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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

盛っちゃいました(笑)

作者: 赤川ココ
掲載日:2026/10/14

手慰み第数弾は、随分、本当に長く間が空いてしまいました。

それもこれも、パソコン初期設定に手間取ったせいです。

そして、手間取っている間に、進めようとしていた話が、頭から飛び出してしまって、かき集めるのに時間がかかったせいであります。

つまり、投降者本人の、怠惰なせいです。

短くまとめられないうえに、話のつながりが不自然かもしれないと思いつつ、投稿いたします。

読み返しても違和感があるのに、どこの部分なのか分からなくなっております。

分かったら都度、文章を治すかもしれませんが、その時はご了承ください。

 子爵家の次女がその男と会ったのは、ひと月前の学園の休日だった。

 メイドと庭を散歩して、昔からある立派な樹木の下に行ったとき、彼がするするとその樹木から降りてきたのだ。

 この国のものにしては、暗い肌色と黒い髪の優しい顔立ちの長身の若い男で、年は自分よりも二つ三つ上のように見える。

 そんな男が、変わった服装に似合わぬ仕草で丁寧に挨拶し、顔を上げた。

「まあ、あなた。とても身軽なのねっ。こんな大きな木に登っていたの?」

 一瞬で惹かれた令嬢が、声を跳ね上げて言うと、挨拶の後何かを言いかけていた男が、一瞬迷って頭を下げた。

「はい。子爵様より、この木の枝の剪定の依頼を受け、派遣されました。しばらくはご不便をおかけしますが……」

「すごいわっ。ねえ、この木は、何て名前の木なのかしら? わたくしの小さいころからあるのだけど、正式な名前は知りませんの」

「え、いや、それは、家庭教師の方にお聞きください。私ごときが、賢しらにお教えできる話では……」

「いやだ、緊張しないで? さ、一緒にお茶でも……」

 まくし立てる令嬢に照れたのか、男は焦って頭を下げ、樹木に登って行ってしまった。

 その躊躇いもない素早い動きも令嬢には新鮮で、もっと仲良くなりたくなった。

 だが、散歩のたびにその木の下に立ち、降りてくる男を茶に誘っても丁寧に断られ、三回目にはとうとう降りてくることすらなくなった。

「……ふふふ、貴族相手だから、遠慮してるのね」

 そう判断した令嬢はある休日、散歩では樹木に近づかず、男が休憩で降りてくる時を、自室で待ってみた。

 姿を見せなくなったが、休憩の時くらいは地面に降りるだろうと、考えたのだ。

 丁度通っている学園の同級生の、この国の第一王子とその側近候補二人が、屋敷を訪ねてきていたため、事情を話して四人でお茶会をしながら待っていると、案の定昼時にするすると樹木から男が下りてきた。

 普段着用のドレスの両裾をつまみ、血相を変えて走る子爵令嬢の後ろから、同じように血相を変えて走ってくる貴族の少年に気づき、男は仰天して手にしていた包みを取り落としそうになった。

 古い変わった包みを抱えなおした男は、顔を引きつらせて令嬢たちを見回す。

「? ?」

「君か? この木の剪定をしているのは?」

 王子が穏やかに声をかけると、おどおどと腰を低くした男が、ぎこちなく頭を下げた。

「はい。毎年こちらに選定に来る方が、事情により長期の休暇に入りまして、その代理でこちらの植樹の剪定の担当をしております」

「うむ、若いのに、ご苦労だな」

 ねぎらいの言葉にも、男は控えめに頭を下げた。

 明らかに貴族への対応に慣れていない男に、令嬢が笑顔を向けた。

「ねえ、今から休憩だから降りてきたのでしょう? 軽食を用意したから、一緒に昼食にしましょう?」

 そうして手を伸ばした娘を、あろうことか男は体ごと避けた。

「申し訳ありません。子爵様のご厚意で、昼食場所も提供いただいておりますので、お断りいたします」

「っ、そ、そんな……」

 腕をつかもうとした手が空をつかみ、令嬢が衝撃を受けて涙ぐむのを見た、王子の側近候補の伯爵令息が、そのまま一礼して立ち去ろうとする男の肘を、勢いよくつかんだ。

 国の騎士団長の息子である令息の、大柄な体と気迫に臆したのか、口の中で悲鳴を上げる年上の男に、伯爵令息は胸がすく思いで詰問する。

「おいっ。平民のくせに、貴族の誘いを断るとは、どういう了見だ?」

「っ、申し訳ありません。ですが、商会の規定で、ご貴族様からの過度な施しを受けることは、禁じられておりますのでっ」

「はあっ?」

 思わず怒鳴るように聞き返した伯爵令息に、男は身を縮めながら続けた。

「依頼をしてくださる貴族様方にも、納得の上の規約であると聞いておりますっ。どうか、ご確認くださいっっ」

 そして、つかんできた手を振りほどこうとする。

 見た目に反して、強い抵抗だ。

 驚きつつも、伯爵令息は振りほどかれる前につかんだ手の力を強め、令嬢の前に乱暴に引き戻した。

「っ」

 強く引かれた拍子に、男の手から布に包まれた何かが離れ、その中身が芝生が敷き詰められた地面にぶちまけられてしまった。

「あ……」

 体がよろめいたものの、何とか足を踏みしめてこらえた男が、その惨状を見下ろして小さく声を上げる。

 包みの中身は、男の昼食だったようで、布に包まれていた木の皮らしき物が開き、白い三角形の団子のようなものが転がっていた。

 何とも言えない沈黙が走る中、男が膝をついてそれに手を伸ばす。

 木の皮らしき物の上に白い物体と、一緒に転がり出ていた簡素なおかずらしき物体も戻し、布を伸ばしてその上に戻した。

 歯を食いしばって布を結びなおす男の様子を見つつ、焦った令嬢が明るく謝った。

「わたくしのお友達が、お弁当を台無しにしてしまって、ごめんなさい。お詫びと言っては何だけど、お茶に呼ばれてはくれないかしら?」

 男の手が、止まった。

 それに気づかず、気まずげに黙った伯爵令息が、令嬢の言葉に追従する。

「そ、そうだ。そもそも、お前が悪いんだぞ。たかが使用人が、貴族のお誘いを断るなんてな」

「見た限り、ずいぶん簡素で不格好な弁当だった。いつもそんな、不味そうなものを持たされているのか? 誰が持たせているのかは知らないが、食べる者の気持ちくらい、考えてやってほしいものだな」

「今日は、ラッキーだったな。食べられなくなったから捨てたと、言い訳できるじゃないか」

 もう一人の側近候補の侯爵令息も追従し、伯爵令息がもう一声と言い切って男を見ると、いつの間にか立ち上がっていた。

 包みを抱えなおして立ち上がっても、無言のままだ。

 また何とも言えない空気が流れそうになり、慌てて王子が切り出した。

「職場の規約については、言い訳できるのではないか? 雇用に障害が起きるようなら、私からも商会に口添えしよう。だから、今日のところは一緒に……」

「……」

 男は無言のまま王子に目を向け、溜息を吐いた。

 その溜息には、諦めというよりも、呆れ果てたかのような息が混じっている。

「?」

「な、何だ? 何か、文句でもあるのか?」

 無言で自分たちを見回す男の、氷点下の眼差しに臆し、それでも伯爵令息が声を出すと、男は不意にほほ笑んだ。

「いいえ。本日はこれで、失礼いたします」

「は?」

「え? ち、ちょっと、昼食っ」

 唐突に踵を返し走り去られ、今度こそ令息たちも腕力で引き留める暇なく、男に逃げられてしまった。


 その後、昼を過ぎても男は戻らなかった。

 それどころか、子爵家で姿を見ることもなくなってしまった。

 令嬢が父親に尋ねると、契約期間が満了になったのだと答えたが、不自然すぎた。

「……折角、お友達になれそうだったのに……」

 意気消沈する子爵令嬢のために、第一王子とその側近候補たちは、自分が持てる限りの力を使い、男の行方を調べた。

 そしてついに、ある事実を突き止めたのだった。

「最近頭角を現し始めた、数かすの商品を手掛ける商会の、従業員の一人らしい」

 学園のいつものたまり場で王子がそう切り出すと、令嬢は驚き喜んだ。

「すごい」

「喜ぶのは、まだ早いですよ」

 手をたたく令嬢に苦笑しながら、侯爵令息が続けた。

「彼にはどうやら、恋人がいるらしく、その女に頭が上がらないらしいです」

「っ」

 目を見開いた令嬢にうなずいて見せた伯爵令息が、その続きを受ける。

「令嬢が予想した通り、その女から、様々な縛りを受けていたらしい。その影響で、子爵家から強制的に、引かされたんだろう」

「酷い」

「ああ。今は、どこの家とも契約を結んでいないらしい。そろそろ、故国に帰ると、周囲に漏らしていたとも聞いた」

 衝撃を受けて呆然とする令嬢に、王子が笑顔を向けた。

「我々に情報を流してくれた者が、本日あの男がどこに現れるのか、調べてくれた。一度、あいつを捕まえて、本音を聞いてみよう」

 提案してみると、令嬢は予想に反して躊躇った。

「で、でも、あの人、恋人がいるんでしょう? その人の言いなりで、異性とお話しするのも禁じられているのなら、待ち伏せしてもまた、逃げられちゃうかも……」

 当然の不安だったが、それには三人が笑って首を振った。

「心配ない。今日現れる場所は、どうやら最近できた、飲食店だ。完全予約制の店で、時間も分かっているし、我々に気づいても、逃げられるはずがない。平民が指定席のキャンセル料を、ポンと出せるはずが、ないからな」

「もし、女が一緒でも、問題ない」

 令嬢がもう一つの不安を口にする前に、王子が先回りして言い切った。

「たとえ女が男よりも格上でも、所詮は平民だ。我々の身分を知れば、委縮して言いなりになるに決まってる」

 この太鼓判ほど、心強いものはないと、令嬢は手放しで喜んだ。

 ようやく、逃げてばかりの変わった男を手に入れられる。

 そんな期待を胸に、その日の放課後、令嬢は王子とその側近候補たちを引きつれて飲食店に向かい、男と再会……しなかった。


 件の飲食店の指定席には、目当ての男はいなかった。

「え? あの人が、いない? どうして?」

 子爵令嬢は茫然と店の中に視線を流す。

 その不安げな声に、王子がなだめる様に答えた。

「もしかしたら、女と待ち合わせしているのかもしれない。まだ、予約時間の前だし」

 主予定の少年の言葉にうなずいた侯爵令息が、取り繕うように付け加えた。

「では、これからやってくる可能性がありますね」

 その目線の先には、一人の女がいた。

 長身で物静かな印象の、黒髪の若い女で、店の窓越しにその姿を見た三人の少年が、思わず生唾を飲むほどに魅力的な女性で、調査を依頼した者が報告してきた、件の男の恋人の容姿と合致していると、侯爵令息が言う。

「……あの女、ずいぶん前から待っているようだ。それだけ、男に惚れているのかもな」

 伯爵令息が苦い顔で感想を述べた。

 その視線の先の女がいるテーブル席には、すでに湯気が消えたコーヒーカップがある。

 それを時々口に運びながら、女は手のひらサイズの手帳のようなもののページをめくっていた。

 その仕草すら優雅で、あの男の恋人には勿体ないと、そう感じ始めた少年たちの耳に、子爵令嬢の呟く声が聞こえた。

「……待ち合わせ時間より早く来て、会うのが楽しみなくらいに好きなら、どうしてあの人を苦しめるのかしら」

「っ」

 素朴すぎる疑問だった。

 あまりに素朴すぎて、自分たちでは浮かばない疑問だ。

 だが、その通りだった。

 改めて女を見直すと、魅力的な姿の裏が、霧が晴れるように見えはじめた。

 よく考えると、王都に突如現れた商会をバックに、好き放題している女だ。

「……あの女、やり手だと有名なんだ。富裕層だけではなく、平民の既製服にまで手を伸ばして、商売を展開している、あの商会の服飾担当の責任者だ」

 姉妹で服飾を担当し、姉の方は老若男女の装飾と美容を、妹であるあの女は老若男女の衣服を、布の原料からデザインまでを担当している、予想以上のやり手だった。

「あの商会は最近、貴族に対しても強気な姿勢を崩さない。それに苦い思いをしている貴族もいるだろうな」

 貴族だけではない。

 平民のほかの商会も面白くないだろう。

 ここいらで少し、汚い部分を世間にさらし、苦湯を飲んでもらおうではないか。

 王子と令息二人は、無言で顔を見合わせ、頷きあった。

 王子が令嬢に言う。

「あの女を、断罪しよう」

 この飲食店は、件の商会が経営する店だ。

 今は昼時を少し過ぎたころだが、時間差で昼食にやってきている平民が指定席を含むテーブル席に、秘密の会食にやってきている貴族たちが、予約制の個室に入っており、毎日満席満室で大繁盛しているそうだ。

 可笑しな騒ぎを起こしたら、起こした本人たちも醜聞になるが、それ以上に醜態になる証拠を、王子たちはかき集めていた。

 王家の御用達ともいえる商会だが、贔屓筋である王妃や婚約者一家の鼻を明かす、いいチャンスでもあると、三人は令嬢を促して店内に入った。

 四人の少年少女を、入ってすぐに設置してある会計室から出てきた従業員が、すかさず足止めた。

「いらっしゃいませ。ご予約はお済でしょうか?」

「い、いや」

 丁寧な問いに、ついつい口ごもった王子の横から、令嬢が答えた。

「予約しておりません。こちらで予約している方と、お話があるんです」

「……では、予約のお客様のお名前と、お客様方のお名前を、フルネームでお教えいただけますでしょうか?」

「えっ」

「そ、それは、関係あるかっ?」

 目をむいた王子に、従業員も目を見開いた。

「勿論でございます。こちらをご利用のお客様の中には、ご貴族様もいらっしゃいます。ご予約のお客様の安全を考慮して、当店立ち上げ時より、マニュアル化している工程でございます」

 少年たちは思わず唸ったが、常識としてはあり得る話であるため、問われたことに答えた。

 従業員は、少年たちが名指しした客が予約帳に存在するのを確認すると、少年たちの身元を確認する。

「では、学生証の提示を、お願いいたします」

「は?」

「お見受けする限りで、成年前のお客様には、支払いトラブル防止のため、証明書の提示をお願いいたしております」

 小柄な黒髪の従業員は、優しく微笑みながら続けた。

「特にご貴族を名乗るお客様には、確かな証明のご提示をお願いいたしております。ご理解ください」

「っ、っ」

「このっ、私は、この国の王子だぞっ。そんな無礼っ」

「はい。証明していただければ、無礼はお詫びいたします。その上で、ご指名のお客様のもとへ案内いたします」

 低姿勢で言い切った従業員の隣に長身の従業員が近づき、そっと盆を掲げ持った。

 その上に、身分を証明できるものを載せてほしいらしい。

 静かに待つ姿勢になった従業員の前で、四人は何とも言えない表情で顔を見合わせた。

 この日も学園は休日で四人とも私服で出てきており、学生証すら携帯していなかった。

 小柄な従業員は、もじもじとし始めた少年少女たちに小さく息を吐き、優しく言い切ったのだった。

「お持ちでないのならば、ご指名のお客様のもとへのご案内はできません。どうか、お引き取り願います」


 月一の報告会の場で、一従業員と雇用主の次女とのトラブルが、正確に報告された。

 が……話が、大幅に違う。

「? 会長夫人が茶会で聞いた話と、だいぶ違うじゃねえか?」

 代理が戸惑う姿を見るのは、珍しい。

 だが、他の当事者以外の担当者たちも、件の茶会で服飾担当の嘆きを聞いていた女の担当者たちも、それぞれ戸惑っていた。

 前者は、服飾担当と飲食担当の息子が、とんでもない貴族たちに絡まれていたのに、その程度でことを収めた夫婦が珍しいと戸惑い、後者は代理と同じ理由での戸惑いだ。

「ええ。オレも、この人からお茶会でついつい話を盛ったと報告されて、驚いたんですよ」

「ははは。ちょっと面白おかしく、話を盛り上げたいと思っちゃって。ごめんなさい」

 当事者夫婦は、いやあと照れたように笑顔を浮かべているが、照れる場面ではない。

「……だって、本当ならばあそこで、あのお子様方には少しだけお灸をすえとこうかと、思ってたんだ。あそこで引かれたことの方が、予想外だった」

「そうなんですよ。ちゃんと奥さんの席まで案内してから、慰謝料やら賠償金やらの話を進めて、親御さんも呼び出そうと目論んでいたのに……」

 それぞれ言い訳した夫婦は、残念そうに声をそろえた。

「まさか、商会の規約が、それを邪魔するなんて」

「……」

 声を揃えつつも一律笑顔のままの夫婦から、会長代理は隣に座る副会長へと目線を向けた。

 しらっとした顔で湯呑を傾ける小柄な男は、その日偶々、あの飲食店で受付をしていた。

 従業員の一人が急病で休み、臨時で入っていたのだ。

 丁度、当事者の男のこの二人に呼び出され、一緒に昼食をとることになっていたから本当についでだったらしいが、代理は少し怪しんでしまった。

 しずしずと茶をすすり、目を上げた副会長は、戸惑いと呆れで騒めく面々を見回し、当事者夫婦の報告を引き継いだ。

「あの後、このお二人の相談を受けて、件の貴族のお客様の家と、王家には苦情を申し入れておきました」

 苦情と賠償と慰謝料。

 内の苦情は、樹木の剪定時の、安全確保の件だ。

「件の子爵家は、今年より通常の従業員を入れる手はずになっていました。今回は、間に合わなかったために、こちらのご夫婦のご子息を臨時に雇いましたが、地元での求人が決まり次第、その人材を派遣することになっておりました」

 それまでは、会長案件だった。

「……なんだ、そりゃあ」

「どこの家での作業でも、安全面に考慮しておりますが、どんなに注意しても、幼い子供や人心がわからない動物を飼育している家での事故は、忌避できません。ですから、そういう現場は、会長が担当しておりました」

 会長は毎年、対象の家の樹木の上に一日中居座り、剪定した枝も使った道具も籠や道具箱に入れ、人がいなくなった頃を見計らって、おりてきていたのだが。

「……」

 子爵家は先年、その対象から外れた。

「屋敷に住むお子様方が全員、分別のある年齢となったと判断し、外されたんです。代わりに、対象の樹木の周りに規制線を張り、張り紙をつけていたのです」

 その規制線を抜け、ぬけぬけと危険な場所にやってくる成人手前の人間がいるのだ。

 そんな呆れを、分厚いオブラートに包んで書面にし、副会長は子爵に送った。

「丁寧な謝罪とともに、二番目のお嬢様の教育を見直す旨の返信を、すぐにいただけました」

 副会長は次いで、慰謝料の話をする。

「騎士団長であり、あの国の伯爵家のご子息による暴行により、ご夫妻のご子息が楽しみにしていた弁当を、地面に落とされたことで、貴重な品にシミがついてしたことと、ご子息の心情を乱したことを、正式に抗議いたしました。こちらは、王室を通しております」

「……まじか」

 服飾、飲食担当夫婦の子息が持たされた弁当は、簡単な塩味の握り飯と、高菜の漬物だった。

 ラップに包んだうえで、竹皮の中にあった握り飯と違い、高菜の漬物は直に竹皮に包まれていたため、伯爵令息に引っ張られた拍子で包みが落ちた時、漬物の方は全てを拾えないほど散らばった。

 その上、弁当を包んでいた風呂敷に、シミを作った。

「……ご存じのように、あれは元々、あの子が誕生した際に、私の父から、出産祝いにもらった風呂敷です。それだけでも、本当に貴重なのに……」

 優しい笑顔の服飾担当の声が、剣を帯びた。

 息子が抱えていた風呂敷は元々、今は亡き彼の祖父からの贈り物だ。

 急きょできた孫に、祖父は手作りのものを送りたかった。

 そこで、国中の山や雑木林を練り歩き、野生の蚕の蛹をかき集めて生糸を紡ぎ、知り合いの織り師にそれで反物を依頼し、苦労して一枚の風呂敷を制作し、娘の子供に送ったのだ。

 本当は、産着か何かを作ればよかったのだがと、申し訳なさそうに手渡してくれた父親の顔を、服飾担当は今でも鮮明に覚えている。

 臨月になる前の数が月、父が姿を見せなくなったとき、服飾担当はたいそう気をもんだが、そんな身を削る贈り物をされ、感動で礼を言うだけでやっとだった。

 地球の日本では、一定の量の生糸を材料から養殖して、生産する企業があり、野生の蚕は他の現存の昆虫と同じく、めったに見られない生き物となっていた。

 妊娠発覚から数か月で、繭から糸を紡ぐ作業も、糸からできた織物を風呂敷にする作業も、嗅覚が優れた手芸初心者の父親には、地獄の作業であったはずだ。

 そんな風呂敷を、どこの馬の骨かわからぬ子息が、汚す原因を作った。

 しかも、謝らなかった。

 息子はブチ切れた。

 両親も内心、烈火のごとく怒っていたが、まずは冷静に、息子をその世界から遠ざけた。

 そして、目的の貴族どもと王家の者を、最大限にあおろうと画策した。

「……事後報告の、つもりだったのに」

「それは、根回しが緩すぎだ。こいつを呼び出す前に、全て終わらせておくべきだったな」

 悔しそうながらも、癖で笑顔のまま言う女に、代理は冷静に返した。

 理由なく昼食に呼ばれた時点で、副会長は根回しを開始していたはずだ。

「……まあ、爪は甘いですね。一世界の国の、一貴族の個人情報を調べようとした時点で、怪しいですわ」

 不審には思ったが、服飾担当個人の依頼なので、上への報告は深いものではないと、探索担当の小柄な女がおっとりと付け加え、暗に報告過多による邪魔はしていないと告げると、大柄で強面の旦那も苦笑しながら、無言で頷く。

「じゃあ、参考までに、どこ情報で、今回の横やりができたんですか? 副会長?」

 服飾飲食担当夫婦の、じっとりとした目を受け、副会長が答える前に、代理が答えた。

「……逆からの情報だろう」

「逆?」

「その、貴族のガキどもが雇った、地元の探偵か何か。そいつの動きが、怪しすぎたんだろう?」

 疑問形なのは、形だけだった。

 ほぼ間違いないと、確信している。

 図星ではあったので、小柄な男は小さく頷いた。

 そして、付け加える。

「半分ほどは」

「半分?」

「あの世界を出禁になった、当の臨時従業員が、ご両親より先に、こちらに相談してきていたんです」

 単純だった。


 服飾飲食担当夫妻には、一人息子がいる。

 夫婦それぞれ、幼いころから手塩にかけて育ててきた、弟分がいたのだが、血のつながりというのは侮れず、それはそれは大事に育てられた。

 お陰で成人して長い息子は、完全にファザコンマザコンでお祖父さん子という、救いようのない大人となってしまった。

 地球での職が、それを明確に表している。

 彼が学生時代に選んだのは、植物、特に樹木にかかわる職業だった。

 理由は、父親が何故か怪物化した樹木に好かれやすい体質で、母親も母方の祖父も、そのことをかなり心配していたせいだ。

 勿論、昔も今も、動き出して襲うような樹木が頻繁に現れるわけではないが、油断は大敵だ。

 何せ、父方の祖父が最近、その怪木からできた紙で本を作成し、日本に持ち込んでいるからだ。

 まかり間違って、本の原料を丸ごと持ってこられたら、父親は詰む。

 普段は温厚で優しい母親も、ブチ切れて手も付けられなくなるに違いない。

 そう考えた末に息子は、樹木医になることを選択した。

 知人の造園工の下で、樹木全般の知識を得ながら専門の学校に通い、無事に樹木医となった彼は、有事の際は敵を根元から腐らせる覚悟である。

 副会長である男は三つ年上の幼馴染で、よく相談をしていた。

 主に、周囲の甘やかし大人どもにはできない相談を。

「……」

 副会長の簡単な説明で、勘の鋭い数名が天井を仰いだ。

 甘えん坊の一面しか知らない両親と、その一面しか印象に残していない面々は、呆れ交じりの溜息を吐く彼らを、戸惑いながら見ていた。

「まあ、つまり、ですね……」

 副会長は言った。

「今回、ご両親に報告したのは、風呂敷を汚してしまったからで、いつもは家族に相談をもっていかない、ということです」

「は?」

「え……。つまり、まさかっ」

 医療担当の代理でやってきた、その旦那が目を見開いた。

 端正な顔立ちの長身を一瞥し、副会長は頷いた。

「あの従業員が臨時で入った現場全て、全滅しました」

 服飾飲食担当夫婦の息子は、昔からその容姿で侮られ、可笑しな絡み方をされることが多かった。

 父親の方に似た穏やかな優しい顔立ちに、始終困ったような表情を浮かべているのだが、それは単に癖だ。

 それが分からない輩が多いのは仕方がないが、泣きそうな顔に変化するまで絡む行為は、いただけなかった。

 これまで臨時従業員として貴族や裕福な商家の屋敷に向かった彼が、一つのところで通常通りの作業ができた期間は、十日が最高だった。

「絡まれた動機は、その時々で様々ですが、半分ほどは今回のように、色恋に巻き込まれて、知らぬ間に嫉妬されていました」

 一見無害な、老人キラーな人外の父親と、一見優しそうな狐の混血の母親を持つ男は、問題後の契約期間中は、作業を夜間に行うことで消化し、絡んできた当人たちを内側から破滅に追い込んだ。

「あれの後始末は、本当に大変なんですよ。臨時従業員というやつは、跡を濁しまくるんで」

 副会長は、驚く担当者一同を見回し、言った。

「ですからぜひ、トラブルは早めに報告くださいね。正規の従業員一同にも、しっかりとご通知ください」

 優しい微笑みを浮かべたままの、しっかりとした釘差し。

 この中で最年少のはずの男の言葉に、各担当の代表たちは頷いてしまっていた。

 それを見ながら、中堅の年齢である会長代理は思う。

 オレ、お飾り状態じゃねえか?




 





 





 













 


 



最近、老後を切に考えています。

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