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恋する少女の異世界記録 〜スキルが強すぎてヒロインになれません〜  作者: 花苗カナ
第6章 竜と祈りの教会

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聖女② 共犯者


 早起きのための究極手段は、言ってしまえば『眠らない』ことだ。

 偉大なる愛読書によれば、人類は10日以上睡眠をとらずに生存することが可能なのだと言う。


 もちろんそれはイレギュラーな限界値の話で、健康に悪いので良い子は絶対に真似をしちゃいけない。けどあたしはそんなに良い子でもないし、そもそも眠らないでいたいのはこの一晩だけの話だった。


 そんなわけでありがたくスキルを使わせてもらうことにより、寝落ちのプロと謳われたあたしも、こうして見事日も登らないうちに無事にベッドから出ることに成功したのだった。ありがとう人類、寝る子は育つので無理はせず。


「…………よっし」


 小さく気合いを入れると、同室ですやすやと可愛らしい寝顔で眠ってるマヤちゃんと渋谷先輩を起こさないよう慎重に足音を殺し、そーっと部屋を後にする。


 教会の朝はとっても早いのだけど、それよりも現在時刻はなお早いので月明かりの照らす廊下に人影は全くない。昨日ノエルちゃんに案内してもらった道筋を反芻しながら、難なく目的の扉の前に辿り着くと、あたしは控え目にノックの音を鳴らした。


「…………誰。何用です」

「あたしあたし」


 中から聞こえた警戒心たっぷりの声は、しかしあたしの気の抜けた返答に驚いたように息を飲む。

 そしてそっと開けられたドアの隙間から顔を覗かせて、部屋の主──聖女ノエルちゃんは、大きな瞳をもっと丸くして唖然としていた。


「あ、アリアちゃん!? こんな時間にどうして……」

「しー! とりあえずバレたら大変だから入ってもいい?」

「あ、はい、どうぞ……」


 パタン、と閉められたドアの前で、寝間着姿のノエルちゃんは長い金色の髪を揺らして首を傾げ、いっそう困惑の色を深めていた。「急にごめんね」と、あたしは眉根を寄せて手を合わせる。


「昨日は案内してくれてありがと。あのね、あれから頭が足りないなりにいろいろ考えてたんだけど、ノエルちゃんのためにあたしができることってないのかなあって……」

「……そんなこと」


 いいんです、とはにかむ彼女に、あたしはぶんぶんと首を横に振る。そしてその小さな手を取って力を込めて言った。


「それでね、昨日言ってたでしょ? 恋人同士に憧れるって」

「ああ、はい……でも、」

「ノエルちゃん、お兄ちゃんのこと好きなんでしょ?」

「えっ!? ど、どうしてそれ、あのっ、カノン様にはこのことは……!」

「だいじょーぶ、もちろん秘密だよ。へへ、あたしも片思いしてるのはおんなじだからさ、そういう気持ちはちょっと悲しいぐらい分かってるつもり。だから安心してね」


 ひみつー、と小指を絡めて笑うと、ノエルちゃんは視線を落としてふるふると首を横に振る。


「……お気持ちはうれしいです、すごく。でも聖女の私に恋人なんて一生できませんから。夢のお話みたいなものです、忘れてください」

「じゃあ聖女じゃなければ問題ない?」

「…………。えっと、アリアちゃん? もしかして……」


 何か察しがついたように不安げにこちらを見つめるノエルちゃんに見つめ返し、あたしはこくりと頷いた。


「ねえノエルちゃん」


 まっすぐに向かい合った彼女と目線をぴったり合わせながら、


「あたしたちって、身長同じくらいだと思わない?」


 へへっと笑ったあたしに、ノエルちゃんはぽかんと口を開けて絶句していた。





 * * * * * *





 ()は聖女。聖女ノエル。それを自分に言い聞かせる。


 聖女の朝は早く、早朝の礼拝で神官たちの最前列に立ち祈りのポーズを取る、という大仕事を終えると、もうすっかりくたびれてしまった。でもこの後は街の方に行って信者たちに顔を見せて周り、竜舎で竜の様子を見て、昼食後に午後の礼拝……というハードスケジュールが待っている。


 与えられたわずかな休憩時間もまもなく終わりかけ、中庭で一息ついてしゃがみこんでいたあた……私はふうと息を吐いて立ち上がった。これでも比較的お役目が少なく拘束の短い日だというから気が遠くなってしまう。と、


「あれ、聖女さん?」


 後ろから聞こえた聞き慣れた声に肩がびくりと跳ね上がる。高遠く……いえ、高遠さん。勇者の一人、高遠深也さん。たぶんまだそんなに言葉を交わしたことはない──に声をかけられ、私はゆっくり振り返った。


「お、おはようございます、高遠さん」

「おはよう。昨日はどうも。なかなか興味深かったよ、雨宮さんも楽しそうだったし」

「そ、そうですか。それはよろしゅうございまして……」

「?」


 高遠さんはじーっと私の顔を見つめ、少しだけ不思議そうにしていたけど、すぐにいつものように爽やかに微笑んで言う。


「雨宮さん、あの後ちょっと元気なかったんだ。君に何かしてあげたいって悩んでたみたいで……俺と違ってさ、いつもああやって人のために一生懸命になれる子なんだ」

「そ、そんなことない! ……ですよ……」

「??」


 高遠さんの瞳の中で、私はせっかくの美少女フェイスも台無しにだらだらと冷や汗をかいていた。こ、これはまずい、さっさと神官長のところに行って次のお仕事に……


「ノエル! こんな所にいたのか」


 あなたが神ですかと言いたいタイミングで迎えに来た神官長に私はぱっと顔を上げ、犬のようにたったかと駆け寄る。だけどそこで告げられた言葉は、神の福音なんかじゃなく悪魔の宣告だった。


「予定は変更だ。今すぐ竜を出して教会の外に出なさい」

「え」

「王立騎士団から出陣前の祝福を授けてもらいたいとの要請があった。手筈はいつも通りだから説明は要らないな? 急ぎ出発してくれ」


 ぴし、と石像の様に固まった私の様子を無言の肯定と誇大解釈したのか、神官長はうんうんと頷いて話を進めた。あ、まずいまずい……


「護衛はいつも通り救世主殿にお願いしよう。今はどちらにおられただろうか? 朝食前は妹君と仲睦まじく歩いているところをお見かけしたが……」

「え……あの、すみません、ちょっと……」

「ちょっといいですか。その護衛、俺が代行しても?」


 石化をようやく解いて言葉を発しかけた私に、高遠さんがとんでもないことを仰るので再び彫刻の様に固まってしまった。何でっ!?


「カノンさんは昨日も王都に飛んで戻って来たばかりですよね? せっかく再会できた妹の雨宮さんともゆっくり話す時間もなかったはず……今日ぐらいは二人でいさせてあげたいです。戦闘には自信があります、どうか任せていただければ」


 聖剣の鞘をコンと叩き凜々しくそう言ってのけた高遠さんに、神官長はほお……と感心した様に頷き、「よいでしょう」と答えた。よいでしょう!?


「勇者様であれば、護衛などには十分すぎる役不足……我々としても、救世主どのに頼りきりで申し訳なく思っていたところ。有難い申し出です、ぜひお願いしましょう」

「はい。必ず聖女さんをお守りして見せます」


 騎士らしく礼をする高遠さんは格好良さ振り切れててなぜここにカメラが無いのか本気で悩ましいぐらいだったけれど……いや、ていうか違う! それどころじゃない! これほんとにやばいやつだ!?


「ちょ……ちょっと待ってください! 私は行きません!」

「え?」

「ノエル? どうしたのだ大きな声を出して……」

「わた……あ、あたしは聖女じゃありません! あたしはアリア! 雨宮アリアなんですっ!」


 しーん、と、朝の中庭にチュンチュンとすずめ的な鳴き声だけが響く。

 目をまんまるにしていた二人は、やがて金縛りが解けたようにハッと息を吸うと、困惑した様子であたしの顔を覗き込んだ。


「……せ、聖女さん? 何の冗談?」

「そうだノエル、お前らしくもない……確かに急な遠出は気が乗らないだろうがこれも聖女の責務。くだらない嘘を吐いて逃れようなどと恥ずかしいことはやめなさい」

「う、うそじゃないです、本当にアリアなんです! ノエルちゃんはこんなアホっぽいしゃべり方しないでしょー!」


 必死に訴えるあたしに、高遠くんと神官長は顔を見合わせて、それから再びあたしの顔をじーっと見つめて……二人同時に、頭を振った。


「聖女さん、確かに君は雨宮さんと同い年だし背格好も似てるけど、顔が全然違うんだからさすがに無理があるよ」

「その通りだ。妹君の栗色の髪とお前のその金の髪、全く似ても似つかぬではないか。さあ、無駄話をしていたら時間が経ってしまった。騎士団は時間にうるさいからな、もう行きなさい。勇者様もこちらに」


「はい。行こう、聖女さん」

「ち、ちがうの、ほんとにあたしなのーー! ノエルちゃん、ノエルちゃーん! 作戦失敗ー! 撤退せよー!!」


 わあわあ半泣きで神官長に引っ張られ叫んだけど、聞こえてほしい声は……『現・雨宮アリアさん』の声は、悲しいかな返ってこないのだった。詰んだ。




 * * * * * *




「……それにしてもさっきの真似、結構似てたなあ。『アホっぽいしゃべり方しないでしょー!』ってやつ。そうそう、雨宮さんてああやって大真面目に変なことばっかり言うんだ。そういうところも一生懸命ですごいなって思うけど」

「……………」


 竜に乗り山を降りて、大陸の北・王都近くの砦を目指し、あたしと高遠くんは森の中に敷かれた道を馬車に揺られていた。


 膝を抱えて突っ伏して顔を隠すあたしを、高遠くんはよっぽどお仕事が嫌なのかと気の毒に思ったらしく、さっきから無言のこちらに構わず饒舌に話を振り続けてくれている。その口ぶりはどこかいつもよりフランクで楽しそうだ。絶望しすぎて内容は半分も頭に入らないけど。


「今頃雨宮さん、どうしてるかな……お兄さんとは随分仲良いみたいだし、のんびりできてると良いけど。でも君には悪いことしたかな、その、カノンさんのこと、随分慕ってるみたいだったのに。俺なんかと二人で行くことになっちゃってごめんね」


 ふるふると小さく首を振る。するとぱさ、と修道服のベールからわずかに溢れた細い毛束の色が見慣れた栗色に戻っていて、思わず心臓が止まった。それには気づかなかったようで、高遠くんはなおも話を続けている。


「……本当はちょっと複雑なんだ。今まではほら、最初に会った仲間ってこともあって、何となく一番に頼ってくれてるのは俺なのかなって思ってたけど。さすがに実のお兄さんがそばにいるんじゃその役目もお終いかな。……はは、格好悪いよな、こんなことばっかり考えるの」

「そんなことないよ! 高遠くんはいつだってあたしの……あ゛」

「………………あ?」


 寂しそうな声に思わず顔を上げて声を発してから、さあっと血の気が引く。

 慌てて顔を背けて高遠くんから距離を置こうとすると、即座に手首と肩を掴まれて阻まれた。


「は、はなして、やだっ」

「その声……まさか、なんで!?」

「やだ、やめて、見ないで、離してってば……うひゃっ」


 必死に抵抗していたけどさすがにスキルを使うのには躊躇してしまい、もだもだ暴れた末に気づけば勢い余って押し倒される形になっていた。

 顔の両脇に手を突いて覆い被さるようにされて、見つめ合ったその距離の近さに、あたしは青くなればいいのか赤くなればいいのか分からず涙目でふるふる震える。


 驚愕に見開かれる高遠くんの目に映った顔は、もう聖女のそれではなく、見慣れた間の抜けた自分の顔に戻っていた。


「…………だから違うって言ったのに……」

「……あ、雨宮さん!? だってさっきまで確かに顔が……!」

「そういう『加護』だったの! 見てる人の認識を歪ませて、あたしがノエルちゃんに、ノエルちゃんがあたしに見えるようにするっていう! もー、高遠くんのバカっ、そろそろどけてよ近いよ心臓止まっちゃうよ!」

「え? あ、ご、ごめん!」


 暴れた拍子にお互いの鼻先が擦れ合って、高遠くんは怯んだように大慌てで手を離して身を引いた。そしてベールを整えながらむすっと眉をひそめるあたしに、信じられないような面持ちで目を瞬かせている。


「『加護』……?」

「聖女さんの祈りの力は、教会の中ではほぼ無敵なんだって……竜だって従えちゃうし、結界だってはれちゃうし。その応用で、ちょっと半日お互いの顔を入れ替えるぐらい、簡単にできるって言うから」

「……でも、何のためにそんな……?」

「忙しそうだったから、少しくらい代わってあげられないかなって思ったの! ……ノエルちゃん、うちのお兄ちゃんのこと気になってるみたいだったし……あたしになれば、気軽に近づいて遠慮なくそばにいられるでしょ? ずっと教会のために働いてきたんだから、たまの息抜きになればいいなって……。明日神様に会えば、いよいよ王都に向かわなきゃだから、チャンスはこれっきりだったし……。今日の仕事は、祈りを捧げるだけで黙ってても出来るって言ってたから、あたしにもできそうだったから、それで」


 そう、あのあと午後の礼拝を終えたら、頃合いを見て加護を解いて入れ替わりを終える計画だったのだ。上手くいってた、想定外のこの出張が舞い込むまでは!


「……でも、加護は教会から離れれば離れるほど効力が弱くなるって……だから絶対に外に出たりしちゃいけなかったのに、ああもう、あの場で神官長と高遠くんを背負い投げして振り切ってでも、ノエルちゃんと合流するべきだった!」

「……ごめん、俺が信じなかったから……」

「謝んないでよ高遠くん悪くないでしょ、あたしが全部悪いでしょ! こんな余計なお節介して、ニセモノの聖女を送り込んだなんてバレたら教会全体にも迷惑がかかるんじゃ……ど、どうしよう……」


 しでかしたポカの大きさに、ぽろぽろ溢れる涙を手の甲で拭っていると、高遠くんはなんだか自分も辛そうな顔をして、そっと手を握ってくれた。


「高遠くん……?」

「大丈夫。……いや、あんまり大丈夫じゃないけど、ここまで護衛としてついてきた以上俺だって共犯だ。王立騎士団だって悪魔じゃない、ちゃんと話せばわかってくれるさ。一緒に謝ろう」

「…………。うん。ありがとう」


 好きです、と言いかけた言葉をぐっと堪えて頷くと、あたしはぐすぐすと涙を引っ込めて息を吐いた。

 握る高遠くんの手はあったかくて、この先めちゃくちゃ怒られるんだと思うと震えるほど怖かったけど、きっと何とかなるって根拠もなく信じられた。


 だけどゆるやかに馬車が停車した先、出迎えた騎士団の偉い人があたしの顔を目にした瞬間般若みたいな顔に変貌したのを見ると、「あ、これ全然大丈夫じゃないわ」とあたしは確信するのだった。やっぱり詰んだ!


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