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♢♢♢雑文集♢♢♢

七十八歳のショッピングカート

作者: 犀月靖緒
掲載日:2026/02/16

 夫の介護をする七十八歳のマリ子は、真夏の買い物の帰り道、疲れた足取りでショッピングカートを押していた。

 ガラガラガラ……。


 次の年金支給日まであと十日。

 食品と日用品は宅配を頼んでいるが、醬油とみりんが足りなくなり、買い物に出たのだった。


「……ふう」

 夏の強い日差しが容赦なくマリ子を照りつけ、クラリときたマリ子は背中を丸めてため息をついた、そんな時だった。


 ――チリン、チリン。

 ベルを鳴らした自転車が、マリ子のすぐ横を通り過ぎていく。

 乗っているのは、白いヘルメットを被った老体の男性。

 自転車のカゴには、恐らく手作りであろう「防犯パトロール」と書かれたステッカーが取りつけられ、おぼつかない足取りでキコキコと自転車を漕いでいく。

 老夫はニコニコと、楽しげな笑顔だった。

 

 マリ子はハッとした。

 わたし、最近ため息ばかりついてるんじゃないかしら。


 ないものよりも、今、手にしているものを数えよう。

 できないことよりも、今、できることを数えよう。

 わたしはこうして自分で買い物に行けて、風はこんなにも気持ちいいじゃない。

 

 さっきすれ違った老夫の笑顔がマリ子の脳裏に浮かんで、小さくなっていく。

 きっと強いことよりも、強くあろうとすることに意義があるんだわ。


「わたしも、頑張らなくちゃねぇ」


 今日もまだまだ暑くなりそうだ。

 マリ子は顔に照りつける日差しに手で陰をつくり、青い空を見上げた。


 今夜はあの人の好物の揚げ出し豆腐を作ろうか。

 マリ子はショッピングカートを握る手に力を込めて歩き出した。

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