自認悪役令嬢なので自認ヒロインを処しますね
たまには真っ当な物を。
王立セルファ学園には、ひとつ奇妙な噂がまことしやかに囁かれていた。
『卒業式の日、第二王子デニス殿下が婚約者であるハルム・ローグ公爵令嬢を断罪し、真実の愛を見つける――』
そしてその真実の愛こそが、平民出身のプリムである、と。
「きゃっ、ごめんなさい~!」
廊下に響く鼻を摘んだかのような耳障りな声に、私はゆっくり顔を上げた。
案の定、床には散らばった教科書とテキスト数枚。ぶつかった相手は淡い栗色の髪をふわふわと揺らした少女、プリム。
学園中で聖女のように優しいと評判の少女であり――自称ヒロインである。
「ハルム様、怖い顔しないでください……? わたし、ドジで……」
「別に怒っていないわ」
私はため息を噛み殺しながら淡々と答え、彼女の拾う気配の無い教科書たちを手に取りその本を返す。
周囲からはひそひそと噂をする声が聴こえる。
「またローグ様がプリムをいじめてる……」
「かわいそう……」
くっだらないわ〜。
何もしていないどころか教科書拾ってやってるのになんか悪役認定されている。
だが、それでいい。
なぜなら私は、自認悪役令嬢だから。
礼も言わずに目をうるうるさせる自認ヒロインのそばを通り過ぎ、そのまま下校した。
礼儀ってモンがなってないわ〜。平民だからしょうがないのかしらね。
そのまま屋敷に戻り、侍女たちに囲まれ休憩のために中庭でお茶を飲んでいると、不意に侍女の1人が私に声をかけた。
「お嬢様、本当に何も対処なさらないのですか?」
侍女のマリアだ。
心配そうに彼女は言う。
「対処?」
「プリム様のことです。最近は殿下にもかなり接近しているとか」
私はティーカップを傾けた。
「好きになさいな」
「ですが……!」
「マリア」
ゆっくりとティーカップを置き、彼女を見上げる。
本当に心配そうな顔だ。だから私は微笑んだ。
「悪役令嬢たるもの、ヒロインに嫉妬して暴走しなければならないのでしょう?」
「……はい?」
「それなら、私は悪役令嬢として正しく振る舞うだけのことよ」
何を言っているのか理解しているのかいないのか、マリアは頭を抱えた。
もちろん、今の言葉は本気ではない。
ただ、私は知っているのだ。
この世界が、前世で遊んでいた乙女ゲーム『クラウンオブフローラル』そのものだということを。
そしてプリムもまた、転生者だ。
彼女は自分を乙女ゲームのヒロインだと信じて疑わない。
一方の私は、ゲームで婚約破棄され国外追放される悪役令嬢、ハルム・ローグ。
ゲームの設定では、確かにそう。
確かにそうなんだけど、そこで私はふと思い至ったのだ。
『しょうもないシナリオに沿って破滅するくらいなら、最初から真っ当に悪役として好き放題すれば良くね?』と。
ただこれをするに当たってひとつ問題があって、それはプリムがあまりにもゲーム脳だったということだ。
彼女はあらゆる出来事をイベント扱いし、人をシナリオの駒として認識し、人の心を点数化し、何かあればリセットできるんじゃね程度にしか考えていない。
だから今日も――。
「きゃっ! ハルム様がわたしのドレスにワインを!」
「掛けていないわ」
年末の学園集会の後夜祭。
皆が思い思いの時間を過ごしているところで突然上がる悲鳴に、会場が静まり返った。
「でも、貴方しか近くに――」
「はあ……そのワイン、あなたが今自分で被ったでしょ……右手で……」
ついついため息を漏らしてしまいながらも指摘すると、プリムの悲しげな顔がそのまま引き攣った。
「え?」
「だってあなた、右袖が濡れているじゃない。自分で被らなきゃそこに染みは出来ないわ」
「そ、それは……」
「ついでに言えば、これそもそもワインじゃない。葡萄ジュース」
「ぶ、ぶどうじゅーす」
「未成年なんだから当たり前でしょ」
生徒たちの視線が変わる。きっと内心ため息をついているのだろう。
そして私は幾らなんでもイベント詰め込みすぎでしょと内心で突っ込んだ。
先週末は階段から落とされたと騒ぎ、週頭には花瓶を壊されたと喚き。
一昨日はうちのマリアに虐められたと嘆き、昨日は頭から氷水を掛けられたと嘯き。
ほんとよくネタが尽きないわね……
幾ら学生だからって私もそんな暇じゃないわ!
そう言いたいところだが周囲は彼女を可憐なヒロインという先入観で信じ込んでいる。
救えねぇ〜。
そうこうしているうちに騒ぎを聴きつけた私の婚約者のデニス殿下がやってくる始末だ。
「ハルム様……ひどいです……」
デニス殿下を見つけたプリムがより一層潤ませた目でデニス殿下を見る。
「殿下、わたし怖いです……」
よよよと撓垂れ掛かるプリムにデニス殿下は困ったように眉を下げた。
いやお前ドレス葡萄ジュースで濡れたまま殿下に密着するとか頭おかしいんかというツッコミは喉元で呑み込む。
「プリム嬢、まずは落ち着いてくれ」
殿下はそれに対し、彼女の肩をゆっくりと掴むとそっと彼女を引き剥がす。
そのまま彼はプリムの肩を掴んだまま見つめ合い、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「殿下……」
ああ、ついに来たか。
ヒロインが期待する最高のヒーロー。
期待に胸が高まる様子がありありと彼女の表情に映し出されていく。
だが残念ながら、デニスは攻略対象である前に、まともな王族だった。
「プリム嬢。証拠もなく私の婚約者を疑うのは感心しない」
「……え?」
「最近、君の言動には違和感が多い」
その一言に、プリムの顔色がサッと変わる。
「そ、そんな……シナリオと違……」
「シナリオ?」
しまった、という顔。
私は適当に葡萄ジュースに手を付けながら一歩身を引いて眺めた。
転生者あるあるだ。
感情が高ぶると前世知識が漏れる。
「プリム嬢」
アルベルトが静かに言った。
「君の受けてきた被害の申告については以前より調査していた。そうしたら代わりに出てきたのは侍女への虚偽申告、成績改ざん未遂、試験問題の不正入手、証人の買収……」
「はあっ、ちょっ、まっーー」
「そして、複数の男子生徒への不適切な行為」
最後の一言に会場がどよめく。
プリムは青ざめて首を振った。
「ち、違うの! だって攻略対象はフラグ管理すれば複数同時進行できるし……!」
「攻略……対象?」
「はっ……」
完全に墓穴だ。
私は思わず吹き出しそうになる。
この子、本当にゲーム感覚で生きているのね。
私が笑いそうになっているのを見て、彼女は憤怒の形相を見せる。
「ハルム様のせいよ!」
突然、プリムが叫んだ。
「悪役令嬢のくせに、悪役らしくしないから!」
「……んん?」
「もっと嫉妬して、嫌がらせして、断罪されればよかったのに! そうしたら好感度が上がって、幸せになれたのに!」
静寂。
誰も口を開かない。
私はしばらく彼女を見つめ、やがて静かに立ち上がった。
「プリム」
「な、なによ……」
「あなた、勘違いしているわ」
まっすぐ彼女を見ながら、ゆっくりと彼女の元へと歩み寄った。
「まず、人生はゲームじゃない」
「……!」
「誰かが泣けば、傷つく人がいる。利用された人間には感情がある。あなたはヒロインを自称しながらも、誰一人としてまともに見ていない」
それに。
「私はただ、愛されたかっただけなのに……」
「なら、方法を間違えたのね。それともう1つ」
彼女の耳元で、彼女にしか聞こえないように私は囁いて見せた。
「悪役令嬢が居るのなら、『悪役令嬢物ルート』を警戒しないのは些かおマヌケじゃないかしら? 『悪役当て馬ヒロイン』さん……?」
「……ッ!!」
目を見開いて驚愕の面持ちで私を見るその姿のなんと愉快なことか。
その形相が再び憤怒の色に染まって行くのを見ながら、私は踵を返して殿下の元へと戻り、彼の右腕を手に取った。
「さ、行きましょうか殿下。お召し物が汚れてしまっていますので、お着替えをーー」
「ーーお前さえッ、居なければ!!」
パリン、とガラスの割れる音がしたと思ったら彼女が突然こちらに向かって走り始める。
その手にあったのは、紫色の液体が付着した割れたグラス。それを私に向かって振りかぶった瞬間、殿下が彼女を取り押さえ、そのまま制圧した。
「衛兵! 何をしている!! こいつを連れて行け!!」
殿下の怒号でようやく動き出した衛兵が彼女の両脇を取り押さえ引きずるように彼女を持ち上げる。
「あああああっ! 離しなさいよ!! 私はヒロインなのよおおお!!!」
「殿下……私、怖かったです……」
意趣返しに私が今度は殿下に撓垂れ掛かると、デニス殿下は私をキツめに抱擁してくれた。
「ハルム……無事でよかった……」
「デニス殿下……」
あら、これでは私がヒロインで、相手が悪役令嬢のようだわ?
自己認識を改めるべきかしら。
◇
数日後。
プリムは学園を去ることになった。
平民なので修道院行きとかになる訳でもなく、そのまま投獄だ。
当然でしょう。私は未来の王族なんだから。
「……というわけで、ハルム」
王宮にて、お茶を頂いているとデニス殿下は真顔で言った。
「何がというわけなのかは理解致しかねますが、なんでしょうか」
「ハルム、君との婚約を正式に続けたい」
「はあ」
それはそもそも政略故に私に決定権は無い事柄なのですが。
「私は以前から君を尊敬していた」
「初耳ですね」
「君は誰より誠実だ」
「……気のせいでは??」
自認悪役令嬢としては誠実かと言われると些か頭を傾げざるを得ない。
「このまま、僕と結婚してくれ」
「ごめんなさい、どういう順序でのプロポーズですか?」
思わず真顔でそうツッコミを入れると、殿下はふっと笑った。
「では順を追おう。まずは恋人からだ」
「それは流石に婚約しているのですから、順序戻りすぎでは……」
「そうか。なら結婚だな」
「いや、だからそこが飛躍しすぎ……」
思わずゲンナリとしながら言うと、殿下は愉快そうに笑った。
まったく。
自認悪役令嬢なのに、どうしてこんなことになるのか。
私は盛大にため息をつき、窓の外を見る。
まあでも、少なくとも断罪エンドよりいいか。
そう思った。
どうしても主人公の性格が悪くなってしまう……




