七十八歳のショッピングカート
夫の介護をする七十八歳のマリ子は、真夏の買い物の帰り道、疲れた足取りでショッピングカートを押していた。
ガラガラガラ……。
次の年金支給日まであと十日。
食品と日用品は宅配を頼んでいるが、醬油とみりんが足りなくなり、買い物に出たのだった。
「……ふう」
夏の強い日差しが容赦なくマリ子を照りつけ、クラリときたマリ子は背中を丸めてため息をついた、そんな時だった。
――チリン、チリン。
ベルを鳴らした自転車が、マリ子のすぐ横を通り過ぎていく。
乗っているのは、白いヘルメットを被った老体の男性。
自転車のカゴには、恐らく手作りであろう「防犯パトロール」と書かれたステッカーが取りつけられ、おぼつかない足取りでキコキコと自転車を漕いでいく。
老夫はニコニコと、楽しげな笑顔だった。
マリ子はハッとした。
わたし、最近ため息ばかりついてるんじゃないかしら。
ないものよりも、今、手にしているものを数えよう。
できないことよりも、今、できることを数えよう。
わたしはこうして自分で買い物に行けて、風はこんなにも気持ちいいじゃない。
さっきすれ違った老夫の笑顔がマリ子の脳裏に浮かんで、小さくなっていく。
きっと強いことよりも、強くあろうとすることに意義があるんだわ。
「わたしも、頑張らなくちゃねぇ」
今日もまだまだ暑くなりそうだ。
マリ子は顔に照りつける日差しに手で陰をつくり、青い空を見上げた。
今夜はあの人の好物の揚げ出し豆腐を作ろうか。
マリ子はショッピングカートを握る手に力を込めて歩き出した。




