15.すらりとのびたうでのさき
立葵はぎゅんぎゅん伸びていく。
彼女の背丈を越えてしまった。
「夏だねえ。」
湿度だけならば文句の付け所が無い。しかし梅雨が明けたという情報は彼の耳にはまだ入っていなかった。
「お前だけな。」
ベンチに並んで座っていても、やはり目線は下に来る。余りに当然の差である。黒いTシャツから剥き出しが、必要以上に夜目に明るい。
「立葵、伸びすぎだよねえ。」
「聞いちゃいねえな。」
「アイスおいしー。」
カップの中で半ばほど溶けたバニラを、小さな匙で掬う。ご満悦である。
「2リットルくらい、食べてみたい。」
やっとこちらを見たかと思えば、下の目蓋をきゅうっと弧にした。
「莫迦か。」
三津はヒト科の生き物である。哺乳類という共通項はあれども、決してネコ科に属してはいないのに、なんでか表情筋は想像させる動きを見せた。反射的に騒ついてしまうことを、気取られてはいけないのだ。決して。
「溶けかけが美味しい。」
「……聞いちゃいねえ。」
こうして気分のままはぐらかされる。猫質そのものだ、と利人は思った。それを良しとしている自分が割と、
--結構?
どうしようもないのではないかと、少しばかり思考をよぎる。
「ごちそうさまでした。」
きれいに空になった紙のふたもカップも小さく畳むと、三津はちゃんと分別して捨てた。笑んでしまいそうで、口元を緊張させる。
--どうしたもんかな。
一言も発してはならない、そんな状況であった。彼にとって。
踵が上がった。ミュールから赤っぽい土踏まずが現れる。背伸びをして、腕を伸ばして、花に触れた。
「三津、」
「てっぺんに触れ、る、かな、とか、」
思って、
途切れ途切れに喋られると、本当に他愛ない印象がするのは何故だろうか。切りたての爪で薄ぅい花弁を弾いて、満足したのか三津は利人に笑んだ。
彼の基礎である不穏な世界はまさにこの時刻、魑魅も魍魎も飛び交っている。嬉々として鬼気迫る。
--三津とは一緒に追えない。
利人は苦笑した。結果的に彼女に答えるような笑みになった。良い誤算である。
「帰るね。」
こちらに戻って来るでなく、彼女は口を動かした。
--こういう女だ。
一緒に逃げることもしないだろう。絶対に、だ。
「そうか。」
「うん。」
「またな。」
「またね。」
--いつか、
今ではないいつか。
手も振らず。しゃっきり伸ばした背筋でもって。
「お前は逃げるんだろうな。」
振り向かず。すいすい歩いて。
彼女の背中が角を曲がって、足音も聞こえなくなる。そういえば今日は一度も触れなかったと、この時になって気が付いて瞠目する。途端に内側で性質が荒く行動の荒々しい彼が起き上がる。
目蓋を押し開き、踏み出した利き足。
「行くか。」
交互に前へ進み、そうして、
ばち、
彼女が優しげにして見せた植物だけ薙倒して。
宵闇へ。