった。ほんの一言の呼びかけで、へにゃあ、っと表情を崩した。真珠の襟足までほわっと上気させるなんて、
--器用だな。
色つきのプラスチックの下で、利人に次の指示をあたえていた木内は確りと見ていた。
「三津、」
「疲れた。」
「そうか。」
軽く利人は頷くと、
「飲んでろ。」
--いつの間に?
コインを入れたのか。
ボタンを押したのか。
とにかく彼は冷えた紅茶を彼女に渡した。投げたりもせず、きちんと手の平に収まるまで、支えて。そうして、
「とりあえず、言っとく。」
この日、アスファルトで覆われた公園に居合わせてしまった数名を見渡す。誰も彼もがびきびきとぎこちなかったのは、決して木内の見間違いではないだろうし、
「俺のものだ。」
宣言の直前にサイレンが聞こえたのも、幻聴ではなかった。
よくよく喪服を着る姉妹だ……。三津のおねいちゃんはデコヒーレンス時間の千誉です。




