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第一話 後編 「王として…」

 

  やや薄暗い寝室。窓は閉められており窓より上部、その左右に取り付けられた

   明かりが室内をオレンジ色に暖かく染めている。…ん? そういえば、

   電気なんて無いだろうに、火も使っている風にも見えない。

  高い位置にある照明器具を下から覗き込んでいると、それを見ていたブレドが

   命導力で明かりを付けている、と。フワフワと浮いたかと思うと、

   照明器具の上部を開け、何か細長い円筒形の物を見せてきた。

  淡くオレンジに輝く円筒形の物体。エオンリアクターと呼ばれる物らしく。

   平たく言えば電池のようなもののようだが…、エネルギー源は…。

   眉をひそめ、ソレから視線を逸らす俺にブレドは、リアドラの命は、

   日常に無くてはならない物にまでなってしまっている…と。

  酷い話だ。軽く左右に首を振り溜息をつき、ブレドの顔をじっと見つめる。

   「なんじゃ?」

  なんじゃ? じゃないだろ、そんな使われ方してる奴等がいるのに何とも思わないのかと。

   それを尋ねると肩を竦めて苦笑いし、俺達がどうなろうと知らない。

   ただブレド達は大神の使命を全うする道具に過ぎない、と。

  …こいつも道具…か。少し哀れみを込めた視線を送ると感づかれたのか、

   おもっきりスネを蹴られてしまった。

   「…今ここで朽ち果てたいか? お主」

  うわー…逆鱗に触れた様だ。慌てて謝ると彼女は何も言わず暗闇に溶け込む様に消えてしまった。

   蹴られたスネの痛みを抑えながら、無駄に大き過ぎるベッドに座り込み、

   周囲に視線をやると豪華な家具やバスが目に入り…マリアとリシアは居ない様だが…。

  相変わらず無言で気配さえ感じられない様に密やかに隅に立っているアリシャ。

   俺は話し相手が欲しかったのか、アリシャに声をかけると彼女は無言で

   足音も立てず歩み寄り、跪いた。

   「ルヴァン様。ご用命でしょうか」

  己を殺しているのか、淡々とした口調で意思も感じられない。

   そんな彼女の事を知りたいと思ったのか、俺は彼女の事を尋ねた。

   「私はヴァリス…で御座います」

  また聞きなれない呼称が出てきたので、それを尋ねると、

   いわゆる汚れ仕事の一切を引き受ける暗殺者。と言った所らしい。

   そのまま会話が繋がらなく、ただ沈黙が辺りを覆う。

  その沈黙を破る様に強く、アリシャは俺にご用命が無ければ下がります。

   そう言うと、また部屋の片隅に。

  ヴァリス…か、考えながら視線を彼女から本棚に移すと、丁度それに関する本が

   あったので、歩み寄りそれを手に取り開いてみる。

   うん、やっぱり暗殺者の様だ。へぇ…お?

  クエスター? また聞きなれない呼称だが…ああ、成る程。

   その道を極めた者のみが許される称号か。どうやらヴァリスの歴史の中では、

   まだ数人であり、現状で存在するものは皆無。

  ただ、5年前に『雷塵の瞬き』と呼ばれる双剣の歴代最強のヴァリスクエスターが居たとだけ。

   名も容姿も記されていない。いや知った者は必ず死が与えられた…か。

  命導力を巧みに操り人を超えた速度をもって、標的を確実に仕留める…怖いな。

  そのまま、静かに本を閉じて、ベッドに横たわり目を閉じる。

   …いきなり女が来て、うは!ちょっいや、やめて!きゃー。な展開を予想したが、

   こちらの心境を察してくれているのだろうか、アリシャ以外は誰も居ない。


  そのまま、相当疲れていたのか泥のように眠り…気がつけばお日様が真上近くになっていた。

   眠たい目をこすりつつ、起き上がると銀製の入れ物に水が入ったものをマリアが

   おはよう御座います、と差し出してきた。

  俺も挨拶をすると、それで顔を洗いタオルを受け取…何かおかしいのか、俺の顔を

   見て軽く笑っている。…悪かったな寝起きに顔がむくれる体質なんだよ。

   大きく伸びをし、周囲を見回すと相変わらず片隅にアリシャ…というか寝てないのか?

  そう言えばリシアが見当たらない。それをマリアに尋ねると寝室でふてくされていると。

   そこまで幻滅させたか…謝りたい所だが…。

   「ええ、口よりも成長した貴方を。ルヴァンを見せてあげて下さい」

  読まれた。まぁ考えが顔に出るのだろう。思考に相槌を打たれてしまった。

   そう言いながら、彼女は朝食…てかもう昼食だが俺の目の前に運んできた。

  朝食らしくパンとスープとサラダ…。これを見てリアドラの食べ物は?

   とマリアに尋ねると、街中を徘徊している小動物や森の草葉です。

  何か綺麗に例えたが、要はドブネズミや雑草を食って生きてるんだろう。

   酷い、俺なら耐え切れずに餓死してるわ。

  悩み込む俺に、マリアが今日は城下町をゆっくりと見回して着て下さい、と。

   守るべき者はリアドラなのか? それを認識させたいのだろうか。

  …いや、それよりも何のかんの言って、俺の意思をある方向に強制させようとして

   いる気がしなくも無い。何か引っかかるが、彼女には彼女なりの考えがありここに居る。

   それはどんな事をしても叶えたい事であるのだろうか…。そう思えた。

   「どうか、しましたか?」

  不思議そうに首を傾げる彼女に対し、質問ではなく、今ここで衣服を脱げ。

   そう命じてみた。下心があるのでは無い、この疑問に対する確信が欲しい。

  少し、悲しそうな表情を浮かべた彼女だが、躊躇わずに衣服を上着から脱ぎ始める。

   肩周辺の肌が露出し、胸が露になる寸でのところで途中で止め、

   俺は謝った。彼女に試す様な事をして悪かったと。

   「ルヴァン…いつお気づきに?」

  ただなんとなくだが、俺の意思をある方向に向けようとしている。

   それは確信が持てた。どうやら彼女も目的がありここに居る。

   それが判ったので、今は追及しないでおこう。彼女の信用を失いたくは無い。

   ただ、一言。俺と君の利害が一致しているのなら、今はそれでいいと。

  彼女はもっと別の理由でリアドラを救いたいのだろうか、何か強い使命感でも

   あるのか、判らないが…今はこれで良しとしておこう。

   「ルヴァン…」

  ん? 何か言いたそうだったが、無理矢理言葉を飲み込んでしまったぞ。

   まぁいいか、それよりも早速城下町に出るとしよう。

  

  お~…凄い賑わいだ。城から外に向かって丁度6時の方向めがけて真っ直ぐに

   伸びた大通り。そこに並び立つ出店の数たるや…向こうが見えない。

   溢れかえる程の人通りに、品物を売ろうという気合のこもった宣伝文句が飛び交う

   そんな中を俺は歩いている。服装は茶色の暖かそうなケープを羽織っていたり、

   ドレスを着ていたり、身分というのもあるだろうが、どうやら他国からの人も

   多くいるようだ。

  と、あたりをキョロキョロと見回していると…喉から涎がこみ上げて来る。

   とでも言えばいいのか、白い煙が俺の鼻を掠めるとフラフラとそこに歩み寄っていた。

  何か巨大な肉を棒で刺し、調味料か何かをハケの様なもので塗りこみつつ回転させて

   焼いている。やべぇうまそうだ…が、手持ちが無い事に気づきうな垂れながら後にした。

  手持ちが無いと買い物も出来ない、更には土地にも明るくない…ああ。

   思い出したかの様にあの酒場に。ふむ。流石にこの時間帯は人が居ないようで

   女店主のお姉さんが暇そうにカウンターに腰かけて…ちょ、なんというけしからん

   フトモモを露にして…きわど過ぎる!! ここまで際どいと下着の色が気になって

   仕方ないと思うのは正常だろう、男として。

   「あら~? 昨日のボウヤ…? かしら」

  どう見ても同一人物だろうが、確かめる様に店に入った俺に歩み寄り、

   確かめる様に足元からジッと見られ…蛇に睨まれたカエルになってる俺。

  彼女は、見終えると色っぽい仕草で右手の人差し指を唇に当てて首を傾げている。

   「ふぅ…ん。わりといい顔になったじゃない」

  …ブレドにも言われたが、そうなのか? 判らない。

   首を傾げて自分の顔を触りつつ確かめる俺を見て軽く笑う彼女は、

   意思は見つけられてもまだ力が伴っていない。

  力無き理想は妄想であり、理想無き力は暴走だと。言い得て妙かなとでもいえばいいのか、

   返す言葉も無くただ頷いたが…力。6つの願い。

  考え込む俺に、命導力の話と、ヴァリスクエスターの話をしてくれた。

   『雷塵の瞬き』名も姿も定かではない確殺者。唯一つ、本に載ってない事を

    彼女は知っていた。流石は酒場の店主と言う所か。

   内容は、アリシャがその最初で最後の弟子であるという事。

  5年前、雨が滝の様に降りしきる中、身も心もズタズタにされた

   瀕死のアリシャと、ヴァリスクエスターは出会い、彼女に持ち得る全てを

   伝授し引退した、と。…てことは何か、そいつの所在を知っているのはアリシャだけか。

  何とか味方に引き込めれば…。

   「雷塵の瞬きは引退したのよ? 頼っては…だ~め」

  ぐあー、読まれた。また読まれた。…いやまぁ普通そう考えるか。

   何か色々と考えている俺の背に、何を油を売っている…と、冷たい視線。

   あれから姿が見えなかったブレドだ。

  ブレドが俺から店主に視線を向けると、面識があるのか懐かしむ様に挨拶している。

   「あら…。ブレちゃんお久しぶりね~」

  思わず噴出して大笑いした。ブレちゃん。ブレまくってるからか?

   そうなのか?と思うや否や大笑いする俺を後ろから蹴り飛ばし、あろうことか

   俺を踏みつけてブレちゃんと言うなと、店主と会話している。

  そういえば、自己紹介してなかったな~つか、いい加減のけ!と彼女を払いのけようと

   するとヒラリと身を翻してかわし、地面に着地し…鼻で笑いやがった。

   「甘いわ阿呆が」

  むかつく! 非常に人を舐め腐ったこの態度と言葉。見た目は少女だが、

   中身はビーストじゃないのかこいつ。恐ろしい程に身軽だ。

  まぁ、諦めて店主に自己紹介をすると、彼女はおっとりした口調で

   手に口を当てて色っぽく笑いつつ自己紹介。

   ベルディアール=イルシア=イサナ=ディグラントと言う名前らしいが…長いな!

  遠い島国の出で、ワケありで今はこの国、白都セアーラにいるらしい。

   どの名前で呼べばいいのかと迷っている俺を察したのか…

   「イル。でいいわよ? イクちゃん?」

  イクちゃん!? …ブレドが嫌がっている理由が良く判った。確かに嫌だこれは…。

   何かむず痒い感覚を覚えて悶えている俺にブレドは彼女に用事があるから

   出て行けと命令してきた。…俺もきたばっかで色々と知りたいのだが…。

   「知らぬ消えろ目障りじゃ」

  うわー…彼女に聞きたい事が山程あるというのに、見下し三段活用的な言葉で一蹴された。

   肩を落とす俺を見て、エルはブレドが来る時は余程の事だから勘弁してねと…。

  うーんまぁ、旧知の仲であり大事な話なら仕方ないと頷き店を出た。

   さて…雲ひとつ無い透き通る様な青い空の下、自分の目的を持ち賑わう人々。

   そんな街中に、目的を求めて徘徊する俺…何か、みっともないな。

  仕方無く、俺は城に戻り寝室へと入ると…マリアとリシアはいなく…相変わらず

   片隅にはアリシャ。…く、空気が重い。

  豪華な家具一式とこの威圧感すら醸し出す巨大ベッド。更にどう接していいのかわからない

   アリシャ。潰されそうなプレッシャーがのしかかる。

   そうだ、『雷塵の瞬き』の事を聞いてみようと彼女に歩み寄ると、跪き自分から

   その事を話し出した。てか何故判ったのか、話の途中で尋ねると何時如何なる時でも

   俺の傍に…と。一歩間違えばストーカーだが、ヴァリスクエスターの弟子。

  いや、次期ヴァリスクエスターと言えばいいか、そんな彼女が護衛とは心強い。

   で、話の内容だがイルから聞いた事と変わらず、居場所どころか名すら教えてくれない。

   ルヴァンといえど絶対忠誠では無い…という事だろう。

  つまり、それは彼女が俺と道を違える事があれば。敵に回るという事でもあり…

   考えるだけでゾッとする。

  何となくだが、彼女の瞳に目がいった…何故か、それは紅い瞳をしているからだ。

   それに気づいた彼女はリアドラの特徴であると。そう言えば、あの子供達も

   瞳が赤だったな。 ん?何か今にも自分の眼を潰したいと言わんばかりに

   右手で顔を覆い…体が小刻みに震えている。

   「忌まわしい…血の色。 不幸になる紅の眼」

  いや、そりゃ差別からくる貧富の差。それによる貧しさとかそういったモノだろう?

   俺は裂傷というよりも酷い擦過傷に近い裂傷、その跡が酷く残るアリシャの頬を

   そっと撫でると、ルビーという綺麗な宝石が俺の居た世界にあり、それに勝るとも劣らない

   綺麗な眼をしている。そう言うと、感情を出さない彼女が目を丸くし

   必死で何かを抑えている様に見てとれた。

  優しさに慣れていないのだろう、それは戸惑いである事は手に取るように判る。

   そんな彼女に同情は宜しくないだろう。どうすべきか…、答えはもう決めている。

   まぁ、それは…お? 扉を叩く音と共にマリアの声が聞こえ、入室の許可を求めている。

   勝手に入っても構わないのに…と思うが、そういう分別も大事なのだろう。許可すると、

   彼女は扉を両手で開け、深く一礼をして今晩の食事の折、クラドア様が答えを求めていると。

   クラドア…ああ、あの白髪の老人か。

  大きく開かれたドアの中央に立つマリアの表情は、いつものやんわりとした表情では無い。

   ソレに対し、俺も公私を弁えないといけないと悟り、ありがとう。と礼を言う。

  そうすると、いつものやんわりとした彼女に戻り、戸惑うアリシャを見ると俺に視線を移す。

   「ルヴァン…」

  何か言いたそうだが、言葉を飲み込んでしまったようだ。何?俺に惚れたからアリシャと

   いい雰囲気醸し出してると思って嫉妬? 女の嫉妬は怖いと聞くが…。

  などと自惚れて頭を掻いていると、勘違いしないで下さいと言われてしまったよ。

   じゃあ一体なんだったのか、判らないまま日が落ち夕食の場へと。


  なんという長いテーブル。なんという料理の数。とてもこの人数で食いきれない量が

   並び、部屋には近衛とメイドさんがズラリと並んでいる。その中にマリアとリシアの姿もあり。

   視線をリシアに向けるとそっぽを向かれる始末。まだ怒っているようだなありゃ。

   均等に並んだ豪華な銀製の椅子そこに腰をかけようとすると、マリアに席はあちらですと

   案内され目をやると、テーブルの一番奥の特等席。ひたすら豪華としかいいようがない椅子が

   俺を威圧してくる。余り座りたくない椅子だなこれは…と思いつつも座ると、

  この国の重臣だろうかゾロゾロと入ってきて、その中にクラドアの姿も在る。

   それぞれが俺の方を向き、深くにこやかに一礼をするが…目が笑って無いのが

   結構いるようだ。ま、そりゃいきなり来て国王ですってのもな。それに既にリアドラの

   件に関しての事も多少なりと知れ渡っているのだろう、表情からそれが見て取れる。

  恐らくこの中の幾人かは、今の暮らしを脅かす者としか映って無いのだろう。

   それぞれの思惑の中、会食が行われクラドアの宣言と共に皆が口々に何かを語らい、

   料理を口にしている。そんな中で取り残された俺は…ん? 何か汚い格好をした男が俺の前に

   身を極端に低くして歩み寄り、一度頭を地面につけて立ち上がり…何してる。

   俺の食い物を食べやがった、一皿をチョコチョコと啄ばむ程度で。

  …。何してるのか判らないまま眉間にシワを寄せて見ているとクラドアが毒見ですと…。

   慌てて俺はその男を取り押さえ、料理から突き放しクラドアに怒りの声を上げる。

   立場上それは判るが、目の前で血を吐いて倒れられたらたまらない。

   何より、そんな事に命を落とさせたくない。それを伝えるとクラドアが目を丸くし、

   他の重臣達も互いに顔を見合わせて呆れている。

   「ルヴァン。貴方はご自分の立場を良く理解しておられないようで…」

  重臣の一人が俺に向けて喋ってきたが、睨み返しこの場から出て行けと言い放つ。

   俺の身を案じての進言である事は重々承知だが、それでは収まらない憤りが口から

   矢継ぎ早に飛び出す。肩で息を切らし周囲を威嚇する様に睨みつけるが、クラドアは

   俺の心中を理解しているのだろう。優しく宥める様に貴方が死ねば誰があの者達を

   救うのです? 彼は自ら名乗り出たのです。ルヴァンを守りたい…と。

  その言葉に我を取り戻し、その男を良く見るとあの晩に出会った男じゃないか。

   半ば放心状態の俺にその男は、平伏しながら俺がリアドラ達を救うのと言うのなら、

   リアドラ達もまた俺を守る為に…と。

    「ルヴァンよ、先人として進言致しましょう」

   座席からクラドアが立ち上がり、険しい表情で見据えてくる。

    彼は、貴方と共に険しい道なき道を裸足で歩くと決心したのです。

    …。黙り込む俺に続けて言葉を連ねるクラドアの目は真剣そのもの。

    「リアドラを救うのならば、例えその先に多くの死があろうとも、

     それを踏み越え幾千幾万の屍の道を、貴方は歩かねばなりません」

   ぐ…返す言葉も見つからない。いや、想像すらしていなかった屍の道。

    「彼等は死すとも貴方の意思と共に在り続けるでしょう。

       どうか、その想いを背負い歩いて下さいませ」

   お…も…い。重すぎる! 無理だ無…ん? 視線を逸らした先、この部屋の入り口。

    そこから見慣れた子供…あの子達がジッ…と見ている。

    この男が連れてきたのか、よくクラドアは許したな…いや許すべきと判断したのか、

    こうなるだろうと予想して。 食えない爺さんだ…いや食わないが。

   どう…答える。全員の貫く様な視線が俺に収束するのが分かる。

    一つだけ背後から冷たい視線…ブレドか。飯も食わずに俺の背後に立っていたのか…。

    大きく深呼吸をし、あの時アリシャの頬を撫でた時に決めた決意、子供達を見て

    決めた覚悟。見せるのは…今か。

   俺は力強く立ち上がり、公私を弁え強く語る。アリシャを此処に呼べ、と。

    呼ばずとも、近くに居たのか、言った瞬間に横に来ていたのに少し驚いたが。

    足元で跪くアリシャの腕を掴み引き起こし、強く肩を抱く。

   周囲にざわめきが巻き起こるが完全無視する俺の後ろからブレドの確認の声がする。

    それに躊躇いもなく返事をすると、ブレドはフワリと浮き上がりテーブルの上に立つが、

    どうも重力遮断でもしているのか、ツインテールだけまだフワフワと浮いているな…。

    そして、手に持っている黒い玉…だろうかそれを両手で持ち見下ろす先は、

   俺と、肩を突然強く抱かれて戸惑うアリシャ。それを一瞥すると黒い玉を頭上高くに掲げると同時に

    誰に言うでもなく言葉を連ねた。

    「世界に生きる者達よ聞くがいい、視るがいい。

      大神リアギネイスの御名において これより黒の王の戴冠の儀を執り行う。」

    ブレドが両手で持っていた黒い玉が涼やかに響き渡る音と共に…割れたその瞬間。

   周囲が突然真っ暗になると、頭の中に映像…というかここの状況が流れ込んでくる。

    …まさかと思うが…確認しようとするとブレドに睨まれた。

    本当に全世界に伝えられているのか…迂闊な事は言えないぞ。

    少し間を空けさせてしまったが、ブレドは一つ咳払いをし、右手を俺に向け

    ルヴァンとしてどう在るか、その存在意義を問われた。

   その問いに対し、俺はブレドに一つの願いをすると同時にアリシャの肩を更に強く抱く。

    「それが答えか…。あい判った、その願い叶えよう」

    軽く差し出された左手はアリシャに向けられ、彼女は薄く黒い膜の様な物に包まれてすぐに

     その膜は溶ける様に消え失せ、そこに立っているのは体の傷全てを取り除かれたアリシャ。

    彼女は目を丸くし、自身の腕にある傷や、

     触れて判る程に酷い顔の傷を探す様に自分の肌に触れ、半ば放心状態に陥っている様だ。

    それを確認すると再びブレドが俺に対し、世界に宣言せよと。…。

     その視線はいつになく真剣で、明確な答えを求める物である事は言うまでも無い。

     それに応えるべく俺は一歩前に出る。

      「俺…いや。私はイクト。今見ただろう事が全てだ…」

    強く右腕を右に払い大声でリアドラに呼びかける。

      「lリアドラが私の為に死ぬというならば、私は力無き者達の力となり一振りの剣となる」

     周囲は暗くて見えないがざわめきが聞こえるも、気にする事もなく強く一歩を踏み出す。

      「リアドラを虐げてきた者達に告ぐ…この腐れた秩序の終わりの時は来た!」

     払った右腕を強く握り、自分の胸元に当て最後に誓いを立てる。

      それは、崇高な意思でもなんでもない。ただ、彼等に人並みの生活を与える…と。

     暗闇に浮かぶブレドがそれを聞いて満足したかの様な笑みを浮かべ、

      剣となる…か、汝が望めばその誓いは審判の剣とあいなろう、と。

     …いまいち意味が判らないが…。空気的に望むべきか? そう思い願ってみた。

      「よかろう、2つ目の願い。大神リアギネイスの右腕に在りし黒き剣。

        審剣ヘルブレドを汝に託す」

    ヘルブレドって…いや、それ以前に神の剣っておい! いきなりぶっ飛んだぞ!

     ん?なんだ俺の方を睨みつけて…。成る程、審判…ね。それは俺も含まれると言う事か。

     もし誓いを違える事があれば、その剣は幾千幾万の腕となり俺を地獄に引きずり込む…と。

     そのままブレドは世界に向けてとんでもない事を言い放ちやがる。

     何をいったかって? 余りの事に顎が外れるかと思ったが…まぁ、あれだ。

     俺を差し置いて喧嘩を売りやがった、全世界に向けて…だ。

     …で、ブレドに相槌を目で求められた。…もう後戻りできないなこりゃ。

    半ば自棄になりつつも、ブレドに合わせて俺も大声で叫んだ。

     この世界に混沌をもたらし、そして新たなる秩序。新世紀を築く。

     その為にはいかなる犠牲も厭わず、我が道を往く! と。

    その瞬間、どこからか狂気にも似た憤怒・罵声が幾つも聞こえると同時に、歓喜の声も聞こえてきた。

     何事かと周囲を見回すが真っ暗だが…正面にフワフワと浮いているブレドが

     世界中の声を俺に聞かせているのだと言う事が判った。

     「ふふ…ルヴァン。主が往く道、決して甘いモノでは無いぞ?」

    そうなる様に仕向けたのはどこの誰だ、この女狐…いやタヌキの方がいいか。

     半ばふて腐れる俺の顔を見せない為か? あの暗闇が晴れ、先程の食堂に…ってぬっぎゃぁぁぁっ!?

     周囲確認する間も与えない不可抗力の衝突事故。おっぱいと言う名の二輪の下敷きになる

     俺の顔。誰だ!いきなり押し倒し…お前かリシアぁぁっ!

      「あはは!まさか世界に啖呵切るなんて思わなかったよ!」

    ぐ…ぐるじい。大きな胸に顔を圧迫されて息が…ぐは。 慌ててリシアの背中をタップして離して

     貰うと、そこには顔は笑っているが涙ぐんでいるリシアの姿があり、その後方では、

     マリアがハンカチで右目の涙を拭いている。クラドアは…他の重臣と何か話しをしている様だが…。

      「まぁ、少々知恵の回らぬ所もあるが…、良しとしようかの」

    お前、世界に喧嘩売ってまだ足らんのか。全く…ぶつぶつ言いながら頭を掻きつつマリアの前に。

      何が言いたいのかは本人も判っている様だが、視線が俺では無く、ブレドに向いた所を

      見ると成る程。そう言う事か。

      「そう責めてやるで無い。この者もこの者でなりふり構っていられぬでな」

     そう言うと、彼女では無くブレドが事の次第を打ち明けた。

      要約すると、マリアの母方はリアドラであり、ある国で類まれな命導力を日々奪われているという。

      命導力は時間をおけばある程度は回復する。

     だが、そのキャパシティの大きさが返って彼女の母を苦しめていると。

      以前にブレドとマリアは出会っており、この国に連れて来ると言う事を知り、仕えていたのだ、と。

      「ルヴァン、貴方様を利用した罪、いかなる処罰も喜んで受けます!

         ですが…ですがどうか!」

    その場に跪…いや泣き崩れた…か、マリアを庇う様に抱きしめたリシアが姫様…と。

     ん? 何だって? ああ、成る程。自国には来ないと知り、身分と…名前もだろうか偽りこの国に居たのか。

     然しその国のカラーナの娘だろう? …祝福されて生まれてきた。と言うわけでは無く、

     マリアもマリアで、アリシャに勝るとも劣らない境遇の中を生きてきたのか。

    ふと、リシアに優しく抱きしめられ泣き崩れるマリアを見て、自分の今までの生活を省みる。

     今日の晩飯に文句つけたり、学校行くのダルいとか。何と我侭で贅沢なのだろうかと。

     色々と自分を先ず見つめなおす必要はある…か。

    俺は、二人のした事一切を不問とし、これからも至らない部分の多い俺を助けてくれ。

     そう微笑みかけると、リシアは安堵の息を大きく漏らしマリアと一緒に泣いてしまっ…痛!?

     突然後ろから俺の頭部めがけてカカトいや、ヒールがグサり。ブレドが浮遊しながら

     ハイヒールでカカト落としという凶悪な技を放ちやがった。

     「女を泣かせるで無いわ」

    これは嬉し涙だから問題無いだろうが! 言い返すと鼻で笑い、これからどうするのかと。

     彼女が言うにこの国を中心として東西南北四つの国があり、西にあるクラヴェリアと言う

     海に面した水の国がある。

    其処はマリアとリシアの生まれた国で、彼女達を許した時点で揺るぐ事の無い

     友好関係は結べるだろうが…。他の三国はそうでは無い事を告げられた。

    暫し、静寂が周囲を支配し、それを破る様にクラドアが歩み寄り最悪の状況を想定する。

     簡単な事だ、三国で共同戦線を張り、ルヴァンが願いにより力を付ける前に一気に

     この国を叩き潰す為、明日にでも行動を開始するだろうと。

    その場に居た全員が生唾を飲む…いや、一人だけ自信満面にそれをあざ笑う奴が居る。

     「ふ…はははっ! 知恵も働かぬ小虫風情が群れを成すか」

     …そこで何故俺を見る? っ! 腕を掴むな!!  

     「ルヴァンよ。主の初陣じゃ。彼の地を愚物の血肉で埋め尽くしてやるがよ…いたっ!」

    反射的に何か一人で散々な事を言うブレドの頭を殴ってしまった。

     余程痛いのか、頭を右手で摩りつつ涙目で俺を睨みつけて文句を言ってくるが、

     戦争以前にこの我トリング娘のメンテナンスが必要そうだな。

     が、まぁ、言い方は悪いが確かに戦争であるからには…。頭痛がしてきたぞ。

    悩む俺。いまだに泣き止まぬマリアとリシア。回避手段や防衛作戦等で頭をフル回転させているだろう

     クラドア。そしてこの俺の横で怒鳴り散らす我トリング娘。

    今、思えば、俺はこの国の事を何も知らない。軍事設備とかそういった類も含めて…だ。

     まぁ、これから大変な事になりそうだ。色々な意味で。

    

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