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恋する少女の異世界記録 〜スキルが強すぎてヒロインになれません〜  作者: 花苗カナ
第7章 恋と終わりの異世界

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選択① ただいま


 異世界に来てたぶん今が一番つらい。物理的に。


「ぁ……ぁぁ……」

「大体お前は……っておいこら聞いてんのかアリア!」

「ギャアアアやめてやめて触らないでぇぇぇ!!」


 正座をして数分でもののみごとにビリッビリに痺れた足は、お兄ちゃんに軽く叩かれただけで人知を超えた壮絶な痛みをあたしにもたらした。死ねる。

 

 無事に教会に戻って、再会を喜ぶよりも早く始まった雨宮カノンお兄ちゃんによる地獄の説教は過去最大級にキレキレだった。犯した罪を思えば無理もないけどね。


「うう……いっそ潔く一発殴られたほうがマシ……」

「馬鹿、妹を殴る兄なんかいるわけないだろ。あと数時間は覚悟しろよ」

「ヒェッ……ご、ごめんなさい! 早とちりして突っ走ってあっさり敵に拉致られたりしてすみませんでしたぁ〜! もう許してよーー」


 わあわあ泣いていたら、隣で一緒に正座をしていた高遠くんが心配そうに「鼻水が……」と余計なことを言ってくれた。姿勢良く佇むその姿は毅然としていて、あたしのように無様に足を痺れさせることもなく徳の違いというものを感じさせる。やはり菩薩か……


「お兄さん、もうこの辺で……こんなに泣いて反省してるじゃないですか」

「甘いぞタカトー君、この涙は反省2割・足の痺れがつらいの8割だ。ここできっちりシメとかないと絶対再犯するぞ。あと君にお兄さんとか呼ばれる筋合いはない」

「フッ……読みが鈍ったねお兄ちゃん、正解は1:9でした! 残念無念」

「それ見たことか全く反省してないじゃねーか」

「ぁあーごめんなさいごめんなさい足つつかないで……」


 地獄の制裁に身悶えしながら、「ていうか」と、お兄ちゃんの後ろで面白そうにあたしを見下ろしている他の勇者のみんなをちらりと見る。

 みんな怒ってるのかと思ってたのに、その目はどこか面白そう……あ、これ、珍獣ショー的なものを見る目だな。悲しく悟りながらあたしは口を開いた。


「その、大脱走したことよりもむしろ、あたしのオマケ召喚のせいでみんなにスキルの代償なんてものを押し付けてしまってたことを反省したいんだけど……」


 いたたまれず歯噛みしながら呟くと、さっきからそわそわとピアノを弾くように指をわきわきさせていた──まさか足をつつきたいのか?──渋谷先輩がポンと手を叩いた。


「そうそう。アリアちゃんが拉致られてる間、私たちはそのことについて話し合ったんだよ。4分程」

「ひ、人が死ぬほど罪悪感に苛まれた議題について、きょうびカップラーメンもギリギリ出来上がらない短時間で……!?」

「満場一致で出た結論として、これは代償じゃなくて対価だということになったんだよ」

「対価? なんのです?」

「アリアちゃんという召喚獣を呼び出すための……」

「ついに人ですらなくなった!?」


 衝撃のあまり立ち上がろうとして、足が痺れていたことに気づき更に身悶えた。呻きとともに目を覆う。

 た、たしかにゴリラのごとき怪力、イノシシのごとき猪突猛進、サルのごときうるささ、ゾウのごとき食費だったかなとは思うけどーー!


「ほら、私たちそれぞれの島やら村やらでアリアちゃんにたくさん助けてもらったでしょ? それがなかったらこうしてここまでも来られなかっただろうし、だったら代償なんて安いものかなって。ね」


 淡々と告げる先輩に、晴春君もマヤちゃんも太一郎君もうんうんと大きく頷く。

 ええ……あたし何したっけ……? 常に必死だっただけでみんなに何かをした覚えも皆無で、腑に落ちず口を尖らせた。勇者ってみんな人が良すぎる、もっと怒って罵しるべき……。

 全然納得できず隣の人を見る。


「高遠くん、高遠くんが一番おっきい代償背負わされたんだから、遠慮せず怒っても……ギィヤアアアア!?」


 突然足に走った衝撃に目を見開き、あたしはぱたりと息を引き取った。ていうか正座の足のまま倒れ伏した。こ、こんな痛みがこの世に存在するなんて……!


 ぷるぷる震えるあたしの横、瀕死の足を遠慮なくつついた高遠くんはちょっと感動したように目を輝かせながら、実に愉しげに言った。


「すごい、ちょっと触っただけなのにこの反応……両足同時ならどんな声で叫ぶのか……」

「発言が勇者的にアウト!!」

「あはは。まあ罰が欲しいなら、俺はこれで満足だけど……まだ足りない?」

「ぐ……こ、この程度じゃまだまだ…………あ、いえ、無理です死にますもういいです……」


 すすり泣くあたしをみんなが見下ろしてにこにこ笑う。その絵面はなんか色々倫理とか的に酷いものだったけど、


「そんなわけだから、うじうじすんのは終わりにしろよ馬鹿妹。悪いと思ってんなら召喚獣として遺憾無く役立てるようせいぜい頑張るんだな」

「うう……ごめんねみんな……ありがとう」

「ま、無事で良かったよ。おかえりアリア」

「うん。ただいま!」


 へらっと笑い合ってから、「ところで」とお兄ちゃんは首をかしげる。


「なんでタカトー君まで正座に付き合ってんだ? 確かに、こいつの匂いを辿れる唯一の子竜を限界速度で吹っ飛ばして、後続の俺たちを置き去りにして単騎特攻したのはゲンコツ三発分くらいに相当するけど……」

「そ、そうなの高遠くん!? 高いところ苦手なのにそんな無茶を……ごめんねっ、正座姿も様になってると思って放置しちゃったけど高遠くんは悪くないよ、あたしに気ぃ使う必要ないよさあ立ち上がろう??」

「いや、気を使うとかじゃなくて、その、雨宮さんが辛い思いをしてるのに黙って見てるわけには……」

「なんで? 別に関係ないじゃん」

「なんで?? 関係ないでしょ」


 同時に同角度で首を傾げるあたしとお兄ちゃんに見つめられ、高遠くんは膝の上で握った手にぎゅっと力を込めて背筋をピンと伸ばすと、顔を真っ赤にして意を決したように声を上げた。


「関係なくないです、か……彼氏なので!」


 聴覚を奪うスキル?? と思うほど室内の音がまるっと消え去って、あたしたちは全員絶句した。


 一番目を丸くしていたお兄ちゃんが、ロボットみたいにギギッと首を捻って、口の端をひきつらせて呟く。


「…………か、カレシだあ?」

「ついにやったのね高遠くん!」

「今世紀中に間に合うとは深くんにしては頑張ったね」

「クッ……! アリア先輩が幸せなら認めざるを得ないっス……!」

「こじらせすぎてこんなん無理ゲーと思ったけどどうにかなるもんだなー」


 わーーぱちぱち、とちっちゃい子にするみたいにオメデトーと祝福してくれるみんなの前で、あたしは火が出そうなほっぺを押さえて口をぱくぱくさせていた。心の火災報知器が大音量でサイレンを鳴らしてる。超大炎上だった。

 りょ、両思いってことはそういうことになるんだろうなとは思ってたけど、そんな改めて言われると現実に心が追い付かないというか……!


「お、おいタカトー君、騙されてないか? アリアだぞ? 確かに面白い生き物ではあるけど付き合うのはまた話が別だぞ? 君の稼ぎのほとんどがこいつの食費に消えるかもしれないんだぞ? 脅されてるなら二回瞬きしてこっそり教えなさい」

「ちょっとなんなのこのお兄ちゃん!?」


 しかし高遠くんはとんでもないことを叫んだくせに今さらじわじわ来てしまったのか、お兄ちゃんの方も見れずに口をひき結んで気恥ずかしさに耐えている。

 とりあえず水に頭でもつっこんで熱を冷ましたかったけど、足の痺れでそれも叶わないと嘆いていたら。


「カノン様、そういうの野暮って言うんですよ。素直におめでとうって言ってあげましょうよ」


 すくっ、と何の抵抗もなく立ち上がって、あたしは目を瞬いた。痺れが消えてる。

 驚いて声のした方を振り返ると、手を組んだ祈りのポーズのまま、ちょっと怒ったように頰を膨らませた聖女ノエルちゃんがそこに立っていた。


「あ、ノエルお前、せっかく元気になったのにまたしょうもないことに祈りの力を!」

「しょうもなくないですよ。まったくもう、拐われたアリアちゃんが心配で眠れなくてフラフラのくせに強がっちゃって……」

「ぐっ……黙っててって言ったのに……」

「さて、再会も済んだようですし、治療に入りますからアリアちゃんお借りしますね」


 ずい、と背中を押されて、あたしは慌てて手をパタパタと振る。


「ノエルちゃん、あたし怪我なんてしてないよ?」

「甘いです! 愛読書を無理やり引き抜かれたなんて負荷的には内臓引きちぎられたようなものですよ? 内側が傷ついてるかもしれないです、すぐに確認しないと」

「わあこの聖女意外と力が強ーい……そ、それじゃあちょっと行ってきます!」


 いってらっしゃーい、と手を振るみんなを尻目に、あたしはぐいぐいと押されるまま連行されるのだった。



 * * * * * *



「……うーん、まったく無傷みたいですね……ひとまず安心です」

「だから言ったのに。ノエルちゃんてば心配性だね」


 修道院の一室、医務室みたいな部屋のシンプルな寝台に腰掛けて、あたしはケラケラ笑った。

 ノエルちゃんは不服そうな半目であたしを見つめ、首をかしげる。


「でも、愛読書は神の力でこの世界にいる限り皆さんの中にしっかり癒着してるはずですから、そうそう簡単に出し入れなんてできないはずなのに……」

「きっとそれが神さまの言う、あたしの欠陥てやつなんだと思うよ。魔王さんもそんなこと言ってたし」


 ぶらぶらと足を揺らしながら思い返してると、ノエルちゃんは真っ青な顔で目を見開いた。


「……ま、魔王に会ったのですか!?」

「うん。あたしにお願いがあったみたいで」

「……では、アリアちゃんは魔王の顔を見たのですね」


 悪事を暴かれたかのように神妙な面持ちで俯くノエルちゃんに、あたしは小さく頷く。


「うん、さすがにちょっとびっくりした。──どうして同じ顔してるのかまでは教えてもらえなかったけど」

「……魔王はあなたに何と?」


 あたしはふむ、と腕を組んで目を閉じる。あの時、魔王城で相まみえた魔王さんに言われたことは。


「あの人……自分はあたしたちより弱いけど、でもあたしたちには絶対に自分は倒せないって言ってた。だから結局この世界は滅びるしかないんだって。神さまの目論見は前提から大失敗だって……ノエルちゃんはそれ、どういう意味だか分かる?」


 ノエルちゃんはきゅっと目を閉じて押し黙った。それが肯定っぽいことを感じると、あたしは付け加える。


「でもね、あたしならこの世界を救えるかもしれないって言われたの。他のみんなにはできないある方法を使えば……」


 それだけで何かを察したのか、ノエルちゃんはパッと弾かれたように顔を上げると、あたしの肩を掴んで必死な顔で首を横に振った。


「だ、ダメですよアリアちゃん! 絶対にそんなやり方はダメです! お願い、アリアちゃんが優しいのは分かってるけどそれだけは絶対に選ばないで!」


 ぶんぶんと肩を揺らされわーと目を回しながら、「それを決めるのはあたしだよ」と突っぱねると、ノエルちゃんはピタリと動きを止め、ついにぽろぽろ泣き出してしまった。

 可哀想だけど、そこまで親身になってもらえるのはちょっと嬉しくて苦笑しながら、あたしは呟く。


「でもさ、正直ちょっと迷ってるんだ。さすがに内容が内容だし……だからね、ラスボス戦までたっぷり悩んでおこうと思って。それでほら、あたしって頭良くないでしょ?」

「………………」


 期待してなかったけど、さすがにお世辞ですら否定されないと地味に傷ついた。泣きそうになりながら続ける。


「だから色んな人の話を聞いて参考にしようかなーと思って」

「参考って……アリアちゃんに迫られた選択は、他の誰とも比べられるようなものじゃ……」

「ううん、恋の話が聞きたいの!」

「こい?」

「うん。恋バナ~」


 にししと笑うと、ノエルちゃんは全く意味が分からなそうにぽかんとしていた。


「ノエルちゃん、お兄ちゃんに告白したでしょ?」

「え!? あ、はい、まあ……」

「それでね、世界が別々なのに、二度と会えなくなっちゃうのに、どうして好きって言えたのかなーって教えて欲しくて」


 あたしだったら耐えられないかもなって思う。好きな人のそばにいられないなら、両思いになったってむしろつらいだけだ。

 でもノエルちゃんは微笑んで、ふるふると首を横に振った。


「私にとっては、こんな風に誰かをお慕いできることも奇跡のようなことでしたから……元より多くは望みません。思いをが通じただけで幸せです。それに二度と会えなくても、あの人と過ごした思い出もうれしかったことも、もらったものは私が忘れない限りずっとここにありますから。だから寂しくなんてないです。いつも一緒です」


 ここ、と胸を押さえて囁く、それはなんだか悲しい回答だったけど。でもそう言うノエルちゃんの顔に全く悲壮感はなく、むしろ晴れ晴れとしたものだったので、あたしは笑って頷いた。


「そっか。教えてくれてありがとー」

「いえ……あ、ていうか、参考にしないでくださいね!? アリアちゃんは高遠さんと一緒に元の世界に帰ってずーっとそばにいられるんですから! ……あ、あの、何かよからぬこと考えてません?」

「んー、まだ保留かなあ」

「……………あの、魔王のこと、みなさんには」

「それは内緒。あたしが言ったことも黙っててね、特に高遠くんには……」


 ノエルちゃんの決意は尊敬しちゃうぐらい立派なものだったけど、あたしは意志薄弱なのでそこまで潔く思い切れそうになはい。


 うん、約束の最終決戦の日は近いけど、せいぜいギリギリまで悩ませてもらおう。

 よいしょと寝台から飛び降りて、あたしは小さく伸びをした。


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