第二話 中編 「白都防衛・イシニア平原の戦い」
「さぁ、往け。ルガント族の言葉を聞け世界の王」
な、なんだよ改まって。そう言って俺の尻を実際蹴ってはいないが、蹴る様に後押しするブレド。
慌てふためく味方に紛れてかなりのルガントがいるが…確かに攻撃はしてきていない。
ただ、俺…いや。ルヴァンを探しているだけの様だ…どういうことだ?
念の為、周囲の彼等に攻撃はするな。そう命令を出して彼等の多く居る所に行き、名乗り出た。
…っぷ! くせぇぇぇっ!? なんという悪臭。動物園に行くと嗅ぐあの臭いを更に酷くしたような。
近づくにつれその臭いが酷くなるが、我慢して歩み寄り声をかける。
「ル…ヴァン? ルヴァンか?」
黙って頷き、この騒ぎはどうした事か尋ねるとあの宣言を見、更に進軍中の俺達を発見し
居ても立ってもいられなくなったらしい。 然し…臭い上に酷い容姿。
こう、見るだけで生理的嫌悪感という物が先立ってくる。
「オデ達…悪く無い。 何もしていない」
何だ? 何を言って…ん? ルガントの後ろから小さい物体が淡い緑色の光を放って…
「そうそう、こいつらってさ~見た目も臭いもオツムも酷いけど花も踏み潰せないんだぜ?」
ちょっ…立て続けにファンタジーな生き物なソイツはもうモロだが、フェアリーだな。
ルガントの短所を何の遠慮も無くづけづけと言い放つソイツ。誰かに似てなくも無い。
「へぇ~? お前があのルヴァンか~…弱そ!!」
小さい癖になんたる態度! 大きく胸を張った裸の…アレがついてないが女でもない。
いやそれより、酷い、酷いわっ!人の一番気にしてる所をぶっすりと串刺しにしてきやがった!!
余りの事を言われ、肩をガクンと落とすと慌ててその妖精っぽいソレが謝ってきたが…。
深く傷ついちゃったもんね。許さないんだから…と、言うべきでは無い、か。
軽く笑って受け流し、話のわかり易そうなソイツに自己紹介をしつつ尋ねる。
何かどっかで見た事ある態度。また無い胸を張って偉そうに一言。
「頼りないお前に加勢に来てやったぜ! ありがたく思いな!!」
…。殴っていい? ねぇ背景に惑星が見える程に殴っていい? このチビ助。
そんな俺達のやり取りを見つつ、短い両腕を前に出してオロオロしながら慌てているルガントだが…。
お前、その醜悪な容姿でそんな可愛らしい仕草するんじゃない。
「オ…オデ。ドコ。 戦うの怖い…けどついていきたい」
だからそんな容姿で…ん? 成る程、あの時にブレドの言った意味が判った。
いや、このドコという奴の言動を見て理解した。と言うべきか。
俺もそうだが、余りの醜悪な容姿に身構えてしまった。本来ならそのまま戦闘になってもおかしくない。
だが、ルガントの言葉が判るから知る事が出来る。戦うべき者であるか、そうでないか…だ。
改めて周囲を見回すと、慌てて突撃してきた所為か、倒れたテントもいくつかあり、
それを慌てて直しているルガントが大勢いる。気は弱いが突進力は相当なもののようだ。
結構頑丈に作られているテントの支柱が折れているモノまである。
「おい! オイラの話を聞けこのばか!!」
…耳元、いや耳を引っ張って大声で叫ぶこいつの言葉は理解しなくてもいい気がした。
はいはい、と軽く話を聞き流していると、むくれっ面でドコの後ろに隠れてしまったが…
臭く無いのか? まぁ、うん。戦力は多いに越した事はないよな…。
「世界の王よ、そやつらもまた…虐げられし者じゃ」
ああ、それは判る。そしてこいつが何故、あの時世界に向けて強気で宣言したのかも。
こう言う奴等には一喝。という意味があったのだと。それを小声で俺の隣に来ていた
ブレドに言うと…あれ? 読み違ったか? 浅はかな奴じゃな。と苦笑いされた。
まだアレに何か意味でもあるのだろうか。
一つは、言語の違いによる衝突を防ぐ。そう言う類の力だろうか。
もう一つは…判らない。やはりヘルブレドに起因するのだろうか。
ま、まぁ。思いもよらぬ所からの援軍。 リアドラと上手く歩いていけるのか、
そこが今後の問題となるだろうが…今はそれどころでは無いな。
念の為、彼等に敵意は無く。むしろ好意的で外見とは裏腹に花も踏み潰せない
優しい奴等であると言う事を告げる。ある程度ぎこちないにしろ、互いに顔を見合わせて
頷くと一緒に壊れたテントの建て直しを。
「言葉は通じぬとも、似た境遇の者達なれば…」
分かり合えるモノがある…か。そうであるといいが、やはりリアドラの女性陣からは嫌がられて
いる様で友好の印だろうか。
そこらの木の実を摘んで手渡そうとしたルガントから逃げまくる女性の姿がちらほらと。
こう言う面は前途多難と言う他無い…な。美味しいのに、と落ち込みながら座り込むルガントの
背中に何とも形容しがたい哀愁が漂っている。中には気の強い女性…いやリシアか?
臭い!と言ってルガントを一列に並ばせ、物凄い勢いで彼等の体を必死に洗ってるじゃないか。
中々どうして、溶け込んでいる様に見える。
「お主の言葉を皆、信じておるのじゃよ」
共に並んでその光景を見ていたブレドの顔を見ると何かこう、こいつの理想?だろうか
それに近しい光景であるのか。何かに納得し頷いている。…虐げられる者…か。
そういや、アリシャの姿があれから見当たらない…完全に嫌われてしまったのか?
試しに名前を呼んでみた所、いきなり返事と共に俺の背後に跪いている。
余りの事に思わず飛びのいてしまった俺を見て呆れているが、我知らずのアリシャ。
「ご用命は?」
あ、いや。ただその居るのか確認したかっただけで…謝ると彼女は黙って近くの森へと消えてしまった。
本当になんというか気配が全く無い。次期ヴァリスクエスターと言うのも伊達じゃないか。
と、呟くと、ブレドは相槌を打ちつつも今のアリシャは戦力外だと。
あれで…か? さっぱり判らないがまぁ納得しておいた。
ま、まぁ突然色々あったが、何とか丸く収まったようで…そのまま進軍を続ける事一週間と少し。
迎撃予定地点だろう小高い丘へと。 色々と考える事があり余り自然に目がいかなかったが…。
その丘から見える地平線の広さたるやどうだこれは…。遠くが弧を描く様に見えそれに添う様に生える
高い木々。空には鳥…の他に余り見たくない巨大生物も飛んでいるが。
いや、素晴らしい風景。空気もおいしくピクニックでもしたい気分だが、そんな場合では無いと。
その場につくと、皆がすぐに鎧を着込み始め、リシアが慌しく…ておい。
俺も一度つけたが物凄く重たかったソレを一令?でよかったか? 担いで走ってるぞ?
どんな足腰? というか俺、体力的に完全に負けてるな…何か恥ずかしい。
…。さてそろそろ公私も弁えないといけない…か? 周囲を再び見回すと皆の目は真剣そのもので
俺も真面目にしないとな、いい加減。…だが。
「どうしていいか判らない。じゃろ?」
読まれた。…正鵠を射たその言葉が突き刺さり、ぐうの音も出ない。
俺の頭上でフヨフヨと浮いているブレドがそう言うと、空高く飛び上がってしまった。
あれ、いいなぁ。便利そうだ。機動力というか、戦闘でかなり有利に戦えるだろうな。
思わず口に指を入れたくなる程、羨ましいそれを見ていると…白の無地か。
上空で遠くを見ているブレドの下着の色を確認していた。
「白だね!」
うん、縞パンじゃないのが惜しい…ってオルガお前!! いきなり隣で俺の目線から
悟ったんだろう、相槌を打ってきたってか、今までどこにいたお前。
何か慌てて隠そうと右手を振って誤魔化しているが…手に豆が出来て…。
いや、潰れて血が固まって凄い事に。…成る程。
「ど、どうかした?」
軽く首を振り、こう言う積み重ねの果てにクエスターと言うものが存在するのだろうか。
それとも、才能に恵まれた者だけなのだろうか…あるいは両方必要なのか。
それに成るのも、時間という掛け値なしの犠牲が必要なのだろう。
俺は腰に刺している剣を抜き、持ってみるが…非常に重い。ショートソードの類だろう。
それすらまともに振れる自信も無い。
「違う違う! それこう握るんだよ」
ん? ああ、こうか右手を上に親指を…何かゴルフの持ち方に似ている気がしなくも無く。
確かに重さが少し楽になった気がする。
「何をしておるお主ら」
お? 偵察完了したのか、空から降りてきた無地パン。いやブレド。
「兄貴が色気の無い下着つけてるなぁって言ってたぜ?」
…え? ちょっと待てぇぇぇぇっ! ぶぎゃぁぁぁっ!!!
兄貴と言われた事にも驚いたが、それ以前にやめろっぎゃぁぁぁっ!!
問答無用で襲い来る、滞空時間無限の足技コンボを食らい続ける俺。
「ぎゃははは!!」
笑い転げるオルガ…こいつ。まぁ悪く無い。こう言う遠慮の無い所が…いてぇよ!!
余りにしつこい蹴りにいい加減怒ると、ブレドが怒り返しはしたがなんとか蹴りは止まる。
「全く。さて、敵の数じゃが…」
ああ、数えてたのか…え。今なんつった? ご…五百万? ちなみにこちらの数は?と聞くと
ルガントを含めて精々五十万と。…十倍ですと!? それに向こうには…。
ブレドがあの黒い玉を出すと、敵勢の情報というか映像が流れ込み、一瞬顔が青ざめた…。
向こうの陣形は横長…。包み込んで陣形を乱し一気に叩くと言う所だろうか。
…その中央には、ギルビットクエスターか。
それはつまり、一点突破の槍形陣形で突き破る事は不可能…と。
左右どちらかに槍を構えても、アイツがそれに合わせて移動するだけだしな…。
「あちゃあ、本当にいるね? ルシャの奴」
ん? ああ、リシアか。えらく余裕かました様に彼女は俺の後ろから声を…まぁ有名なんだろうしな。
俺はともかくとして、ブレドが愚痴を零す様に奴さえなんとかなればと
頭を抱え、それは俺も同じ事だ。確かに北東側の俺達にはクエスターは居ないし。
ん? つかリシアお前、振り返ると右手で涼しい顔をしてなんてもの持ち上げて…あれ?
いや、それ以前に僅かに露出している腕に何か、オレンジ色の線がいくつも回路みたいに走って…。
何かまたわけのわからん事態が目の前に…。
慌てる俺を見て軽くリシアは笑うと、右手一本で抱えあげた巨大な木箱を投げ、
落ちてくるソレに向かい、同時に厚い皮製の衣服を脱ぎ捨て…うは!
露出無しの鎧かと思いきや出たよ、黒系のビキニアーマー。
その見事に育った胸とくびれた腰。お尻…は見えないな位置的に。
いや、そうじゃなく投げた木箱に右拳を打ち込…折れるぞ!!
「どうやら、こちらもクエスターが必要なようだね」
そう言うと、打ち込んだ木箱を破壊するような勢いで両断し、余りの勢いで振り下ろされた
巨大なソレが地面に触れる事無く土を深く削り取ってしまい土煙をあげる。
風に乗ってくる土煙に紛れて、口を開けたまま驚き目を丸くしているブレドが
ゆっくりと無意識だろうか歩み寄っているが…知ってるのか?
「な…なん…じゃと」
俺も驚いたが、どうやらブレドは知っている様だもっと驚いている。
それどころかオルガは今の斬撃で、腰を抜かして地面にへたり込む始末。
それらを見て気だるそうに頭を掻いて、溜息を吐き俺達を見回した重戦士と言えば
いいのかその女性が、一国の王女の付き人がただの使用人という方が可笑しくないか?
と半ば苦笑いして答え、それに俺はそういやそうだなと、頷きつつその視線は
余りに巨大で余りに無骨な武器へと…。それは何か途方も無い生物の骨だろうか。
それを削り造った様な威容、そして異様な風格とも言えるそれを滲み出している。
「死竜の顎…」
何だ? そいつの通り名か? …次から次へと、うっ…羨ましくないもんね!!
軽く笑ったリシアが、この大陸だと余り知られて無い筈だけど、と。
一体何がどう言う…おっと。ブレド先生の説明台詞きました。
「本来、黒の王が座するべき大陸。ドラグリア。
暴竜の乱という戦いがあってな…その折に武勲を挙げたドラグリアの英雄じゃ」
何か物凄い肩書ききましたよ。身震いしてリシアに歩み寄っているブレド先生どうした。
「お主、あの時、ラグラファントムと相打って死んだのでは…」
取り残される俺とオルガ。淡々と会話を進めるブレドとリシア。
会話を聞いていると、そのラグラなんとかという奴と相打って…海に落ちた。
が、海に生きる者に助けられて、行き着いた先がマリアの居る国だったと。
ま、まぁ棚から牡丹餅というか…うん。然し素が出ているのか普段のリシアにしては、
えらく素行と口調が荒い気がする。いや多少なりとそれっぽさはあったか。
「ま、余り長話は好きじゃなくてね。先陣は勝手に行かせて貰うよ」
それに大きく幾度も頷いたブレドは、俺の方へと振り向いて…うっわー出た、どや顔。
お前と言う奴は本当に…。
「これで多少…勝ち目は見えたの。後は…イクト」
なんだよ、俺に何をしろと? つかおい、相手さん突っ込んできてないか!?
こんな余裕ぶちかましてる暇なん…。
「ここはワシに任せられよ。そして学び、知るが良い。
戦とは腕力・体力だけで決まる物では無い事を」
そう言うと、フワッと浮いて空高くまた豪快に無地パンを見せている。
(聞くが良いイシニアに立つ者達よ! ルヴァンの名において
ヘル=ブレドが命ずる!! 虐げられし者達よ。今こそ反旗の時じゃ…全軍突撃!!)
うるせぇっっ! おもっきり叫びやがった頭の中がぐわんぐわんするぞ。
って何…だと。敵さんの陣形が一斉に瓦解し同士討ちしてない…か?
「あはは! 成る程ね。あの時の宣言に仕込んだってワケか」
リシアが豪快に笑い飛ばすと、意の一番に敵陣中央目掛けて戦斧を構え、
多くのリアドラ達を激励するかの様な言葉を言い放ち、草原を荒々しく猛り駆けるその背中。
それは、とても広く強く何と言うか、頼もしさ。その一言に尽きる。
それに我も続かんと最早、勝ち鬨にも似た声を轟かせ、リアドラと少し遅れてルガントも。
遠くから見たら、突撃の号令を出し左手を腰に当て、右手を前に出すブレドはさぞ格好良く見えるだろう。
然し俺の立ち位置だと無地パンモロで説得力の欠片も無いんだが…。
て、おお? いつの間にかオルガもいない。リシアについていったのか。
で、俺はこれからどうすれば…。
「ふう。すっきりしたのじゃ」
素晴らしく爽快な顔して降りてきやがったよ。で、なんだそのどや顔は。
何か俺に…ああ。そういう事だったのか。納得すると恐れ入りました、と頭を下げた。
なんというペテン師だよ。味方まで騙しやがって。
何をしたか? 判れば単純。 リアドラは虐げられている者。
そして宣言時に何を言ったか…彼等を救うと。そして同時に俺を使って
世界に喧嘩を売った。傍目、孤立無援な白都のピンチだが。
ルヴァンの力による恐れもあってか、敵さんの冷静さを失わせ、
侵攻を最大戦力で強制させた…爆弾を抱えたまま、な。
相手の数が五百万だろうが五千万だろうが、こちらの戦力もそれに伴い増えていき、
更には絶対的な優位に立って先手を打てる。と言う所か。勉強になりました先生。
と再び頭を下げると満足したかのような笑みで頷いている。
タヌキから女狐にランクアップさせてやるよ。と言うと怒り出しそっぽを向いてしまったが、
背中が笑っているぞおい。 まぁ、つまり彼女が学べと言ったのは知力…いや謀略か。
「本来は、これら全てお主が出来れば文句無いのじゃがの…さて、戦況は如何なものかの?」
そう愚痴を零すと、またあの黒い玉をどこからか召喚でもしたのか取り出し、またこの映像が流れ
込んでくる。あの水晶のものとは次元が違うというか…でも似てるな。
「アレは、この力の模造品じゃ」
成る程。んじゃ、それも命…ってうおっ!
リシアの奴、明らかに剣や槍で攻撃を受けてるのに、武器の方がへし折れて無いか?
おかしいだろ、殆ど裸といっていい程露出した肌にまともに鋭利な刃物があたって…。
「良く見てみぬか。命導力を身体硬化に使っておるのじゃよ」
なんという、じゃあさっきのオレンジ色の回路みたいな線が…ああ、確かに斬られる瞬間にだけ
浮いて見えるな。
「声も聞かせてやろうかの…」
と言うと、うおっビックリした。物凄い数の怒声や絶叫、鍔迫り合いの音が聞こえる。
その中で大きく拾い上げたのかリシアの声、鬱陶しいね! と、何か苛立った様な
仕草を軽くすると、大きくその無骨な戦斧を振りかぶり…。て、おい。
また自慢気に俺の方を見てなんだよブレドは、そのままリシアへと視線を…。
「吼えな…ギアブレイズ!!」
なんだよ、何か必殺技でも…って、うるさっ!?
余りの声…いや咆哮? とんでもない重低音。それと共に振り下ろされた戦斧が
地面に叩きつけられると同時に、音の衝撃波?とでも言うのか目に見える程に
空間を…池に水を投げ入れた様な波紋をいくつも波打たせ、周囲の敵も土も岩すらも
まとめて吹っ飛ばしてしまい、
その衝撃の威力は地面の少し離れた所の大きな石が砕けてしまう程に強力。
何だろう…リシアの背後に何か見えた気がしなくも無く。
「死竜…ギアブレイズ。死して尚、強大な生命力を持ち彷徨う屍」
ようするにドラゴンゾンビか。そいつをどうやらリシアは討った。
その顎から加工された死して尚、生きる武器。この世界でも稀な武器らしく、
命導器に属するが使用者の命を使用しないこの世界唯一無二の武器
叫命斧ギアブレイズか。…すげぇな。
「お主には見えぬか? あ奴の立ち姿に巨大な死竜の姿を」
え? おふ!? 振り下ろされた先の地面に穿たれた穴。いや、最早それは竜が吼える際に
強く片足を大地に踏みつけた跡。というべきそれがあり、振り下ろされた戦斧が
竜の頭の様に見え…赤色の回路の様なものが竜の体躯を形成している様にも…。
そして、戦斧を軽く肩に担いで深呼吸し、視線をある方向へ…。
銀髪で褐色肌、何より羨ましい程に逞しい男が目に入った。
そいつは素手だが、こちらの兵をまるで地面に生える草葉でも蹴散らすかの様に…。
ん? こいつは薄着でリシアみたいな物持ってない…な。その疑問をブレドに
ぶつけてみると、当然と言われてしまった。
「命導器の武器はの、ドラグリアのみじゃ。理由は一つ…」
成る程。余りに攻撃的な命導力に耐え切れる素材。何よりその命が存在しないか。
まぁ、あんなモノがゴロゴロあったら大変だわな、そりゃ。
ブレドが異様に喜んだ理由は、その伝説とでもいえばいいのか?そんな英雄染みた奴だろう。
そいつが生きていたと言う事もあるが、
ドラグリア産の武器が手に入ったと言う所が大きいのだろうか。
…そいや、『本来、黒の王が座するべき地』と言ってたよな。俺が此処にいるということ。
それはつまり…うげぇ。また何か嫌な予感が。
俺の心情を察したのかブレドが俺の方を見て、ようやく気づいたかと苦笑いしやがった。
つまり、なんだ。こんな戦い如きで的なそれは白の王との戦いもあるが、何より
ドラグリアに攻め込むと言う事がどれだけ至難か、その意味合いであるという所か。
「今更、怖気づいたか? ん? 黒の王よ。彼の地は此処ほど優しくは…無いぞ?」
やるしか無いんだろうが。全く次から次へと色々な意味で死刑宣告的な事を。
そんな俺を一瞥して再びリシアの方へと視線を向けたが…何かリシアって、メイドさん
やってる割には面倒臭がりなのか。敵兵の相手が面倒になったかそんな事を
言いながら、その異様な武器を振り下ろし名乗り上げてガディアン=ルシャを呼んでいる。
あ、ちょっとやってみたいなああ言うの。一騎打ちの名乗りだろう。格好いい。
「お主…何を羨ましがっておる?」
顔に出たか! 横目で苦笑いされてしまった。だが、あの武器を警戒してか、ルシャは応じず
こちらの兵をリシアを避ける様に兵を倒して回っている様だ。
それを見ているブレドが、賢しい奴じゃなと。同じ事を考えているのか、舌打ちをしている
リシアが目に入った。然し、余りに早い。ルシャがこちらの兵を減らしていく速度がだ。
最早ソレは、ただ兵の中を走り抜けていくだけに近いだろう。
ブレドの謀略で一気に兵数が膨れ上がったとはいえ…みるみる削られていく。ギルビ…
「ふん。ギルビットクエスター…伊達では無いと言う事か」
俺の台詞とられた! 返せ俺の台詞!!!
両腕を組んでそれを不服そうに見るブレドが、またこの頭に直接響く…。
「全軍!敵大将ガディアン=ルシャを押し囲め!!」
このこいつの能力便利だよな。号令を即座に送れるという。
号令を発した瞬間、リアドラ達が暴れまわるルシャの周りに一斉に駆け込んで行く。
成る程。人海戦術…、速度を出す為に必要な状態を与えないつもり…か。
ておい、ルガント達は何してるんだ。余りの人の数に気がつかなかったが…。
「倒れたリアドラ達を介抱しているようじゃな…つくづく」
いやいや、あれはあれでいいんじゃないか? 助かる奴は助けた方が…。
それを言うと、号令を聞かぬと言う点は俺が甘く見られている証拠だと。
…成る程。ま、まぁ出会ったばかりだしな、うん。
「…。つくづく…阿呆が」
納得して呟いた俺に対して阿呆と…半ば怒りながら言うと、
奴等は戦わずして安息を獲たいと、そんな腑抜けた奴等を戦力としてドラグリアに連れて
いけばどうなるか…と。 命を賭けて戦うリアドラ達まで…か。
何と言うか、こいつ傲慢で我侭でどうしようもない奴だと思っていたが、
見るべきモノはしっかり見ているんだな。 …年の功という奴か?
何となく、ブレドに年齢を聞いてみると、年頃の女性に聞く事か?と言われた。
物凄く不機嫌そうに俺を睨みつけて溜息を吐いてしまった。
「まぁ、お主の所で言う所の天地開闢…かの」
天文学的数値超えてきやがった!! 目を丸くして驚いた俺に一つの質問を投げてきたが、
その内容、世界の始まりはどこにある? と。そりゃ、色々言われてるが…。
俺の居た世界だと、宗教やら学説で色々とあるしなぁ。
アダムとイブもそうだが、単細胞生物も…。うーん。両腕を組んで考えるが答えは当然出ず。
そう言うまぁ、答えらしからぬ答えを出すと、阿呆、生物が世界ではなかろうと。
う、そいやそうだな。
「世界もまた生物。いつかは死ぬ。そしてまた…あの空の何処かで生まれる」
星の寿命だろうか? 彼女はそれを幾度も見てきた様な事を…。
一つ思い出した、コイツの本体は仮初で別の次元に…。それに感づいたのか、先程出た名前、
ラグラファントム。コイツはこの世界の生物では無く、ブレドの所の生物だと。
時竜ラグラファントム。 ほんの僅かだが時間をズラして攻撃してくる厄介な竜らしい。
タイムラグ…か? それを利用した一人時間差攻撃。回避困難で強力無比な一撃が
襲い来るという。…つか、そんなどうしようもない化け物をリシアは倒したのかよ!?
「その為にリシアは会得したのじゃよ。身体硬化…それも並々ならぬ程のな」
成る程。何か脳裏に、断崖絶壁でラグラファントムの攻撃を受け、
それと同時に全身全霊を込めた一撃を見舞ったリシアが浮かんだ。肉を斬らせて…か。
「ふふ。奴は強いぞ? サムライのあの攻撃に勝るとも劣らない」
先代の? 聞くと…ああ。後の先とかいうやつか。何かますます武蔵くさくなってきたが…。
考え込む俺に、お喋りはここまでのようだと…視線をリシア達へと。
完全に乱戦となった戦況、確かにルシャの動きは鈍くなったが…同時にこちらの被害が
増えている気が…。っておい! ルシャの殴り飛ばしたリアドラにマリアがモロに
激突し倒れ込み、無防備になった所を敵兵の刃が!! どうす…オルガぁぁ!!
「ほう…中々どうしてあの小僧…」
近くに倒れている兵のあの樽兜を取り、
振り下ろされる刃に投げつけて刃の軌道をそらし、マリアのほんの数センチ横と言う所に突き刺さる。
慌てて引き抜こうとする敵兵に身を低くして一足に駆け寄り、手にした短剣で鎧の隙間を…。
そのままマリアを引っ張りあげて何か彼女に怒っているようだが。
つか、どうして戦いに不向きなマリアを出させたんだこいつ…。
ブレドに半ば怒りながら尋ねると、阿呆と言い返された…くそう。
「あー…うぜぇぇっっっ!!!!!!」
うおっ。余りに詰め寄られて身動きを取り難くなったルシャの全身にあのオレンジ色の回路の様な…。
その瞬間、アレ? 周囲の奴等うげ。首が曲がったらいけない方向に曲がってたり、
肘がありえん方向に曲がり骨が突き出ていたり。酷い奴は胸から肋骨が…。
何があったのか全く判らない俺にブレドがご丁寧に説明してくれたが…成る程。
あのオレンジ色の回路の様なものが命導力の…。それを身体強化・瞬発力だろうか。
それを使って瞬間的に多数の相手をほぼ同時に攻撃したと。それも一瞬で。
ん?でもリシアは二種類あったぞ? オレンジと赤…。んん?
「説明ばかりさせるで無いわ!」
うお。怒られた。余りに聞いてくるもんだから、睨みつけられて怒鳴られたよ。
そんな怒りながらも説明してくるブレド先生、実はいいやつ?
命導力の色は命の色。魂の質。その質で命導力も違ってくるという。
ちなみにオレンジは保守的な質であり。この世界でも多く見られ、身体補助を。
赤は攻撃的な質であり、大変希少でその大半は竜が占める…か。
「ちなみに、ワシは命の質を見抜く事が可能ぞ?」
どや顔で言うな。何かもうこいつがチートにしか見えなくなってきた。
まぁ、腐っても鯛というか神の一部なんだしなぁ…。
って、俺が話しをしている最中も戦いは勿論続いているのだが…。
器用な事に説明と号令を同時にやってのけているブレド。
どうやら目論見は一つ。人海戦術でルシャの疲労を待つ…か。
「ふむ? …よかろう」
なんだよ、何一人で頷いて…と思うや否や、ルシャを包むように一定の距離を保った
陣形を取らせたブレドだが…なんだ? その中央にはリシアとルシャのみ。
成る程、お前、リシアに直通回線みたいな事してたな。何言ったかは見ての通りだわな。
が、それを提案したのはリシア…か?
「分が悪い事はあ奴も承知の上じゃが、余り兵を減らしたくないのもあるでな」
人海戦術は苦肉の策…か。で、全てをリシアに委ねたと。
ん? 何だよ俺の方を見て。何か口元を片方釣り上げて八重歯が見え…何か変な事考えてるな。
「何、今回の戦の功労者…その褒美は勿論与えねばならぬの? イクト?」
…すっげぇ嫌な予感しました。良く見るとリシアの顔はやる気満面。
分が悪いというのに気負いの一つも無い…お前まさか、俺という餌で釣ったのか?
肩を竦め、両腕を軽く曲げてしらばっくれやがった!!!
全く、こいつありとあらゆる事象を利用するんじゃないか? そう思えなくも無い。
何かもう…一方的というか圧倒的というか。敵が可哀想に思えてきた。
謀略にハメられた挙句、味方に寝返られ、更にドラグリアの女英雄に…。
「でっ伝令です!」
ってお? 戦況を見ていた俺の背後に、息を切らした近衛が一人慌てて…。
「何事じゃ? 慌てる程の事でもあったのかの?」
俺の代わりに前に出て、冷静に聞きただしているが…え。
少なからず東から敵の進軍があったと言う知らせ。
…にしては、別の意味で驚いている様な顔をしている近衛だが…。
「それが…。所属不明・数不明・正体不明の援軍の介入により一夜にして数万の敵兵が…。
現状は撤退中です」
おいおい。正体不明の介入って何だよ。首を傾げてブレドを見ると
何か困った顔をして、肩を竦めているが…。
深く溜息を吐くと、本当に気まぐれな奴だと軽く笑っている。
気まぐれ…まさか。ブレドの顔を見ると彼女は頷くと同時に、
この事態を想定して断っておったのかも知れないな。と軽く笑っていた。
『雷塵の瞬き』…か。姿を一切見せずそんな仕事を…とことん闇に生きる者って感じだなおい。
続いて近衛が内容を告げると、南の防衛に回っていた西の援軍とルシアは、
既に南の軍を打ち破り、現在は遊撃に回っている…と。…遊撃? 今一何してるのかが。
ま、まぁ。よくよく考えてみると現状の白都セラーナは、恐ろしい人材抱えてるよな…。
そんな国の王が果たして俺で…いや考えないでおこう。
俺に何か出来る事が無いか、ただそれだけを聞くと、首を振り一言。
「王が前に出てどうする? ん? ショウギでも王は前にでるまい?」
ん、確かにそうだが。何かこう胸に熱い物がこみ上げて来るんだが。
得も言えぬ高揚感。優勢だからだろうか…それとも…。
「血が騒ぐか? お主はやはりサムライの子孫なのじゃのう」
そうなのだろうか…判らないが、震えが止まらない…ブレド?
そんな俺を宥める様に、胸元に手を。
「今は、その焔…その胸に納めておけ。いずれお主は…」
何だよ、何か身を震わせて…怯え? それに何か言いたげに言葉を飲み込んでしまったぞ。
まるで俺がいつか、コイツが恐れる程の何かと戦わなければならない運命でも
あるかの様な…。戦えるのか? こんな俺が。
「こそこそと逃げ回って…見た目は勇敢だが中身はルガントかい? アンタ!!」
おお? そんな俺達のやり取りをかき消す様なリシアの怒りの声。
と言うよりも顔がにやけて…文字通り目の前に餌をぶら下げられた馬だなこりゃ。
…餌が俺というのは、どうかと思うが。
「ふん。遠目じゃ判らなかったが…中々楽しめそうな体してるな。
殺さないで後でたっぷりと…ひひ」
…。何かこいつら互いに行動の何と言うか…そう、原動力が下半身じゃないか。
違いはリシアが俺。ルシャはリシアと。…嫌な三角関係的なそれは俺の意思を
完全に無視して形成されている様だ。隣のこの黒の少女の所為で。
ルシャの嫌らしい視線というか、右手で涎を拭きつつ舐める様にリシアの胸やら…、
最早セクハラ通り越して視姦の域では無いかと思われる。
リシアは身体硬化と腕力強化に特化し、一撃粉砕の重戦士。
ルシャは、身体強化は同じだが、反射神経やらまぁ、神経系の強化だろうか。
リシアには最悪の相手ではあると。…カードがそれしか無いとはいえ、
確かに分が悪いな。 そう考えている内に、
ルシャの方が闘争心に…いや性欲に耐え切れなくなったのか、リシアの前に走りこんできやがった。
声を二人に集約して拾っているのか…他の声が聞こえない。
「吼えな!ギアブレイズ!!」
巨大な戦斧にこびりついた血を払う様に地面に叩きつけ、走りこんできたルシャを
音の衝撃波で押し返し、それを両手を前に交差させ、地面に足跡を強く残しながら
耐えるルシャを一瞥し、地面に唾を吐いているリシア…意外と姉御?
「寄るな!! アンタみたいな粗末な物ぶらさげてる男に興味は無いね!」
俺の事?ねぇそれ俺? いや然し、ルシャを改めて見ると、褐色肌に銀髪に加えて筋肉すげぇ!!
かなり羨ましい肉体をしている。自分の腕と比べてみると…すみません生きててすみません。
「粗末…? てめぇ…!!」
図星なのか? 右手の拳をリシアに突きつけそういうと…速っ!? 視界から消えてしまったぞおい!
探している俺が気がついた時には、リシアの唇に唇を重ねていたルシャ。
が、ルシャが飛びのいたかと思うと、自分の口を右手で拭って…ああ、
あろうことか舌までいれたらしく、噛み付かれたか。にしても、リシアもあの速さに追いついて
いけないみたいだ…ん? リシアが俯いて左腕で口を拭いながら肩が笑って…。
「アンタ…挽き肉にしてあげるよ!!!!!!!!」
ちょっブチキレた!? 狂った様に笑いだしてあの戦斧を自在にブン回し…おいおい。
結構離れた周りの連中が敵味方問わず慌てて逃げていくぞ。
最早、言葉にするのも難しいその戦闘は、一進一退で行われたが、
余りの手数、余りの速度にジワジワとリシアの体にアザが増えていく。
硬化させる前に叩き込んでしまえばただの女…と言う所か。それは予想はついた…が。
「これは…駄目じゃのう。実力的にはリシアの方が上なのじゃが…」
ブレドが分が悪いと言った理由は他にあった。それはリシアがいくら強くても女である
と言う事。そしてあのルシャの性格。
あろうことか、リシアの胸にあたる部分の鎧を剥ぎ取り、この大勢の兵の中で
露になってしまったリシアのご立派なけしからん。…。ブレドの視線が痛い。
「ひゃはは! こりゃまたすげぇ。弄り甲斐のありそうな乳だなおい!!」
もう少しオブラートに包めないのかこいつ…。言葉もそうだが、まるでご馳走を目の前にした犬。
と言う所か。リシアは胸を左手で隠し身を少し屈めてルシャを睨みつけるが…。
「アンタ…」
怒りに震えるリシアを何とも思わない…というよりも性欲が暴走しているのか?
涎を垂らしながら、この場でひん剥いて犯してやるよと。 どこまで下劣。
「この…外道がぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!」
ぬ、うおおっ!? びっくりした。リシアの怒りの声を掻き消すくらいのブレドの怒声。
それが俺の頭に…と言う事はルシャも含めた向こうの奴等にも。
何事かと慌てて周囲を見回すルシャが見える所、そうなんだろう。
…いや、何? なんでそんな怒りを俺にぶつけてくる?
「お主、アレを見て何も思わぬか!?」
いや、そりゃなんとかしたい。それは思うが、あんな化け物同士の戦いにどうやっ…。
俺に向けて右手で指差したのは…げ。いや、こいつは…駄目だ。
「はぁ。たかだか千の命で、どうじゃ? 多くの命が助かるのじゃぞ?」
ぐ……然し。こいつは。どうしても躊躇する俺の腹部にブレドの足が…いてぇ。
「本当に怒るぞ? 下らぬ事ばかり頭に入れて大概にせぬか阿呆!!!」
うおぉっ!? 一瞬大気が震えたかの様に思えたブレドの怒りの声。
貴様は綺麗事でこの戦に負け何百万・何千万の命を危険に晒すか! と
そのままの口調で俺に投げつけてくる。…返す言葉もなくただ黙り込むしかない。
両手を腰に当て怒り散らすブレドの顔も見れずただ説教を食らいながら、
リシアの方を見ると…完全に形勢不利。今すぐにでも別の意味でやられてしまいそうだ。
「ワシも本来ならここで使うべきでは無いと思う。
ワシが出向いてあの外道を捻り潰してやっても良い。
が、お主にもヘルブレドが如何なるものかを伝えねばならぬでな」
何か、今。サラリと凄い事いったような…いやそれよりヘルブレド。
あんな代償を持ってして初めて使える力。その危険性と能力を知っておくというのも頷ける。
何より確かに小を殺して大を生かすべきである…か。
大きく深呼吸し、胸元にしまってあるイグライトエオンを取り出し、それに一度頭を下げ、そして
ブレドの方に歩みよりそれを手渡す。このままでは確かにリシアだけでなくリアドラ達も危うい。
すまない、力を…命を使わせて貰う。名も知らないリアドラ達。
「よかろう。ならば往くぞ!」
一度頷くと、彼女はフワリと浮き上がり、両手で持ったイグライトエオンを頭上で手放す。
そうすると、それは砕け散りいくつものオレンジ色の星となり空へと消えていった…って。
少し待っても何も起こらないぞ! まさか不発とか言う…ん?
何かうぉぉ…。空が暗くなり地平線の遥か向こうまでオレンジのエオンが続いたかと思うと
一気にブレドの遥か頭上に収束していく。…リシア達も何事かと手を止めてみてしまってるぞ。
なんだこりゃ…。オレンジ色の回路が何か空間を歪め…おい。まじでロボット降って来る
んじゃないだろうな。
お、何か右腕を掲げて体をピンと真っ直ぐにして…、つくづくこいつ決めポーズとるよな…。
「審剣招来…現れ出でよ! ヘルブレド!!」
おい!! 何かこう前台詞というか詠唱みたいなソレは無いのか!!! 前降り無しで歪んだ空間
晴れ渡る空が真っ暗になり、巨大な黒い手が
その空間を無理矢理こじ開けて…何か投げた!? って…あれ?
確かに何か真っ黒な何かを…どこにいった?
「おっぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああっ!!!」
余りの事に絶叫してしまった。巨大ロボットでも降って来るのか? もしくは変身か?
そんな物を予想していたが、俺の周囲に様々な形をした黒い剣が地面に突き刺さっている。
そこまではいい!そこまでは、あろうことかそれら全てが俺に刃を向けて飛んできやがった!!
いや! 刺さる!? 絶対刺さるこれ!! 余りの事に両腕を交差させて顔を覆い、目を閉じたが…。
あれ? 痛くない…ぞ?
(何を呆けておる阿呆)
ん?ブレドの声はすれど、姿は見えず。そして俺の体にも異常無し。なにがどう…。
というかブレドはどこだ? 周囲を見回して探すがやはりいない。
(お主の中じゃ)
…ロボット降って来るどころか、乗られたよ!! 俺がロボットかよおい!!!!
いや、それはいいヘルブレドはどこだよ。召喚したんだろ?
再び周囲を探すが、無い。
(お主の中じゃ、その殆どはの。背中を見るが良い)
ん? 首を出来る限り曲げて背中を見ると…
何か日輪の様な形で様々な黒い剣が回ってるのに気がついた。
…予想の斜め上といえば良いのか、下と言えばいいのか。つくづくこう…もういいや。
「何をブツクサといっておる! 往くぞ!」
いや!だから何をどうしろと!? ってお? 何か勝手に俺の右手・左手の部分から…。
どっから出てきたこのデカいカタール。ドラゴンスレイヤー級のソレを遥かに超えるサイズ。
おまけに重量が全く…あれ。両腕にオレンジのエオンが巻きついている。
リシア達の場合は体にタトゥーの回路の様なものだが、コイツは浮き上がって…。
って、勝手に体が動き出し剣を地面に叩きつけると、
その反動で土煙を巻き起こしつつ空に跳ねあがっ…ぶっ物理法則どこいったぁぁぁっ!?
黒い剣で空をぶん殴り無理矢理方向転換し、一気にリシア達の頭上に…ておい、
飛べるなら素直に飛べよ! 瞬きする程の一瞬でリシア達の頭上に浮かび、…あれ? 口が勝手に。
「私の愛する者達を弄び辱め…傷つけるのは貴様か。ガディアン=ルシャ!!」
え? 俺、何も言う気が無いのに勝手に口が…。
(暫し黙っておれ今回はワシが手本を見せてやるでな)
いや、ちょっと! 俺の見せ場じゃないのかぁっ!? 体乗っ取られちゃった…。
そう言うと、更に頭上を剣で殴り加速して、リシアとルシャの間を割るように
その速度とは思えない程、静かに降り立った。
余りの事に周囲の奴等が愕然としているが、一人、いや三人か?
一番近くに居たリシアが、何か嬉しそうに目を輝かせて見て、
少し離れた所のオルガは、俺の兄貴だ!と敵兵だった奴等だろうリアドラに自慢している。
最後に、マリアは…両手を胸に当ててジッと見つめ…。
いや、その愛するとか…ね? よくもそんなクサい台詞を俺の体で吐いたなブレちゃん。
(ブレちゃん言うで無いわ!!! そうかそうか。お主はこういうのが苦手か…)
しまった。やぶへびだった!! 絶対こついの脳内で「w」が大量に生えてるぞ。
ちょっ…この剣をルシャに向けて…。やめてもうやめて!俺の精神力はもうゼロよ!?
「風塵の瞬きとやら! 私は黒の王、ナカミヤ=イクト!!
全てを賭けて一騎打ちを申し込む!!!」
やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!! 黒い剣をルシャに向けると、
またクサい台詞を…。はずかしぃぃぃぃっ!!! あ…でもこれはやりたかった。
「へ…へっ。コケ脅しだろうがぁっ!」
勢い良く飛び出してきた…アレ? 全く見えなかったコイツの動きがまるでコマ送り…。
軽くそれを剣の腹でなぎ払う…っても俺じゃないが。
弾き飛ばされた勢いで大きく転げるルシャが、転がりながら体勢を立て直すが、
既に俺はコイツの背中に回って、静かに見下ろしている。
「へっ!やるじゃな…ぐぁっ!」
振り向きながら言う奴の言葉が終わる前に、
単純に蹴飛ばされ飛んできた方向に土煙を上げて転がっていく。
…自分で自分の動きを一々見て考えるのって何か妙だよな…。
「目に余る愚行の数々。何より戦場の礼儀も弁えぬ愚者め…」
ちょっ、だから俺の体で遊ぶな!!!
いやでも、何か俺がやってると思うと悪く無い気も…いやでもはずかしぃぃぃっ!!!
体勢を立て直し、例のアレ。ルシャの身体強化。それをルシャが怒号と共に発したが…。
それ以上の速度を持って地面に叩き伏せてしまったよ。
そのまま倒れこんだルシャの首を踏みつけ、冷徹と言えばいいのかそんな視線を送り…。
「その程度か? 風塵とやらの速力は?
雷塵の足元にも及ばないな。」
そうなのか? そう吐き捨てると、首から足を離し、
一足で一定距離まで離れ、剣を地面に突き刺してしまったぞ。
「て…めぇ。なめるなぁぁぁぁっ!!!」
今度は身構えもせず、あの身体強化させたルシャの攻撃をわざと受け…微動だにしないだと!?
痛くは無い。が、あんまり食らいたく無いその拳が俺の顔を確かに捕らえたまま止まっている。
その拳は余程鍛えられている事は良くわかる…が、それとは裏腹に弱く震えている。
いや、全身が…か。何の構えも無く打ち込まれた姿勢のまま、俺。いやブレドか?ややこしい。
ルシャを睨みつけていて、ルシャはルシャでもう蛇に睨まれたカエル。
打ち込んだ姿勢のまま、時間が止まったかの様に表情まで硬直している。
「ルヴァン…」
何だ? 丁度一足飛びした場所はリシアの隣。その足元のリシアにこの手の奴との戦い方を
教えている。余裕あり過ぎだろお前。
「軽い拳だな。 これでは死竜ギアブレイズに傷一つつかんぞ」
それを倒したリシアとでは格が違うとでもいいたいのだろうか。
ん、硬直してしまったルシャを遠くに蹴り飛ばすと、半裸になってしまっているリシアを
抱き起こして…右手をかざしてるのはいいが、俺をあんまり弄るな!!!
「さて、審判の時だ。ガディアン=ルシャ」
うわー…半裸の美女を片手に抱いて、なんという羨ましい俺がそこに。
その言葉に硬直から解かれたのか、転がる様に逃げようとしたが…。
地面から生えてきた無数の黒い腕に掴まれて…まるでそう。
磔にされたイエス・キリストの様な状態になっている。違いはそれが十字架か黒い手かの違いだ。
その内の一本がルシャの顔を鷲掴みにすると、彼は絶叫し逃げようと必死にもがくが…微動だにしない。
「貴様…一体どれ程の者を陵辱し弄び…殺してきた」
え? うわ…ちょ。何か陽炎みたいに揺らいだ幽霊みたいなのが、気がつけば周囲を取り囲み
その場にいる奴等の殆どが腰を抜かして驚いている。が、リシアはただジッと俺を見ている。
オルガは…あらら。泡吹いてら。マリアは…目を閉じ耳を塞いで蹲っているな。
ドコ達もそうだ怯えて逃げ惑っている。…そりゃそうか、何せ…さっきから怨念だろう
その呪いの声とでもいえばいいのか、恐怖もそうだが…、
何よりも悲痛な想いが直に頭に叩きつけられてくる。ルシャが行った悪行の数々を明確に鮮明に…。
「…貴様。救いようの無い屑だな」
あ、それはちょっと言ってみたかったりした俺。…。
って何? 顔に右手を晒して何?
「大罪者・ガディアン=ルシャ。大神リアギネイスに抱かれし審判の剣、ヘルブレド
になりかわり、黒の王が判決を言い渡す」
いや、だから ね? あんまり恥ずかしいポーズ取らないでってくらぁ!!!
あろうことか、ルシャから背を向け、晒した右手を勢い良く地面に振り下ろし、
左に抱えたリシアを強く抱きこんで…。
「永劫の焔に焼かれ…落ちよ!!」
ぎゃぁぁぁぁっ!! 断じて俺がこんなポーズとったワケじゃないからな!!
正面にカメラがあったら、目を閉じた俺と抱きかかえられ、俺を見つめる半裸の美女。
そのバストアップに背後で腕十字が反転し無数の腕が突然黒い炎となり、
焼かれながらルシャが断末魔をあげ地面へと消え行く。なんという…か、その何。もう…。
(中々のモノであろう? どうじゃ?)
じゃネェよゴルァッ!! 散々人の体で遊びやがって、返せ! 今すぐにだ!!
ておい、何でリシアの方を向く…おい。何をする。何を憂いを帯びた目で彼女を見ている。
「リシア。分の悪い相手と知りつつも、良く頑張ってくれた」
おいおい。そりゃ俺が言うべきじゃないのか? 何か頬を赤らめてしおらしくなったリシアが
そこに居るんだが…。て、待てゴルァッ!!!
「ルヴァ…ん」
くるぁぁぁぁああっ!!!! 俺のっ俺の俺のファーストキスがぁぁぁぁああっ!!!!!!!
こ…こいつ。リシアの唇に俺の唇を重ねてあろうことか舌までっ!!!
何か、その場に茫然自失といえばいいのか、力なくリシアが寄りかかって。
そんな俺じゃない何かが軽くリシアに微笑むと、今度はオルガの方へ向き…。
「オルガ。見ていたぞ。お前の働き、敵の武装に合わせ武器を変え、
正確に敵の弱点を突く。更には周囲への注意も怠らず…流石は私の弟だ」
ちょっ…だからもう弄るな! 俺というキャラを弄るなぁぁぁっ!!!!
リアドラに抱き起こされ、まだ半分意識が朦朧としていたオルガが、それを聞いた瞬間
疲れが全て吹き飛んだ様に、兄貴が兄貴がと喜んでいる。
そして、ゆっくりとマリアの傍に歩いて行き、おい。彼女の頬を張ったぞ。
「リアマリア=ノーノシュヴァルト。失望させるな、お前はルシアでは無い。
お前はお前である事を知れ」
余りの事に、ぶたれた頬を右手で抑え、彼女はいてもたってもいられなくなったのか、
その場から走り去ってしまった…っていいのかおい!?
「リシア。頼んだぞ」
え? そう言うと俺の羽織ってた黒のマントを彼女に着せて下ろすと、
呆然自失としていたリシアが我に返り、黙って頷きマリアの後を追っていった。
いやちょ…そのおい!!
(なんじゃさっきから五月蝿いのう)
五月蝿いじゃないわこら! 俺のファーストキスを奪うわ、マリアひっぱたくわ!
(黙れ)
うぐ…。再び俺は…いや、俺じゃないんかだがややこしいな。
今度はルガント達の方を向くと…。
「戦が怖いか? ルガント達よ」
何だ? そいや余り活躍見受けられなかったな。その言葉にルガント達が頷くと
右手を強く振り払い睨み怒鳴りつけている。
「ならば今すぐこの場から逃げるがいい!
逃げて今の暮らしのままでいるがいい!!
私は力無き者の剣であるが、臆病者の為の剣では無い!!!」
うわ~…ストレートにまぁ、だがその通りだろうな。
お、何か涙を流して許しを請うているぞ…。ソレに対し、次なる戦の働きを期待する…と。
う~む。さっきからそれぞれに対し、厳しい指摘やら褒め言葉やら…。
それに加えてこの黒い日輪の様なくるくると回り続ける剣。
妙にこう何、神々しさというかそんな威厳の様なものが…ってあれ?
なんでそんな角度から俺が…ああ、まだ中継しているのか。
そして、北の方角だろうそこへ向き、あのデカいカタールをかざし…。
多くのリアドラ達の働きを称え。死した者への弔いの言葉と…。
「道は開かれた。彼の地にて共に勝利の証を救い出そうぞ!
ただし! これよりは無抵抗の者に手を出す事まかりならぬ!!」
…もう、好きにして。 散々殴られて抵抗する気を無くした女。といえばその通りな俺がいる。
そんな俺を知らいでか、ゼオ・ルヴァンという勝ち鬨と共に、剣のかざす方角へと我も我もと
俺の左右を後ろから駆け抜けていく。恐ろしい程の数の者達が通り過ぎた後、
俺の体の自由もどうやら戻ったようで、その場にへたり込んだ。
(なんじゃ? 何もしておらぬではないかお主)
…。殴るぞこら。散々人の体を玩具にしやがって…と、誰と無く睨みつけると、
何を見ていた?と呆れられた。…いや、そりゃ確かにすげぇとは思ったよ。
飴と鞭とでもいうのか、それをしっかり使い分けたっつーか何。
圧倒的なカリスマというべきか、何かそれに近いモノを感じたが…。
「王足る者は、どう在るべきか…。良く考えてみるが良い」
考えろってもなぁ…こう色々と精神的にフルボッコにされてしまったぞ。
力なくうな垂れる俺の背後に別の視線。…マリアか。
良かった、リシアが連れ戻してくれたのか。って抱きつくなリシア。
「ルヴァン。驚いたよアンタなら…いや、君ならラグラファントムすら
その足元に容易く叩き伏せるんじゃないか。そう思えるよ」
そのラグラなんとかは見た事は無いが、まぁとんでもない化け物。と言うのは判る。
て、何だよ。何か何だ。そう、視線。マリアもリシアも以前と明らかに違う。
これまでは玩具みたいに扱われたり、弟みたいな扱いされていたが。
畏怖と…敬意? といえば良いのか、そんな視線を感じる。
「ルヴァン。ありがとう御座います」
マリアはマリアで、申し訳なさそうに頭を下げている。ん?何だよブレド。
(公私。きっちりと使い分けるのじゃぞ)
うへぇ…ぶっつけ本番というやつですか。…こうなりゃヤケだ。やったるぜ!
一番近くに居たマリアに歩み寄り、そっと頬を撫でると、
兵達の手前、仕方が無かったと謝罪をし、後は
言う事は同じだ。マリアはマリアだ。ルシアでは無い。
そう言って彼女を強く抱きとめて一言。マリアで在り続け、そしてルシアを越えてみせてくれ。
君の母親は、途方も無いエオンの持ち主なのだろう。ならば君にも才は必ずある、と。
言い終えると、涙を流し強くしがみ付いてきた。…うう我ながらクサいクサ過ぎるぜ…。
そのまま、リシアの方を向くと彼女に対し、無理をさせて悪かったと。
「ああ、問題無いよ。
けど、もしものは君が…その凄まじい力で助けてくれるんだろう?」
首を横に振り、この力、ヘルブレドは余りに多くの、余りに尊い犠牲の上で初めて使える。
何より、今回使えた事自体も奇跡に近く、現状はもう使えない事を伝えた。
彼女は頷き、手にしている戦斧を背中に抱え俺の横を通り過ぎて行く。
すれ違い様に俺は、彼女の通り名と何のクエスターなのか、それを尋ねると。
私はリシアだ。死竜の顎は、ラグラファントムと共に死んだと答え、俺は
そうかと頷き、引き続き宜しく頼むリシア。と、彼女は立ち止まり小耳にある言葉を挟んで
くる。それは夜のお誘いだったが、公私を弁えろ。と言い返し黙らせた所、
残念そうに歩いて…公私、今更ながら便利な言葉だなおい!
(0点じゃこの阿呆!!!)
ぎゃぁぁっ! 頭の中で叫ぶな!!
(リシアへの褒美を忘れるでないわ虚けが!!!)
ぐへ…。リシアを呼び止め。…うう。夜にでも来るといい。と。
うわ~…見ないでも判る。背後でやる気再充填したリシアが駆けて行ったのが。
さらば、俺の色々な初めて。
…で、まださっきから俺の胸元で張り付いているマリアはどうするか…。
「ルヴァン? その。私…」
ん? 何だ、何か疑問があるのか、それともお前もか? 俺の顔を見て…。
経験が無いから相手にもされないのか、と。
恨めしそうな顔で下から覗き込む彼女…。 何か凄い脳内変換されたようだ。
(ぷくく…)
絶対今コイツ、俺の中て腹抱えて笑いを堪えているぞ。他人事だと思いやがって。
軽く、マリアの頭を撫で。君の母親の命が危うい時、
君の傍で女を抱いてる親しい男が居たとしよう。君は、その男をどう思う?
その男は、あのルシャと何か変わりがあるか?
然し、今回の戦いの功労者であるリシアの願いも汲まねばならない。判ってくれるな、と。
「ル…ルヴァン…」
う…ぉぉ。胸の感触がたまら…じゃない。一段と強くしがみついてきたマリアの髪を
そっと撫で下ろし、そのまま優しく抱きしめておこうか。
(ほう…中々巧く逃げたなお主。然しそれは悪手では無いか…の?)
え? うわ…マリアが俺の方を向いて潤んだ目で暫く見つめると、
軽く顔をあげたまま目を閉じてしまった。こ…これは。
(阿呆め、マリアの母は最早救い出したも同然。少し考えれば判るじゃろ。
が、お主自身にとって悪手であれど…)
ルヴァンにとっては悪手では無いか。…出来るかそんな事。
そのままマリアを肩に抱えて北の方を向くと、
戦いはまだ終わっていない。気を抜くな、リアマリア=ノーノシュヴァルト、と。
俯いて暫く黙り込んだマリアは、力なく頷いた。
(…。お主、彼女を大事に思うのも良いが、度が過ぎれば…心が離れる事もあるのじゃぞ?)
う…。
(心と心を繋ぎ止めるのは、信頼のみにあらず。時に肉体も必要であり、
何よりも、相手を理解する事が必要不可欠じゃぞ?))
うう…。ん? あれ、何か背中に違和感が…。
(ふむ。どうやら時が来たようじゃな、主の背中の黒き剣。それが何か判るか?)
いや、判らないてか日輪みたいだな。ぐらいしか。
そう言うと、背中の日輪の様に回る様々な剣が、宝石を地に落とした様な涼やかな音と
共に砕け散り、周囲に無数のオレンジ色に煌く光が…まさか。
(そうじゃ。その背中に在る者は形を変えたリアドラの命じゃ。
この力を使った時、あ奴等はお前の背に常に居る。そして…)
煌くオレンジ色のソレは、次々と揺らめいてはいるものの人の形を成していく。
「こ、これは?」
俺もだが、驚いて俺にしがみついて周囲を見回すマリアが見たモノ。
それは、とても暖かで幻想的な煌くオレンジ色の光の中、穏やかな顔をしたリアドラ達。
(さて、仕上げか。また体を借りるぞ? お主にはまだ出来ぬでな)
またかよ…。あんまり辱めてくれるなよ?
そう言うと、彼女に体を明け渡し、しがみ付いているマリアの頭を軽く撫で、
傍を離れ、彼等リアドラの魂だろうか。その中心へと歩いて行く。
「お前達の働きで多くのリアドラが救われた、感謝する。
本来ならばその功績を称え…」
ん? 以外と真面目に何か…。
「救導者、エデン=シルドにより大神の御座へと導かれるのだが…。
現状、それは叶わない」
シルド…対のもう一人か…救導者。それが叶わない…ああ、壊れたっていってたな。
そう言うと、右手の剣を高く掲げ…おい。いいのかリアドラの魂達を吸い込みだしたぞ。
「暗く冷たい場所だが、今はここで眠るといい。
そして私は誓おう、君達を必ず大神の御座へ導くと」
…何か、剣の形状が巨大なカタールから、手頃な片手剣になり…あれ? オレンジじゃなく赤?
剣の刃の部分に赤い回路のエオンだな、それが走っている。
(ヘルブレドは魂を取り込む事で、更に力をつける。が、それは強制では無いのじゃ)
つまり何か? 魂は眠る事を拒んだとでも?
それに黙って頷いた俺…いやブレドが、そのなんとも威厳のある片手剣を掲げ…。
「魂達よ、死して尚、私の剣となる事を望む…か。ならば共に往こう
君達が安らぐその時まで」」
そういうと、軽く剣を振り下ろし…お。またどこへとも無く消えてしまった。
そのまま頭の中に語りかけてくるブレドが言うには、
これでヘルブレドに新たな能力が付与されたが、能力は使って見ない事には判らないという事。
それは判ったが、もう使いたくないという想いが強い。 どれだけコレが強くてもだ。
マリアから見たら、立ったまま目を瞑って黙っているだけだろうが、
中では色々と言い合いをしていたりする。
そんな中で、判った事。このヘルブレドの危険性。
ヘル=ブレドは審判者であり執行者。その立場から審判は常に公平で無いといけない。
もしそれを破れば…。
(お主ともども、地獄に落ちるじゃろうな)
…公平の線引き難しそうだな。それよりもお前と一緒に地獄に落ちる。
例え世界の命運がかかってもそんなバッドエンド…嫌だぞ俺は。
まぁ、それはおいといて、片割れ、救導者エデン=シルド。
コイツは、白の王もそうだが、まだ見た事も無い。
が、コイツが壊れたという事と、先代白の王の現状。無関係では無いだろう。
それにより、ブレドとシルドのあるべき関係が壊れてしまっているのも判った。
これはどうやら、ただ白の王を倒せば終わる事では無さそうだ…。
「あ…空がとても綺麗」
ん? ポツリと呟いたマリアの見上げた空。俺を中心とした所から暗い空が明るくなり、
まるで天使でも降りてきそうな幻想的な光の滝が零れ落ちてくる。
そのまま、俺の体を乗っ取っている…おい。
「マリア…」
だからやめおまっ!! 不意打ちと言う他ならない。
その光景を一緒に眺めているマリアの肩を強く抱き、軽くだがキスしやがった。
それに対して幸せそうに俯いてしまったんだが…お前。
(舌は入れておらぬであろう?)
そう言う問題じゃねぇ!! 何か? 俺を種馬にでもしたいのかお前は!!
(つくづく…阿呆め)
そう言うと、体の自由が戻り正面に立っている黒髪ツインテールのブレド。
「さて、ワシ等も行くとするかの」
おい、さっさと振り返って歩いていくな!! 俺にしがみついて幸せそうに俯いてる
マリアはどうすればいいんだ!! おいこらブレちゃん!!!
そんな悲痛な想いも空しく、完全無視して歩いて行くブレドを見て、
ますますコイツが判らなくなってしまった。
どうしようもなく佇む俺と、幸せそうに寄りかかるマリア。
前途多難、いや前途女難というべきか。困ったもんだ。