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4話 第一次リリシア撃退作戦

自室のベッドの上で、俺は天井を睨みつけていた。昨日の出来事が、走馬灯のように脳裏を駆け巡る。


ジュリアス様を襲った謎の眩暈。

エマさんが転んだ、あり得ないほどの不自然な転倒。

そして、全ての元凶である聖女様の、あの慈愛に満ちた、それでいて悪魔的な微笑み。


「ダメだ……このままじゃ、俺に友達ができる前に学園の全員が原因不明の体調不良と事故に見舞われる……」


それはある意味、学園の平和を揺るがすテロ行為に等しい。そして、その中心にいるのは紛れもなく俺なのだ。


受動的に待っているだけではダメだ。

あのヤバい聖女様からは、能動的に戦略的に、全力で逃げなければならない!


こうして貧乏貴族の三男坊による、人生初の軍略が練られることとなった。


作戦名は、『第一次リリシア撃退作戦』。


……いや、撃退は無理だ。あの人は核兵器みたいなもんだ。


作戦名を改める。


『作戦コード:シャドウ。聖女様から隠れろ!』だ。

要は、徹底的にリリシア様の監視の目から逃れること。彼女が俺を捕捉するのは、主に昼休みと放課後だ。この二つの時間帯を制することが、作戦の成功に繋がる。


「よし……!」


俺はなけなしの小遣いを握りしめ、計画を実行に移した。



作戦決行一日目。昼休み。


開始の鐘が鳴った瞬間、俺は椅子から弾かれるように立ち上がった。


「アランくん、お弁当の時間です――」


「すいません、急用を思い出しました!」


リリシア様の声を背中で聞きながら、俺は教室を飛び出す。目指すは、学園の図書館だ。

あそこなら蔵書も多く、構造も複雑。何より私語厳禁の神聖な空間だ。聖女様といえども、大っぴらなストーキングはできまい。


俺は人混みをかき分け、図書館の一番奥、歴史書のコーナーへと逃げ込んだ。

巨大な本棚の影に身を潜め、息を殺す。


「はぁ……はぁ……。ここまで来れば、さすがに……」


事前に買っておいた、少し乾いたパンを鞄から取り出す。

昼食としてはあまりに侘しいが、自由の味は格別だ。俺は束の間の勝利を噛みしめた。


「――あら、アランくん。こんな所で何をなさっているの?」


すぐ真横から、柔らかな声がした。

ぎぎぎ、と油の切れた人形のように首を動かすと、そこには、にっこりと微笑むリリシア様が立っていた。

右手には、見覚えのある三段重ねの重箱。


「なっ……な、な、なんで……!?」


「勉強熱心なアランくんのために差し入れをしたいと司書の方にお願いしたら、快くあなたの場所を教えてくださいましたわ」


聖女の権威、職権濫用だ……!


司書さんは、まさか俺がストーカーから逃げているとは思わなかっただろう。むしろ、健気な生徒を応援する聖女様、くらいに思ったに違いない。


「こんな乾いたパンでは、午後の授業に身が入りませんわ。さ、私の愛を込めて作ったお弁当を一緒に食べましょう?」


俺のささやかな自由は、わずか五分で終わりを告げた。


第一フェーズ、完敗である。



作戦決行、二日目。放課後。


昼休みの失敗は想定内だ、と自分に言い聞かせた。本命は、この放課後フェーズにある。


俺は最後の授業が終わるチャイムと同時に猛ダッシュをかけた。

向かう先は、正門じゃない。用務員さんなどが使う学園の裏門だ。ここからなら、リリシア様の待ち伏せを回避して宿舎に戻れるはず。


廊下を駆け抜け、中庭を突っ切り、雑木林の脇をすり抜ける。


見えた! 古びた鉄製の裏門が!


「自由だ―――っ!!」


俺が勝利を確信し、門に手をかけようとした、その時。


「あら、アランくん。ごきげんよう」


門の前。

まるで最初からそこにいたかのように、リリシア様がたたずんでいた。


夕陽を背に慈愛に満ちた笑みを浮かべて。


完璧な一枚絵のようだったが、俺にとっては悪夢のワンシーンだ。


「……ど、どうしてここが……」


「ふふっ。教会の使いで、たまたまこの近くに来ておりましたの。本当に、私たちは運命の糸で結ばれているのですね」


嘘だ! 絶対に嘘だ!

たまたまで、こんなピンポイントに待ち伏せできるわけがない。

その運命の糸とやら、今すぐ断ち切りたい!


俺が絶望に打ちひしがれていると、リリシア様は心配そうに眉を寄せた。


「でも、こんな裏門は感心しませんわ。薄暗くて、治安も悪そうですし。悪い虫があなたに寄ってこないとも限りません」


そして、リリシア様はとんでもないことを言い放った。


「仕方がありませんわね。明日からは、私がこの門の前で、あなたを悪からお守りしましょう」


「そんなぁぁぁぁぁ!!!」


俺の魂の叫びが、空しく響いた。

逃げ道が、新たな監視ポイントに変わってしまった。


俺の『作戦コード:シャドウ』は、完全に失敗しただけでなく、リリシア様の支配領域を拡大させるという、最悪の結果を招いたのだ。


崩れ落ちる俺の目の前で、リリシア様は嬉しそうに微笑む。


「さあ、帰りましょう、アランくん。私たちの愛の巣へ」


この聖女、無敵すぎるだろ……。


俺の戦いは、まだ始まったばかりだというのに、すでに敗色濃厚だった。

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