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恋する少女の異世界記録 〜スキルが強すぎてヒロインになれません〜  作者: 花苗カナ
第6章 竜と祈りの教会

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神さま① 鏡の向こう側


 既にお皿の上は綺麗に(から)になり、そこにあったものはみんななかよくあたしの胃袋の中で地獄の同窓会中だ。だというのに早朝、礼拝の時間と重なっているために人もまばらな食堂に、こうしてあたしが頬杖をついて留まり続けているのは。


「………………」

「…………あの、食べづらいんだけど」

「い、痛いから食べづらい!? やっぱり口の中が切れてるんだね!! ちょっと見せてっ」

「ちーがーう、そんなにじっと見つめられてると食べづらいってこと! ……うわっ、ちょ、変なとこ触るな!!」


 咄嗟にテーブルに身を乗り出し、向かい合って座る高遠くんに腕を伸ばす。そしてその口の端に指を入れて引っ掛けようとすると、途端に高遠くんは顔を真っ赤にして激しくうろたえ、即座にフォークで臨戦態勢まで取って嫌がった。


「……へえ。面白い、ついに剣術スキルと居合スキルのどちらが上かはっきりさせたくなったわけだ……」

「変な分野のテンションを上げるな!! ……あのさ、そんなに心配してくれなくても、見ての通り完治してるよ。雨宮さんは気にしなくていいから」


 ふっふっふと負けじとナイフを構えていたら呆れた様子でそんなことを言われた。

 言われて、改めてまじまじと見つめる──高遠くんの整った顔立ち、その左頬。昨日、あたしのせいで騎士の人に殴られ、腫れて青紫に変色していた痛々しい痕は、一夜明けた今確かにその影すら残していなかった。


「……でも分かんないでしょ、高遠くんすーぐ痩せ我慢するし、ほんとはめちゃくちゃ痛いのかも……」

「信用ないなあ……ほらこの通り、朝食だって難なく完食できるぐらいには元気だよ」

「あーっ! いま右側の歯で噛んだね!? ハイただいまの統計右15回の左11回ですー! やはり無意識に左側を庇かばっている、痛い、痛いんだね高遠くん!? 食べるのつらい?? あたしが出来ることってなんだろ……ハッ、代わりにこの朝食を食べてあげること??」

「うう……尋常じゃなく食べづらい……」

「こら。朝メシぐらいゆっくり食わせてやれ」

「あたっ」


 ぺしっと叩かれた頭を抑えつつ振り返ると、そこにいつの間にやら立っていたのはカノンお兄ちゃん、太一郎君、晴春君の3人だった。おお、チーム男の子大集合。


「ちょっと頭はやめてよお兄ちゃん、これ以上悪くなったらどうすんの!?」

「いやむしろ壊れたテレビ的なアレで奇跡的に直るんじゃないか? ……じゃなくて、ノエルの治癒の加護は教会内じゃ万能だ。それが信じられないってのか?」

「うー……そういうんじゃないけど……」


 だったら余計な心配すんな、とお兄ちゃんはひらひら手首を振った。

 そう、高遠君のほっぺの打撲は、昨日教会に戻るとすぐ、聖女ノエルちゃんの祈りの力によって綺麗に治してもらえていた。

 それでも拭い去れない心のモヤモヤは、自分のせいで高遠くんに痛い思いをさせてしまった負い目だ。傷が消えても無かったことにはなりそうもない。


 そんなあたしの悶々の隙に朝食を素早く食べ終えた高遠くんは、「ところでみんな揃って何の用?」と首を傾げる。


「夕方まで暇だろ? 何か仕事がないか聞いてみたら力仕事があるっていうから、男連中で運動がてら労働に勤しもうぜってことになってさ。高遠君もどう?」

「どうも竜舎の掃除のために卵を転がすのが死ぬほど重労働らしくて。教会の人達にもお世話になったっスからね。明日には出発だし、今のうちにお礼しときましょー!」


 太一郎君と晴春君の申し出に、高遠くんは「いいね。喜んで」と笑顔で頷くと、すくっと立ち上がった。


「あ、力仕事ならあたしも!」

「竜舎に大人数で押しかけても卵で圧死するかもしれないからって断られたんだ。私たちは教会の鐘楼(しょうろう)の清掃を頼まれたんだけど、アリアちゃんも一緒に行かない?」


 凛とした声を振り返れば、渋谷先輩とマヤちゃんがあたしに微笑みかけていた。おお、チーム女の子も大集合。

 ふむふむ、どうやら約束の夕方までは、男女それぞれ出発前の一仕事で時間を潰すことになりそうだ。


 ──約束の、夕方。礼拝等のノエルちゃんの定例のお仕事が済んだ後に、大聖堂にて、ようやく神さまとの再会が果たされる予定になっていた。

 そこで(主に渋谷先輩の恨み節の)諸々の疑問を解消したら、いよいよ戦いの最前線・王都に出発する。昨日別れたギュスタさん達王立騎士団と合流して、魔族との最終決戦に臨むのだ。だから今日が実質最後の平穏な休日なのかもしれなかった。


「はい! あたしも教会のみなさんには迷惑かけちゃったし、お役に立てるならぜひ!」

「よし、じゃあ早速行こっか。じゃあね男性陣、また夕方に」

「高遠くん、またね! ほっぺ痛くなったらすぐ言うんだよっ」

「あ、うん……またね、雨宮さん」


 なんだかちょっぴり名残惜しそうな高遠くんに手を振り、渋谷先輩の肩に掴まって列車ごっこのように陽気に食堂を後にする。

 そこからやや遅れてマヤちゃんが、


「……じゃあ、後で。頑張ってね、太一郎」

「ん。マヤちゃんもほどほどにね」


 そう、何気なく太一郎君と話す雰囲気が、なんだか前とは少し違うことに、あたしは引っかかるものを感じ、はてと口を尖らせるのだった。




 * * * * * *




「うわーすっごーい、(たっか)ーい! うひゃひゃ」

「アリアちゃん、あんまり身を乗り出すと転落死するわよ……ふあ」


 大聖堂のそば、高さ百メートルはある煉瓦造りの鐘楼のてっぺん、たくさんの鐘が吊るされた鐘架にて。眼下に広がる教会市街の景色を一望してはしゃぐあたしに、眠そうな目をしたマヤちゃんがあくび混じりに忠告をしてくれた。


「それにしてもマヤちゃんのお掃除力は凄いねっ、一家に一台だね!」

「たぶんすごく褒められてるんだと思うんだけど嬉しくないわ……。まあ、隅々までキレイにできた自信はあるし、与えられた仕事はこなせたのかしら?」


 スキルの代償の眠気は幾分やわらいだようで、かわいらしく伸びをするマヤちゃんが見つめる先、頭上に吊るされた七つの鐘は、どれもピカピカに輝いている。


 頑張った甲斐があるなあと思いつつ、でもほとんどの功績は小型化スキルで鐘の内側まで入って小さな汚れも見逃さず退治してくれたマヤちゃんと、飛行スキルで高いところにある鐘も丁寧に磨いてくれた渋谷先輩のおかげ。あたしは鐘架の床を渾身の力で雑巾掛けしただけである。やっぱりこの愛読書、家庭的という面では欠陥があるな……。


「しかし夢オチである『アリス』のストーリーにちなんでるのかもしれないけど、花木ちゃんの代償はリスクが大きいよね、戦場で眠りこけるなんてあまりに致命的だ」

「先輩の貧血も辛そうですけどね……まあ確かに、一人旅だったらすぐに死んでたかもしれません」


 一人だったら、とぼんやり空を見つめてマヤちゃんが思い浮かべてるのは、きっとずっと一緒に旅をしてきた幼なじみの太一郎君のことだろう。

 その気持ちはよく分かる、あたしも高遠くんがいてくれなかったらきっととっくにどこかで死んでしまっていた。ここまで誰も欠けずに無事にみんな辿り着けたのは、本当に奇跡みたいなことだ。


「本当に鬱陶しい枷を用意してくれたもんだよね。……この代償についての釈明も、夕方にたっぷり張本人さまにご高説頂かないと気が済まないね」


 フッフッフと綺麗な顔で悪っぽく笑う渋谷先輩。そう、もうすぐ日が傾く頃にはあたしたちは神さまに再会して、いろいろ気になることを説明してもらえるのだ。


 先輩が聞きたがっていたのは、なんであたしたちをこの世界に呼ばなければいけなかったのか。スキルの代償があるのはなぜか。魔王とは何なのか、だっけ。


「……そうですね、でもこれが最後のチャンスなら……」


 あたしはもう一つ知りたいことがある。……あたしたちの力で、魔王なんてほんとに倒せるのかなってことだ。


 だって五十年前、最後に魔王と戦ったというメンバーは明らかにあたしたちより強い。妖刀を持ったスオウ先生に、『心臓』を奪われる前の全盛期の大魔女ジゼルさん、そして二つ目の街で出会った高位魔術師サリさん……こと、大魔女の不肖の弟子だったハイネさん。あたしは少なくとも、彼ら単体にも勝てる自信がない。だからそれより強いんだろう魔王にも、イマイチ勝てる気がしなくて気が滅入っているのだった。


 ていうかハイネさん、今は魔王側に付いてるってジゼルさんは言ってたけど。

 元は魔王と敵対してたのに、戦ったら寝返ったってことなのかな? 師匠の心臓まで奪って? 確かに飄々として掴み所のない人だったけど、そんなトラの威を借るなんちゃらみたいな真似をするようには見えなかったけどな……。


 そう言えば高遠くんは初対面からやたらと警戒してたっけ。ハッ、もしや即座に真の正体を看破していた!? さすが高遠くん、あたしも少しはその観察眼を見習わなくては……


「アリアちゃん? 真面目な顔して大丈夫? おなかすいた?」


 なんて考え込んでいたら、マヤちゃんに顔を覗き込まれてあたしはハッと頭を振った。心配されてしまった……いや、真面目な顔してるだけで心配されるのってどうなの??


「ううん、何でも! ああほら、昨日のこと……お兄ちゃんてばあんな美少女の告白を保留にするなんて隅に置けないなーなんて?」


 昨日、あたしが王都で叛逆者扱いされてギャーギャー大騒ぎしている頃、どうやらノエルちゃんはうちのお兄ちゃんに告白的なことをしていたようだった。捕まって拷問までされてキューピッド役をがんばった甲斐があって良かった。うんうん。


 ……見た目に反して度胸のあるノエルちゃんに驚嘆と称賛をおくると共に、「返事を待ってほしい」というお兄ちゃんにも、少し驚いた。

 だってお兄ちゃんもきっと、ノエルちゃんのことが好きだ。これは妹の直感でもあるし、齢3歳からあたしのお守りという業を背負ってきたお兄ちゃんは、ああいう遠慮がちで健気で芯のしっかりした子にたまらなく惹かれてしまうのだという、ちょっと責任を感じる分析によるものだった。


「まあそれは仕方ないんじゃない? 私たちは魔王を倒したら元の世界に帰るんだし。異世界と異世界なんて、遠距離恋愛にも程があるでしょう。本気で好きならためらうわよ」

「うー、それはそうだけど、だって両思いなのに……」


 伊達に一年以上も片思いしていないので、両思いなんて宇宙誕生並みの奇跡! 派のあたしとしては、どうにも歯がゆいものを感じずにはいられない。きっとお兄ちゃんのことだから、ちゃんとした答えを出してくれるとは思うけど……


「まあでもあの聖女さんは、告白できただけで十分すぎるぐらい幸せなんだと思うな。気持ちを知ってもらえるだけでも嬉しいっていうのは、何となく分かるもの」


 そう言って目を細めるマヤちゃんのどこか大人びた表情に、あたしはハッと息を飲む。

 ……こ、この階段をホップしたような雰囲気(オーラ)……さては君たち何かあったね!? おのれ太一郎君、片思い同盟を組んでおきながら黙って抜け駆けなんてずるい! でもおめでとうございます!


「ね、ねえマヤちゃん? 何かあたしに言いだせてないことなーい?」

「え?」

「うーんと、ほら……あ、そうだ! あれでしょ! 雪の街での『告白祭』! 太一郎君と二人でお祭り回ってたし、あの時二人も何かを告白しあったのでは?」


 あたしと高遠くんがガチの言いづらいこと告白大会をしたあの夜、きっとこの二人ならちゃんと真っ当な告白をしたはず……! そうだそうに違いないっ!


 恋バナ的なものにルンルンと目を輝かせるあたしに対し、マヤちゃんの反応は「ああ」と実に落ち着いたものだった。こ、これが彼氏持ちの余裕……!?


「したわよ、告白」

「えっっしかもマヤちゃんから!? わあ〜すごい! でももっと早く教えてよ〜お祝いしたのにっ。えへへ、嬉しいなあでも。ずっとお似合いだなって思ってたから、こうしてちゃんと付き合うとなると……」

「付き合ってないわ」

「…………へ?」


 はい?


「付き合ってないわよ、私たち。フラれたもの」

「は?」

「私が告白して、太一郎がフッたの。だから付き合ってないわ」

「…………………」


 数十秒ほど思考をフリーズさせて、淡々としたマヤちゃんの表情を見下ろしていたあたしだったけど。──やがて全てを理解すると、静かに膝を折りクラウチングスタートの姿勢を取った。


「って何してるのアリアちゃん!?」

「あっまずい、花木ちゃん止めて!! スキル使われたら追いつけなくなる!!」

「いやあーー離してーー!! 行かせて、太一郎君のとこに行かせて!! 一発殴って目を覚まさ……じゃない、あたしが問い詰めてきてあげる、きっと何か血迷ってそんな愚行に走ったに違いないもん、眉間に銃口・首筋に妖刀を当てて優しく聞き出せば恥ずかしがらずに本音を話してくれるはず!」

「落ち着いてアリアちゃん、やり口がヤクザになってきてるわ!!」


 可愛い女の子に羽交い締めにされて床に引きずられ、両足に抱きついて懸命に封じられているあたしの図はおそらく女子高生ではなく不審者か珍獣のそれだった。しかしこれが暴れずにいられるだろうか!


「ふ、フったってなんで?? ありえんくない?? だって太一郎君は絶対にマヤちゃんのことが……」

「好きって言ってくれたわよ、あいつ。でも付き合うのはできないってフラれたわ」

「意味分からーん! 好き×好き=恋人同士って数学の教科書にも載ってる宇宙の大方程式でしょうが!! ウキーー!!」

「まあまあアリアちゃん、人それぞれ色々事情があるから……紐がないな、この羽衣を使うか」

「二日連続で拘束とか勘弁してくださいせんぱいっ」


 冷静な顔で複雑な縛り方を試みる渋谷先輩に、さすがに慌てて両手を挙げて降伏を宣言する。


「で、でも納得できない、好き同士なのになんで??」

「付き合うって好きだけじゃままならないこともあるからね……でもその顔を見るに、大方主な理由は君にあるのかな? 花木ちゃん」

「…………はい。確かに私、自信あるので……付き合ってもすぐに一方的なケンカして、もういい別れるとか言いだす自信が」

「……………」


 ああ……確かに目に浮かぶ。かつて砂の街で、魔獣を巻き込んだ壮大な痴話喧嘩をしていた二人を思い出す。


 S級ツンの人であるマヤちゃんは素直の対局にいる女の子で、あの調子で付き合えば三日に一回は別れ話に発展しそう。そんでもってS級自分に厳しいマヤちゃんは、『元のサヤに戻る』という行為を許容できないかもしれない。覆水盆に返らないタイプ。

 太一郎君にとってマヤちゃんと付き合うということはある意味、コンティニューできないデスゲームのようなものなのかもしれなかった。そんなの、本気で好きなら尚さら怖くて踏み出せない。


「……だから、このままでいたいって。一時(いっとき)彼氏と彼女になって一生気まずくなるぐらいなら、一生このまま腐れ縁な幼なじみでいたいって言われて」

「はあ……君たちもなかなかにめんどくさいコンビだね……。でも、彼はそれで良くても君はそれじゃ嫌なんでしょう?」

「うう……はい。……できるかは分からないけど、私も変わらないと。でも、その前にあいつの気が変わっちゃったらって思うと、さすがにちょっとキツいですけどね」


 そう言って寂しそうに苦笑するマヤちゃんを見ながら、あたしは恋愛というものの奇々怪界っぷりにひとり震えるのだった。


 ………りょ、両思いでもだめだったら、片思いの人はどうすればいいの…………?


 ノエルちゃんとマヤちゃん、こんなに素敵な女の子二人の実例を間近で目の当たりにしてしまうと、さすがに衝撃的だ。もともとできる気のしなかった告白というものに対する忌避感がより一層高まり、あたしはごくりと息を飲む。


 そして決意した。絶対にこの気持ちを高遠くんに知られてはならないと──!


「まずは自分みがきをがんばって真っ当な人間に生まれ変わりたいと思います!」

「うわびっくりした。いきなり何の決意表明?」

「……あっ、また何か思考が斜め上にジェット噴射してるでしょアリアちゃん! いいのよアリアちゃんと高遠君は絶対上手くいくから気にしないで!」

「ん!? そういうことか……そうだよアリアちゃん、深くんなんて君に好きって言われちゃったらもうサクッといってコロッと落ちるんだから今すぐにでも告白しちゃって大丈夫なんだからね?」

「あはは、二人とも慰め方がうまーい」

「あっ駄目だこりゃ……」

「シチュエーションは夜の観覧車のてっぺんで満天の星に囲まれながらとかがいいですねっ」

「小学生みたいなこと言い始めましたよ……」

「うそでしょう、今時メッセージ上で済ませる高校生もいるってのにこんなお子様(ピュア)な……」


 なんだか青い顔をする二人を気にせずあはは……と遠い目をしていたら、見かねたように渋谷先輩が美しいお顔を歪めて歯噛みしながら言う。


「ああもうじれったい見てられない、こうなったらもはや私が当て馬的に押し倒しでもするしかないか!?」

「し、渋谷先輩大胆過ぎます! 先輩と高遠君だと絵になり過ぎて刺激が強いのでは!?」

「ハッ、何言ってんの花木ちゃん。私は深くんとなんか手も繋ぎたく無いよ、押し倒すのはアリアちゃんの方だよ」

「……いや、確かにそれだと高遠君は焦るかもですけど、こんなちょろい子にそんなことしたら、あっさり渋谷先輩ルートに分岐して余計にめんどくさくなるだけでは……?」


 どうやら真剣に悩んでくれているらしい二人を横目に、見晴らしのいい鐘楼から眺める青空はとってもきれいであたしはうれしい気持ちになる。高遠くんにも見せたいな。ああでも、高いところ苦手だから怖がるかなあ。


 そんなことをぼんやり思いながら、胸にしまった気持ちをこのままずっと大事に隠しておくことを、ひっそりと固く誓うのだった。




 * * * * * *




 夕刻の日が照らす純白の大聖堂は、どこか懐かしいような深いオレンジに染まっていた。


 時間が来たのを悟って、正面のステンドグラスの輝きに吸い込まれていた視線を、あたしはゆっくりとその下、主祭壇の前にそびえるように置かれた大きな鏡に向ける。


 不思議な鏡だった。銀に美しく輝くのに、そこに何も映さない。神さまはそこに降りるのだと、今、鏡の前に立ちあたし達7人に向かい合う聖女ノエルちゃんは言った。


「みなさん、長くお待たせして申し訳ありませんでした。……私がこれから祈りを捧げれば、お望みの神との対面は叶います。……ですが一つだけ」


 胸の前で手を組みノエルちゃんは、きゅっと眉根を寄せて、どこか申し訳なさそうに呟いた。


「……神とは超越者。人知を超えるもの。偉大なる創造主であり、我々の考えの及ばぬ高次に存在するもの。ですからその……あんまり、怒らないであげてくださいね」


 そんなことを言ってくるりと鏡に向き直ると、その場に跪き、深く頭を下げて祈り始める。

 誰もがその絵画のような神聖な姿に目を見張り、沈黙の時間が数分流れた後。


 ふらり、と弱々しく傾いたノエルちゃんの体を、誰よりも早く駆け出したお兄ちゃんが抱きとめるように支えた。


「ノエル!」

「……あは、そんな顔しなくても大丈夫ですよカノン様、ちゃんと成功しましたから……」

「バカ、そんなことを心配してるわけじゃ……」


 真っ白な顔で無理に笑って見せるノエルちゃんを痛ましく見下ろしていたお兄ちゃんは、しかしふとその視線を真横の鏡に向けて言葉を止めた。


 見守っていたあたし達もみな一様に口を閉ざす。

 きっとみんな、思い出していた。4月のあの日、それぞれに不安を押し殺しながら踏んだ魔法陣の先、対面したもの──

 鏡の中に映る神さまを見て、きっと改めて、遠くまで来たんだってことを思い知っていた。


「……ようやく会えた。聞かせてもらおうか、うやむやにしてきた全部を」


 少しだけ緊張を孕みながらも毅然と述べた渋谷先輩に、神さまは静かに頷き、その子供のような目をそっと細める。


「ああ。──私も君達には、謝らなければならないことがある」


 神さまはそう言って──なぜだかあたしの方をちらりと見やって、悩ましげに眉根を寄せた。



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