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恋する少女の異世界記録 〜スキルが強すぎてヒロインになれません〜  作者: 花苗カナ
第7章 恋と終わりの異世界

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魔王城② 奪還


「………………」

「どうした真面目な顔して。腹減ったのか? さっき替え玉まで食べただろ」

「うん、おいしかった……じゃなくてちーがーいーまーす、なんでみんなしてあたしの様子が変だとお腹空いてることにしたがるんですか!? 失礼な!」


 しかし『グーーーー』と絶妙のタイミングで鳴り響いたお腹の音に完全論破され、あたしは歩いていた長い廊下の道なかば、へなへなと崩れ落ちた。


「うう……普段使わない頭を酷使したからブドウ糖が枯渇した……」

「いや、まあ一気に説明されたし無理もないか……。悪く思わないでくれ、人当たりが良いように見えるけど所詮は高次の存在だからな。しかし俺はてっきり、お嬢ちゃんは即刻断るもんだと思ってたんだけど。まさか保留とはね」


 ほっぺを冷たい床にくっつけながら、反芻するーー

 さっき、いわゆる魔王さんからされたスカウト。

 あたしにしかできないこと、その詳細な内容、それは確かにぶっ飛んでいた。


「……すぐには返事できないです、大事なことなので……でも、どうせ勝算があるから誘ったんでしょ?」

「ああ。あんたは良いヤツだからな」

「嘘つき。都合の良いヤツの間違いでしょう」


 ごろんと仰向けになって床から睨み上げると、ハイネさんは眉を下げて悪い悪いと、微塵も悪気なさそうに笑った。


「……あ、そうだ。最後に伝言です。ジゼルさんから。『わたくしはすこぶる元気』だそうです」

「…………そう」


 ハイネさんはほっとしたように呟き、瞳に一瞬だけ寂しそうな色を滲ませると、すぐににっこり笑ってあたしを見下ろした。


「最後ってことは、ここから出てくのか?」

「あったりまえでしょう。例の提案に乗るかどうかは別案件で、あたしにとってあなた達はあくまで世界を脅かす敵ですから。いつまでもぬるい囚われごっこをしてるつもりはありません」

「ふーん、そうか。それは残念だな……で、どうやって出て行くつもりなんだ?」


 あたしはクククと笑いながら床から跳ね起きると、腰に下げた妖刀に手をかけた。

 かつて先生と共に旅をしていたというハイネさんには、その愛刀にも覚えがあったんだろう。ちょっと驚いたように目を見張ったけど、そこに警戒の色はないことが甚だ遺憾だ。


「スオウさんの刀か。確かに脅威だが、ただの人間が振るっても怪我するだけじゃないのか?」

「ふっ……あんまりあたしを馬鹿にしないほうがいいですよハイネさん……ただの女子高生は日本刀で戦えないですけど、スイカ割りぐらいはできます」


 言ってあたしは妖刀の柄を握りしめ、鞘ごとその重い刀身を力一杯振り上げると──ホームラン級のフルスイングで、真横の大きなガラス窓に思いきりぶち当てた。


「あ、こら。人んちの窓を」

「フーーハッハッハッハッハー! 強化ガラスにしなかったことを後悔するがいい魔王! リフォームしてから出直してください!」


 ガッシャーンと景気良く割れたガラスは窓に大きな穴を開け、その向こうに広がる青空からうるさいぐらいの風が入り込んでくる。

 暴れる髪を抑えながらあたしは帯刀を終えると、窓枠によいしょと足を乗せてハイネさんを振り返った。


「そういうわけですから、ラーメンごちそうさまでした! 愛読書は惜しいですけど仕方ありません、山奥で地獄の修行を積んでムキムキ剣豪に生まれ変わったあたしの活躍にご期待くださいっ」

「はあ、やる気があるのは良いことだし応援してやりたいが……そこ出口にすると山奥とかの前に死ぬぞ?」

「へ? ……………」


 やけに吹きすさぶ風にスカートを押さえながら、何気なく下を見る。

 ていうか気づくべきだった、割れて落ちた大量のガラスが地面に落ちる音が一切しなかったことに。


 正直三階ぐらいだと思ってたのだ。しかし眼下にあったのは地面ではなく青空だった。

 ……………。


「こ、こ、これ天空の城だーーーー!!」

「いや気づかなかったのか、揺れてただろ。魔王城は空中を移動する城だからな」

「あんまりじっとしてないから! 多少の揺れとか分かんなかった!!」

「猪突猛進な人間も大変なんだな……」


 窓枠に乗せていた足がガタガタ震える。マジの上空だった、雲より高い。


「……あとでちゃんと返すから貸し出し用パラシュートとかないです?」

「どのみちこの城の周囲は魔力の壁で覆われてるから通り抜けできないぞー」


 あっはっはと笑うハイネさんを愕然と見つめる。ここに来た時点であたしに選択肢なんて無かったってこと……!?

 だけど彼は徐々にその笑いを引っ込めて、あたしの背後の空を見た。


「……まあ、所詮壁だからな。馬鹿みたいな力で殴られればそれでお終いだ」


 直後、後ろから響いた鈍い轟音に空を振り返る。


「……………」


 空に亀裂が入っていた。光の線のようなそれは、向こう側からのさらなる衝撃でついに大きな穴を開け──


「キュイ〜〜!」


 そこをかいくぐって元気よく飛び出してきた教会の竜、ドラ美ちゃんの背中の上で、


「おいこら揺らすな子竜! くそ、そろそろ死ぬ……なあ、いくら竜の嗅覚が良いとはいえほんとにこんなとこに……」


 死にそうな顔で文句を言いまくり、さきほど壁をぶん殴って破壊したらしい聖剣を携えて悪態を吐くその人を見て。


「…………………はぁ?」

「あ」


 あたしと高遠くんは、魔王城の窓越しに、ぽかんと間抜けに口を開け、しばし見つめあっていた。


 そして。


「なんでこんなとこに!?」

「なんでそんなとこに!?」


 ほぼ二人同時に叫び、互いを勢いよく指さす。


「た、高遠くんここ空の上だよ!? 危ないよ気絶したらどうするのっ、早く地上に降りて深呼吸して落ち着こう!!」

「雨宮さんなんで窓枠なんかに足乗っけてるんだ!? 落ちたらどうするんだよ、出かけるなら玄関からやり直そう!!」


 血相変えて交渉人ばりに説得しあってから、ハッと正気に戻る。


「……って違う、何で単独でラスボスの城に乗り込んできてるの高遠くん??」

「何って……助けに来たに決まってるだろ。遅くなってごめん、一緒に帰ろう」

「はー?? もう人が良すぎ、そんなところもす……じゃなくて……そ、その、いまさらみんなに合わせる顔とかないし、それに高遠くんってば個人的に今会いたくない人ランキング堂々1位っていうか……とにかく、あたしは一人でもどうにかやっていけるから! ラーメンも美味しいし! 気をつけてお帰りください!」

「はあ? 何言って……」

「そうそう。こっちとしてもお嬢ちゃんにはここにいてもらった方が面白いしな」

「わ」

「!?」


 ぐい、と後ろから抱き上げられるように窓枠から降ろされる。きょとんとしている間にハイネさんは棒立ちするあたしの肩に腕を回し、あっはっはと愉快そうに笑った。


「重いですハイネさん」

「悪い悪い。でもお嬢ちゃんも帰りたくないみたいだし、一生この城で好きなもの食べ放題で暮らすってのも悪くないだろ?」

「た、たべ、ほうだい……? クッ……理性を溶かすような魅惑の響きだ……」

「だろ? だから遠慮なくいつまでもここに……」


 ヒュン、と音がしたと思ったら、さっきまで肩にあった感触がもののみごとに消えていた。


「…………ひ」


 速すぎて見えなかった。

 だいぶ遅れた悲鳴も微かに、あたしは背後の床に倒されたハイネさんと、その胸の上に足を乗せて聖剣を突き付けている高遠くんとを呆然と見つめていた。


「…………た、高遠くん?」

「へー、相変わらず良い剣だなぁ。腕を上げたか少年? ていうかなんか余計な外面(リミッター)が剥がれた感じかな?」

「うるさい。雨宮さん(人質)がいなければまずその喉切って二度と軽口叩けないようにしてやったのに」

「ははは、目が怖い目が」


 状況の絶体絶命感にそぐわずクックと笑うハイネさんの上半身には、軍服の上からざっくりと切りつけられた大きな傷が斜めに走り血を滴らせていた。

 けど、その傷も見る見る間に塞がって何事もなかったかのように修復されていくのを見て、そういえばこの人魔族だったんだなと改めて思う。行きつけのラーメン屋の気さくなお兄さん的なイメージがすっかり……。


「しかし地の利ってもんをもう少し考えるべきだったな。子供を痛めつけるのは好きじゃないんだが……」


 言いながら指を鳴らそうと手を伸ばしたハイネさんを見て、高遠くんは剣を握る手に力を込める。

 だからそのどちらよりも早く、


「ちょ、ちょっと待ったーー!!」


 あたしはどーーんと高遠くんを突き飛ばすと、シュバっと二人の間に立ち、両手を広げて壁を作る。


「雨宮さん、何を……」

「た、高遠くんを倒したくばあたしを倒してからにしてください!」

「はあ!?」


 あたしは怖くて震える足を叱咤しながらキッと目の前、ゆっくりと起き上がったハイネさんを睨んだ。


「へえ、なるほど。例の回答の猶予期間はこちらからの手出しはできないだろうと踏んでの強気か。意外と計算高いんだなお嬢ちゃん」

「え? あ、そっか、たしかに……。そ、そうです。あたしを倒せばあなたたちの計画も水の泡ですよ、かかってこいや!」

「なんだただの無鉄砲か……」


 呆れた目で見下ろしながら、やれやれと首を振ってハイネさんは笑う。


「まあいいや。待つと言ったのはこちらだしな。いいだろう、ただし」


 ゴン、と何か尖ったものが頭に直撃して、「うぎゃ」と目を閉じる。

 ばさりと手元に落ちてきたその本を見て、あたしは驚きに目を見開いた。


「ギ、愛読書(ギフト)!? どうして」

「返事をもらう前に死なれても困るからな。言っとくけど他の魔族は細かい事情なんか気にせず本能のままに攻撃してくるし、俺だって売られた喧嘩は買うからな。せいぜい自分の身は自分で守ってくれ」


 久しぶりの再会にぎゅっと抱きしめると、偉大なる愛読書は淡い光に包まれてあたしの胸の中に戻って来た。

 ぽっかり空いた穴がふさがったようで、俄然なんでもできるような気分が満ち溢れてきて自然と力がみなぎってくる。


「よーし、復活ー! わはは」

「さて少年、俺の気が変わらないうちにさっさと行った方がいいぞ。お嬢ちゃんはともかく、別にお前を処分するのに余計な葛藤はいらないからな」


 爽やかに笑って言うハイネさんを、高遠くんはその視線で八つ裂きにできるのではと思えるほど恨めしく睨みーーやがてふいっと顔を背けて、あたしの腕を引いて開いた窓に足をかけた。


「わ」

「……次会った時は倍にして返す」

「はは、頑張れよー。じゃあなお嬢ちゃん、良い返事を期待してる」


 お世話になりました、と言いかけたあたしを遮るように、高遠くんは窓際にお利口に待機していたドラ美ちゃんの背に乗るとあたしをそっと抱えて降ろしてくれる。


「キュッキュ〜イ?」

「あ、うんいいよ、しゅっぱーつ……………ん、あれ?」


 なんとなく流れで竜にまたがりGOサインを出してから、ふと重大なことを思い出す。


「……………あ、しまったこれダメだ、ちょっと待って、ドラ美ちゃん降ろしてーー!!」



 そう。

 つい昨日した告白の返事をもらっていない片思いの相手、という、即死呪文持ちの人と、二人っきりの地獄のドライブに出かけてしまったことに、あたしは遅ればせながら気づいて絶叫するのだった。


 その直後猛スピードで出発したドラ美ちゃんに今度は高遠くんが絶叫してあたしの絶叫と絶妙なハーモニーを奏で、遥か後方でハイネさんが「うるさっ」と呟くのが微かに耳に届き、すぐに消えてしまった。


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