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恋する少女の異世界記録 〜スキルが強すぎてヒロインになれません〜  作者: 花苗カナ
第7章 恋と終わりの異世界

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魔王城① スカウト


 ────まったく、ナメられたものだ。


 血のように赤く艶が良い絨毯に、大の字になって倒れ込んでから数時間。

 ようやく気を取り直した──というのは建前で単純に空腹が限界に達した──あたしは、ゆっくりと開けた目を一人ギラつかせて天井を睨んだ。


 昨日しこたま暴れたせいで全身が筋肉痛だ。これまでスキルのおかげで無縁だった疲労というものを久方ぶりに覚え、改めて今の自分の平凡な女子高生っぷりに苛立つ。ダメ元で胸に手を当てたとて、あのページをめくる感覚は少しも湧いては来なかった。


 さっき檻の中のゴリラのごとく掴んで揺らしまくった、部屋の窓に嵌められた細い鉄格子を恨めしく見つめる。ああ、スキルがあればあんなもの簡単にねじ切って脱走してやったものを!


 しかし本当に舐められたものだ、的の幹部に連行されて冷たい牢屋にでもぶち込まれるのかと思ったのに、あたしに充てがわれたのは妙に品の良い実に快適な客室だった。

 窓はあの通り塞がれているけどふかふかのベッドにティータイムでも楽しめそうな優雅なテーブルと椅子、ご丁寧に花瓶に花まで生けてある。魔王の根城とは思えないその常識的センスは素晴らしすぎて反吐が出るようだ。


 おまけに敵は、あたしから武器を奪わなかった。こんなの最上級の屈辱だ。

 床に物騒に並べられた武器ーズを眺めて唇を噛む……スキルがなくたって武器があれば人並みに戦うぐらいできると思ってたけど、そんなものはうぬぼれに過ぎなかった。


 いざ妖刀を振り上げようとすると逆に振り回され、銃を撃とうにもまず撃鉄を起こすのにすら苦戦し、撃てば反動によろけて照準を合わせるどころじゃない。弓に至っては矢を(つが)えることすらままならず、情けなく床を射る始末だった。


 そもそも愛読書(ギフト)の無い雨宮アリアなんて異世界どころか現実世界ですらコロっと逝ってしまうような粗忽者なのに。終わった。これは完全に終わった。詰みの局地、生け簀の魚。


「…………いや、でも」


 ここから逃げられたとして、行き先なんかどこにもないけど。

 もう気まずすぎて申し訳なさすぎて教会のみんなのとこには帰れないし……。


 それに、帰ったら地獄の強制イベントが待っている。

 告白というものには、一部ルーズな界隈では例外もあるけど、必ず『返答』が付随する。

 真面目な高遠くんは流すことなくきちんとあたしの告白に向き合い返事をくれるだろう。なんという死体蹴り、あたしの恋は二度死ぬ。

 そんなの御免だ。回避しなければ立ち直れなくなる、たぶん一生。


 きっともう好きでいちゃいけないのに、高遠くんのことを思うと胸がずきずき痛くて、涙ぐむ視界が鬱陶しくて目を閉じる。愛読書を失った穴も埋まらないのに余計に胸の中がスカスカだ。異世界で勇者業をバックレた今、失恋にセンチメンタルになってられる状況じゃないのに……。


「再就職、がんばらなきゃなあ……」

「あれ? 悪い悪い、言わなきゃ分かんなかったか。魔族(おれたち)は床じゃなくてベッドで寝るんだ」

「人間だってそうしますよ!」


 ナチュラルに野生動物扱いされたようで憤慨して立ち上がると、いつの間にかドアに寄りかかるようにして立っていたその人は、実に愉快そうにクックと笑った。


「良かった。落ち込んでるかと思って見に来たけど元気そうだな」

「はあ、それはどうもお気遣いいただいて……じゃない!! 今さら良い人ぶったって無駄です、あたしは怒ってますよ! ハイネさん!」


 びしっ、と名探偵ばりに勢いつけて指さしてやると、その人──昨日あたしをここに連れ込んだっきり放置した張本人、魔族のハイネさんは、きょとんとした顔で首を傾げた。


「ん? どこでその名前を……。じゃない、もう忘れたのか。相変わらず脳のツヤがいいなあお嬢ちゃん。俺はサリ。高位魔術師のサリさんだっただろ?」

「騙されませんよ、それはブッサイクな猫の名前でしょー! もう分かってるんですよあなたの正体は! 白々しい嘘はやめてください!」

「ブッサイクってお前……人の死んだ飼い猫に酷いな、傷ついたぞ……。というかそうか、お前ら魔雪峰の村に寄ったんだったな、マリアに聞いた。ってことは師匠にも会ったのか。すごいだろうあの人の拳、俺もよく殴られたよ」

「あ、ハイ、あの右ストレートはタイトルを狙える逸材かと……って違う!」


 地団駄を踏んでキーキー怒っているとまた楽しそうに笑われてしまった。あ、あの師匠にしてこの弟子あり……!


「そうだ心臓! ハイネさん、ジゼルさんの心臓持ってるんでしょう? 返してください!」

「嫌だね」

「あ、うう……じゃあせめてあたしの愛読書を返してください……」

「なんだ、妙にしおらしいな。まあ力を奪われたんじゃ仕方ないか。可哀想になあ」


 誰のせいだと思ってるんだ、と怒鳴りたかったけど、代わりにお腹の底から這い上がるような空腹を告げる音が鳴り響きぐっと唇を噛んだ。


「くっ……昨日拐われてから何も食べてないから……」

「ふふん、そんなお嬢ちゃんにいいものをやろう」


 パチンと彼が指を鳴らすと、直後に鼻腔を突いた芳しい匂いにスンと鼻が鳴る。

 あたしは瞳孔の開ききった目を宙に走らせ、匂いの出所──テーブル上に忽然と現れた、湯気立つ赤い器を凝視した。


「フッフ、すごいだろう。聖女が神の庇護下にある大聖堂で無敵なように、ここ魔王城において俺達の魔力は無尽蔵だからな。お嬢ちゃんの深層心理に介入して情報を得て、最も食べたいと望む料理を完全再現することくらい造作も……」

「う、うわあああラーメンだああああああ!!」

「うるさっ」


 鼻高々に解説していたハイネさんはあたしの大絶叫に顔をしかめた。しかしこれが叫ばずにいられるだろうかいやいられまい!

 あたしは素早くテーブルに駆け寄りその熱々の器を覗き込むと、落っこちそうな両頬を手で押さえ嬌声をあげた。


「キャーーー、しょうゆとんこつ全部のせチャーシュー特盛りだーーー!」

「しょうゆとん……?」

「地獄に降って湧いたこの奇跡(キセキ)、あなたが神ですか!」

「魔族だけど……」


 一も二もなくダイブするように椅子に腰掛け、ご丁寧に添えられていた割り箸をバキーンと割っていっただっきまーすと叫びかけてふと。


「…………ハッ!? こ、こんなことしてあたしを懐柔しようなんて甘いですよ!? どんなに尋問されても仲間の情報は売りませんからね、こんな施しは受けません!!」

「そんな涎と涙流して震えながら言われても……」

「うう〜この悪魔ぁ〜〜極悪中華飯店〜〜」

「よく分からんが……ていうか普通毒の心配とかしないか……? まあ、それは本当にただの差し入れだ。お前に餓死されても怒られるのは俺なんでね。遠慮せず食べてくれ」


 向かいの椅子に腰掛けて頬杖をつき、ハイネさんはにこにこと笑う。

 あたしはその胡散臭い笑顔と、目の前で湯気を立てる美しいスープとを交互に眺め──


「……ら、ラーメンは鮮度が命なので。これは麺命救助です、あなたを信用したわけじゃないですからね」


 非常に都合のいい四字熟語とともに強がって見せると、麺を啜った。わーおいしーい!!


「それでお願いなんだけどさあ」

「ハイ店長よろこんでっ!」

魔王(こっち)側に来る気ない?」


 チャーシューで麺を巻き込んで持ち上げながら、思わず「行く行くー!」と滑りかけた口を、直前でひくつかせる。


「…………は?」

「お前を連れて来て勧誘(かんゆう)するとこまでが俺の任務なんだよ。全く今までサボってたツケとはいえ部下使いの荒い魔王だ……」

「……え、えっと、捕虜とか人質としてってことですよね? それなら価値は低いかと……あたし、逃亡犯みたいなものだし、放っといても草でも食べて生きてそうだから、みんなノコノコ乗り込んで助けに来たりしないだろうし……」

「だから他の連中には用はないんだ。魔王が求めているのは雨宮アリア、お前個人だ」


 ずるずる、と、麺をすすりながら困惑する。

 ──フードファイト大会でも開催したいのかなその魔王?

 いやでも、あたしは消化が早いだけで一度に食べる量がそんなに多いってわけではないし戦力になれるかどうか……いやはや照れますな……


「ちなみに得意分野は肉料理ですが……」

「何を考えてるのかは知らんけど多分違うぞー」

「えーじゃあ何ですー? その他にあたしに一体なんの需要が??」


 スープをふーふーしながら訝しがっていると、ハイネさんは飴玉みたいな瞳をふっと細めて薄く笑う。


「お前が()()()()()()()()であることが理由だ。神にとっては誤算でも、俺たちにとってはお前の召喚は最後の希望になったと言えるだろう」

「……それが、あの港町であたし達を殺さなかった理由ですか?」


 ハイネさんは答えず、ただ湯気の向こうで曖昧に笑った。

 島の双子や獣飼いのマリアの言い草から、港であたし達に接触したサリさん──もとい、高位魔術師のフリをしたハイネさんは、おそらく南端の街から生き延びた不穏分子を排除するように命じられていたはずだ。


 見逃してくれたのはこの人の性格的にただの気まぐれだと思ってたけど、どうもそういうわけでもないらしい。そしてマリア達がそれを不手際や怠慢として愚痴ったり普通に本気で殺そうとしてきたあたり、多分あたしの利用価値については、他の魔族には共有されていない。

 つまりあたしを取り込もうとする思惑はハイネさんと──魔王だけが知る、大っぴらには言えない事情のはずだ。


「……人の胸に開いた穴は深い」


 それはかつて自分が師匠の胸に物理的に開けたものかもしれないし、心が無いと言われる存在としての感想かもしれないし、玉砕したあたしの恋心にも言えることかもしれない。


 だけどこの場においてそれは多分、愛読書を引き抜かれたあたしの空っぽの胸の中を指していた。ハイネさんは頬杖をついたままほんの少し眉を下げると、「痛かったか?」と呟いた。

 ちょっとだけ、と顔をしかめると、悪い悪いと苦笑する。


「お前達が本を収納しているスペースは、こちらの世界の人間で言えば魔力を蓄えるための空間でそこそこの容量がある。あの剣士の少年を含め、他の連中は容易に分離しないよう神の力で完全に固定されていたが……その癒着が脆く()()()()が出来るのは、どうやら欠陥品のお前だけみたいだからな」


 ちょうどスープを飲み干そうとしていたあたしは驚きに目を見開いて、持ち上げかけた器をゴトリと戻す。


「愛読書の出し入れ? そういえば神さまがあたしには何か欠陥があるみたいに言ってましたけど、それが一体何の……ていうか出し入れってことは元に戻せるんですよね? 早く返してください! 今存在価値が大暴落中なんで可及的速やかに!」

「へえ、あの本、ギフトっていうのか。記録書とはまたなかなか面白い本だよな。異世界人は変なことに時間と労力を費やす……平和なんだろうな、それだけ。──しかしアレの所有権は残念ながら俺にはないんだ、返してやることはできないな」

「誰が持ってるんです? まさかあの獣飼いの人……」

「いや、マリアは今前線で待機中だ。お前が来たことは言ってないよ、ここで暴れられても面倒だし。あの本は今……」

「ふむ、カロリーと栄養とのバランスが著しく崩壊しているように思えるけれど、これもまた多少の不健康は一笑してしまえる平和な異世界を象徴する文化と言える。破壊的な味だ、私が思うにこのスープに米を投入することでさらに高次元の罪深き領域へと……」


 気づかなかった。

 ハイネさんとの話に夢中になっている間に、提唱されるラーメンライス理論、いつの間にかあたしの目の前から消えたラーメンの器──


 それを杯のように持ち、ごくごくとスープを飲み干したその人は、ぷはーと満足気に息を吐いた。

 あたしのスープ、と絶叫したかったけどそれは叶わず、呆然と自分の真横に立つその人を、その顔を見つめる。


「…………はあ?」

「いい反応だね、無理もない」

「…………脇役っぽく出てこないでくださいよ、無い威厳が死滅するでしょう。魔王様」


 呆れ気味に呟いたハイネさんの言葉に、完全に思考をフリーズさせてあたしは息を飲んだ。


「…………魔王って、だってあなたは……」

「はじめまして、雨宮アリア。──君をここに招いたのは他でも無い」


 魔王と呼ばれたその人は、友好的に微笑むと、かつてあの神さまがあたしに告げたようにこう言った。


「この世界を()()()欲しい。それは君にしかできないことだからね」

「………………」


 あたしはごくりと唾を飲み込み、ただ冷静に、なんか難しい話をされそうだなってことだけを敏感に悟ると。


「ハイネさん、もう一杯……味噌バタコーン大盛りで」

「まいどー」


 極悪中華飯店に追加オーダーを出し、そのラスボスとの対話に備えるのだった。


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