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2話 聖女様は物理的な距離をゼロにする

「アランくんじゃない! 奇遇ね! あなたも王都に来ていたのね! これもきっと、神が結んでくださった運命の赤い糸だわ!」


俺の目の前で、聖女リリシア様は満面の笑みを浮かべていた。その後ろには、後光と見間違えるほどの神々しいオーラが輝いている。


うん、俺だけが見えてるのか……。


それよりも、いや、奇遇じゃねえだろ。

運命の赤い糸じゃなくて、アンタが勝手に巻き付けてきた蜘蛛の糸的な何かだろ。


「な、なぜリリシア様が王都の大教会に……? 辺境の教区にいらっしゃったのでは……」


「まあ、アランくんったら。私の異動情報をご存じなかったの? 私、この度、これまでの功績が認められて、王都の大教会に栄転になったのよ。すごいでしょ?」


えへん、と効果音がつきそうなほど胸を張るリリシア様。


功績ねぇ……。

少なくとも、俺に対するヤバい言動の数々は、功績どころか減点対象だと思うんだが。

他の信者への対応が完璧すぎたせいで、総合評価がプラスになったとでもいうのか。


「さあ、アランくん。私たちの新しい愛の巣で、これからの人生について語り合いましょう? まずは、将来生まれてくる子供の名前から決めましょうか」


「ま、待ってください! 話が五大陸くらい飛躍してます! というか愛の巣ってなんですか! ここは神聖なる教会です!」


俺は必死に抵抗する。ここで主導権を握られたら終わりだ。俺の輝かしい学園生活が、開始三日にして終焉を迎えてしまう。


「あら、冗談よ、冗談。ふふっ、アランくんは本当に可愛らしいわね」


リリシア様は口元に手を当てて上品に笑うが、その翠色の瞳の奥は全く笑っていない。

マジの光を宿しているのだ。


「それで、相談というのは? 学園生活のことかしら? それとも、私への愛の言葉かしら?」


「学園生活のです! 断じて後者ではありません!」


俺は食い気味に否定する。


こうなったら仕方ない。毒をもって毒を制す。いや、聖女様相手だから、聖をもって毒を制す……? とにかく、こちらも非常手段に打って出るしかない。


「リリシア様。俺、決めたんです。学園では勉学と武術に励み、立派な騎士になることを目指します。ですから、もう個人的な人生相談でリリシア様のお手を煩わせるわけには……」


「まあ、なんて立派な志なのかしら!」


リリシア様は感極まったように両手を胸の前で組んだ。


よし、いける! このまま押し切るんだ!


「ですので、これからは教会通いも控えようかと……」


「――ならば、私が学園に行けばいいのね!」


「はい?」


俺の決意表明は、リリシア様の光速の思考によって、あらぬ方向へと捻じ曲げられた。


「アランくんが会いに来られないのなら、私が会いに行けばいい。簡単なことだわ。さすが私、天才ね」


「いやいやいや、簡単なことじゃないですよ!? 聖女様がそんなホイホイ学園に来ちゃダメでしょ!?」


「大丈夫よ、アランくん。私はあなたのための聖女なのだから。あなたの行くところに、私がいる。自然の摂理だわ」


もはや神の教えでもなんでもなく、ただのストーカー理論だ。


俺は頭を抱えた。この人には、常識というものが一切通用しない。


結局その日の人生相談は、「学園でも頑張ってね。私も、すぐそばで応援しているわ」という、恐怖の予告宣言と共に幕を閉じたのだ。



そして翌日。


俺の不安は、最悪の形で現実のものとなった。


「諸君、おはよう。今日は皆に紹介したい人物がいる」


ホームルームの時間。担任の先生がそう言うと、教室の扉がゆっくりと開いた。


まさか、な。いくらなんでも、学園の教室にまで……。


「皆様、ごきげんよう。本日より、皆様の情操教育を担当させていただくことになりました、聖女のリリシアと申します。以後、お見知りおきを」


清らかで、鈴の鳴るような声。

完璧な淑女のお辞儀。


教室にいた生徒たちが、男女問わず「おお……」とどよめき、その美しさに息を呑む。


その中心で、リリシア様はにっこりと微笑んだ。そして、俺の席をピンポイントで確認し、ウインクを飛ばしてきた。


やめてくれぇぇぇぇぇ!!!


俺は内心で絶叫し、机に突っ伏した。


情操教育ってなんだよ! そんな授業、昨日までの時間割にはなかったぞ!

絶対に、絶対にこの人が権力を使ってねじ込んだに違いない!


「聖女様が俺たちの先生に!?」


「すげえ! 超美人じゃん!」


「なんだか、神聖な気持ちになってきた……」


クラスメイトたちが浮き足立つ中、俺だけが地獄の始まりを予感していた。


授業が始まると、リリシア様は「神の愛」や「隣人愛」について、それはもう感動的な説法を始めた。生徒たちは皆、うっとりとその話に聞き入っている。


……だが、時折、俺にだけ聞こえるような声で囁くのだ。


「――ですから、隣にいる人を大切にするのは当然のこと。ね、アランくん」


「――愛とは、与えるもの。見返りを求めてはいけません」


「――時には、試練も訪れるでしょう。しかし、それこそが神が与えたもうた絆を深める機会なのです」


発言のたびに、俺の肩がビクッと震える。

周囲には、俺がリリシア様のありがたいお話に感動しているように見えたかもしれない。


違うんだ。あれは恐怖の震えなんだ。


授業が終わると、速攻で俺の席にやってきた。


「アランくん、今日の授業はどうだったかしら? あなたのために、昨夜一生懸命準備したのよ」


「は、はあ……大変、ためになりました……」


「そう、よかったわ! さあ、次はお昼休みの時間ね。もちろん、一緒にお弁当を食べましょう?」


そう言ってリリシア様が取り出したのは、やたらと豪華な三段重ねの重箱だった。


「待ってください! なんでそんなものを用意してるんですか!?」


「あら、今日のメニューは、アランくんの好きなものばかりよ。愛を込めて作ったわ」


にっこりと笑うリリシア様。その笑顔は女神のようだが、やっていることは完全に彼氏、どころか旦那の世話を焼く嫁のそれだ。


「俺、学食で食べますんで!」


「だめよ。私の手料理以外、食べさせないわ」


ガッチリと腕を組まれ、俺は教室の後ろ、窓際の席へと連行されていく。


クラスメイトたちの「え、なんでアランが聖女様と?」「あいつ、いつの間に……」という視線が槍のように突き刺さる。


俺のモテモテ学園ライフ計画は、入学四日目にして、聖女様による完全包囲網の前に早くも崩壊の危機に瀕していた。

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