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第一話 前編 「王として…」

  中宮 育斗17歳、取り分け秀でた物も無い全くの凡人…いや凡骨。

    いきなり何を? それはこちらが言いたい!!

  いきなり現れて訳の分からない事を押し付けられ、

   半ば強制的に連れてこられ、いきなり王様だと!? 

  こんな凡骨に何千万、下手すりゃ何億の民をどうしろと!?

   そんなふざけた事態を押し付けた張本人が、隣にいる。

  俺の身長175で横を見ると性格が出ているのか、

   妙に尖がったツインテが重力に負け、ヘタレている部分が辛うじて見える。

  黒く腰まで届くツインテに、ボロいドレスの様な洋服、と黒い

   やたら急角度のハイヒール。目は鋭くまるで黒猫だ。

  不吉どころか厄介事を運んできやがってくれました。

   「何を馬鹿面下げて呆けておる、さっさと往かぬか」

  いってぇ!? スネを蹴られ思わず屈みこみ蹴られた右足のスネを

  左手で抑えながら視線を前にやると、見たくない非現実的な現実が其処に在る。

  赤い生地に金刺繍、踏むのを躊躇う程に高価そうな縦長の絨毯。

   その先に6段だけ階段があり、大理石の様な巨大な柱…いや、

   てっぺんに何かの像が見えるか。その間に金や銀で装飾されたこれまた高そうな

   玉座。しかし座り心地は余り良くなさそうな気がする、

   背もたれに何か白い紋章の入った青い垂れ幕? 見たいな物が掛けられている。

  その玉座の横に跪いている、あから様に王様ですと言わんばかりの老人がいて、

   俺の方ににこやかに視線を送り跪いている。

  …慌てて視線を逸らして左右を見ると、騎士です。近衛です!

   と、言わんばかりの人が俺を挟む様に一列に並びスピアを右手に持ち、

   ビシッと立って…ああ、一人体調不良なのか、単にあの樽みたいな兜が

   重いのか…重いだろうそんな鉄の塊! というか凄いマヌケな兜に見えなくも無い。

  周囲を見回す俺に対してだろう、先ほどの老人が軽く咳払い。

   それに気がついて慌てて視線を白髪白髭のサンタを思わせるふくよかな老人へと。

   「ようこそおいで下さいました」

  何か、跪いたまま老人が話し出したが、内容を要約すると、

   この世界に新たなる秩序をもたらす者の来訪を心より待ちわびておりました。

   らしい。…秩序の事はまぁ、あのチビ黒…いやブレドから聞いているが。

   王になるとは聞いていないぞ! 断固拒否したい是が非で…

   「後戻りは出来ぬぞ? イクト」

   読まれた! いや顔に出ていたのか、ニヤニヤとしながら困る俺を両腕を組み下から

   見上げているブレド。嵌められた!

  嫌そうな表情を見て察したのか、立ち上がり俺の前に歩み寄ってきた老人が

   少し時間が必要そうですな。と、

   ブレドに言うとそれに面倒くさそうに相槌を打ち、一言。

   「玉座に縛り付けてしまえばいいじゃろ」

  と、愚痴を老人に吐き捨てた。…この娘ぇぇぇぇぇ。

  老人はそれを軽く流し、ブレドを嗜めて寝室へ案内する様にと、近衛の内の一人、

   さっきフラついていた奴だな。そいつに命令した。

  軽く敬礼した近衛は俺達を連れて豪華な謁見の間だろう、そこを後にした。


  さて、ここで少し自分の頭の中を整理したい。そう思う。

   この厚顔不遜なチビ助。ヘル=ブレドとの出会いから。

  それは、吸い込まれる様に夕日に向かって細く長く続く赤焼けた雲の下での事。

   少し肌寒い乾いた風と見慣れた町並み。ただ一つだけ見慣れぬ黒い物体。

   この少女である。黒衣の少女は「貴様に決めた」と。

  有無を言わさず小さい手で俺の右腕を引っ張り、あろうことか飛び上がった。

   瞬く間に地面が遠くなり、フリーフォールや高い所から覗くと必ずなるアレ。

   股間部分がスーッとする感じが襲い、それどころか気も遠くなりそうな

   俺に追い討ちをかける様に途方も無く大きな門が街の遥か上空に現れていた。

  …俺達以外に見えないのか? こんな馬鹿でかい街一つ足してもはまりきらない

   規格外の飛行物体、いや浮遊物体? なソレに対し全く反応の無い街。

  本来なら自衛隊やら何やらがすっ飛んできそうなソレは鈍い音とともに開かれた。

   扉の向こうには、何処かの国立公園の様に凄く綺麗な自然が見え、

   そこから吹く風は、ほんのりと香ばしいナッツの香りを運んできている。

  門を背にして、ブレドは自己紹介をし、体を開き左手をその自然に向ける。

   俺の視線は扉の向こうからブレドへと。

   「ワシはヘル=ブレド! 大神リアギネイスの右手に抱かれし者。

     主の名は?」

  余りの事に半ば放心状態でこちらも自己紹介すると、俺の右腕を強く掴みこう言う。

   ある程度の制約はあるが、6つの願いを叶えよう。

  その願いにて、彼の地ナイアレートに新たな秩序をもたらすのだ! と。

   …。まさに無拍子。唐突過ぎる奇天烈な展開が俺の腹部に叩き込まれる。

   一体何がどうなっているのか、聞こうとする俺を引っ張り勢い良く飛び出した。

  …どんだけマイペースなんだこの娘はぁぁぁっ!!!

   人の言う事に耳を貸さず、

   関西のオバチャンも裸足で逃げ出すだろう速射砲の如く撃ちつけてくる我トリング娘。

  そして、見た事も無い…いや知っているが見る事がある筈の無い生物。

   翼竜らしき生物やら何やら、とんでもないものがいる中を飛び

   そして現在に至る。

  もうなんというか、頭の整理が追いつきません。

   6つの願いを叶える・新たなる秩序…そして王。次は何だ?神にでもなれと?

  頭の中でグルグルと渦巻きが回っています超高速で。

   少し、考えるのをやめて場内の廊下を見回すと、

   高そうな台に高そうな花瓶と見たことの無い花。白い煉瓦の様な壁と床。

  一定間隔で白い柱があり、青い垂れ幕のような物に白い紋章。

   向こうから慌しそうにメイドさんっぽい女性が横を通り過ぎ、

   彼女を追う様に後から追って来る風と何かいい匂いに釣られて、視線を走り去る彼女に。

    「なんじゃ? 一つ目の願いは女が良いのか? 百か?千か?」

  …。そのナリでなんという事をサラリと…ニヤニヤするな!

   全く、なんという奴だ、けしからん!

  ちょっといいかも? などと思いつつも断り歩を進めていくと、一つの大きな扉の前へと。

  近衛が右手で扉を押し開き、体を開いて深く頭を下げて礼をしている。

   中へどうぞ、という事だろう。

  …うおー。キングサイズ通り越して何サイズだ?あのベッド。

   俺の部屋以上にデカい、デカ過ぎて得も言えぬ威圧感さえ漂っている。

   銀製だろうか、骨組みらしきものに彫り込まれた紋様に、赤い布が

   垂らされている豪華な天蓋…というのだろうか、初めて見た。

  余りに圧倒的な存在感に気圧され後ずさると、横に居たブレドが

   そのベッドにダイブ。遠慮とかそういった類は持ち合わせてなさそうだ。

   弾性が凄いのか、ベッドの上で跳ね飛んで遊んでいるブレドを見て、

   こうしてるとただの女の子だよな…と。

  遊ぶブレドから視線を逸らして周囲を見ると、な、何畳あるんだ!?

   恐ろしく広い寝室と、白のカーテンで仕切られた…なんだあれは。

   歩み寄ってカーテンを開けてみると、銀製だろうか。風呂がある。

   お湯は、入っておらず水道も無し。どうやって入るんだ?

  首を傾げていると、突然後ろから、ご入浴ですか?と声を掛けられた。

   慌てて振り返ると、そこにはメイドさんぽい洋服を着た女性が二人。

   いつの間に!? と言うと、軽く笑って部屋内の扉の両側にいましたよと。

  右手にいる茶髪で腰まであるストレート。透き通る様な白いは…鼻血でそうな

   程の美女であるとしか言い様が無い女性が言ってきて、左手にいる

   金髪ショートの女性は相槌を打って軽く笑っていた。

  俺は軽く自己紹介を済ませると、突然二人は跪いて自己紹介を。

   右手の女性はマリア=リーフ、左手の女性はリシア=リンドハーヴァルというらしい。

   いきなり跪かれてちょっと焦ったが、慌てて二人に立つ様に言うと二人は

   顔を見合わせて、クスリ…と笑うと立ち上がり、これから身の回りのお世話を

   させて頂きます。と、マリアが言うと、もう一人、リシアが俺の方へと

   歩み寄り…なんだ! ちょ息がっ良い匂い…じゃなくて息がかかる距離まで

   近寄るな!

    「夜のお世話も…ね?」

  …。王様万歳。亜音速で俺の脳裏にこの言葉が飛び込んできた。

   鼻の下を伸ばす俺の背後で、ブレドの声だろう、皮肉めいた言葉が

   背中に突き刺さってきた。それは、肉欲に溺れるのも良いが俺がここに来た

   意味を忘れるな…と。思わず背筋に寒気が走る。

  そう、何千万、下手すりゃ何億という人民の命運?を強引に握らされているという現実。

   然し、寒気の原因がソレでは無い。という事が俺の右腕、正確に言えば上腕。

  そこに柔らかくて暖かい感触と、耳元に寒気の原因。リシアの甘い吐息。

   思わず飛びのこうとしたが、リシアに押さえつけられ…いや押し倒された。

   「照れちゃってかわいいわね…」

  いや、ちょっ! 密着というか絡みつかれているというか…。

   「リシア? ルヴァンに対して失礼ですよ」

  マリアが、軽くリシアの頭をこづくと彼女が軽く舌を出して謝ると立ち上がり、

   俺も立ち上がろうとすると、マリアが手を謝罪の言葉と共に手を差し出してきた。

   軽く礼を言うと、そのまま手を握り立ち上がり一度大きく深呼吸する。

  ちなみに、ルヴァンとはこの世界の王の呼称であり、二人だけ許されているらしい。

   という事は、俺と同じ境遇の可哀想な奴がもう一人…か。

  全く…、何でこんな分不相応な事態に巻き込まれ…リシアに視線を少しだけ移すと、

   得したという思いもあるのが、否定出来ないのが悲しい。

  そんなこんな、風呂にお湯を入れて貰い風呂に入ったりしていると、

   お背中お流ししますよ。

   と、一糸纏わぬリシアが飛び込んできて散々だったのは、言うまでも無い。

  見た事も無い豪華な食事をとり、再び考える。

   少し扉に視線を移すと、マリアとリシアが立っている。

   …リシアが何か発情した動物の様に見えるのは気のせいか。

  どうにも玩具にされている気がしてならないワケだ。

 デカ過ぎるベッドに倒れ込み、考える。

  そう、秩序。一言に秩序と言われてもパッとしない。それを隣で暇そうにしている

  ブレドに聞くと彼女は面倒くさそうに答えてくれた。

 文字通り、俺が現在の世界の秩序を破壊し、混沌から新しい秩序を生み出すのだ…と。

  いやいやいや! 混沌ってなんだ!? 戦争か!? 無茶な、俺にそんな軍事能力やら何やら

  ある筈が…。

  「イクトよ。主の世界でショウギという遊戯があろう?それと同じ事じゃ」

 俺の表情から察したのかそう言って来て、付け加えて駒に意思と命があるかないか、

  それだけの違いだ、と。確かにそうかも知れんが…。ああ、成る程。

 だからルヴァンが二人なのか、…ん? 何か我慢できないのか、袖を引っ張って催促

  してきたぞ、願いはまだか…と。んじゃ手っ取り早く全知全能完全無欠の超人にしてくれ。

  そういうと、たわけ!と一喝された。なんでだよ願い聞いてくれるのじゃないのか。

 それを伝えると、忘れておったわ。と追記してきた。…天然か?ワザとか?

  ベッドの上で立ち上がり、寝転んでいる俺に右の手の平を向け5…いや、

  6だな。左手で人差し指が追加された。願いの数か?と聞くと、6つの願いに対し、

  6つの制約があると。

 ・この世界の根底を破壊する程の力は与えられない。

 ・人一人に対しての願いは一つ。複数人同時は認められない。

 ・瞬間移動は授けられない。

 ・自分の世界に帰るという願いも認められない。

 ・死は絶対である。蘇生は認められない。

 ・大神に害成す願いは認められない。

 以上。何か思ったより不便だな。とりあえず、彼女からのサービスなのか、

  この世界の言語の理解能力は授けて貰っている。

  でないとどうにもならないわな、そりゃ。

  「さて、では…」

 ん? 何かおもむろに部屋の隅へとブレドが視線を…っていつの間に居たんだありゃ?

  黒い布で顔を隠し黒のローブで身を包んだ人が…。

  「アレはリアドラという。階級でいえば最下級の者じゃ」

 身分制度があるのか、ルヴァンが最上級でリアドラが最下級と、

  ちなみにあのメイドさん二人は、イリエドと言う、中級に当たる階級らしい。

  あの王様っぽい老人は、上級カラーナ。

 ルヴァンが現れるまで国を預かるいわば管理人か。右手を顎に当てて何に納得したのか頷く

  俺を軽く見て、ブレドはリアドラという階級の者にこちらに来いと。

  足音も立てず、スーッと歩み寄ってくると俺の前に跪く。

  「お主、名を申せ」

 俺の変わりにブレドがでしゃばると、その人はアリシャ…と。女性か?声がそれっぽい。

  ブレドが、アリシャの前に立ち何かを知っている口調で、リアドラがどういう者かを

  教えてやれ。そういうと黙って頷…うな…うなぁぁぁっ!?

 いきなりローブをゆっくりと脱ぎ薄手のボロキレの様な衣服を取っ払って…。

  何かさっきから女体づくしであります。が、今回は余りの事に目を丸くした。

  「リアドラはこういう事をされても、何も言えぬ、逆らえぬ」

 ひでぇ…。顔には何か切れ味の悪い物でいくつも傷をつけられた後が酷く残り、

  胸が鍬か何かで無理矢理掻き抉られた様な…。なんでこんな。

  「こやつらは、ただの消耗品じゃ。命導力を使う為の」

 …。気がつけばブレドの襟を掴んで睨みつけ、大声を上げて怒っていた。

  それを軽々と払いのけ、俺に冷静に言葉を連ねる。これが今の秩序だと。

  成る程、虐げられる者は徹底して虐げられるのか、この世界は。

 然し酷い。俺はアリシャにその傷の事を聞きたいと思ったが、

  傷口に塩を塗る様な…表情から察したのか向こうから言ってきた。

  「ある街の酒場で下働きをしていた…」

 彼女より語られた事。

  その酒場の店主の娘よりも容姿が優れていた。ただそれだけで

  顔だけでなく、胸まで傷つけられ、暖炉にささっている焼けた鉄の棒で子供を

   生む。という事まで奪われた…それも酒場、店内の真ん中で客がそれを

   酒の肴にして楽しんでいた…と。

 一瞬血の気が引いた。開いた口が塞がらない…段々と得も言えぬ怒りがこみ上げてくる。

  その怒りをブレドにぶつけると、先代のルヴァンの築いた秩序が狂ってしまったと。

  そして、新たなる秩序をもたらすべく、彼女は俺の居た世界に探しに来たと。

 思わず視線をアリシャの股間の周囲に移すと、相当抵抗したのか、フトモモの内側に火傷の跡が無数にある。

   「わかったかの? これがリアドラ…」

 何かまだ言いたそうだったが、一人にしてくれと俺は足早に部屋を出た。


 夜風がやや冷たく、方角は分からないが、遠くから乾いた風が吹いてくる。

  どこか、ナッツの様な香ばしさを漂わせた風。その上空には宝石箱を返した様に無数に散らばり輝く星々。

 見下ろすと、城下町に温かみのあるオレンジ色の灯がいくつも灯り、窓からこぼれている。

  良く見ると建物は階級差別がある所為か、地区でもあるのだろう、

 城を中心としてある一線を境に極端に貧しくなっていく。まるで時計だ。

 数字が多い程、富んでいるのだろう。1から5までは家とも言えない上に、焚き火が見える。

  あれがリアドラだろう。人口的にはリアドラが多いのか…。

   「ルヴァン。夜風はお体に触りますよ?」

 丁寧でどこか気品を漂わせた声。マリアだな。上の空で返事をすると、

  彼女は俺の隣に立ち、微笑みかける。

   「リアドラの痛み・苦しみを悲しんでおられるのですね?」

 そうなのだろうか、正直分からない。…ただの正義感からくる同情なのかもしれない。

  彼女の方へと振り向き、想いを打ち明ける。

 何故だろう、いや。姉の様な感じがするからだろう。

   「もしルヴァンが。リアドラの救い手となるなら…」

 少し悲しげな顔をして、夜空を仰ぐ彼女。乾いた風が彼女の細く透き通る様な茶色の髪

  を軽くなびかせ、通り過ぎていく。容姿・動作どれをとっても絵になる上、この性格だ。

  そんな彼女が、夜空を見上げたまま、呟いた。リアドラを救う事。それはこの世界の秩序

  を破壊するだけでなく、多くの権力者を敵に回す事。いや、全世界を敵に回すと言っても

  過言では無いと。

 …。暫し静寂が辺りを包み、それを破る様に溜息を吐く。

  同情や安い正義感で手を出して良い物では無い。それを認識させられたからだ。

 意気消沈した俺を優しく包み込む様に抱きしめ…てるのはお前か!リシアぁぁっ!?

  なんというムードクラッシャー。シリアスファンタジーがコイツが現れた瞬間、

  エロファンタジーと化した気がしながらも…たわわな胸に埋もれていく俺の顔。

   「ルヴァン。早速泣き言? だらしない」

 んがー…泣き言の一つも出るだろう。あんな事を知ってしまって我欲に願い使えるか?普通。

  柔らかい胸に挟まれつつうな垂れる俺に向けてリシアが一喝。

   「だらしないわね!」

 …。そういわれても…なぁ? 悩む俺を突き放して、怒った素振りでテラスから室内へと

  行ってしまった…あちゃあ。さっそく信用を失ったか? 深く溜息を吐くと

  隣に居るマリアが代わりに謝ってきて、彼女が先代、白のルヴァンを英雄と信じて疑わない。

  だからこそ、彼女達の世代でルヴァンが現れたから期待していた。

  この世界に慈悲深い王、白の…背神のルヴァン、サムライが再び現れたのではないかと。

 …ん? サムライって侍? 先代はそんな昔なのか。俺は先代の事を彼女に聞くと、

  視線を俺から夜空に戻し、星の海とでもいうのか、やや明るい星の群れから少し

  離れたところに一際明るく輝く北極星の様な星に視線を向ける。

   「子供の頃に良く聞かされました…」

  再び、俺に視線を移し微笑むと言葉を連ね…ようとしたが用事を思い出したらしく、

  城下町にある酒場に行きそこの女主人に聞くといいと。俺の手に金貨を渡した彼女は

  慌てて場内へと駆け込んでいった。色々と大変なのだろう。


 言われるがまま、俺は城を出て酒場に向かうが、城門で見張りをしている騎士に何度も

  外は危険です。と止められたが、あるのか無いのか強権発動させて無事通過。

  時計でいうところの8時。の位置の中ごろにある酒場。覗き込むと活気があり、

  荒くれ者っぽい人達が酒盛り…いや、飲み比べをしている。

 店内は木製で統一されており、いかにも酒場という感じがする。

  店内の奥へと行き、カウンターに座るとスレンダーな妙齢のオバ…いやお姉さんというべきか。

  その人が、ミルクでいいかい?とお約束な事を言ってきた。

 何かムカついたので、店で一番強い酒をくれと。…ちなみに未成年で酒の経験皆無。

  驚いた仕草をした店主が奥へ行ったのを見送ると、先程の飲み比べの男達に視線を移す。

  良く見ると何人か床で吐いて倒れヒキツケ起こしているのも…死ぬぞこいつら。

 なんとも騒がしい店内。そして俺の正面にドンと勢い良く置かれた木製のジョッキが目に入った

  白く濁った酒……うわくさっ!!? 悪臭としか言いようが無いアルコールの塊がそこにある。

  頼んだモノは呑まなければ…と、ジッと黙って見ているお姉さんを横目に半分まで一度に

  流し込むと、喉が痛…熱!?いたあつっっ!! 思わず喉を両手で抑えて咳き込む。

   「無理するからよ~? 見栄なんて張っても良い事なんて無いのに」

 返す言葉もなく、咽ながら俯く俺にこうなるだろうと分かっていたのだろう。

  水を差し出してきたお姉さんに頭を下げて、水を貰い。そのまま先代ルヴァンの

  話を聞きたいと。ソレに対して軽く首を傾げて肩をすくめられた。

 どうも皆知っていて当然。当たり前の事を聞いた様な感じがする。

  慌てて俺が次代のルヴァンである事を告げると、目を丸くして覗き込んできた。

  ちょ…こうなんというかリシアとは比べ物にならない色気というか甘い匂いががが!

   「そう…」

 両腕を組んで俺を品定めでもしているのか、少し溜息を吐く彼女。

  それに対し、頼りなくてすみません…と言うと、慌てて弁解しているが、後の祭り。

  深く傷ついたもんね。わざとらしく塞ぎ込む。

   「先代、白のルヴァン、サムライ…」

 誤魔化すかの様に、話の続きをゆったりおっとりとした口調で言葉を連ねる。

  成る程、士農工商みたいな制度を持ち込んだのか、そしてルヴァンの死後

  それを束ねる者がいなくなり、秩序が狂って行ったと。

 そして当の本人は、たった一騎で幾万の敵兵と渡り合ったと…一騎当千どころじゃねぇ。

  願いで自己強化でも頼んだのだろうか…。彼女の言う所、王というよりは将という

  印象が強い。常に先陣をきり血路を開く豪傑といった所だろう。

 何より、とても厳しく、それ以上に優しい方であったと。

  黒のルヴァンが暴君となり我欲の限りを尽くし。彼は追い込まれた黒のルヴァンを

  止める為、力をを願い、彼を戒めて…何だと。

 神に害成す物は認められない。その制約をもう一人の叶える者と共に破った彼は、

  死を与えられず、今もこの世界の地下深くで生ける屍と化し永劫に彷徨っていると。

  …力。一体どんなのを。

 首を傾げていると、店主が俺にリアドラの事を尋ねて着た。

  そうすると、アリシャという女性を垣間見て来た事を告げると

  少し驚いた表情で、少し黙り込むと両腕を組んで俺に強く視線をぶつけてきた。

  「察するところ、何の為にルヴァンとなるか。それで悩んでいるね?」

 正確無比な指摘が飛んできたな。…黙って頷くと、彼女は言う。

  世の中に絶対に正しい事など無い…ってうぉっ!? カウンターを強く右手で叩き

  俺を睨みつけて言葉を連ねる。

  君が例えば、力を願い一つの国を圧政から救ったとしよう。

   それは正義か? と。

 うーん。そりゃ苦しむ民を救ったなら正義じゃないか?と。返すと、首を横に振る。

  「確かに、苦しむ民にとっては英雄と称えられるだろうね。

    だけど、民から巻き上げている権力者達とその親族や眷属達からすれば…」

 幸せを奪い去った侵略者…悪人か。って今度は俺の両肩を握ってきたってか痛い、細身なのに

  なんて力してんだこのお姉さん!!

  「それに関しては考えても無駄だよ。犠牲という物は何をするにしても付きまとうものさ」

 割り切れ…という事だろうか。考え込む俺に追い討ちをかける様に、リアドラを救うという

  のであれば必然と多くの国を敵に回す事になる…と。

  今必要なのは考える事じゃない。そう言うと後ろで呑み比べしている男達を指差し、

  あれは行き過ぎだろうけどねぇ。君にもあれくらいの若さがあってもいいと思うと。

  再び視線を戻し、今日は帰ると良い。そういうと他の客の方へと彼女は行ってしまった。

   「ああ、代金はいいよ。流石にルヴァンからは取れないさ」

 振り向きざまの彼女の言葉に店内の人の視線が一斉に突き刺さる。 

  …。細々と聞こえる声、聞くまでも無い。非難・侮蔑の声だ。

  そりゃ頼りないだろう。というかただの学生に荷が重過ぎるわ!

 かなり酔っているのか、足取りも危なげに、視線から逃げるように酒場を出る。

 薄暗い夜道をフラフラと帰り道を探していると、リアドラが住む場所だろう。

  そこに来てしまった。いや迷い込んだ。

 酔いが回り立っても居られなくなり、その場にへたり込むと同時に、プレッシャーと

  得も言えぬストレスが後押ししてか、激しく地面に胃に入った物を吐き出してしまう。

  そのまま倒れこみ、口を右手で拭きながら、胃酸による喉の痛みとアルコールによる胸焼け。

  恐らく相当酷い顔をしているに違いな…なんだ?

 何か数人の子供が覗き込んできた、てか凄い格好だな。服というよりも、ただの布切れ。

  この寒空にそれはキツくないか? そう思うとポケットに金貨がある事を思い出し、

  それを数人の子供の内の一人の小さな手に手渡した。

 首を傾げて不思議そうに金貨を覗き込むと、齧ったり舐めたり…いやお金それお金!

  食い物じゃないから食い物じゃ。お金も見た事無いのか…。

 いやそれ以前に臭いも酷い。風呂はいってな…そこまでか。

  髪はボサボサ伸び放題。清潔感の欠片も無し。

 ん?大人が向こうから…子供の手に握られた金貨と俺の顔を幾度も往復して、土に頭をこすり

  つけて礼を言ってきた…と思ったら子供は許して下さい、と。

  何の事か、それを尋ねると目を丸くして答えてくる。命導力の補充に子供を使うのは許して

  くれという事らしく…俺は軽く右手を振り、そんなつもりは無いと。

 ただ、そのお金で子供たちが少しでも暖を取れたらいいな。そう思っただけだと。

  そう言うや否や、男はただ涙を流し大声で礼を言い続けた。

  俺は、その男にルヴァンとして何が正しいのか、判らないが…、これは正しい事だ。

  そう思えたと言うと、礼を言うのをやめたと思ったらその場に転げる様に倒れ、

  目を丸くし絶句した顔でこちらを見ている。まぁ、最下級と最上級じゃなぁ…驚くか。

 そんな俺と男を我知らず。ただ、これで少しマシな生活が暫く出来るという事を

  会話から悟ったのか、満面の笑みで一言。ありがとうお兄ちゃん、と。

 …なんだろう。胸のつっかえやモヤモヤが取れた気がする。それを確認したいのか、

  子供達の頭を軽く撫でると、俺はこの子供達にもっとマシな生活がしたいか?

   人並みに物を食べ、人並みの服を着て、人並みに小さな家、小さなベッドでもいいから

   寝たいか? それを子供達に尋ねると、小難しい顔をして暫く考え込むと、

  乳歯が抜け落ちた歯を見せてマヌケ面といえばそうだが、満面の笑みで頷いた。

  再び強く頭を撫で、俺は子供達に礼を言うとその場を後にし、暗い夜道を歩き城門へと戻ってきた。


   「ほう? 何があったか知らぬが…中々に良い面構えじゃ」

  そう言って両手を腰にあて、無い胸を張り仁王立ちして頷いているブレドが言い、

   となりに心配そうに立っていたマリアが微笑んでいる。

   「ルヴァン…」

  これが正しい選択なのか?それは判らない…いや、ブレドの言う通りだろう。

   今現在で必要なのは考える事では無い。何を成すにしても絶対正義とはならない。

   ソレを認識して尚、立ちつづけ己の信じた道について来る者達を裏切らない覚悟。

   それが必要なのだろうと。

   「改めて聞こうかの。お主はこの世界に何を望む?」

  睨み付ける様な視線を俺に送ってくるブレドの視線。押し返す様に睨みつけ一言。


    「彼等に人並みの生活を…だ」

  何じゃそれは?と肩をすくめて苦笑いしつつ、怒った様に溜息を吐くブレドと、

   その言葉の意味を誰よりも理解してくれたのか、マリアが少し小難しい顔を

   したが…優しく微笑んで頷いてくれた。

   



  

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