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恋する少女の異世界記録 〜スキルが強すぎてヒロインになれません〜  作者: 花苗カナ
第7章 恋と終わりの異世界

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中ボス戦① VS.獣飼いのマリア


 決戦の日はお日柄もよく。

 あたしは広い青空の下、代償対策に心ゆくまで堪能した朝ごはんの味を反芻しながら、鼻歌交じりに行軍の最前線で足を弾ませていた。


「あのなあアリア、これから戦争だってのにいくらなんでもお気楽過ぎないか? 一応言っとくけど、この先の先鋒戦で一番死ぬ確率高いのお前なんだぞ」

「作戦立案者がよく言うよねお兄ちゃん……そんなに心配しなくたってあたしは死なないから大丈夫だよ。心強いお供もついてるし。ね、高遠くん、ギュスタさん!」

「………これは漢字と言って人が自立する様子を表した象形文字を元にしていて…………」

「な、なるほど、この異世界文字を手に書いて飲み込めば緊張が和らぐわけだな……でもなんか人間を飲み込むのって怖くないか?」

「いや何してんですかあんたら」

「緊張対策……」


 元気よくくるりと振り返った先、心強いお供こと聖剣使いの高遠くんと、王立騎士団精鋭部隊のギュスタさんはしかし、開いた手のひらに『人』という字を一心不乱に指でなぞりながら今にも吐きそうな顔をしていた。残念。


「何みみっちいことしてんですか、どーんと構えてくださいよどーんと!!」

「う、うるさいな、君みたいに強心臓な方がおかしいんだぞ、間も無く魔族と交戦して世界の命運を委ねられるって時に!」

「ごめん、俺が上手くやらないと雨宮さんが危険に晒されると思うとどうしても心配で……」

「もー真面目だなー、大丈夫ですよ二人とも強いから! あたしが保証します、だいじょーぶだいじょうぶー」

「どこから来てるんだこの底無しの自信は?」

「完全自家生産かと……」


 わっはっは、と両手を腰に当てて景気よく笑うと、どこか羨ましそうな目で嘆息された。


「……さてと、アリア、そろそろ見えたか?」

「んー、ちょっと待ってね。よいしょっと」


 笑いもそこそこに、お兄ちゃんに促されるまま足を止め、スキルを発動する。


 あたしたちの対魔族戦線は、お兄ちゃんを筆頭とした勇者チームを先頭に、精鋭部隊の騎士たち、その後ろに王立騎士団の軍勢が続く隊列で王都からここ──広大に広がる平原を行進していた。


獣飼けものがい』のマリアが陣取るという魔獣の巣窟、通称魔獣平原。

 超視力スキルで見越した先、あたしの視界に広がっているのは、その名に相応しい無数にうごうごと蠢く魔獣の群れだった。わお。


「うーん、距離1kmは切ったかな」

「数は?」

「めっちゃたくさん」

「種類」

「んー、さすがは最終決戦、ズーパラダイス? どうぶつ大集合?? 今まで出てきた大型魔獣の同窓会って感じだね、あはは」

「笑っとる場合か。……まあいいや、当たり判定デカい方が気持ちいいもんな。なあ晴春君、派手に暴れられそうだ」

「うっすっスー。がんばりましょーねー」


 お兄ちゃんと晴春君は今回の作戦の先陣を切るコンビだけど、全くそんな緊張感もなくいぇーいとハイタッチを決めるのだった。


「よし、それじゃあ作戦開始。おのおの適材適所で死なないように頑張ろう」


 ゆるすぎる開戦の宣言の後、目の前で爆発が起きた──と錯覚するほどの轟音と土煙が上がり、勇者&騎士団の悲鳴が上がった。

 あ、しまった、よく考えるとこの二人は中二病気質コンビだったな!? 無駄に派手好きだ!


 未だ煙で霞む視界の中で、既に遠くに見えるのは四枚の翼を広げて空高くすっ飛んでいくお兄ちゃんと、山のような怪獣……もとい、八つの頭と八本の尾を持つ()()()()に変化した晴春君が、大地を豪快に揺らしながら敵の群れに向かって突撃していく後ろ姿だった。


「……お、驚いた、あの子は本当に魔獣に変身できるのか」

「正確には魔獣じゃなくて八岐大蛇ヤマタノオロチという妖怪ですけど……大軍を蹴散らすには格好の図体ですからね、正にこの掃討作戦の先陣にはうってつけでしょう」


 まああの最大出力のスキルを使った後は、晴春くんは代償でほぼ一日中たぬきの姿から戻れなくなるそうなんだけど。それはそれでいいだろう、戦いに癒やしは必要だし。


「……お、遅れを取るな! 我々も続け!」


 ドン引きから復活したらしい精鋭部隊長マクラウドさんの宣言とともに、野太い叫びを上げて騎士たちもワンテンポ遅れて駆け出して行った。

 あたしたちもそれに続いて先を急いだけれど、しかし追い付いた戦地で再び棒立ちする羽目になった。


「わっはっはっは、蹂躙蹂躙ー」

「シャーーー」


 戦場に響き渡るのは上空でふんぞり返る兄の高笑いと止めどなく地に落ちまくる雷鳴の音、八つの頭から轟く蛇の唸り声、それにメキメキバキバキと 無残にひき潰されていく魔獣たちの断末魔の叫び。


 大地に残された真っ黒焦げの残骸たちを見つめながら、あたしたちはどっちが悪役か困惑ししばし沈黙するのだった。


「……我が兄ながらチートすぎでは……」

「加勢なんて無理はしないで大人しく後ろをついてった方が良さそうだね……それじゃあアリアちゃんと深くん、先鋒戦がんばってね。私たちは一足先に中堅戦に急ぐとするよ」

「あ、はい、健闘を祈りますー」


 勇ましく空中を通り過ぎて行く渋谷先輩と巨大化したマヤちゃん&太一郎くんに手を振りながら、まだぽかんとしている隊長さんにそっと声をかける。


「あの……そういうことなので、あたしたちは魔族戦に入りたいと思います。作戦どおりお兄ちゃんたちの取りこぼしをやっつけるのお願いします」


 怒られるかと思ったけど、呆れが高じすぎてそんなエネルギーも無いらしく、隊長さんはどこか疲れた顔をして騎士団を引き連れて前進して行った。

 よし、これで魔獣の邪魔を気にする心配はなくなった。魔獣発生の大元である獣飼いを倒せば、平原の戦力は一気に落ちるだろう。


 ってわけで作戦第二段階、いよいよ親玉である魔族を引っ張り出さなきゃいけないわけだけど。


「……本当にこんなやり方で尻尾を出すのかなあ?」

「間違いない。雪の村でのあの獣飼いのブチギレ度合いは相当なものがあったからね、必ずや雨宮さんを殺しにのこのこやってくることだろう」

「冷静に怖いこと言わないでよ高遠くん……」


 はあー、とため息を吐きながら、しかしここまで来て迷ってもいられないのであたしは息を吸い込んだ。


「──わっはっは!! やはり恐れをなして姿を現せないようだなっ、魔族が聞いて呆れるね! 獣飼いのマリア恐るるに足らず! 飼育員が負け犬に成り下がるとは笑止千ばーん! まあ無理も無いね、おそらくあたしに穿たれた片眼が痛くて今もめそめそ泣いて──」

「……あいかわらずムカつく小娘ね。誰がめそめそ何ですって?」


 突然、上空から落ちた大きな影の中に囲われて、あたしと高遠くんとギュスタさんは冷や汗を流し目配せした。マジで来た。


「忌々しい『不死斬り』──叩き折ってやる日をどれだけ夢見たことか。親愛なる仇敵に敬意を表して、私の一番のお気に入りで八つ裂きにしてあげるわ。死になさい」


 ギャオーーースと元気よく鳴き叫んだ漆黒の巨竜の上で、先鋒──魔族・獣飼いのマリアさんは、余裕たっぷりに高らかに述べる。実に生き生きと元気そうだった。


「貴女に復讐するために大事に育て上げた秘蔵っ子よ、壊れるまでたっぷり遊んであげるわ」


 相変わらず人間離れした綺麗な顔の、あたしが妖刀・螢火を突き刺した片眼は、無骨な黒い眼帯で覆われていた。やはり不死持ちといえどあの刀で傷つければ再生しないらしい。となればやはり、この魔族を倒す唯一の方法は妖刀で息の根を止めることだ。


「わざわざ用意してもらったのに悪いけど、そのペットの相手は俺たち二人に任せてもらおうか」


 高遠くんとギュスタさん、二人が鞘から剣を引き抜いた瞬間、あたしは背にした弓を構えて矢を番えた。


「そしてあなたの相手はあたしです! ……怖く無いなら降りて来て、正々堂々一騎打ちと行きましょう!」


 スキルでもって放った矢は正確に的に向かい──挑発にまんまと乗ってくれたらしいマリアが、ひらりと空中に舞い踊るように矢の軌道から逃れ、竜の頭上から飛び降りた。


 同時に、高遠くんとギュスタさんの二人は赤い魔石を額に光らせる魔獣に斬りかかり、竜は耳を裂くような咆哮を上げる。


「よ、よし、作戦順調? 次は……」


 近距離戦では役に立たない弓を地に落とすと、あたしは腰のホルスターに収めた拳銃に手をかけた。直後、


「……舐められたものね。刀を抜きすらしないとは。貴女の最強の得物はソレではないでしょう」

「うわ!?」


 突然耳元で囁かれて、咄嗟に早撃ちスキルで声の方向に発砲する。

 驚異的な反応速度でそれをかわし、地に舞い降りた魔族マリアは手にした鞭をあたしに振り下ろした。


「うぎゃっ」

「フッ、ちょこまかと……本当にムカつくわね、鼠の方がもう少し可愛げがあるわよ」


 即座にスキルで跳躍して避けると、すかさず次の一撃を繰り出される。


「だれがネズミ以下ですか!? うわ、ちょっと、それ当たったら痛そうだからほんとにやめて!」


 攻撃を振り切りながら、狙いを定めて引き金を引く。


「…………くっ」


 寸分の狂いもなく命中した弾丸が、鞭を握る細い手首から血を滴らせる。けど、


「……何の冗談なのかしら? そんな攻撃、不死の前ではかすり傷にすらならないと分かっているでしょうに」


 急速に回復する傷に、押し出された銃弾が地に落ちて軽い音を立てた。ついついそれを目で追ってしまった隙を突かれて、足に巻き付いた武器にあたしは目を見開く。


「しまっ…………」

「遅い!」


 銃を構えようとした瞬間、足首に絡みついた鞭を思い切り引っ張られ、あたしは無様に地面にすっ転んだ。砂利にあちこち擦りむきながらも銃口で的を捉えようとした矢先、その手首を容赦なく靴底で地面に抑えつけられる。


「いっ……!」

「……残念だったわね、最初から全力を出していれば勝てたかもしれないのに。妖刀の出し惜しみなんてするからよ。私を舐めたことが命取りになったわね」


 くすくすと無邪気な女の子のように微笑んで、足をぐりぐりしながらマリアはあたしの腰元の一本の刀を見た。その鞘を手に取り、不敵に笑みを深める。


「触れた人の心を喰らう魔剣──さすがに魔族相手ではその効果もないようね。相棒に殺されるというのもある意味本望でしょう、せっかくだからこの刀でとどめを刺してあげるわ」

「……………」

「全く、思い出しただけでも失った片眼が疼くようだわ……魔石で造られた、忌々しい不死斬りの刀。この赤い刀身を貴女の血で塗り替える様を思うと、本当に愉快で──」


 恍惚とした表情で妖刀を鞘から引き抜いた彼女は、しかし直後、驚きに目を見開き顔を歪めた。


「……………は?」


 その、手にした刀、雪のように()()()な美しい波紋。妖刀『残雪』を見下ろして。


「──ご苦労だったアマミヤアリア。君の相棒、有り難く使わせてもらう」


 ブスリ、と、地に伏すあたしの頭上、驚愕に震える獣飼いの左胸から、見慣れた赤い刃が切っ先を覗かせる。

 そのまま全体重をかけて柄まで深く刃を埋めると──真っ赤に染まった魔族マリアの身体を刀ごと蹴倒して、ギュスタさんは荒い呼吸のまま不恰好に笑った。


「し、し、死ぬかと思いましたよぉー......」

「こっちのセリフだ、あんな大型かつ火を噴くとんでも魔獣、君の仲間の聖剣がなければ今頃こっちが骨にされてた所なんだぞ!」


 鼻水すすりながらふらふらと起き上がると、よく見れば傷だらけだったギュスタさんはびしっと後─ー地面に無様に伏せた巨竜の亡骸、その上に乗って一生懸命魔石を砕いた額から聖剣を引き抜こうとしている高遠くんを指さした。はりきって深く突き刺しすぎたらしい。


「…………迂闊だったわね、刀が一本しかないことに気づきもしなかった。復讐に囚われてこんな陳腐な策に引っかかるなんて」


 ギュスタさんが突き刺した妖刀・螢火に、その心臓を貫かれたまま、青白い顔で横たわる魔族マリアの口から、ごぷりと大量の血が吐き出される。血液がある限り再生を続けると言っていたけど、不死斬りでその中枢たるポンプを潰されてはさすがに勝機は無いらしい。まだ喋る元気があるのは彼女の最後の意地だろう。


「まあこっちとしても賭けでしたけどね……ギュスタさんの心にちょっとでも(よこしま)な気持ちがあったり、妖刀の力に飲み込まれる脆弱さがあれば、柄に触れた瞬間ギュスタさんが死んじゃってましたし」

「……人の命を何だと……。全く気が狂ってるよ、そんな博打を世界を救う戦いにおける要にするなんてな」

「いえ、勝率の高い賭けでした。あたしの見立てによれば、ギュスタさんは妖刀を預けるにふさわしい良い人でしたからね」


 ぶい、とピースで答えると、呆れたようにギュスタさんは息を吐いて額を抑えた。


「……全く、浮かばれないわ、こんなふざけた小娘に負けるようでは、私も、あの子たちも……」


 心底うんざり、といった表情で目を閉じて、それきり獣飼いのマリアは動くことはなかった。


「……よし、先鋒戦大勝利!」


 いぇーいとハイタッチを求めたらさすがは王子様、育ちのよろしいギュスタさんは目を丸くして首を傾げてしまった。ちょっとしょんぼりしつつ、ようやく聖剣を鞘に収めて駆けつけた高遠くんと背伸びして手を合わせる。


「高遠くんおつかれさま! 脳天一突きとはあいかわらず無慈悲だねっ、サポートありがとう!」

「あ!? 雨宮さんまた怪我してない!? ごめん、もうちょっと早く来ていれば……」


 手を握り合って話していたら、コホンとわざとらしい咳払いでもってギュスタさんにたしなめられる。


「あー、仲睦まじいところ申し訳ないが。この先では君たちの仲間が次なる魔族と交戦中のはずだ。彼らの作戦にも抜かりはないはずだが、早く応援に行くべきじゃないかな」

「ハッ、そうでした! 高遠くん行こう、特に渋谷先輩が焼死してないか心配だしっ」

「ああ、うん……」


 ぱっと手を離して拳を握ると、名残惜しそうに眉を下げて高遠くんも首肯した。

 獣飼い撃破により、平原の魔獣は増殖することはない。今いる群れを全滅させれば、この異世界から魔獣はほぼ一掃できるはずだ。


「俺は騎士団に合流し魔獣の掃討作戦に加わる。君たちもどうか無事で」

「はい、ギュスタさんも頑張って、…………」

「どうした?」

「……あの、ギュスタさん、ルードさんが……」


 これでこの人ともお別れだと思うと、ついつい余計なことを言ってしまいかけてあたしは慌てて口を閉じた。

 ……ルードさんは、ギュスタさんに思いを伝えるつもりはないって言っていた。この世界でその気持ちを知ってるのはあたしだけだ。ここを逃せば永遠に伝わらない。けど彼にその想いを知らせることは、彼女の決意に対して失礼に思えて、あたしは言葉を濁した。


「……いえ、なんでも……」

「ルードか。この先で彼女も魔獣と戦っている最中だろう。早く加勢しなければな」


 ギュスタさんはまっすぐに前方、未だ死闘がくりひろげられているだろう前線を見つめて、ちょっとだけ笑った。


「彼女には生き残ってもらわなければ困る。まだ伝えていないこともあるしな」

「……………」


 あたしは目をぱちくりと瞬き、それから、ふっと吹き出した。


「絶対上手くいきますよ、あたしが保証します!」

「だからどこから来るんだ、その自信は」


 少しの時間、笑い合ってから、あたしたちは互いの健闘を祈って別れた。






「よーし高遠くん、どんどんぶった斬っていこー!」

「元気だなあ」


 だけどそうしてばっちり気合を入れて向かった先、あたし達を待ち受けるのは熱く──そして何より暑苦しい、一面の火の海なのだった。



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