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6話 最悪の提案

公開処刑事件から数日。


俺の学園内での立場は、著しく変化していた。

すれ違う生徒たちは、俺を見てヒソヒソと囁き合う。


「見て、あの人よ。聖女様に『あーん』されてたっていう……」


「一体どういう関係なのかしら。ペット……?」


「いや、実は聖女様が平民時代に産んだ隠し子とか……」


噂は尾ひれどころか、翼とジェットエンジンまでつけて学園中を飛び回っていた。

ジュリアス様は遠巻きに「フン、面白い観察対象だ」とニヤニヤしているし、エマさんに至っては「あ、アランくん……その、大変だね……」と、どう接していいか分からない様子で、若干距離を置かれている。


俺の『ヒューマン・シールド作戦』は、俺を孤立させ、人間不信に陥らせるという、最悪の副作用をもたらしたのだ。


「……もう、これしかない」


小手先の作戦は、すべて裏目に出た。


残された道は一つ。逃げるのでも、守るのでもなく、問題の根源に直接、交渉を挑む。

一人の男として、あのヤバすぎる聖女様と真正面から向き合うのだ。


放課後、俺は王都の大教会へと向かった。


そして、受付でこう告げたのだ。


「人生相談をお願いします。担当はリリシア様で」



「まあ、アランくん。あなたから会いに来てくれるなんて、嬉しいわ」


懺悔室を改造したかのような小さな個室。

向かい合ったリリシア様は、心底嬉しそうに微笑んでいる。


だが、今日の俺は屈しない。

俺はテーブルに両手をつき、頭を下げた。


「リリシア様、単刀直入にお願いします。もう……俺に関わるのをやめていただけないでしょうか!」


言った。ついに言ってやったぞ。


リリシア様の表情が一瞬だけ固まった。


「俺、普通の学園生活が送りたいんです。友達を作って、勉強して、たまには馬鹿なことをして笑い合って……。でも、今のままじゃ、それも全部できません。噂のせいで、誰も俺に近づこうとしないんです!」


俺は必死に訴える。情に訴えかけるのだ。

しかし、リリシア様は小首を傾げた。その表情には、一切の罪悪感も、理解も浮かんでいなかった。


「やめる? 何をですの、アランくん?」


「え……」


「私はただ愛するあなたに、私のありったけの愛情を注いでいるだけですわ。何か問題でも?」


ダメだ。話が通じない。

この人の中では、ストーキングも友人関係の破壊も公開処刑も、全てが「愛情表現」というカテゴリに分類されているのだ。


「問題だらけです! 俺は、あなたの愛情という名の迷惑行為で窒息寸前なんです!」


「まあ、私の愛で窒息できるなんて、幸せな方ね」


「幸せじゃねえ!」


思わず素のツッコミが飛び出してしまった。


「アランくん。あなたはまだお若いから、分からないのね」


リリシア様は諭すように慈愛に満ちた瞳で俺を見つめる。


「本当の愛の前では、友人などという不確かな繋がりは、無意味なのです。嫉妬や裏切りを運んでくるだけの、取るに足らない関係ですわ。あなたには、私だけいればいい。私が、あなたの友人であり、家族であり、恋人であり……あなたの世界の全てになってさしあげます」


怖い。

言ってることは滅茶苦茶なのに、その声と表情だけは、どこまでも神聖で説得力に満ちている。


俺は自分の常識がぐらぐらと揺さぶられるのを感じた。


「そ、そんなの、間違ってます……!」


「いいえ、間違っておりませんわ。あなたが苦しんでいるのは、学園という不純な環境が私たちの純粋な愛の邪魔をするから……」


リリシア様は何かを閃いたように、ぱっと顔を輝かせた。

そして、俺の人生を根底から覆す、最悪の提案を口にしたのだ。


「――わかりましたわ、アランくん。あなたがそこまで苦しんでいるのなら……」


「もう、学園など辞めてしまいましょう」


「…………はい?」


俺の思考が完全に停止した。


リリシア様は、うっとりとした表情で夢見るように続ける。


「そして、教会の私の私室で、二人きりで暮らすのです。私が、あなたの家庭教師になって、勉強は全て教えてさしあげます。食事も、お風呂も、そして、眠る時も……朝から晩まで、ずぅっと、ずぅぅぅっと、一緒ですわ」


その提案は、あまりにも甘美で完璧な地獄への招待状だった。


俺が求めたのは「日常からの解放」だったはずが、提示されたのは「完全なる監禁生活」。

交渉は決裂した。いや、そもそも交渉にすらなっていなかった。


俺の最後の作戦は、これまでのどれよりも盛大に、そして致命的に裏目に出たのだ。


「違う、そうじゃないぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」


俺の悲痛な心の叫びは、聖女様の恍惚とした微笑みの前であまりにも無力だった。

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