中ボス戦③ VS.幻惑のハイネ
廃墟の遺跡はその名の通り、今にも崩れ落ちそうにボロボロの建物だった。
白い石造りの壁は、かつてここで大きな戦いでもあったのかあちこち傷ついて随分と風通し良くなっている。
「罠とかも無さそうだね?」
「ほぼ一本道だな。おそらく一番奥に転移装置があるんだろう」
朽ち落ちた破片を踏みながら、あたし達は静かに細長い通路を進む。いやにしんと静かで、敵の一体も射ないのが余計に不気味だった。
程なくして道の先に、開けた空間が広がっていた。
抜け落ちた天井の穴から、吹き抜けのように日の光が差し込んで、その下──部屋の中央にステージのように鎮座する、いつか見たような魔法陣の描かれた円形の台座を照らしていた。いかにも過ぎるけど、確実にあれが転移装置ってやつだろう。
そんでもっていかにも過ぎることに、まあ当たり前だけど装置を守るように、黒い軍服を着たその人──青磁のような浅い緑の瞳を細めてにこやかにこちらを見て佇む、魔族・ハイネさんも待ち構えていたのだった。
「うー、ここを通りたくば以下略……?」
「へえ、あれが噂の偽高位魔術師。そんなに悪い人には見えないけどなぁ」
「いや、魔族は人の心を持たない化物だ。油断せず容赦無く行くべきだ」
物珍しそうに眺める太一郎くんを睨み、高遠くんは聖剣の柄に手をかけた。
お兄ちゃんの作戦では、大将戦であるハイネさんとの戦いは辿り着いたメンバーの総力戦で構わないとのことだった……とにかく強いので。勝ちさえすれば代償の回復を待って転移装置を使えば良いのだから、スキルを出し惜しみする必要もない。まあもちろん、怪我したり、死んじゃったりしなければ、の話だけど。
「高遠くん……」
「まず俺が行って出方を伺う。他のみんなのスキルは戦闘特化じゃないし、雨宮さんもあいつ相手には戦いづらいだろうから」
「そんなこと……いや、うーん、ラーメンの恩義はあるけど……」
確かにハイネさんのことは未だに敵と思えないというか……本気で斬りかかったり撃ったりできるかと言われるとちょっと迷うところがある。その油断が命取りになるなら、あたしは出しゃばるべきじゃないのかもしれなかった。
「大丈夫、上手くやるさ。そんな心配そうな顔しないでよ」
困ったように笑う高遠くんの顔に、いつのまにか服の裾を掴んでいたことに気づいて、あたしは名残惜しく指を離す。
「……無茶しないでね、危なくなったらすぐ助太刀するからね」
「ありがとう、そうならないように頑張るよ」
にこりと微笑んだ後、高遠くんは前を睨むと、剣を抜いてハイネさんの方に歩み寄った。
「やあ少年、俺の相手は君か」
「……水の遺跡で全力を見せてなかったことも、大魔女の心臓なんて反則アイテムを持ってることも分かってますけど、負けるつもりはないので」
「はは、悪い悪い。あの時は君たちの実力を測るのが仕事だったからな。ここまで来られたってことは俺の見込みも間違いじゃなかったってことか……まあ、ここまでなんだけどな」
人の良い笑顔でハイネさんがそう言った直後、目の前に光の格子のようなものが輝いたかと思うと、次の瞬間には分厚い真っ白な壁が視界の先を完全に塞いでいた。
「は!? 何これ!?」
「うっわずりー、最大戦力を離してからの分断作戦か!」
「しまった、魔法使いってのは知ってたのに、あそこまでノーモーションとは……」
「た、高遠くんが危ない! 開けて! 開けてください!!」
大慌てでどんどんと拳で殴ったけど、硬い壁はびくともせず手が痛くなるだけだった。焦る気持ちを抑えながら妖刀で斬りかかっても傷一つつかず、ならばと銃を構えたらマヤちゃんに飛びつかれて止められてしまった。
「アリアちゃん落ち着いて! 跳ね返ったらアリアちゃんに穴が開くわよ!?」
「で、でも、この壁の向こうで高遠くんが……!」
わたわたしながら壁に耳をくっつけてみたけど、中からの音も遮断されているようでなんにも聞こえない。今頃中では二人が戦っているんだろうか。
ハイネさんはとっても強い、いくら負け知らずの高遠くんと言っても、一人で無傷でいられるとは思えない。
「ど、どうしようマヤちゃん、巨大化してパンチとか出来ない!?」
「こんな狭くて脆い所で巨大化したらみんな生き埋めだわ……心配なのは分かるけど、高遠くんを信じて待ちましょう。最悪、お兄さんが合流すれば『創造』スキルの便利アイテムでこの壁を消すこともできるかもしれないし」
「む、むり……その前に心配で死んじゃう……」
「ああ、涙と鼻水が一気に……よーしよしよし、落ち着いて……」
渋谷先輩に抱きすくめられ、頭を撫でてなだめられる。
おのれハイネさん、あたしに魔王城で例の提案を持ちかけた時はあんなに友好的だったのに。
良い返事を期待するとか言って、もしも高遠くんに何かあったら、…………。
「ハッ、その手があった!」
「うわっ急に復活した」
がばっと跳ね起きたあたしにびっくりする先輩から離れて、あたしはドンドンと壁をノックする。
「ハイネさん聞こえますか!? 今すぐこの壁どっかにやってください、じゃないとあたし──」
そしてもう片方の手で拳銃を構えると、その銃口を自分のこめかみにぴったり当てて。
「死にます!」
言った瞬間、壁についた手からするりと、あたしの体は壁の向こう側に倒れるようにすり抜けていた。
「いたっ」
情けなく床に顔からぶつかって、痛む鼻をさする。
しかしすぐに顔を上げ、目の前の戦況を確認しようと視線を走らせる。そして、
「高遠くん!」
真っ白な床に横たわり、ぴくりとも動かない高遠くんに気付くと、全速力で駆け寄った。
「た、高遠くん死んじゃダメ、一緒に帰るって約束──ん、すやすや??」
肩を掴んで揺すろうとした矢先、目を伏せる高遠くんから聞こえるささやかな息に、拍子抜けしてぴたりと動きが止まる。この人寝てる。
「……ど、どうして……?」
「悪い悪い、よっぽど俺と血で血を洗うような真剣勝負がしたかったみたいなんだけどさ、この少年を殺したらお前に一生恨まれそうだったし……眠らせてるだけだよ、安心して良い」
くっくと笑ってあたし達を見下ろすその人──ハイネさんを半目で睨み、あたしはけっと吐き捨てる。
「最初からあたしをおびき寄せるための罠だったてわけですか? タチ悪!」
「いや、こういう行動に出るとは誤算だった……。俺としてはただ、例の提案に同意してもらうための人質だったんだけど。まさか自殺を図られるとは恐れ入った。まあそうだよなあ、あんな提案、受け入れるぐらいなら死んだほうがマシか……」
じゃあどうしたもんかな、とらしくもなく困ったように首をひねるハイネさんに、あたしはため息を吐いて首を振る。
「なんで断るって勝手に決めつけてるんですか。それを決めるのはあたしでしょう」
「……は? ってことはお前、まさか答えは『了承』なのか!? 嘘だろう、頭があまり良くないとは思っていたがそこまで判断力が弱ってたとは……」
「さり気なく馬鹿に馬鹿って言わないでください! ……あたしだって悩みましたし、別に少しも迷いが無いわけじゃないけど。そんなことのために高遠くんに迷惑かけて、ほんと反省してくださいよ」
憤慨しつつ、眠る高遠くんの目元にかかる髪をそっと指で払う。眠ってくれてて良かったかも、この話を聞かれたら口を割らされて猛反対されて多分ややこしいことになっていた。
「へー、なら俺の目的は既に達していたわけだ。悪い悪い、手間かけたな。それじゃあ俺を倒して先に行くと良い」
「は? 戦わないんですか?」
「別に。めんどくさいだろ、どうせお前をこの先に通さなきゃいけないのにさ」
ほれサクッと、と、顎で妖刀を示すハイネさんに、あたしは嘆息した。
「……あたしだってめんどくさいです、あなたみたいな人を倒すなんて」
きょとんとするハイネさんに、あたしは眉を下げて言う。
「脅すので一つ言うこと聞いてくれませんか?」
「なんだその前置き」
「ここから今すぐ、何も言わずに消えてください。それでジゼルさんの館に行って、ちゃんと仲直りしてきてください。じゃないと例の提案は拒否させてもらいます」
一瞬驚いた表情を見せたハイネさんは、即座に嫌そう〜に眉間に皺を寄せて後ずさりした。
「お前、なんて残酷な脅しを……俺が師匠のとこからどうやって離反したか聞いてるんだろ?」
「心臓を奪ったんでしょう? でもそれって別に力が欲しかったわけじゃなくて、ジゼルさんを戦争から遠ざけるためですよね。力も弱って館からも出られない大魔女さんなら、戦場に引っ張り出される心配もなくなるから」
「……勝手な憶測だ」
「本当のことなんてどうでもいいです。ただ……ジゼルさん、ハイネさんに会いたがってたと思うから。あの人、あと数年の寿命だって言ってました。飄々としてるけど寂しいんだと思います、新しいペット飼おうとしてたし」
ハイネさんはよく感情の読めない顔のまま、あたしから視線を逸らし呟く。
「……例の提案に乗り、この世界を救うことを決めたのに、わざわざ律儀に他の連中に付き合って魔獣や魔族を残さず倒して回ってきたのは、魔王亡き後の平和になった世界に脅威を残さないためだろう。だったら魔族である俺も倒さないといけないんじゃないのか?」
「あなたはいいです。だってハイネさん、お兄ちゃんが言ってたけど、面倒臭がるフリして、ちっとも前線になんて出てこなかったんでしょう? 派手な魔法で威嚇したりはするけど、結局、誰も傷つけたりしてこなかったんじゃないですか」
「……………」
「そんな甘い人のために手を汚してあげるのなんて嫌です。いいからほら、さっさと行ってください。あたし本気で脅してますからね」
追いやるように手首を振ると、ハイネさんは苦笑して目を閉じる。
「俺が師匠にどれだけ怒られるか予想がつくくせに」
「怒られれば良いんですよ、師弟ってそういうものでしょ。……それじゃあお元気で。色々ありがとうございました」
「ああ……お前といるのは、なかなか面白かったよ。悪いけど、後のことはよろしくな」
最後の最後、それだけはきっと本心から悪いと言って、ハイネさんの姿は光に透けるようにどこかに消えてしまった。
同時に背後の壁にドカンと穴が開いて、ちょうど駆けつけたらしいお兄ちゃんが血相変えて転がり込んでくる。その足元には何かバズーカ的な物が転がっている、どうやら最後の創造スキルを使ってくれたらしい。
「アリア無事か! ていうか勝ったのか!?」
「うー……」
「おお、ナイスタイミング」
すこやかな寝息がうめきに変わったのを見計らって、ぺちぺちと頰を叩くと高遠くんはゆっくり目を開けた。
「……雨宮さん、」
「もういないし怪我もしてないし全然なんにも問題ないから大丈夫だよー」
目が合うなり矢継ぎ早に繰り出されそうだった詰問に先手を打って答え、あたしはあははと笑った。
触れる頬の温かさにほっとしながら、余計な迷いを生まないように手を離す。
「さて、大将戦大勝利! ってことでいよいよ次が最後だね」
くるりと振り返った先、転移装置を前に、あたし達は目を見合わせた。
「……ちょっと休んでから行く?」
「いや、オレはいつでも行けるけど。ぶっちゃけ冷静になるとビビりそうだし、さっさと行ってちゃっちゃと倒した方が良さそうだな」
「そうっスね、そう言えばあの時もそんなノリで飛び乗った気がするっス」
たぬきな晴春君を頭に乗せてわっはっはと笑うお兄ちゃんに、みんなも頷く。
あたしも同意だった。こうしてみんな勢揃いしているとなんだか楽しくて、不思議と怖くもなかったし。
「それじゃあせーので行くか」
「飛んだ先でいきなり奇襲とかないっスよね?」
「そもそも振り出しに飛ばされたりしてな」
「バカ、ありそうな冗談やめなさいよ」
「あの神様の遺産だしあり得るかも……」
「おい、ありそうな冗談やめろよ」
「あーもう締まりが無い、いいから行くよ、せーーのっ!」
円になって囲んだ魔法陣を、掛け声とともに七人で一斉に踏む。
すぐに、かつて元の世界でそれを踏んだ時と同じように眩い光が溢れて、意識は溶けるようにゆるやかに遠のいて行った。




