危機
又今日がはじまる、昨日荷物を置いた時にどうやら採取した物まで置いてきてしまったらしい。支払いの件で宿のオヤジに朝から文句を言われた、今日の採取の納品が済んだら払うと言ったが今すぐ払えと言われてしまった…非常用に用意しておいた靴の中の金で支払いは済ませた。いや流石にこの歳になって異世界に来てまでジャンプさせられて小銭でもないか確認されるとは思わなかった。
何か嫌な記憶を思い出した。
心機一転今日もお仕事頑張りますかと宿を出るといきなり声をかけられた。振り返るとそこには彼女が居た。
心臓が跳び跳ねた。どうやらここは異世界ファンタジーの世界ではなく異世界ホラーかミステリーの世界のようだ。何か言っているようだが耳に入らない。息が荒くなる。何か嫌な妄想だけが頭の中を支配する。まださっきのジャンプしているときの方が幸せだった。これからどうなってしまうのだろうか。逃げるなら今しかないだろう。彼女が何かを取り出そうと鞄に手をいれ視線がそれている。全力で駆け出した。後ろを振り向くつもりはない。そんな暇があるなら一歩でも遠くに行きたかった。ここまで全速力で走ったのは何時ぶりだろうか。あぁあの時もカツアゲされてジャンプさせられたなぁ~と呑気に思い出していた。
流石に息が切れた。下手に街中にいても彼女の方が地理にも詳しいだろう。下手な考え休むに似たりだ。丁度門のところに着いていたのでそのまま外に出た。門兵のアイツが居たので俺の事を探す人がいたらシラを切ってほしいと伝えた。意味があるかは甚だ疑問だがなにもしないより良いだろう。
森は静かで良い。何かが近付けばすぐにわかる。そんな状況でも仕事をしないわけにはいかない。この草でトリップでも出来たらどんなに楽だろう。馬鹿なことを考えながら仕事した方が時間が進むのが早いのだ。没頭したらいつもの量集め終わっていた。
さて問題はどうやって無事納品を済ませ宿に戻るかだ今日はまだ昨日の魔物の件が解決していないからそちらの解決が優先されているだろう。このまま帰っても大丈夫だろう。以降はどうしたものか…
街に戻り門兵のアイツが話しかけてきた。
「おっ~、今日は早かったなぁ~。そう言えば女の人がおまえの事探していたぞ~、まぁ今冒険者の仕事か外に出ているけどなぁ~。てかおまえ何したんだよ(笑)。」
良い話しと悪い話しが両方来た。アイツの話しには苦笑いで濁しておいた。今日は何とかなりそうだ。どう対策したものか…取り敢えず今日から宿を変えよう。あのチンピラみたいな真似を又されると思うとたまったものではない。流石に朝から全力を出すことになるのは避けたい。宿がバレているので又明日も来るだろうから。
ギルドで採取したものを納品していると
「そう言えば昨日の魔力草納品処理してお金彼女に渡しておきましたよ。宿も伝えておいたので受け取れました?」
…やはり宿を変えるのは正解らしい。すぐにでも行動しよう。異世界の情報保護など有って無いようなものか。まるで糞田舎ではないか。
宿はスラムに近い安いところにした。ここなら最悪見つかってもスラムの方にいけば撒きやすいだろう。安宿だからと言って酷いところを想像していたがそんなこともない、ベッドも最低限の清潔さがあり何よりあの臭いが無いのが良い。どうやら夫婦で経営していたらしいが旦那が亡くなった為のサービスの低下で客が離れ安くしたところに丁度来たようだ。人の口には戸を立てられないから悩んでいたところで両者ともに益があった。
久しぶりに今日はゆっくり眠れそうだ。
それから数日は宿を変えたので彼女のは会っていない。しかしその影は段々と近付いていそうだ。門兵には日々茶化され、受付嬢はこちらに何か言いたそうにしているが必要なことを済まして早々にその場を後にした。
今日も今日とて採取の仕事だ。森は静かで良い。はずだが今日は何かが変だ。そこの茂みが揺れている。何かが段々と近付いているようだ。こんなことは初めてだいよいよ魔物との邂逅か。ここから俺の冒険がはじまる。
茂みから出てきたのは女の子であった。
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ようやくオーガの一件も方がついた。結局私の魔法が決め手となったようで倒れているところを他の冒険者が発見した。これで一安心だ。
あの彼には採取の報酬を預かっているのでそれを渡し礼も伝えたい。それに伝えたいことがある。しかし何故だか私は避けられているような気がする。
なかなか彼に会えない。
いやはじめは彼の居る宿に会いに行き問題なく会えた、だが採取の報酬を渡そうと鞄の中を探している間に逃げられてしまった。こんなこと初めてだったので呆然としている間に見失ってしまった。その日はオーガの件があり忙しかったので追いかけられなかった、彼を知ってそうな人に話を聞いて回るくらいが精一杯だった。それからはオーガ対策で手一杯で彼の情報を集める位しか出来なかった。彼の知り合いは門兵と受付嬢位だった。冒険者の男もいたが酔っていて話しにならない。
彼はどうやら採取をしに森に行っているようだ。魔物を倒したいようだが武器の関係もありなかなか進まないようだ。ゴブリンなど腐るほどいる。その辺の石でも持って殴り殺せば済みそうなものだが教えを請える相手が居ないので上手く行っていないらしい。
ゴブリンを屠るの事が一段落し浴びた臭い返り血を拭い回りに目をやる。
「お姉様~、こちらも終わりました。お姉様の言う殿方は何処に居るのでしょうね~。全くお姉様の御手を煩わせるなど万死に値しますわ。見つけた暁には魔法の一つでも叩き込んで差し上げますわ、ねぇ~お姉様?」
物騒なことを言っているようだが彼女は領主の娘だ、加減はわきまえているだろう。昔依頼で稽古を付けて以来私をしたって時々こうして付いてくるのだ。今回も勝手に付いてきてしまったが一人よりは安全で効率も良いだろう。
初めてみたい彼を思い出しながら考えに耽る。
そんなことをしているとお嬢様は一人で進んでしまったようだ。茂みが揺れている。
お嬢様の魔法の詠唱が聞こえる。これは中級炎魔法の詠唱だ。不味い、もし彼だったとした流石に耐えられないだろう。まだ冒険者になって間もないし、魔物も倒せていなければレベルの恩恵も受けれていまい。そんな彼が中級炎魔法を受けたら消し炭すら残るまい。
もしオーガの残党等が居たのならお嬢様の身が心配だ。しかしまぁオーガ程度で何とかなるお嬢様程度の鍛え方はしていないだろう。私が稽古をしたときでさえ既に私を越えていた。
茂みを抜けた先の光景に絶句した。
そこに有ったのは
お嬢様の杖から放たれる中級炎魔法。
必死にその拳を彼に振り下ろしているオーガ。
ボケッとした顔でお嬢様の方を見つめる彼だった。
そんな情景も爆炎に飲み込まれてしまい頬をチリチリと焼くだけになってしまうのであった。




