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Lace Edge  作者: 一夏
16/36

16.silver clip

夜を歩くのは珍しいことではないけれど、長閑さが先にたつ小道となれば話は別だ。カウントを目減りさせて、記憶を遡る。


--兎に角、


 珍しい事態だと、三津は右手をちらと見た。


--手なんか繋いじゃってるしね。


 こういった距離の近しいときは、空を見上げるに限る。自らに掲げた方針に逆らうことなく、彼女は顎を上げた。


「ぉぉ、」


 藍色の夜空が黒色の葉陰で、ぎざざぎざに噛み獲られていた。人から遠い歯型は、手を引く男の無駄に鋭い犬歯を思い出させる。首筋に蘇った鋭い痛みが、彼女の目蓋をぱたんと降ろした。


「三津、」


 利人の低い声音は、鼓膜をじんとさせた。野暮ったい翅音のこそばゆさだ。

 目蓋裏で斑になっている、赤や白や黄色や青のざらざらした点滅を認識しながら、けれど彼女は、嗅覚の刺激に対して素早く、かつ重要そうに反応した。


「蜜柑の匂いがするの。」


「季節じゃないだろ。」


「蜜柑の木、だからでしょ。」


だから嫌よ。


「何で。」


「引っ付いたら、利人の匂いしかしなくなるじゃない。」


「……蜜、」


 不穏な音域だったから、彼女は慌てて目蓋を跳ね上げた。


「わっ、」


 真正面、大分近い位置に、色素の薄い虹彩の波型。後ろに飛びのく暇も与えられず、鋭く尖った犬歯のエナメル質の感触を、上下下上上下の順番で感じるのと殆んど同時に、


--ほら!


 三津の嗅覚は、彼の皮膚の匂いを捉えた。そうして、


--やっぱり。


 今までの統計通りに絆されて、流されて、溺れる様に息も絶え絶え。


「目ぇ、瞑るな。転ぶぞ。」


「見えてるの?」


「お前よりはな。」


 相変わらず、人であることが疑わしい男だ。


「地面にぶっつく前に、」


助けてくれるから、


「このまんまでいい。」


「他力本願だな、おい。」


「助けてくれないの?」


「……抱き上げて歩くぞ。」


「嫌よ。」



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