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42話 最後の作戦会議

監察官クレマンが突きつけてきた『異端』という、あまりにも重い、絶望的な言葉。

その刃は、リリシア様の心を深く、そして、静かに蝕んでいた。


俺の隣で彼女は、か細い声で呟いた。


「……もう、いいのです」


その声は、全ての希望を諦めてしまったかのように虚ろだった。


「私がいなくなれば全て終わるのですから。アランくんも、皆様も、もう私のせいで、ご迷惑をおかけすることもない……」


その自己犠牲という名の逃避の言葉を聞いた瞬間、俺の中で何かが激しく燃え上がった。


「ふざけるな!」


俺の怒声に近い叫びにリリシア様だけでなく、仲間たちも驚いて俺を見る。


「あんたがいなくなっていいわけないだろうが! 俺が絶対にそうはさせない!」


俺はリリシア様の両肩を強く掴んだ。


「いいか、よく聞け。あんたは、もう一人じゃないんだ。あんたの過去も、苦しみも、俺たちが一緒に背負うって決めたんだ。だから勝手に、いなくなろうとすんじゃねえ!」


俺の不器用で乱暴な、しかし心の底からの言葉。


リリシア様の瞳から、再び、涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。

だが、それは絶望の涙ではなかった。


俺は仲間たちに向き直った。


「みんな、もう一度、力を貸してくれ。今度は守るんじゃない。俺たちがクレマンを叩き潰すんだ」


その言葉に三人は力強く頷き返した。


俺たちの最後の作戦会議が始まった。


「相手の土俵で戦ってはダメだ」


最初に口火を切ったのはジュリアス様だった。


「クレマンは、俺たちを神学論争という専門家しか理解できない泥沼に引きずり込みたいんだ。そうなれば奴の思う壺だ。俺たちは、その土俵自体をひっくり返す必要がある」


「そうですわ」


とソフィア様が続ける。


「異端かどうかを最終的にお決めになるのは、教会最高評議会、そして国王陛下。クレマン一人の独断では、決して決められません。つまり評議会と王家がクレマンの主張を『否』と判断するだけの、材料を我々が提示すればよいのです」


「材料……?」


俺が聞き返すと、エマさんが拳を握って言った。


「街の人たちのことだよ! みんな、リリシア先生のクッキーを食べて、元気になったんだ! 病気が治ったおじいさんだっているんだよ! それって、異端なんかじゃない、本物の『奇跡』だよ! その声を、もっと、大きくすればいいんだ!」


そうだ。クレマンがリリシア様を教義と論理で縛ろうとするなら、俺たちは、民衆の声と事実でその包囲網を破る。

仲間たちの言葉を聞きながら、俺の中で一つの、あまりにも大胆で無謀な作戦が形作られていった。


「……分かった」


俺は三人の顔を見渡した。


「エマさんとソフィア様は、世論を俺たちの味方につけてほしい。聖女リリシアは、民を苦しめる異端者ではなく、民に寄り添い、幸福をもたらす本物の聖女なのだと。その声を王都中に響き渡らせてくれ」


「任せて!」


「お任せくださいまし」


「ジュリアス様は、政治の力でクレマンを孤立させてほしい。彼の今回の行動が神学的な正義ではなく、ただの個人的な功名心からくる、危険な暴走なのだと、評議会や王家の重鎮たちに

働きかけてくれ」


「フン。面白くなってきたじゃないか。やってやろう」


「じゃあ、アランくんは……?」


エマさんの問いに、俺は不敵な笑みを浮かべてみせた。


「俺は、クレマンに、直接、会いに行く」


「なっ!?」


三人が驚きの声を上げる。


「神学論争で、奴に勝てないのは、分かってる。だから、俺は、議論しに行くじゃない。――人生相談、しに行くんだよ」


「「「人生相談!?」」」


「ああ。監察官クレマンという鎧を剥ぎ取って、その下にある、ただの一人の人間の心の弱さを暴き出しに行く。今まで、あんたに散々、無茶苦茶な人生相談をしてきた、その経験の、全てをぶつけてやる」


それは俺にしかできない、俺だけの戦い方。


リリシア様が信じられないという顔で俺を見ている。彼女に向き直り、その涙の跡が残る頬に、そっと手を触れた。


「リリシア様。あんたは、ただ俺たちを信じて待っていてください」


俺は彼女の目を見て、はっきりと誓った。


「俺が、必ず、あんたを、救い出す」


俺たちの最後の反撃が、今、始まろうとしていた。

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