19.空をなだめる
連絡もなしに押しかけると、三津は迎え火を焚いていた。真摯な面持ちは少し幼い。子供が目線だけで、その存在を見極めようとする、あの純然たる問いだけの色に良く似ていた。
骨を焚いている。
そう言われても納得できるものだった。
どこをどうしたものか、酷くじんわりとした炎である。じったりとした湿度に似合いの速度に、彼は剣呑な心持になった。
--誰を、
真摯に真摯に、呼ばわるのか。恐らくはたった一人のためなのだろう。推測できて、更に彼は苛立つ。利人は、いつまで経ってもあの女には勝てない。
「三津、」
声かけの一つでこちらに立ち戻った彼女は、けれども薄皮一枚分の立ち入りを許さなかった。物理的な、目に見える、いつもの半人分よりもずっと深い黒である。
「あら。」
珍しい時間に現れた、と裏腹な笑みを三津は見せた。
「今日は、お仕事無いの?」
「無くしたんだ。」
ぴょこんと眉を上げると、
「あら、まあ。」
やはりいつもよりも大人しく驚いた。しゃがんで、炎に近いままの彼女の手元には菊が数本あった。
--そんなもの、
用意されている一切を薙いでしまいたい。
--戻るな。
立ち戻るな。
利人は憎んだ。三津が心を尽くすものは、存在してはいけないとさえ思った。彼岸であろうが此岸であろうが、場所など関係なく。そう、彼自身であっても同様なのだ。
三津は何かを愛してはいけない生き物だ。
ただし好意は範疇に含まれない。唯の好意ならば。好ましいものを慈しむ姿はとても良いからだ。しかし、
--駄目だ。
愛してはいけない。
随分勝手な言い草だ。
「ねえ、」
利人。
彼を見上げていたはずが、視線は長身をゆうに通り越し、更に上へ上へと広がる空を眺めていた。
「桃色。」
確かに、桜桃の皮の濃い色に良く似ている。
「きれいね。」
笑んだ。
--この、
この女を見て、こういった聞き分けの無い気分に陥るのも又、自分だけで十分だと彼は思った。頑是無い切望と無理な言い草を天秤にかけ、彼は前者を捨てた。捨てる代わりに再度思う。
何ものも愛してはいけないと、強く強く強く。
「利人、」
入る?
真っ黒い灰になった迎え火は風でころころ転がっている。
「当然だ。」
彼はそれを踏みにじった。
「何のために来たと思ってるんだ?」
「あたしの領域だから本当は不可侵なんだけど?」
叩く軽口で思わず本音が出ているところまでもが、溝の深さを知らしめる。灰を粉にしたところで、埋まるものではない。
「さ、どうぞ。」
扉を開いた手にある菊花が、寸分違わず空と同じ色で、利人は、
「ちょっと、」
奪い、
「利人!」
握りつぶした。
「虫がいた。」
お前を、
「刺すかもしれないだろう?」
一瞬ごとに獰猛になる利人を隔てるように、見知った女と見知らぬ何ものかが三津の周りでとぐろを巻いていた。
嫉妬深いと言うよりも、激しく執着しているのです。