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Lace Edge  作者: 一夏
11/36

11.蒸発熱と融和熱の和に等しい。

 ビニール傘だなんて、と三津は膨れた。折角の約束だというのに、気に入りの小物を使えないことが腹立たしい。空を見上げる。夜の暗闇に会っても曇天は曇天だ。分厚い雲はなんとも濃い灰色をしていた。

 彼のことだから、とスニーカーにしておいて正解だった。ゴムのつま先で、すっかり出来上がってしまった水溜りの表面を叩く。


「濡れるぞ。」


「とっくです。」


--傘の似合わない男。


 一見して思った。どこまでも黒っぽい出で立ちの男に対峙している彼女の装備は、裾の重たくなったジーンズと張り付いて気持ちの悪いシャツである。利人は心持眉根を寄せた。寒々しいとでも思っているに違いない。


「遅いよ。」


 言いがかりである。


--遅くない。


 時間通りだ。

 自分はこんなに甘ったるい女だったのかと、三津は溜息をついた。


「寒いか、」


--やっぱり。


 溜息と濡れた衣類に彼は騙されている。だって季節は夏に等しいのに。


「あー、違う、ちがくて。」


 濡れそぼったビニール越しに見る彼は、水母のように暈けて見えた。


「三津、」


 ばさ、と掛けられる上等な上着。


「うわぁ、」


 身長差が二十センチは優にある男物だ。がちがちに硬い筋肉を有する彼のそれは、三津にしてみれば途方も無く大きい。


「利人も甘い男だったんだねぇ。」


 水の隔たりが急速に縮まったことが嬉しくて、彼女は軽口を叩いた。


「喧嘩売ってるのか。」


「も、って、」


言ったでしょ。


 笑みが漏れる。


「ね、ね、」


甘いついでにさ、


「相合傘しよう。」


 素晴らしく似つかわしくない男は、極々軽く頷いた。


「同伴出勤か。」


「見せてくれるんでしょう。」


怖い夜。


「勝ってよね。」


 彼相手でなければ、三津はきっと口にしなかった。


「望むところだ。」


 不遜に肯く逞しい首。彼女の持つ両の手指でだって回りきるのにかつかつの、力強い腕。それを軽く叩いて、彼女は笑んだ。


--多分、


 三津が彼に明け渡すように無責任に笑って見せることが、


--理由?否。


重要?否。


 唯、求められていることだけは間違いない。雨が微かに前髪を揺らした。腕を暖めるように手の平でくるむ。


--利人を生かす熱になれば良いのに。


 三津は滴から彼を庇って、こっそりと笑んだ。隔たりの水のため、昇華に必要な熱を与えるために。

 こっそりと。



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