【前編】2月29日の呪い
春のチャレンジです。
”本格”推理小説(英:classical whodunit)に、挑戦してみました。
◆◆ 花米町立明単帝小学校の呪い ◆◆
私の名前は、中田道子。
小学校で、理科の教員を務める26歳で、生徒たちには、道子の名前をもじった【ミッチェル】というニックネームで呼ばれている。
さて、私の勤める花米町立明単帝小学校は、2月になるといつも教員全員で、くじ引きが行われるという珍しいイベントがある。
なぜか?
それは、この学校に「2月29日の呪い」というものがあることが、知られているからである。
◆◆ くじ引き ◆◆
「はーい。全員、番号札を引いたわね?じゃぁ、恨みっこなしね。」
教頭の貝原哀先生が、大きな声で教員に確認を取った。
くじ引きは、校長と教頭を除く全員が引く。
校長と教頭を除く理由は、何も優遇されているからではない。
それは、「2月29日の呪い」で、死者が出る可能性があるためで、その場合、責任を取る者が、必要になる。
校長と2人の教頭がくじ引きに参加することで、死者となってしまった場合、呪いによって起こってしまった事件に対する説明責任者がいなくなり、さらに、引責する者もいないため、繫忙の年度末と次年度の頭に大混乱が生じるのだ。
あっ、いや、いきなり、こんな話をしても、ワケが分からないだろう。
なぜなら、あなたは、「2月29日の呪い」の内容を知らないわけだから・・・
◆◆ 当番教員 ◆◆
箱の中から、貝原先生が、ピンポン玉くらいの玉を1つ取り出した。
玉には、太く黒い文字で、数字が書き込まれている。
「29っ。29番の人が、今年の当番になります。他の先生方は、29番の方の2月、3月のお仕事を分担して、消化してあげてください。」
・・・29番の番号札を持つ人物・・・それは、私だった。
「2月29日の呪い」の当番にあたった教員は、2月、3月分の仕事のほとんどを肩代わりしてもらえる。
まぁ、当番教員が、死者になってしまう可能性もあるのだから、その仕事を消化させる段取りを組んでおかないと、面倒な事態になると考えたら、当然の処置とも言えるだろう。
◆◆ 別れの言葉 ◆◆
この「2月29日の呪い」の当番教員のつらい所は、理解をしてくれるのが、同僚だけという部分だ。
実際、「呪い」などと言って説明しても、私の家族ですら、キョトンとした顔をするだけだったし、彼氏に至っては、良い病院をネット検索しはじめる始末だった。
それでも、死の可能性がある以上、何かあった時のために別れの言葉くらいは、両親と彼氏に告げておきたい。
2月27日、涙目になりながら、「私の身に何かあったら・・・」と話す私の髪を、彼は、一晩中、撫でてくれた。
◆◆ 心の支え ◆◆
理解をしてくれるのが、同僚だけと言うことでいえば、明智元就先生のことを話さないわけにはいかないだろう。
体育の教員である明智元就先生は、普段は、ぶっきらぼうで、提出する書類も遅れがち、女子生徒からは、思いっきり嫌われていて、体育の授業をボイコットされるといった具合の問題教員なのだが、くじ引きで29番の番号が私であると決まった瞬間、私の元へつかつかと歩み寄ると、声をかけてきた。
「2月28日は、校長も、教頭も、呪いに巻き込まれないために休みを取ります。私は、出る予定ですので、困ったことがあれば、なんでも・・・小さなことでも言ってください。」
普段の荒っぽい口調が嘘のような優しい言葉・・・私は、涙がこぼれそうになった。
◆◆ 2月28日(金) ◆◆
そうして、2月28日が、やって来た。
家を出る前に、ドアの横にかかった日めくりカレンダーを確認する。
【28】FRI
確かに、2月28日、金曜日。
今日は、特別な1日になると、気合を入れて赤いマニキュアを塗った手。
私は、その手で、いつもより明るいファンデーションを塗った頬をぴしゃりと叩いた。
家を出て200メートルのバス停へ。
私は、いつものバスに乗り込んで小学校へと向かった。
追突でも、接触でもいいから、事故で、休み・・・いや、遅刻くらいは、できないかな?
そんな考えが、ちらりと頭をよぎる。
いつもは、そんなことを思うなんてありえないのだが、今日ばかりは、まぁ仕方ない。
残念なことに、バスが、遅れることもなく、たまに出くわす痴漢にあうこともなく、定時に職員室に入ることとなった私は、カバンの中からスマホを取り出し、その画面を覗いた。
あっ、やっぱり・・・
2月29日(土)7:04
・・・スマホの日付は、2月29日を表示していた。
◆◆ 2月29日の呪い ◆◆
今年は、うるう年ではない。
しかし、花米町立明単帝小学校では、うるう年ではないにもかかわらず、なぜか2月28日が29日になるのだ。
これこそが、花米町立明単帝小学校の「2月29日の呪い」である。
そうして、呪いが発動すると、さまざまなことが起こる。
例えば、「すべての教員が語尾に『のじゃ』か『ござる』をつけてしゃべる呪い」「クラスの人数が1人だけ増える呪い」「先生のことを『お母さん』と呼ばなければならなくなる呪い」「音楽の先生が音痴になる呪い」など・・・確認されているだけで、29種類。
そうして、この呪いが、本当の意味で発動するのは、担当教員が、3年1組の教室に入った瞬間から・・・
つまり、私が、3年1組の教室に入ったその時に、この呪いは、発動するのである。
ならば、「教室に入らなければよい」と思うかもしれない。
しかし、物事はそう簡単にいかない。
というのも、実際に、それをやってみた教員が、これまでに居ないわけがないのだ。
呪いが始まらなければ、終わりもない。
結局、その教員の試みは、当日に明単帝小学校に出席している教員か生徒が、呪いの元となる現象を解決しないと、花米町全体が、次の日も、その次の日も、29日・・・2月29日を永遠に繰り返すということを、判明させただけであった。
大きく息を吸い込み、深呼吸をする。
結局、始まりを迎えないことには、平穏な日常に戻ることなど、できないのだ。
私は、3年1組の教室のドアの前に立ち、黒板消しが頭上に仕掛けられていないことを確認すると、引き戸を引いて、中に足を踏み入れた。
入った瞬間、違和感を感じる。
なぜか、教室の机やいすが、片付けられ、大きなスペースができていたのだ。
そして、片付けられた教室の真ん中には、顔を窓側に向け、ひとりの男性が、倒れている。
その首筋から血を流して・・・
「最悪っ・・・」
最悪である。
今年の、「2月29日の呪い」は、「金田一の呪い」のようだ。
そう、校内で、なぜか殺人事件が起こるあの有名な呪いであった。
◆◆ 犠牲者の正体 ◆◆
窓の外から聞こえる雨音は小さくなり、教室のLED灯が、ピカピカとまたたく。
一歩、一歩、足を前に踏み出し、私は、教室の真ん中に倒れる男性に近づいていった。
そうして、あちら側を向いた顔を確かめるため、ぐるりと回り込んだ私は、叫び声をあげた。
「明智先生っ!」
そう、倒れていたのは、体育の教員・・・明智元就。
「触ってはだめです。そのまま動かないでくださいっ!」
手を伸ばし、思わず明智先生に触れようとした私の腕を、誰かが、強い力でつかんで押しとどめた。
「えっ?甲南くん?1年生の淀川くんよね?」
私の腕をつかんでいたのは、小さな生徒・・・
明単帝小学校1年2組の【淀川甲南】くんであった。
(まさか・・・「呪い」の配役・・・名探偵役に選ばれたのは、淀川くん?)
「金田一の呪い」では、学校内で、不自然に殺人事件が起こる。
そうして、この呪いの嫌な所は、生徒や教員それぞれに配役が、割り振られることである。
被害者役、犯人役、名探偵役、傍観者役・・・
どうやら、今回の場合、【被害者】役に、【明智元就】先生。
【名探偵】役に、【淀川甲南】くん。
そして、私の役割は、どう考えてみても【傍観者】であった。
◆◆ 赤い文字の【メッセージ】 ◆◆
いつのまにか雨音はやみ、カーテンの隙間から、教室の中に春の日が差し込んできた。
私は、明るくなった教室内をぐるりと見渡した。
教室の真ん中には、【明智元就先生の遺体】。
その横には、【赤いおしりが特徴的なサルのぬいぐるみ】が、1体。
R A C H E
そして、教室の白い壁・・・私の目線よりほんの少し高い位置に、細く赤い文字で1つの【メッセージ】が、書かれていた。
⇒《後編へ続く》
*この作品は【春のチャレンジ2025】と【大野錦氏チャレンジ企画】《公式企画テーマ入れ替え2022年度、春の推理、テーマ「桜の木」→替→「ぬいぐるみ」》に参加しています。(企画概要)https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/1970422/blogkey/3247285/