選択③ 答え
「……………ふが」
寝言まじりにぱちりと目を開ければ、気持ちのいい晴れやかな朝。
つまり明日は最終決戦、いよいよ元の世界に帰れるかどうかの正念場だったんだけど、しかしあたしはさっぱり何も決心ついていなかった。ひじょうにまずい。
昨日ルードさんの話を聞いて、寝て起きれば少しは気持ちも固まるのでは?? と呑気なことを考えて爆睡したのになーんにも変わらずモヤモヤしたままだった。
度し難き優柔不断……でも明日、魔王さんに再会するまでに、例の勧誘の答えを出さなくては。
「……………よし」
これまでノエルちゃん、ルードさんと、ちょっと変わった恋の話を聞いてきたけれど、やっぱり最後に話を聞くべき人といえば決まっている。
あたしは大きく息を吐くと、眠い目をこすって元気よくベッドから跳ね起きた。
すれ違う騎士の10割に「足速っ」と引かれながら、騎士団本部を俊足スキルで駆け回ること数分。
ようやく見つけた目的の人の顔にぱっと目を輝かせて急ブレーキをかけたけど、まあそう簡単に速度は殺せず、数メートルほどオーバーランしてからあたしはようやく立ち止まった。
「おはよう高遠くんー」
「雨宮さん? 足速っ」
くるっと振り返ってウィニングラン的に両手を上げながらたったか駆け寄ると、本部の裏の木陰に座って聖剣を磨いていた高遠くんは驚いたように目を瞬いた。その隣で「一人世界陸上や」とか言いながら片手を挙げる太一郎君にすちゃっと手を挙げて応えつつ。
「今日は早起きなんだね。何かあったの?」
「あ、ううん。急用じゃないから、それ終わってからでいいよ」
「いやいやこんなもの後でも誰でも出来るし」
「おいおい」
ぽーいと雑に剣と布を投げられた太一郎君が述べる不平不満を華麗にスルーし、高遠くんはにっこり笑ってあたしに次の言葉を促す。
そうされてしまって初めて気づいたけど、勢いに任せて百メートル9秒台で走り出してしまったわりに、いざ面と向かって言うとなるとこれはなかなか難易度が高かった。柄にもなくもじもじする自分に辟易しつつ、どうにか口を開く。
「えーと、ちょっとお願いがありまして……」
「いいよ」
言う前に快諾されてしまった。
あたしが回転寿司を食べたいと言ってもレーンからきっちり作ってくれそうなぐらい良い返事だったなあ……。
へへっと笑いつつ、でもやっぱり気恥ずかしいので、少し眉を下げて、手短に言う。
「高遠くん、デートしませんか?」
ヒュー、と太一郎君が鳴らした口笛の後に、さっきの快活さはどこへやら、高遠くんは子供のように目を瞬いてこくりと頷いてくれたのだった。
* * * * * *
聖剣は俺が摩耗するぐらいカンペキに磨いとくから時間を気にせずごゆっくり、とにやにや送り出す太一郎君に手を振って出かけ、あたし達は王都の中心、国一番の大通りを歩いていた。
「さすが王都だよね、都会! 首都だもんね、異世界の東京? パリ? ニューヨーク? やっぱ活気がある街って見てるだけで楽しいねっ」
「あ、うん、そうですね……アメリカの首都はワシントン……」
心ここに在らずって感じで答えながらも冷静に間違いを指摘してくれる高遠くんに感心しつつ、うーん、と首をひねる。さっきからずっとこんな調子だ。
でも不注意なあたしの横を馬車が通ろうとすればすかさず引き寄せて壁になってくれるし、物欲しげに見つめていた屋台の食べ物をさり気なく買ってくれたりしてさっきからとっても気が利いている。
いや、その集中力と反応速度はそう、彼氏というよりはむしろ……
「SPか??」
「ハッ、雨宮さん前方3メートルから鳩的な鳥が」
「ええ!? おのれ小癪なクルッポー、あたしのパンを狙おうったってそうはいかないぞ死守死守……ってちがーーう!」
食われる前に食うべし、と手にした具沢山のバゲットサンドに大きな口で齧り付きかけてから、正気に戻りキーと地団駄を踏む。
「せっかくのデートなのにちっちゃい子の付き添い感はんぱないよ! もっと自然に! 自然に帰って!!」
野生動物保護活動家みたいなことを言いつつ、もしゃもしゃサンドイッチをやけ食いするあたしを困惑気味に見下ろしながら、高遠くんはふっと吹き出してようやく肩の力を抜いてくれた。
「ごめん、ちょっと緊張してて」
「あたしに緊張ー? 変なの」
高遠くんならこんなの慣れっこだろうに、とけらけら笑い飛ばすと、ちょっと拗ねたようにそっぽを向かれてしまった。それがおかしくってもっと笑うと、さすがに「ちょっと」と怒られる。
「ごめんごめん。……でもなんか冷静に考えると不思議だな。高遠くんとこんな風に歩いてるとこ、クラスの人に見られたら目を疑われちゃうもん。高遠くんは有名人だからね」
話しかけることもできなかった頃を思うと実に感慨深い。思えば遠くまで来たものだ……。
「あはは。有名なのは雨宮さんの方でしょ」
「は?」
「一時期話題になってたからね。創立以来雨宮さんが初めてらしいって」
「何が」
「再再再再テストまでもつれ込んだ生徒は」
パンの最後の一口をしっかり飲み込んでからあたしは路上に行き倒れた。顔の真横を同情気味にハト的な鳥が通り過ぎて行く。
「つまらぬ伝説を残してしまった……」
舌を噛み切りたいほどの羞恥に顔を覆った。ていうか名前覚えててくれてたのってそれのおかげ??
「……いや、有名なのはそのへこたれなさの方だったんだけど。でもこの異世界に来なかったらきっと、それ以外の何も知れないまま、ずっとただのクラスメイトだったかもしれないな。そう思うとあの神様にも感謝しなきゃいけないのかもね」
その意見には全面同意だ。異世界召喚なんていう壮大な追い風がなければ、きっと他人のまま終わっていたと思う。大変なことはたくさんあったけど、それ以上に得るものの多い旅だった。
「明日、帰れるかもしれないんだもんね……。みんなきっとびっくりするね、あたし達が急に仲良くなってたら」
「……そうだね」
ほんの少し険しくなった高遠くんの表情からは、「上手くいけばね」という言葉が言外に続くのが分かるようで、あたしは何も言えず俯いた。
まあ戦うからには当然勝つつもりしかないけど、もちろん現実的には負ける未来だって十分にあり得る。そう思うとこうして隣にいられる一秒がもっと貴重に思えた。思い切り戦えるように、後悔はないようにしないと──
「あ!」
「うわ?」
「高遠くん、あたしこの世界で高遠くんとやり残したことが!!」
「え? な、何? 近い……」
ぐいぐい詰め寄って元気良く言うと、反対に高遠くんの声は小さくなる。でも思い出せてよかった、たじろぐその赤い顔に、満面の笑みでもってお願いする。
「高遠くんの愛読書のお話、結末まで聞かせて?」
そう言えば知らないままだった、高遠くんがこの異世界に相棒として選んだ物語がどんなものか。冒険の終わりの前に、景気良く英雄譚のハッピーエンドを語ってもらうのも悪くないだろう。
そう思って意気揚々と提案したのに、高遠くんは「あ、はい」となんだか残念そうに頷くのだった。
* * * * * *
「──そして王は言いました。私のために祈ってくれと。こうして偉大なる王を乗せた小舟は、悲しみに暮れる三人の乙女の涙と共に沖へと流れ、やがて見えなくなったのでした」
「……………は?」
「は?」
「続きは?」
「いや、これでお終いだけど」
「はあーーーー!?」
「うわっ。何?」
大通りから少し抜けた、小さな広場にある噴水の脇に腰掛けて。
長い長い王道ファンタジーの結末を語り聞かされたあたしは、しかし感動とは全く無縁の、わざわざ長時間物語ってくれた人に対しておよそ失礼極まりない感想を大声で投げつけるのだった。
「な……何その鬱展開! 主人公死んでるじゃん!!」
びっくりした。本当にびっくりした。正義は勝つもの、世界は救われるもの、恋は叶うものと信じて生きて来たハッピーエンド至上主義人間としては、寝起きにナイフで刺されるようなものだった。
何死んどんねん、【☆あと3ページで主人公死にます!☆】みたいな警告ぐらい入れて欲しかった!
「いや死んでないよ。伝説ではアヴァロンの島で傷を癒し復活の時を待っていると……」
「いやそれもう社会的には99%死んでるじゃん! 何それ、仲間に裏切られて肉親と相打ちになって島流しってどんなバッドエンド!?」
わあわあ大騒ぎするあたしに、さすがに異世界に愛読書として選ぶぐらいにはお気に入りの本を全力ディスられ中の高遠くんはムッとして反論する。
「確かに悲劇的な結末だけど、そこに至るまでの栄光は素晴らしいものが……」
「いやいやいや死んだら終わりだよ何も残らないよ! デッドエンドは皆等しくバッドエンドだよ、ちょっと作者に文句言ってくる!」
「多分その人も死んでるよ!?」
噴水から立ち上がりかけて慌てて引き止められる。
「うー、でも、みんな仲直りして全部水に流して幸せになる終わり方でもいいのに……」
「あそこまで泥沼になってたら手遅れかと……。それに俯瞰して見ればバッドエンドでも、総合的に見ればハッピーエンドって物語も多いと思うよ」
「えー……何それ、どういうこと?」
納得できずに口を尖らせていると、高遠くんはたしなめるように優しく言った。
「結末だけが物語の全てじゃない。そこに至るまでに起きた一つ一つのことが大切なんだ。そうだな、例えば……童話の人魚姫もデッドエンドだけど、あの話はバッドエンドだと思う?」
あたしははたと思い浮かべる。助けた王子様にそうとは知られることもなく、海の泡になって消えた悲しいお姫様。その結末は確かにとっても悲しいけど、
「……うーん、ハッピーではないけど……短くても王子様の近くにいられて、人魚姫は幸せだったんじゃないかなあ?」
「そういうこともある。大事なのは死んだとか生き残ったとか、結ばれたとか結ばれないとか言う結果だけじゃない。その物語の中で当人がどう感じるかなんだ」
「……自分がどう感じるか……」
なるほど、じゃあその理屈で言えば、あたしのこの異世界冒険譚は、ハッピーエンド確定だ。
あたしの物語の過程は、高遠くんと一緒に旅したぜんぶは、どこを切り取ってもキラキラ輝いてて、まさに栄光の日々だった。だったら結末が何エンドだろうが知ったこっちゃない。
あたしはおかしくて笑った。なんだ、何も迷うことなんてなかったのか。
「高遠くん」
「何?」
「明日、あたしがんばるから。一緒に元の世界に帰ろうね」
「……うん、もちろん」
力強く頷いてくれる高遠くんに、へへっとはにかんで笑う。そうと決まればあとは全力で敵をぶっ飛ばして、魔王さんにあたしの答えをぶつけるだけだ。
「雨宮さん?」
「……へへ」
「?」
「どーーん」
「うわ!?」
うっかりにじんできてしまった目元をどうにか隠すため、隣に座る高遠くんの胸に抱きついて頭突きをかます。
ぐりぐりとドリルみたいに押し付けていると困惑気味に上ずった声が上から降ってきた。
「ど、どうしたの急に、あの、ここ外なんだけど、」
「嫌だ?」
「いやじゃないです……」
妙に素直な即答がおかしくてへっへと更に笑う。目の奥の熱さもちょっと和らいだ頃、ぺたっとほっぺを胸にくっつくけてみると、心臓の音がすぐ近くに聞こえて自然と目を細めてしまう。
「なんか不思議だよね」
「……………」
「前はちょっとでも体がくっつくとすごーくドキドキして死んじゃいそうだったのに。今はなんだか落ち着くの。あたし、もっとずっとこうしてたいなー……」
そんなの無理だけど、ていうか多分これが最後だけど、て思うとまた涙が出そうで、あたしはきゅっと目を閉じた。
せめて今日ぐらいもう少しだけ、と思ったけど。
「……ていうか高遠くん心臓のBPMやばくない?? ハードコアテクノ!?」
「死ぬかも」
「うわああ死んじゃダメーー!! 明日ならまだしも今日死んだらただの犬死にだよっ!! 生きてー!!」
結局甘い雰囲気も一瞬に、がばっと身を起こして胸ぐらを掴みぶんぶん振り回し、最終的に噴水の水を浴びせるに至った。
全くロマンチックになりきれないのがあたし達らしいといえばらしくって、踏んだり蹴ったりの高遠くんには悪いけど笑ってしまった。さすがにその頃には、辛気臭い涙もどっかに行ってしまっていたのだった。
ともあれこれで答えは決まったので、心置きなく最終決戦に向かう決心がついた。
明日あたし達はこの異世界を救って、元の世界に帰る。最後に自分がどんな顔をしてるのかは分からなかったけれど、それだけは確信できた。




