第三話 「虚と実。別たれた道」
…。ん? ここ…は。ぐ…、起き上がると腹というか内蔵が物凄く痛い。
ああ、そうか。ルシアに刺され…なんで? つかブレド。
「憎むなら、お主の浅はかさを憎むのじゃな」
お前!!! いっでぇぇぇぇぇぇぇぇえっ!!
ベッドの隣にいるブレドを殴ろうと起き上がると激痛が走り、それを慌ててリシアに取り押さえ
られてしまうが、痛みより怒りが…。
「落ち着きなさいってイクト」
落ち着いていられるかぁぁっ!! リシアに押さえつけられ身動きが取れないが
視線は確かにブレドを捉えて離さない俺に哀れむような目で…くそ。
「阿呆め。ここまで来て気づかぬか?」
…まだ言うか!!!! そう怒りに身を任せている俺の頬を張る音が室内に…いや、
ブレド…。何で泣いて。
明らかに半泣きになったブレドが振り下ろした右手を握り締めて震えている…。
「お主の成長が見込めるならば、ワシは何でもしよう。じゃが…」
本当は、助けたかった…か。けどいつまでもおんぶにだっこではいけない。
俺も思っていたが、当然というか彼女も…。でもなんで…いや、考えろ。
ルシア…いや、クラッドと言うべきか…。
何故、裏切った? それもあのタイミングで…だ。
ルシアも居る、東西南北纏めてくれば、それなりに勝ち目はあっただろう?
…勝つ。 そうか勝つ事に意味が無いとすれば。
「気づいた様じゃな。何も、戦とは戦って勝つ事が全てでは無いのじゃ」
…。ようやく判った。ルシアの凶刃、マリアの戸惑い。
それらを全て確かめて貰いたいのか、ブレドに全て話すと、静かに頷いた。
「うむ。マリアに帰る場所はありはしない…初めからの」
それを聞いたリシアが…涙を我慢したいのか、怒りか。壁をなぐっ…ちょ、壊れた。
壁に穴開いたぞ!! どこのおてんば姫…アレは蹴りか。
うぉぉ。外の空気が冷たい。…その開いてしまった穴にブレドは歩み寄り
北より来る冷たい外気に身を晒し、俺の方へと向いて…ふむ。
クラッドの目的は、母親…いやそのエオンか。
リアドラであるにも関わらず妃として置き続けたのも、その為。マリアもだ。
それにマリアは気づいていたんだろうな…想像以上に辛い生活をしていた様だ。
奪われた妃を取り戻すにも他国との外交上…とでも言うのか迂闊に攻め込めないクラヴェリア。
攻め込めば、西と南も…セアーラすら敵に回す可能性があり。 で、都合よく現れた黒の王。
そこに、ブレドと出会ったマリアを送り込み俺を利用して助けさせた…か。
ルシアを向かわせたのも、確実にマリアの母を手に入れる為…畜生。
我ながら己のアホさに反吐が出る。あれだけブレドがそれとなりに教えてくれたと言うのに。
「イクト…血が」
ん? ああ、余りの悔しさ、自分への怒りに唇をかみ締めていたのか…。
戦で勝ちはしたが…。
「見事に踊らされたお主の負け。じゃな」
くそ、あれだけ高性能なブレドに、ドラグリアの女英雄までついていながら…。
王がこれじゃあ、豚に真珠・猫に小判…か。
で、俺がどれだけ気絶していたのか、それと現状を尋ねると…一週間…そんなにか。
というか、腹刺されて良く無事だったな。
「ああ、それはじゃな」
腹に手を当てて不思議そうにする俺を見て察したのか、あのチビ助が助けてくれたと。
当の本人は力を使いすぎて泥のように寝ているらしいが。後で礼を言わないとな。
腹を撫でている俺に、ブレドは水晶玉を俺に…。
「クラヴェリアのカラーナからじゃ」
何か言いたい事があるのか? 怒りは…見せない方がいいな。負けは負け…だ。
傍で水晶玉を使ってくれたブレド、それに映る妙に歪んだマヌケ面が消え、
あのクラッドが映る。
「ご気分は如何かな? 黒の王」
最悪だよ。これで気分良いとか…ああ、嫌味か。悪く無い勉強になったと、嫌味を込めて
彼に礼を言った。それを聞くとそれは良かった…と、わざとらしく頭を下げる。
下らない、対面上の事よりも本心を出したらどうだと言うと、下卑た笑みを浮かべ
マリアの母、いやエオンの塊を取り戻してくれてありがとう…と。
少し、怒りがこみ上げたが…周囲を見回すとブレドがそうさせたのか、マリアがいない。
それを確認して、マリアやその母を愛しているのでは無かったのか? そう尋ねた。
「ああ…ああ! 愛しているとも。 そのエオンの巨大さを」
…どこまで。半ば身悶えでもするかの様に続け様、
マリアもそうであると信じ育ててきたが、その片鱗さえ見せず
半ば諦めていた所に、丁度良いゴミ箱があって助かった…と。
ゴミ箱…だと? いや、それはいい…だが、マリアをゴミだと?
「何か気に障る事でもいったかね?」
…てめぇ。何を言ってるのか判ってるのか…自分の娘に。
(抑えよ、イクト。挑発にのるで無い。それより…解せぬとは思わぬか?)
何がだよ!! 心の中でブレドの疑問に対し考えつつ…。
「ふぐっ!?」
恍惚から一変して苦痛へと顔色を変え、口から血の筋が走り倒れこむクラッド…誰だ?
倒れた彼の背中から現れたのは…ルシア? 何でクラッドを…まさか俺を刺したのも
クラッドを欺く為? 物凄い奴だなおい。
「聞こえているか? 黒の王」
実の親父を手にかけて、眉一つ表情一つ変えない彼女…何か怖い。
「見ての通り、クラヴェリアのカラーナは死んだ。
姉上と、その母にもそう伝えてくれ」
伝えてってもなぁ、そんな言い難い事。 戸惑う俺を見てか、目を見開いて
彼女は怒鳴りつけ…こわっ!!
うう、怒られてしまった。…で、何か…。
「では、本題に移ろう。我が主、白の王よりの言伝だ」
え、ちょっ!? 何?!
(う~む…まだまだ未熟じゃのう、お主)
悪かったな!! で、一体どう言う…成る程。
イグライトエオンを生み出す可能性のあるマリアの母。
その力を取り出せたとしても、それを扱う器が無い。
何より黒の王の怒りを買った後の保険が見当たらない。
それらを考えると…。救導者の力とそれを使う白の王…か。
詰まる所何か? クラッドすらも謀略にはまっていたと?
(そうなるのう…)
ん? 待て、余りの展開に脳内止まってたが…ああ。
俺の命と引き換えに、マリアの母を…当然か。
(アリシャもの?)
え? ちょっと待て…何で、アリシャ? どういう事だ。
深く考え込む俺と、いつになく表情が険しいブレド。
「ふん…どうやら白の方は中々に知恵が回るようじゃな、何より…願いの使い方が…」
どう言う…ん? それに割って入る様にルシアが用は済んだ、主の下に返る。と、
背中を向け…あれ、足を止めて…何か躊躇い? そんな感じが。
「黒の王…、そ、その…姉上を、母を…ありがとう。この恩は決して忘れない」
え? ちょ!! いや忘れないなら残っ…何? 思い出したかの様に慌てて振り向いて
何かちょっと恥ずかしそうだな。しっかり者の様で…、実はうっかりちゃん?
そんな彼女が、言うには白の王から俺へ二つ、プレゼントがある。
クラヴェリアへ来ると良い…と。
そう言うと、水晶玉を…うわ斬りやがった。通信切るんじゃなくて斬った。
アレか!? うっかりを見られて恥ずかしくてつい…なのか?
何か、怖かった彼女が物凄く可愛らしく思えたんだが…。
「何を下らぬ事を妄想しておるか。顔に出ておるぞ…それより」
悪かったな。で、何だよ真面目な顔し…だから近い!! 顔が近い!!
ったく、こいつ真面目な話になると顔近づける癖あるよな…。
そんな少しミントの香りにのってきた言葉は…クラヴェリアへは行くな…だ。
…いや、母は連れ去られただろうが、アリシャは…あの口ぶりからすると居るんだろう?
ブレドの首根っこを掴んで尋ねると、居るとは言うが…何だよ。
「恐らくは…もう」
もうって…何だよ。
…まさか。
「往くで無いぞ? 明らかに罠じゃ…。 !? イクト…お主」
――怒り? だろうか、意識がその直後に無くなり目が覚めた時だった。
リシアの穿った穴よりも更に大きく、いや何か爆薬か何かで吹き飛ばしたかの様な…。
砕けた壁の所々が焼け溶け、大きく口を開けた外側の城壁を呆然と外から見つめていた。
足元には、焦げた草に土。よく見ると周囲の木々に火がついている。
その周囲で肩で大きく息をしているブレドに…コイツは? 誰だ。
「気が…つきおったか」
何がどうなって…。この黒衣のアリシャに似た様な衣服を着た奴は誰…。
コイツもコイツで疲弊しきっているというか、衣服の殆どが焦げで酷い火傷を。
「ふ、ふふ。まさかワシと雷塵…二人がかりで足止めにすらならぬかったとは…」
え? 雷塵…あ、そうか。こいつが雷塵。そしてアリシャを後継者に選んだ理由も判った。
俺の視線から雷塵を遮る様に立ち、余り見てやるなとブレドが言うが…。
まぁ、そりゃ…うん。けど物凄い怪我してるぞどうやったらここまで酷…て消えた!?
「雷塵…。あの体で無茶をしおる」
心配そうに居なくなった雷塵の場所を心配そうに…無茶を? …。
そうか、アリシャを助けにいったのか…だったら…。
「お主は行ってはならぬぞ?」
怒った顔でブレドは言うが、彼女は助けないといけない。
マリアもそうだが、これ以上の彼女達の不幸は許さない…決して。
判らないが、妙にこう…うん。そう、思えた。何より…。
「ふう…大義名分・正義か? 男の自信か? 女か? 勝利か?」
何だ、大きく溜息をついて俺の方を見つめて…。
「何がお主という仔兎を獅子と変えるか、探し悩んでおった」
また、大きく溜息をつき、夜空を見上げ一言。
敗北が俺を獅子と変えたかも知れない…と。
何か、変わったのか? 別段変わった様には…。
自分の体を見たり触ったりはしているが…ん? 歩み寄ってきて…何だよ。
「一つ、聞こうか。クラヴェリアに仕掛けた罠…」
ああ、アリシャに何か…いや、俺に願いを使わせる為だろう。
そして、クラヴェリアを与える事でそこの厄介事も押し付ける…いや、
東西南北全ての厄介事を背負い込ませて自滅させるつもりだろう。
だが…。
「良い…良い眼になりおったの。実に良い眼じゃ…。
幾度も見たこの眼…」
願いを使わせるなら、あえてのってやろう。
その上でこの借りは百倍にして返してやるだけだ。
「危険と知りて尚、一歩踏み込むかお主…。
原初の火も目覚めつつある。ここは罠と知りて往くべきか…」
原初の火。あの太陽…。これについて彼女の知り得る限りを尋ねると、
頷きその小さい口から出た言葉は、
アレ程の大質量。人・魔・竜はおろか神ですら耐え切れない。
つまり、人でも神でも悪魔でも竜でもない。何か別の生命体。
前世かそのまた前世か眠り続けている途方も無く巨大な魂が在る…か。
そんなものが存在するのか? ブレド自身も考え、悩んでいる。
少し、周囲を見回すとあちらこちらが焦げ、地面にいくつも穴が…。
「お主、もう少しでこの地に住む者達全てを消し炭にしてしまう所じゃったぞ」
どんなだよ!? …エオン広域展開? 人間ではとてもじゃないが使えない次元のモノか。
一体何をしようとしたのか、ブレドはおろか俺自身も判らないが…。
馬鹿げた力と言う事は判った。雷塵があんな重症を負う様な…。
…何だよ、俺の方を見て…。
「アリシャを助ければ、残りあと3つじゃぞ?」
ぬるいな、コイツがいつか言っていたな。甘ったれ…と。
「な、なんじゃ?」
少し、間を空けてブレドの両肩を掴み俺は彼女に伝えた事がある。
彼女は目を丸くして驚き、同時に確認をしてきた。迷いは…無い。
「ふ…ふふふ。お主はやはりサムライの子孫よの。然し、その願いは聞き届けられぬ。
お主自身が封じておれば良いじゃろう? 過ぎたる自信は過信ぞ?」
…ああ、そうだな。その通りだ。
全くコイツには頭が上がらないというか…うん、学ぼう。
そして、先代白の王とまでは行かないだろうが、それに近しい戦いを見せてやる。
そう、強く自分に言い聞かせ胸を強く抑え…ん? 何か動いたぞ。
「エリアードの器じゃな。お主を見ておるのじゃ」
エリアード。戦風という意味らしいが…。俺の成長とどう言う。
俺の胸元に右手を当てて、それは風。姿は無く色も無し。
だが、確かに風はそこに在る…と。一体これは。
「いつか判る時がくるじゃろう」
視線をそのまま夜空に移し、大きな悲しみと共に大空より現れる
異空神ルルアラートの使い。
絶対不変の理を破壊する神の器…と呟いたまま黙り込んでしまった。
いまいち良くわからないが、とんでもないもの…と。
まぁ、いいか。それよりもマリアが心配だな。
ああ、そうか。こっちのけじめもつけないとな。唸るブレドを頭からベッドに押さえつけ
立ち上がったはいいが腹の痛みで片膝をついてしまった…無様。
それに慌ててマリアが駆け寄ってきて、心配そうに覗き込んでくる。
ちょっと腹は痛いが…笑いながら俺は、これからも傍に居続けてくれ…と。
あら…? 読み違い? 馬鹿な、泣き出した俺の膝で…どうしよ。
うーん…これで良かったのか? うん、嬉し涙だよ…な。
うんうん。そう思っておこ…うおっ!?
「貴様ぁ! ワシの頭に尻を乗っけて何をしている何を!!」
おお、片膝ついた後ろにブレドの頭があったのか…そりゃすまん。
いでぇ! 頭を殴るな!蹴るな!! ったく…。で、マリアは…泣き止んだか…。
ん、何だ。じっ…と、俺の方を見つめて。いやいやいや、今は無理。
傍に居られる確証でも欲しいのだろうけど、今は傷開いて凄い事になるから無理だ。
とりあえずマリアはこれで大丈夫だろう…か?
ただ、黙って痛みを抑えながら、マリアを抱き締めた。今はそれが精一杯。
「私も混ぜてくれない?」
え? 何を勘違い…いやお前も居たの? つか何を勘違いして無理だから!
無理だから!!! こんな体で…。
あせる俺を見て、軽く笑ってリシアは冗談だと。怖い冗談だよ全く。
で、何か用事があるような…なんだってぇぇ!?
ベッドに彼女も座り、言って来たソレは、この国にリシアが残るという事である。
そして、マリアは任せた…と。 いや、なんで…ああ。考えるまでも無い。
この国はセアーラの旗があがる。それにより、防衛の必要が出てくると。
国を手に入れたら、そこに住む者達を守らないと…か。
リシアを見ると離れたく無さそうだが、現状の戦力を考えると…うん。
黙って頷いて、兵の大多数はここに残せ…と隣にいるブレドが壁にかけてある地図…か。
それを手に取り、俺に見せて…なんだこりゃー。
大きな大陸が二つ。それを割る様に海が…。
「こっちがこの大陸。ヴィルトニア、こっちが…ドラグリアじゃ」
ほぇ~…なんつーか。パンゲア真っ二つって感じだな。
成る程、で…このガレアストの更に北と南東に国がある。
南東はほぼ無力化したので問題は無いが、更に北。
極寒の地の国、フリアネイルが在ると。そして、その国とガレアストは
友好関係にあった…か。つまり敵ってワケだな。
暫くは、セアーラの…黒の王の力を恐れて二の足を踏む。と、ブレドは言う。
それは判る。どこの国にも草の一つや二つは生えてるだろうしな。
彼女がそれを一番良くわかってるだろう。
だと言うのに何故か頭を抱えて悩んでいるが…。
「問題はレアリアとトーランじゃ」
へ? 無力化しただろうに…ああ、降伏してくるのか。
戦力の殆どを失い、防衛能力すら危うくなった国。
その国を狙う国かー…。これも助ける必要があるの…か。いや、見捨てて敵に取らせ
多少なりとの抵抗で数が減った所を…。
「案ずるな、何も周り全てが敵では無い」
ん? 考えがあるのか、今はそちらは捨て置けと。当面の俺の問題は…クラヴェリアと
ガレアストか…。 そうだな、先ずはクラヴェリアに向かうとしよう。
その晩、一冊の本を手に取り読みふける。
薄暗い部屋に火を灯して読んでいる…この大陸にあるセアーラ周辺の国々の事を。
このまま対フリアネイル用にリシアとリアドラ達の大半をここに残す。
ブレドが提案した事だが…東西南北全ての厄介事を抱え込む事になる。
何より、今だ宣言もせず姿を見せない白の王。
果たしてこれが良策なのか? 考える…先ずは距離、フリアネイルからガレアスト。
その間は遠く馬や装備を持って行くには非常に困難な土地が間にある。
フリアネイルから冷獄の谷シルヴェリト。
ガレアストからは荒涼の丘、グラソルテ。
魔物も多く、人の住める場所では無い…ましてや横断は自殺行為か。
ならばフリアネイルも同じかと思えば、彼等にとって冷獄の谷は庭の様なものらしい。
厳しい環境の中で生きる彼等にとって、そこは草原と変わらない…。
地の利はフリアネイルに在り…か。
次にフリアネイルのカラーナとクエスター。
カラーナは、オセルド=ルア 五十歳、男。
クエスターは…親子? ロードクエスター…騎士か。
親の方はジオ=フリード、現ロードクエスター…七十二!?
親子というか爺さんと孫か。
孫の方は…、現ロードクエスター ジーナ=フリード。十七才…女。
え…、武器を持たず巨大な盾を持つのか。
フリアネイルの双氷壁と呼ばれ、敵陣形を掻き乱す鉄壁の進撃を得意とする…。
「それだけでは無いぞ?」
お? ベッドの上で寝転びながら読んでいる本、
その本を横から覗き込みつついきなり現れ…ふむ。
「特に恐るべきはジーナじゃ。そやつは召喚を使える程の命導力を…」
頭を抱えるブレドが言うには、フリアネイルの更に西。
名をバリストという国かぜあった。その国との戦の時、彼女はまだ十歳にも満たない少女。
互いの力は均衡し数百年にも及んだ戦い…それに終止符を打ったのは…ジーナか。
互いに顔を見合わせて頷くと、彼女はある獣を呼び、鉄壁の護りで
『彼』を護り、『彼』は巨大な双牙と爪で彼女の敵を蹴散らす…か。
『彼』とは、この大陸に住まうドラグリアからの移住者。
双頭の雪狼フェンルーン。
心身を凍らせるブレスに、その体躯に似合わぬ俊敏な動き。
…頭が痛くなってきたぞ。文字通り化け物じゃないか。
本を静かに閉じ、額に右手を当て目を閉じる。
「じゃが、こちらにはリシアがおる。
雪狼如き、ラグラファントムに比べれば可愛いものじゃ…」
思わず飛び起きてブレドにツッコミを入れたのは言うまでもない。
ったく、どんな人外魔境だよドラグリア…。
いや、今はドラグリアの事よりも…ブレドの顔を見ると何か言いたそうだな。
まぁ、無視して尋ねた。それはブレドに聞き損ねた白の王の願いの使い方。
大きく溜息を吐きながら…ああ、成る程。
願いを他人に譲渡するのか、ある条件をつけて…そして利用だけして。
「うむ。クラッドがいい例になったの」
願いを使わず他者を騙して使う…か。…ふむ。
視線を天井に移し、少し考える。
これからの動向、先ずはクラヴェリアだ。
それから東西南北の厄介事に加え…フリアネイル。
再び本を手にとり…南のトーラン。商業国か…貿易を主に営んでおり、
フリアネイルに多くの食料や衣類を…ふむ。
暫く目を閉じ、考える…そうまともに戦ってはただでは済まないだろうフリアネイル
に付け入る方法。先ず落とすべきはトーラン…いや、そのカラーナか。
「ほう? 兵糧攻めを狙うのかの? 然しそれは…」
ああ、判っている。それを行えば苦しむリアドラ達も当然いる。
然し、勝つ為には多少の犠牲は…となるが、現状そうでは無い。
「ほ~う? それはどのような策かの?」
ブレドが顔を近づけてきたので彼女の小耳にある事を告げる。
「ふむ…。変われば変わるものじゃな。
然し、それはリシアに大きな負担がかかるのじゃぞ?」
判っている。が、そんな化け物がゴロゴロいる大陸の英雄だろう。
彼女ならきっと大丈夫だ、そう思える…いや、信じたい彼女と彼等の力を。
「うむ。ならば何も言うまい…それが成功すれば落とせるやも知れぬ」
互いに顔を見合わせた後、俺は疲れたのかそのまま目を閉じ寝る事にした。
それから二日後、ガレアストの城門前。
「また思い切った事を考えたね」
頭を掻きながら少々不機嫌そうに…そりゃそうか。
「オ…オデ達がフリアネイルの双氷壁と?」
俺もだが、ルガント達は精神的に非常に弱い。
が、力は強く双氷壁が率いる鉄壁の騎士団<ウェイジス>を打ち破れる可能性はある。
環境の厳しい所で彼等が成長するかは、リシア頼みとなるが…。
リシアの顔を再び見るとやはり不機嫌そうだが…。
「ま、帰って来た時のご褒美を考えたら…悪くはないね」
また下半身かよ!! まぁ、その間に俺はクラヴェリアへ行きアリシャを助ける。
その後、セアーラに一度戻りトーランを。
互いに顔を見合わせ、暫しの別れを告げるとガレアストを背に一路西のクラヴェリアへと。
マリアはあれから塞ぎ込み、馬車から出てこない。
まぁ…折角救い出せた母親を、妹と父親に奪われた挙句、何処とも知れない場所へと
連れ去られたのだから、心中察するに余りある。
ルシアの足取りについては、セアーラのヴァリス達が探ってくれている様で…。
俺は強くならないとな。戦えない上に策の一つも練れないでは話にならない。
今回の戦、必ず…勝つ。 勝って手に入れたい…俺が王で在る理由を…意味を。
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―…よ。―救罪の盾よ。視ておるか? 聴こえておるか?
今、道は別たれた。
―信じ、歩む黒の王。
―騙し、操る白の王。
此度の黒も…弱い。が、内に秘めたる強大…いや広大なる魂。
こやつならばもしかすると…いや、淡い期待は持たぬが良い…か。
お主はどうじゃ? 白の――答えぬか。
判っておるじゃろ? お主も…いや、言い訳はせぬ。
然し仮に、神ならざる神を超えた存在が居るとすれば…、
ワシは賭けたい。あのイクトという欠点だらけの人間に――。
ワシは見てみたい。
この審判の剣を容易く喚ぶかも知れぬ…神すら超える存在が何者なのかを―――。