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恋する少女の異世界記録 〜スキルが強すぎてヒロインになれません〜  作者: 花苗カナ
第6章 竜と祈りの教会

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聖女③ 狂乱の法廷


 殴られた左頬が痛い。

 さすろうにもキツく後ろ手に縛られて拘束されているせいで身動ぎもできず、苛立ちを持て余し舌打ちしようとすれば、布を噛まされているせいでそれも叶わなかった。


 唯一自由を残された両足で立ち上がろうにも、狭く薄暗いこの牢屋は明らかに自分の身長より天井が低い。冷たい石の床の上に座り、焦りを飼い殺すようにしてもうどれぐらい経っただろう。


 いや、実際のところ、ここに投獄されてからはほんの数分しか経過していないはずだ。だけど恐ろしく長く感じる。それも無理はない、何しろ雨宮さんがここにはいないのだから。


「………………」


 ──いや、仮にも騎士を名乗る集団なんだし、あんな見るからに無力で無害な女の子に、まさか酷い事はしないだろうと思いたいけど。雨宮さん、拷問なんて告知されただけでショック死しそうなとこあるし。


 それにしても自分がついていながらこんな結果になった事は一生の不覚だ。目を閉じれば鮮明に思い出せる。連行される際に見せた雨宮さんの表情の切なさは、まるで出荷される牛のそれだった。


『聖女を騙り王都に踏み入らんとする、やや間の抜けた少女の皮を被った魔族』の嫌疑をかけられた雨宮さんは、審判のために王立騎士団により王都本部へと移送される運びとなった。


 護衛として同行していた俺も同様の扱いを受けるものと思ったら、どうも救世主に並ぶ5人の勇者の簡単な情報は騎士団にも伝わっていたようで、特徴として記載されていた聖剣を所持していた事から、ひとまず教会と連絡が取れるまで保護することになると告げられたのだ。


 ……もちろん、目の前で雨宮さんが連れて行かれた直後にそんなことを言われても素直には応じられず抵抗したんだけど、その抵抗の仕方がちょっと良くなかった。


 剣を奪われて緩く両腕を縛られた瞬間、反射的に噛み付こうと大暴れしたので警戒ランクが跳ね上がってしまったらしく、正当防衛で殴られた上にこうして口も腕も封じられて檻の中に放置されているのだった。軽率だった。せめて口が開けばいくらでも交渉は可能だし、拘束が弱ければ隙を突いて脱出することもできたのに……。


 7歳にして言い渡された真姫菜さんからの警告を思い出す。「お前の本質は平和に生きるには邪魔すぎる、嘘でもいいから友好的に振る舞え、無駄に吠えるな、狂犬でもせめて外面ぐらいポメラニアンでいろ」と。

 小学生になんてことを言うんだこの魔女と思ったものだけど、あながち的外れでもなかったのかもしれないな。肝心な時に全く生かされてないけど。


「……雨宮さん」


 今頃お腹を空かせている頃だろうか。怖くてまた一人で泣いてるんじゃないかと思うと胸がざわざわして仕方がないし、痛い思いをしていないか考えるだけで焦燥が募る。このままだと本気で気が狂いそうだ。


 そんなことを考えながらひたすら床を八つ当たり的に睨んでいたら、カチャリと金属が揺れて触れ合うような音が響いて思わず顔を上げる。そう、都合よく考えれば、まるで牢屋の鍵束を指で回した時に出る音のような────


「目元も布で覆うべきだったな。目つきの凶悪さで一人くらいは殺せそうだ」


 上げた視線の先、鉄格子越しに立ち、まさに細い鍵の束を指に引っ掛けて呆れたようにこちらを見下ろしているのは、一人の騎士だった。

 白銀の鎧に銀の髪。育ちの良さそうな精悍な顔立ちに、どこか隠しきれない苦労人気質を滲ませるその人には、見覚えがあった。


 ──というか一緒に死線をくぐったことすらあるんだけど、いやちょっと待て、最初の町のこととかさすがに記憶の地層が深い。駄目だ、雨宮さんがつけたあだ名がしっくりき過ぎてもうそれしか思い出せない……そう、彼女が呼んでいた名前は確か……


「ギュスタさん?」

「…………しばらく見ない間に相棒の失礼さが伝染したんじゃないのか? 君はもう少し理知的な人間だと評価していたんだが。タカトオシンヤ君」


 牢の鍵を開け猿轡を外してくれたその騎士は、外さなきゃ良かった的な青筋を額に浮かべて、どうにかひきつった紳士的な笑顔を俺に向けていた。

 王都にいる所を見るに、最南端への左遷から見事出戻りに成功したんだろうか。それにしてもなんだってこの人が今ここに?


「押収した武器の中に見覚えのある剣があると思ったが、やはり君だったか。ということは、本部で裁判にかけられている『やたらうるさい魔女』というのはアマミヤアリアのことなのか?」

「! 雨宮さんは無事なんですか!?」

「うわ、急に大きな声を出すな。地下は響くんだ……。俺は別件で郊外に出ていたんだが、部下から……まあルードレイクのことだが、どうも見覚えのある脳天気なぽやぽやした少女が魔女認定されてると報告を受けてな。まさかと思い急ぎ確認に来たというわけだ」

「魔女って何ですか? 何も酷いことされてませんよね?」


 手が自由なら胸倉を掴んでいただろう勢いで詰め寄ると、ちょっと迷惑そうに後ずさりしながらギュスタさんは言いづらそうに言葉をこぼす。


「その……悪しき俗習だが、疑わしき者が魔族か人かを判断するために、我が国ではその者を水に沈め見定める習わしがあるのだ」

「はあ!?」


 気づけばダン、と踏み抜くように床を蹴って腰を上げ、息を飲むギュスタさんに噛み付かんばかりに声を荒げ捲し立てていた。


「お前ら覚えとけよ、全員叩っ斬ってやる、いいか、一人残らず全員だ!!」

「お、落ち着け! これは猿轡も必要な訳だ……なんか君前に会った時から随分雰囲気が変わってないか? 何があったかは知らないが……。もちろん、相手が少しでも苦しむそぶりを見せればすぐに引き上げるのだ。無実の者を殺めるわけにはいかないからな。しかし」


 少し言い淀むように咳払いすると、歯切れ悪く彼はこう続けた。


「その審議の結果、少女は間違いなく魔族であると断定されたそうだ」

「そんな……」


 そんなはずがない、と訴える俺の目に、ギュスタさんも苦々しげに目を細めながらも、純然たる事実には逆らえないと言う風に首を横に振って言った。


「……その少女は水の中で、全く苦しまなかったらしい。10分以上も」




 * * * * * *




 減ってきたお腹がうるさい。


 空気に重さがあるのかと思うほど厳かで緊張感に満ち満ちた王都法廷の真ん中、被告人席的なところにあっても、空気を読まず鳴り響く我が腹の音にあたしは顔をしかめた。


 水攻めから引き上げられて着替えもさせてもらえなかったから、髪も修道服もびしょ濡れで肌に貼り付いてものすごく不快だ。その上からロープでぐるぐる巻きに拘束されて、さながら焼豚(チャーシュー)の様相を呈している。


 そう言えば異世界に来てからラーメンというものに久しく巡り会えていなかった。このままここで刑に処されたら二度と味わうことが出来なくなるのではないかと、そんな場違いな危惧にあたしは一人戦慄していた。こんなことならお兄ちゃんの創造スキルでカップラーメンでも創ってもらえば良かった……しかし何もかもがもう遅いのだ。無念。


 ていうかいきなり重りつけて井戸的なとこに降ろされて水大量投入されたからなんか試されてんのかと思うじゃん。『ラッキーチャンス、10分耐えたら見逃してあげるよ!』的なボーナスチャレンジかと思うじゃん。

 そりゃ頑張っちゃうよね、スキル使えば息止め数十分ぐらい余裕だし全く苦しまず耐えちゃうよね。そしたらさすがに心配されて引き上げられて人間ワザじゃないとか言われて魔族認定待った無しだった。

 おのれ愛読書(ギフト)、人類ががんばりすぎたばっかりに!


 そんなこんなで魔族裁判的なものが始まったんだけど、状況証拠的に限りなくどす黒い黒、神さまに貰ったスキルだと言っても、教会から報告された勇者の中にあたしみたいなよく分からん能力の奴はいないと余計に怪しまれる。聖女を騙った目的を問われて「恋のキューピッド的なアレです」と答えれば白目をむかれた。なぜに。


「…………で、では、聖女を騙る異端者よ。最後に述べておきたいことはあるか?」

「え? んーと……無罪かもしれない前提で水攻めにするんだから、せめてぬるま湯とかにして欲しいなって体験者としては思ったりしますね。今月のガス代キツイんですか?」

「……………」

「へくしっ。あ゛ーー」


 おじさんくさいクシャミを響かせていたら、法廷の偉い人達から一斉に頭の痛そうなため息が湧き上がってしまった。


「……失礼ですがアリアちゃん、もう少し気合いを入れて無実を訴えるべきかと。その、捕えられた魔族を殺すのは我々騎士の役目なのです。私は貴女を手にかけるなんて死んでも御免です。あの方にそれをさせることも許し難い」

「あはは、ごめんなさいルードさん。でもね、馬鹿が理屈をこねて状況を好転させようとしても、大抵は失言のオンパレードで自殺行為にしかならないんですよ」

「笑って言うことでは無いかと」


 あたしの背後、懐かしい細剣の切っ先を向けて姿勢良く立つ女騎士──最初の町で出会ったとっても綺麗で優しい人、ギュスタさんの優秀な部下。ルードレイクさんは、つらそうに眉を下げながらも冷静にツッコミを入れてくれるのだった。


 裁判中、あたしに剣を向ける役を申し出て忠実に任務を遂行しながらも、小声でずっと励まし続けてくれていた。その甲斐も虚しくこうして処刑待った無しな感じなんだけど……。でも、ありがたい。ルードさんがいなかったら怖くてピーピー泣き喚いてお話にならなかったかもしれないし。


「でも好転はしなかったけど、約束したとおり時間稼ぎはできたでしょ?」

「……ええ、まあ。見事な撹乱でした。アリアちゃんが一言変なことを言うたびに、法廷が数十秒静まり返ってざわつくのでものすごく進行が遅れましたからね」

「変なことを言ったつもりはないんですけど……」


 まあそれなら、あたしの馬鹿もいよいよ役立つ時が来たんだなって前向きに捉えておこう。

 そうしてはははと笑うあたしを訝しがりながら、疲弊した様子の裁判長が、息も絶え絶えに判決を下そうと口を開いた。


「で、では、この者を魔族と認め、然るべき対処を行うものと……」

「いや。その審議、考え直して頂きたい」


 勢いよく開かれた法廷後方の大きな扉に、全員の視線が注がれる。

 人影は二つ。白銀の鎧に身を包む騎士と、聖剣を携えた精悍な顔立ちの少年──その姿を認めた瞬間、あたしは厳粛な雰囲気も何のその、自分がチャーシュー形態であることも忘れて呑気に顔を綻ばせて声を上げた。


「高遠くん!」

「雨宮さん!? びしょ濡れじゃないか、早く乾かさないと風邪を……」


 会いたかったぁ、良かった無事でっ! 何だかお母さんみたいなことを言って焦っている高遠くんにへらへらと笑っていたけれど、ふと二人がこちらに歩み寄り顔がよく見えるようになって、あたしは完全に笑顔を消失させることとなった。


 ──その、高遠くんの見目麗しいお顔の、左頬に赤黒く腫れて残る、殴られたような痛々しい打撲の痕を目にしては。


「……雨宮さん? どうし」

「……お、お前ら覚えてろよ全員叩っ斬ってやる、いいか、ひとり残らず全員だあーーーーー!!」

「おいバカやめろ、これから擁護してやろうってのに物騒なことを叫ぶんじゃない!! 全く君たち似てないようでいて根本的な部分はそっくりなんじゃないのか!?」


 ごろごろ転がるチャーシューと化したあたしに高遠くんは驚いて引き、久々のギュスタさんは真っ青な顔で大いに慌てていた。た、高遠くんのお顔に傷を付けるとは何たる悪逆ーーーー! 許すまじ!! 妖刀の錆にしてくれるーー!!


「騎士ギュスターヴ。貴殿をこの場に呼んだ覚えはないが。何用か?」


 床でのたうちまわるあたしを冷ややかにチラ見しつつ告げたのは、裁判長の隣に控えていた、騎士団の偉い人っぽいおじさんだった。もしかしなくてもギュスタさん達の上司だろう。

 ギュスタさんは毅然と前に進み出て、膝をついて礼をすると、恭しく胸に手を当ててよく通る声で告げる。


「……無礼をお許しください。しかしその娘、魔族などではありません。不当に殺めれば騎士団の栄光の歴史に血濡れた汚点を残すもの。我が剣に懸けて誓って保証いたします」

「……らしくもない妄言だな。魔族の肩を持った逆賊となれば貴様の地位も危ぶまれるものと心得よ」

「いえ、そのようなことにはならないと確信しております。何を隠そう、南端の街における不死殺し──その真の英雄が、ここにいる少女なのですから」


 法廷がざわめき、一斉に全員が『ここに』と言われた被告人席を見下ろし────しかしそこに転がってるイモムシ的なあたしを見て目をそらした。ひどい!


「血迷ったかギュスターヴ! 父君の温情で安全な南方に配置したものを、恩知らずに出戻って来ただけでも不敬であるというのに……この上このような戯言を述べるようでは、もはや剣を握らせておくのもおこがましい! それ以上この場を汚すようであれば、お望み通り僻地の事務処理担当にでも──」

「いえ。生憎剣を振るう以外能もありませんので……それに、論より証拠と言いますか。私の役目はここまでのようです」


 冷めた風に言ったギュスタさんの言葉に被さるように、外から響き渡った轟音が痺れるように耳を襲った。慌てて窓の外を見れば、快晴にも関わらず走る稲妻が……あ、あれはもしや!?


「悪い、ちょっとこの窓割るぞ」


 ごめんシャーペン貸して、みたいな軽さで持って告げられた警告に、即座に全員がしゃがんで頭を抱えると──幸い、誰もその真下にはいなかったけれど──法廷の窓の一つを蹴破って、四枚の翼を羽ばたかせながらその人──雨宮カノンお兄ちゃんは、あたしの目の前にひょいと舞い降りた。


「おーアリア、なんだそれ焼豚の擬態か? なかなか似合ってるな」

「お、お兄ちゃん!? と……」

「ご、ごめんなさいアリアちゃん! 私のせいで……うっ……な、なんてお詫びしたらいいか……!」


 お兄ちゃんの腕に抱えられた美少女……あたしの制服を着たノエルちゃんは、痛ましいほど泣きじゃくって声を震わせるのだった。


「……遅いぞ、救世主とは名ばかりだな。危うく騎士団を追放される所だった」

「おおギュスタじゃん久しぶり! この前の討伐作戦以来か? 元気?」

「その呼び方はやめろと言っているだろうが! 全く、年が同じだからと馴れ馴れしく……ん? その呼び方、そのアホ面ヅラ、アマミヤ姓、まさか君たち兄妹なのか……!? こんな稀代の馬鹿が一家庭に二人も……」


 どうやら知り合いだったらしいお兄ちゃんと親しげにしつつ、人の家の心配をするギュスタさんだった。そんな絶望的な顔をしなくても……。

 そしてお兄ちゃんの腕の中、ひくひくと嗚咽を堪えながら、ノエルちゃんは涙を拭ってあたしに言う。


「気づくのが遅くなっちゃって……神官長に聞いたら教会の外に行ったって言うから、もうダメかと……よかったぁ間に合って……」

「……聖女?」

「聖女だ! 本物の」

「救世主まで……どういうことだ? やはり魔族ではなかったのか?」


 ざわめく裁判官達の声と、諌めようとする騎士達の怒声で法廷内は騒然とし始めていた。そっとお兄ちゃんに降ろされたノエルちゃんは胸の前で手を握ると、キリッと前を見据えて息を吸い込む。


「王国の法と秩序を守る者達よ。聖女の名の下に告げます。……この少女こそ、不死の魔獣を幾度も討ち滅ぼし、かの獣飼いの片目を穿ち退けた英雄。不死殺しの刀を受け継ぎし、救済の勇者と成り得る者! 真にこの世界の平和を願い、勝利を求めんとするならば、この少女を罰することは多大なる損失となるでしょう!」


 言い切って息を吐いたノエルちゃんから、全員が視線をゆるやかにスライドさせ……床に転がる救済の勇者ことチャーシュー的イモムシなあたしを見つめ、すばらしいシンクロ率でもって同時に首を傾げて呟いた。


「これが……?」

「これとか言うなし!」


 地団駄を踏もうにも足も動かず、あたしは無様にびたんびたんと床の上で鯉のごとく跳ねた。




 * * * * * *




「……すまなかったな、騎士団を代表して非礼を詫びよう」

「いえ良いんです、元々はあたしが紛らわしいことしたせいですから…………ところで、高遠くんを殴った騎士さんの住所氏名電話番号を教えてもらって良いですか?」

「い、いや、仲間を売るのは(はばか)られるな、この逼迫した時勢に……?」


 びしょ濡れの服をルードさんに借りた服に着替えて、拘束を解かれた体でうーーんと伸びをしながら、あたしは怯えるギュスタさんにあっはっはと笑って見せた。


「呑気に笑ってんじゃねえよ全ての元凶が!! 王都まで来てあちこちに迷惑かけやがって」

「あいたーー!!」


 お兄ちゃんに思いっきりゲンコツを喰らってあたしはしゃがみこんで頭を抱えた。こ、これ以上脳細胞が減ったらどう責任を取るつもりなんだこの兄!!


「うー……。ほんとにごめんなさい、まさかこんな大事になるとは……」

「謝って済む問題かこの愚愚愚愚妹! 教会と騎士団の対立なんて大問題に発展したらどうするつもりだったんだよ!? 大体なあ、ただでさえ弱いノエルの立場がお前のせいで更に……」

「カノン様、アリアちゃんを怒るなら私のことも怒ってください。お願いしたのも私、加護をかけたのも私です。ぶつなら私をぶつべきです」


 死ぬほど怒って拳を握り締めるお兄ちゃんとあたしの間に、すっと割って入ってノエルちゃんは目を伏せる。噴火する活火山のようだったお兄ちゃんはそれで「ぐ……」と言葉を詰まらせ、深くため息をつくと、苦々しげに頭を振った。


「いや……過ぎたことはもういいか。でも反省しろよ本当に。アリア、お前は本能で突っ走る前に他人にかける心労ってもんをもう少し考えてやれ。オレはまだ慣れてるけど、そこのタカトーくんは確実に寿命が数年縮んだぞ」


 半目で吐き捨てるお兄ちゃんの言葉に、あたしは隣にいた高遠くんを見上げ──頰の色は青くさらに痛々しくなっていた。見るだけで涙と鼻水が込み上げる──、なんてことも無いように笑ってみせるその顔に、胸がひしゃげる思いだった。あたしが逆の立場だったら、ショック死せずにいられたか自信がない。


「とにかくさっさと教会に帰ってまた謝罪回りだ。ヘドバンのごとく頭下げまくる覚悟しとけよ」

「はいー…………」

「それから……ノエル」


 あたしを睨んでいたお兄ちゃんは、すっとその目の険しさを和らげ、少し気恥ずかしそうにノエルちゃんを見て、意を決したように言う。


「……さっき、教会でした話の返事だけど、もう少しだけ待ってもらえないか? その、オレは結局、いつかはいなくなる男だから……ちゃんと、時間をかけて考えさせて欲しい」


 思いもよらない内容に思わず高遠くんと二人目を見開いて固まる。

 ギギギと錆びたブリキのように首を回してノエルちゃんを見ると、その可憐な顔を桜のように可愛らしく染めて、花が綻ぶように微笑んで。彼女はまっすぐにお兄ちゃんだけを見つめて小さく頷いた。


「はい。ノエルはいつまでもお待ちします、カノン様」


 少し照れたように笑い返すお兄ちゃんとノエルちゃんの間に流れる空気は、明らかに昨日までのものとは甘さがちがく……


「こ、これは……兄に先を越された予感??」

「すごいな、大人しそうに見えてこんな大胆な子だったとは……」


 高遠くんと二人、なんだかよくわからない敗北感に打ちひしがれつつ、今回の大大大失態は損失ばかりを生んだようでいて、実はキューピッド的に大成功だったのでは? とあたしは息を飲むのだった。


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