10.肉厚の光
昼日中。どこにでも影と日向が散らばる時間である。
「健全だなあ。」
三津は日傘を回して笑った。
事実、彼がこんな風な唯そこいらを見て歩くだけの散歩に付き合うことなんて滅多に無い。利人は夜行性だ。夜、殺伐とした諍いの匂いのする裏側を飄々と歩く男だ。人間臭いくせに妙に無機質な印象のする、あの世界を。
「たまにはな。」
くるる、
水色の日傘が必要以上に白く輝いている。真っ当なものに触れたくなったのだろう、とやっぱり笑って彼女は言った。
そうなのだろう、と彼は思う。
自分に残っているものの中で、三津が一番安息を齎した。日傘の庇護を平然と受け入れることは、彼にはもう出来ない。
「それにしては暑そうな格好だけど。」
濃い色のジャケットを腕に引っ掛けて白いシャツは捲り上げている彼は、三津を呆れたように見た。
「お前が薄着なんだ。」
「何言ってんの、」
だって暑いよ?
と、瞬いた蜜の足元は立派に夏物のサンダルで、歩く度にぺたぺた音を立てる。
「風の通りは良いから、いいの。」
--良すぎだろ。
ふん、と不満げに鼻を鳴らした彼女には伝えない。これくらいの駆け引きは許されても良い筈だ。
真っ当も真っ当。朝起きて昼間は労働し、夜に寝る。
利人のような種類の擦れを起こす原因が無い。変な小賢しさはあれども、傘の骨のようにすんなりとしている。下手な姦計を用いることは、止めるほうが得策というものだ。
「三津、」
「なぁに。」
聞いているのかいないのか。他所を向いたまま、子供のように素直に答える。
「お前、幾つだ、」
少し狼狽した。
「今さ、利人、こうして欲しかったでしょ。」
ははは、と大雑把に笑う。
--ほんとに小賢しい。
日傘の透かしからつうっと入った陽光が、彼女の目玉を弾いた。夜には無いぴかぴかの瞬きだったから、自分は口を開いたのだと思う。
「今度、見せてやるよ。」
怖い夜を。
彼の渾身で悲鳴を上げるアスファルト。どこまでも分かりやすい、簡略化された裏側。そこで勝ち続けなければならない自分。
「見せてやる。」
昼日中。夜夜中。時間帯の問題ではなくて、自分の根底を築いている場を。
「望むところだ。」
三津は笑った。
多分、どこでも笑うだろう。だから日傘を奪って差してやる。日向にだって立ってやる。引きずり込むことが不可能だと知っているから。
--一条の光。
とまでは言わないが。
「手でも繋ぐか。」
言えば彼女は彼を見上げた。
「繋ぐよ、繋ぐ!」
色の明るい夢のように、己の意思だけでは動かすことの出来ない、
--そんなものだ。
彼女には爪も立てられない。
―そんなものだ。
利人は厨二病だと思う。