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31話 開かれた扉

学園祭が終わり、俺の日常は静かになった。

あまりにも、静かになりすぎた。


体育祭と武術大会での勝利により、俺は学園の英雄となった。もう、俺を「聖女のペット」と揶揄する者はいない。

友人たちは、胸を張って俺の隣を歩き、クラスメイトたちは気さくに俺に話しかけてくる。


俺が望んでいた、ごく普通の輝かしい学園生活そのものだ。

だが、その日常にあるべきはずの一つの要素がすっぽりと抜け落ちていた。


リリシア様の存在だ。


彼女は、あの日を境に、俺の前にほとんど姿を見せなくなった。授業には出てくるが、俺と目を合わせようとはしない。

廊下ですれ違っても、知らない人のように静かに通り過ぎていくだけ。


あの息が詰まるほどの執着と過剰な愛情表現は嘘のように鳴りを潜めていた。


平穏が戻ってきた。

それなのに俺の心は晴れない。

胸にぽっかりと穴が空いたような奇妙な喪失感が、ずっと居座り続けている。


俺はあの夜会の夜の彼女の言葉が忘れられなかった。


『私が守れなかった人が。……あなたに少しだけ似ていました』


彼女のあの常軌を逸した行動の根源。


俺はそれを知らなければならない。

それは、もう自分のためだけではない。

あの迷子の子供のような背中が俺の脳裏から離れないのだ。


俺の『大脱走計画』は無期限の凍結となった。

そして、今、新たなる計画が俺の中で静かに動き始めていた。


――『作戦コード:真実の探求者(トゥルース・シーカー)』。



俺は一人で抱え込むのをやめた。

放課後、俺はジュリアス様、エマさん、そしてソフィア様を人気のない中庭に呼び出した。


「みんなに頼みたいことがあるんだ」


俺の真剣な表情に三人はゴクリと唾を呑んだ。


俺は全てを話すことはできなかった。

「俺は、聖女様にストーキングされてて……」なんて、言えるはずもない。


だが今の俺にはソフィア様の、あの壮大な勘違いという最高の隠れ蓑があった。


「リリシア様が俺のことを『神の器』として特別視している理由……。その根源にどうやら彼女の過去が、深く関係しているようなんだ」


俺は夜会の夜の出来事をかいつまんで話した。

彼女には、かつて「守れなかった誰か」がいた、ということを。


その話を聞いた三人の反応は三者三様だった。


「まあ……! やはり、そうでしたのね!」


真っ先に声を上げたのは、ソフィア様だった。


「その方を救えなかった深い贖罪と果たせなかった希望の念が、今、アラン様、あなた様という新しい器へと向けられているのですわ! なんて切なく、そして尊い物語なのでしょう……!」


その瞳は感動に潤んでいる。話がどんどん美しく、そして大袈裟になっていく。


「そっかぁ……。リリシア先生も色々辛いことがあったんだね……。なんだか、ちょっとだけかわいそうかも……」


エマさんは、素直に同情を寄せていた。

彼女の優しさが今はありがたい。

そしてジュリアス様は冷静に腕を組んでいた。


「フン、感傷に浸っている場合か。つまり、こういうことだろう。その『過去』とやらを突き止めれば、彼女の君に対する異常な執着の原因が、論理的に解明できるかもしれない。そうなれば、対策も立てられる」


彼はこの一件を感傷的な物語ではなく「解決すべき問題」として捉えてくれていた。


俺は三人の顔を見渡し、そして頭を下げた。


「だから、みんなの力を貸してほしい。俺一人じゃ、何も調べられない」


俺の初めての本気の頼み。

三人は顔を見合わせ、そして力強く頷いた。


「任せてくださいまし。ラングフォード家の情報網を使い、教会の古文書や貴族間の記録を秘密裏に調べてみましょう」


ソフィア様はそう言って頷く。


「僕も、父上のコネを使えば、教会内部の人事記録や過去の事件記録のいくつかは、閲覧できるかもしれん」


ジュリアス様も同様だ。


「私は、そういう難しいことは分からないけど……街に出て、昔から王都に住んでるお年寄りとかに噂話ならたくさん聞いてこれるよ!」


エマさんも張り切っている様子だ。


そして俺の役目は。

最も危険で最も重要な役目。


「俺は、リリシア様に直接、話を聞いてみる。少しずつ慎重に。彼女の心を開かせるんだ」


俺たちは、四人で固い決意をその目に宿した。

もう、俺は、一人じゃない。

共に戦ってくれる最高の仲間がいる。


「リリシア様……。あんたが一人で抱え込んでいる、その過去の正体……」


俺は空を見上げた。

あの日、彼女が消えていった夜空を思い出していた。


「必ず、俺が、解き明かしてみせる」


貧乏貴族の三男坊とその仲間たちによる聖女の心を救うための壮大な物語が、今、静かに幕を開けた。

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