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41話 涙の後に新たなる誓い

家庭科実習室の静かな空間。


俺は、そっとリリシア様から体を離すと、彼女は涙でぐしゃぐしゃになった顔を恥ずかしそうに手で覆った。

その姿は、もはや聖女様ではなかった。


ただ、傷つき、弱り切った、一人の女の子がそこにいるだけだった。


俺は二人が食べた食器を静かに片付け始める。

その当たり前の生活音が、今の、この気まずい沈黙を少しだけ和らげてくれているようだった。


「……ごめんなさい」


リリシア様が、か細い声で言った。


「私の、勝手な感傷に、あなたを、巻き込んでしまって……」


俺は手を止めて彼女に向き直った。


「感傷なんかじゃない。あんたが十年も一人で、たった一人で背負ってきたもんだろう。俺は、それを一緒に背負うって決めたんだ」


俺のまっすぐな言葉にリリシア様の肩が小さく震える。


「だから、もう、俺にレオとかいうやつの幻を重ねるのは、やめてください」


俺は一歩、彼女に近づいた。


「俺は、アラン・ウォルトンだ。そして、あんたの、ただ一人の『パートナー』だ。あんたの過去も、現在も、未来も、全部ひっくるめて、俺が、隣にいる。……だから、もう、一人で泣くな」


それは誓いだった。

彼女を、今度こそ俺が守る、という。

新たなる誓いなのだ。


リリシア様は言葉を失い、俺の顔をじっと見つめていた。



俺たちが実習室を出て、学園の廊下を歩いていると、角からジュリアス様が血相を変えて飛び出してきた。


「ウォルトン! リリシア様! まずいことになったぞ!」


その、ただならぬ雰囲気に、俺たちの間に緊張が走る。


「ジュリアス様、どうしたんですか」


「監察官クレマンだ。あの男、査問会での敗北に相当頭にきたらしい。今度は、やり方を変えてきた」


ジュリアス様の話は、俺たちのわずかな希望を打ち砕くには十分すぎる内容だった。

クレマンは、教会本部と王家に対して正式な報告書を提出したという。


その内容は、リリシア様の俺に対する寵愛問題を、さらに悪質な方向へと捻じ曲げたものだった。


『聖女リリシアによる、聖なる力の教義に反する、個人的な使用。及び、その力によって引き起こされた奇跡(体育祭など)が、教会の権威を揺るがしかねない、異端の兆候である可能性』。


「異端……!?」


俺は息を呑んだ。


「ああ。もはや、ただの素行調査ではない。魔女裁判の一歩手前だ。クレマンは、君たちの関係をスキャンダルから教会そのものを揺るがす神学的な問題へと、すり替えたのだ。こうなれば、我々が、どれだけ彼女の過去に同情的な証言をしても意味をなさない」


最悪の事態だった。


査問会で俺たちがようやく掴みかけた、逆転の糸口。それをクレマンは、より強大な権力と狡猾な論理で断ち切ろうとしている。


このままではリリシア様は、聖女の資格を剥奪されるだけでは済まない。

異端者として裁かれることになる。


俺の隣でリリシア様の顔から、さっと、血の気が引いていくのが分かった。

ようやく十年間の悪夢から解放される兆しが見えた、その矢先に。今度は、現実が彼女に、それ以上に残酷な絶望を突きつけていた。


俺は震える彼女の冷たい手を強く握りしめた。


彼女は驚いて俺の顔を見る。


俺は、彼女の目をまっすぐに見つめ返し、そして力強く言った。


「大丈夫だ。俺が、いる」


やっと、あんたを悪夢から救い出せると思ったのに……。

これが、本当の戦いの始まりか……!


俺は、新たなる敵となるであろう、監察官クレマンの見えない影を強く睨みつけた。

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