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恋する少女の異世界記録 〜スキルが強すぎてヒロインになれません〜  作者: 花苗カナ
第6章 竜と祈りの教会

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聖女① この世界の記録

 修道院の一室、簡素なベッドが三つ並んだだけのシンプルな部屋を女の子部屋として間借りしていたんだけど、目を覚ますとあたし以外の二人はもう室内にはいなかった。


「んんー……?」


 眠い目をこすりながら身を起こすと、窓から覗く日は既に随分と高かった。我が高精度なる腹時計によれば、朝食にはやや遅く、昼食にはだいぶ早いといった頃合いだろうか。とりあえず簡単に身支度をして部屋を出る。


 聖女さんの力が回復するまであと2日はかかるとのことで、今日は一日自由行動の予定になっていた。お兄ちゃんは王都から呼び出しがあったとかで、夜の内に出かけていったけど……救世主って大変だなあ。


 まあ何は置いても腹ごしらえ、とあたしは長い廊下を背中を丸めてオナカスイタ……オナカ……と呻きながら食堂を目指す。

 そして曲がり角で出くわした片思いの相手にB級ホラー並みに絶叫された。


「うわあああああ!? あ、雨宮さんか」

「おはよう高遠くん、とりあえず剣を鞘に収めてくれるかな!?」


 振り下ろされた聖剣を妖刀でプルプル受け止めながらあいさつすると、高遠くんは平謝りしながら攻撃姿勢を解いてくれた。うんうんさすが真面目な高遠くん、いかなる時も敵襲への気を緩めない実に殊勝な心がけだね! 惚れ惚れしつつ刀を鞘に収める。高校生男女の朝のワンシーンとして適切かどうかは考えないでおくね。


「本当にごめん、うっかりゾンビかと……」

「ほんとに悪いと思ってます??」

「あ、食堂ならもう閉まってるよ。昼食の準備に入ったから」

「えっ」


 がーん、と、視線をさ迷わせ食べられそうな草を探し始めたあたしに、慌てて高遠くんが手に持っていた包みを差し出す。ま、丸パンだっ!


「それで足りるか分からないけど、俺はもういらないからあげるよ」

「高遠くん……」


 せいいっぱい『偶然丸パンを所持していた人』風を装ってくれてるけど、確実にあたしの朝寝坊を聞きつけて心配して持ち出してくれたんだろう。

 命の恩人、とむせび泣きを堪えながらもぐもぐとパンを頬張り、「そういえば」とあたしは首をかしげる。


「他のみんなはどこに? あたしね、今日はどうやって過ごすか決めてなくて。マヤちゃんと渋谷先輩についてこうかなーと思ってたんだけども」

「花木さんは田野上君と街の方に出かけたよ。真姫菜さんは、オルガンがあるって言うから借りて指慣らししてるみたい。真白君は病気が疼く本をたくさん見つけたらしくて書庫にいるよ」

「はあ……」


 なんかみんな邪魔できない感じだなぁ……。あ、そういえば。


「高遠くんは?」

「俺もノープラン。ただ、竜舎でちょっと揉め事が起きたみたいだから様子を見に行こうかと」

「揉め事って?」


 パンを咀嚼しながら目を瞬かせるあたしに、なんだか言いにくそうに高遠くんは言葉を濁す。


「えっと……実は、あのやたら豪快な飛び方をする子竜が」


 脳裏に浮かぶ、キュッキュッキュ〜と元気な鳴き声に、あたしはぽんと手を打った。


「ドラ美ちゃん? そういえば実戦から帰って来たらちゃんとした名前つけてもらえるんだっけ。よかったねえ、喜んでるだろうねっ」

「……いや、どうもそのちゃんとした名前で呼んでも返事しないらしくて」

「…………」


 ものすごーい身に覚え感に口角をひくつかせながら、どうにか「ご一緒させてください……」と告げ、あたしはパンの最後の一口を飲み込んだ。




 * * * * * *




「う、うう、ごめんなさい、これも私が駄目聖女なばっかりに……」

「うう……そんなことないよっ! 全部あたしのネーミングセンスが神がかって素晴らしすぎたのが悪いんだよ……! うっ……自分の才能が恐ろしい……!」

「実際どうなんです?」

「刷り込みみたいなものですなあ。呼ばれ慣れたから定着したんでしょう」


 竜舎の前、キュッキュ〜と能天気な鼻歌とともにてこてこお散歩するドラ美ちゃん──洗礼名はオッフェルトリウムちゃんというらしい、反応しないけど──の横で顔を覆いながら、あたしと聖女さんはおいおいおいと号泣してひたすら慰めあっていた。


 その更に横では、高遠くんと神官長が至極冷静に「まあダサいけどしょうがないよね」みたいな示談をまとめながらうんうんと頷いている。面目無い……。


「さあノエル、午後の礼拝までにその腫らした目をどうにかしておきなさい。……ああそうだ、妹君と勇者様に教会内を案内してさしあげると良い」


 ぽんと手を打ってそんな提案をした神官長に、あたしは慌てて手をぶんぶん振って辞退する。


「そんな、悪いですよ! あたし達のことは気にせずゆっくり休んでた方が……」

「いえ、この子は同年代の方と接する機会などほとんど無かったのです。貴重な経験になりましょう、ご迷惑でなければぜひ外の世界の話など聞かせてやっていただきたい」


 言われて聖女さんに視線を向けると、彼女はなんだか少し頬を赤くして、そわそわした目でちらちらとあたしを見上げていた。許可を得ようと高遠くんに目配せすると、にこりと笑って頷いてくれる。笑い返しながら、あたしは聖女さんに片手を差し出した。


「じゃあ、お言葉に甘えてお願いしちゃおっかな」

「はい! 誠心誠意頑張らせていただきます!」


 言うが早いか彼女はあたしの手を取って、思いの外力強く修道院の方へ走り出した。あ、あれ、握手のつもりだったんだけど……!?


 ぐいぐい引っ張られて困惑するあたしを見て面白そうに笑ってる高遠くんに少し睨みを利かせつつ、なんだか賑やかそうなありがたーい教会ツアーが始まるのだった。







「ここは神官の自室、そっちも自室、あっちも自室です!」

「……しゅ、修道院って、息抜きになるような所はないの……?」

「ないです!」


 満面のスマイルで全否定されてしまった。


 ざっと案内してもらってけれど、修道院は本当に粛々とした生活の場といった感じで正直なにも面白くはなかった。それでも、聖女ノエルさんは実ににこやかに紹介をしてくれて、あたしは途中からはその楽しそうな様子を見ることをメインにしていたぐらいだ。


 聖女さん、とは言うけどこうして公務モードをオフにすると随分あどけなく、あたしと同じくらいの年頃の普通の女の子に見える。うーん、


「そういえば聖女さんておいくつなんですか?」

「私ですか? つい先日17になったばかりですが……」


 それであたしはぱっと顔を輝かせ、驚く彼女にずいっと顔を寄せて笑った。


「じゃああたしと高遠くんと一緒だ! あとマヤちゃんと太一郎くんも! うれしいなぁ、聖女さんも2年生チームだっ」

「に、にねんせい?」

「あ、タメ口でもいいですか?」

「ためぐち……? あの、アリア様がそうしたいなら……」

「アリアでいいよー。あたしもノエルちゃんって呼んでいい?」

「え? あ、じゃあ、私もアリアちゃんで……?」


 両手を取ってぶんぶん振り回していると、よく分かってなさげにノエルちゃんはこてんと首を傾げた。


「あの……」

「えへへー。こんな美少女の友達ができるなんてうれしいなぁ」

「……ともだち……」


 言い慣れない様子でそう呟くと、ノエルちゃんはくすぐったそうに口をもごもごさせて赤面した。


「あ、あの、そういえばごめんなさい。アリアちゃんがカノン様の妹さんだったなんて、召喚した時から私全然気づかなくて……」

「あは、ちっとも似てないもんねーあたしたち」

「でも、お話は聞いてたんです。カノン様はよく、異世界……えっと、アリアちゃん達の元いた世界の面白い話を私にしてくれて、その時に妹さんのこともよく」


 お兄ちゃんの名前を呼ぶたび、ほんのり頬を赤くしてうれしそうに目を細めるノエルちゃんを見て、あたしは片思いの大先輩としてこっそり手のひらの内で口をにやにやさせてしまう。

 ふふん、お兄ちゃんてば、ちゃっかりこんな可愛い女の子に好かれちゃうなんて罪な奴! これは妹として応援せざるを得ないね、あとで探りを入れておこう。


「そうなんだ。いや照れるなあ、気の利く利発でよくできた妹だなんてそんな……」

「はい、よく言ってました、オレの妹は脳内にぺんぺん草が群生したような、希少生物図鑑に載せるべき天才的おバカだって!」


 床にずっこけると思いの外硬くて大ダメージを受けた。高遠くんにキュウリの板ずりみたいに揺すられながらどうにか意識を保つ。


「雨宮さん、起きて起きて」

「ぺ、ぺんぺん草じゃないし、せめてチューリップだし!」

「脳内お花畑なことは否定しないんだ?」

「私あの話好きですよ、ほら、7歳のアリアちゃんがニワトリ農場を作ろうと秘密裏にレイゾウコから卵パック12個入りを盗み出して、孵化させるためにコタツの中に入れて温めてた話……」

「な、な、なぜその重要機密個人情報が漏洩した!?」

「不審に思ったカノン様が近づくとまるで親鳥のように威嚇したとか……」

「やめてー! 結局こたつで寝落ちして自分の足で叩き割って号泣したトラウマを抉るのはやめてー!!」


 叫びながらどうにか起き上がったあたしの隣で、高遠くんは手で口元を押さえて笑いを堪えていた。ま、まずい、食べてもないのに食いしん坊ポイントがまた加算されてしまう!?


「ち、ちがうの高遠くん、いや何も違くはないんだけどこれには深い理由が…………いやすみません単にから揚げがいっぱい食べたかっただけです……」


 自供した結果ついに堪えきれず遠慮なく大爆笑し始めた高遠くんにキーキーとサルみたいに怒っていると、ノエルちゃんはくすっと吹き出して可愛らしく手を叩いた。そして、


「いいですね、仲良しで。私、お二人みたいな恋人同士って憧れちゃいます」


 ぴた、と爆笑と憤慨を一瞬で引っ込めて、あたしと高遠くんは機能を停止した。

 そして同時に顔を真っ赤にし、ぱくぱくと金魚のように口を開閉する。

 こ、この聖女、なんという爆撃を平然と!?


「こ、こここ、恋人じゃないよっ!? ねえ高遠くん!!」

「……そ、そういう風に見えた、のか?」


 慌てて否定するあたしに対し、高遠くんは動揺のあまりかそんなことを呟いていた。でも、


「いえ、あんまり」


 あっさり返されたノエルちゃんの返答に、二人同時にずっこける。やはり床は硬く二人でおおお……と痛みに悶えた。み、見えないんだ……いやそうだよね、どちらかと言うと漫才コンビ感が……。


「えっと、見えないですけどほら、アリアちゃんがあんな風に言ってた日から随分時間も経ったし、てっきりもうそうなったのかなって」

「あんな風?」

「はい。覚えてません? ほら召喚される前、『高遠くんがそこにいるならあたし、」

「おーーっとこんなところに虫がー!」

「キャーー!?」


 自分を褒めたいくらいの反応速度でもってノエルちゃんにタックルをかますと、あたしはそのまま彼女の肩を掴んで引きずり、高遠くんから数メートル離れた地点にしゃがみこませた。


「ぴ、ぴくりとも動かないこの腕っ、アリアちゃんスキル使ってます!?」

「しーっ、高遠くんに聞こえちゃうでしょ! 怪しまれるから口裏合わせてっ」


 必死の形相でこそこそと耳打ちするあたしに、ノエルちゃんは一瞬ぽかんとした後、何かに思い当たったように目を丸くする。


「え……まさか言ってないんですか? ただ高遠さんが心配ってだけで、危険も顧みずこの世界に来たことを?」

「言えるわけないでしょ、気持ち悪いじゃん世界を股にかけて勝手について来るとか究極のストーカー行為だよ! 絶対内緒、一緒に墓場まで持ってこう? ね?」

「ええー……究極の献身の間違いでは……? でも分かりました、分かったから離してください、そろそろ肩が外れます」


 とっても嫌そうな顔のノエルちゃんを連れて、平静を装って高遠くんの元に戻ると、まあ当たり前だけど露骨に怪しまれた。


「何の話?」

「あは、ごめんごめん、ちょっと女の子同士の大事な脅迫……じゃない、相談を」

「?」


 知りたそうにしながらも、あたしが話したがってないことを察するとそれ以上は無理に詮索しない高遠くんはやっぱり紳士だった。危ない危ない……あやうくドン引きされるところだった。気をつけないと……。


「うう……生命の危機を感じました……あ、そうだ」


 子羊のように震えながら、ノエルちゃんは一つの扉の前で立ち止まると声を弾ませる。


「息抜きになる場所をお探しでしたよね。お二人は学生さんなんですよね? 歴史を学ぶことにご興味は?」

「いいね。すごく面白そうだ」

「うひゃあ……自分の世界の歴史すら危ういのに……」

「えっと……同じクラス? で授業を受けていたんですよね?」


 上機嫌な高遠くんと具合悪くなってるあたしに、学習意欲の大いなる格差を感じて目をぱちくりさせるノエルちゃんだった。あんまり考えないようにしてたけど無事に帰れたとしてついてけるかな、勉強……。


「この部屋は世界史における教会の記録……つまり、神と魔王との戦いの歴史を保存しておくための保管庫なのです。いずれは皆さんの功績も記録されることになるでしょうね」


 古びた大きな扉を開けると、室内は博物館の展示スペースのようになっていた。

 記録は紙が作られる前から始まっていたようで、何か文字が刻まれた粘土板やら石碑なんかも並べられている。でも保存状態はあまりよろしくなく、みんなどこか欠けたり綻びたりして読み取れる情報は少なかった。


 ……ああいや、違うね、この世界はずーっと長い間魔獣や魔族の脅威と戦ってきたらしいから。ここにあるものを損なわせたのは時間の経過だけじゃなくて、物理的な衝撃だろう。

 高遠くんもそれを思っていたのか、少し悲しげに焼け焦げた何を描いたのかも分からない絵を見つめていた。


 んー、でも、粘土板の断片的な文字を見るに、この時代から既に『魔王』とか『聖女』とか『戦い』とかの記述がちらほら見られている。


「ノエルちゃん、魔王っていつからこの世界にいるの?」

「ええ、それはもちろん()()から……」

「もちろん?」


 ぽろっとこぼしたノエルちゃんは、高遠くんの追求にハッとして大いに慌てていた。


「え、ええ、もちろんです、みなさんをお呼びしなければいけないほどに逼迫している、それはそれは長い壮大な戦いですから……」

「俺達の世界では、この記録媒体がt使われていたのは数千年前の話だ。文明の成長速度が異なるとしても、ここまで長い間よくあの魔族相手に滅びないで対抗できてたな。いや、むしろ魔王側が手加減でもしてたのか?」

「……それは、ええと、き、記録の破損が激しくて何とも……?」


 …………あやしい…………。

 じとー……っと半目で凝視するあたしと高遠くんの視線を避け、「あ、そうです!」と大げさに声を上げると、ノエルちゃんは一番奥の壁を指差した。


「妖刀の持ち手に選ばれたのであればぜひ見ていただきたい物が! ささ、どうぞこちらにっ」


 ぐいぐい腕を引かれながら、流れていく景色の中でつらつらと途切れた文字に目を滑らせる。うーん、神は去り、遺された、創造、対象……?


 冷や汗かきながらじゃじゃーん、と紹介されたそれは、壁一面を覆う横長の絵だった。

 未完成で、左側から描かれ、右側の端はまだ白い。構図はとてもシンプルで、黒い大きな塊に数人の人間が武器を手に向かい合う図が、簡素なタッチで何度も繰り返し描かれている。


「これは人と魔王との戦いの記録です。人類は幾度となく魔王を追い詰めては、勝利することは叶いませんでした。魔王に挑んだ勇敢なる人々を讃えこうして後世に記録を残しているんです」


 ふむ、じゃあこの黒いモヤみたいなのが魔王なのか……。たわしみたいだ。芸術はよく分からない。


「じゃあこの右端の絵が最後の記録?」

「ええ。五十年前のものですね、彼らは歴代でも最も力のある人達でした」


 しげしげとその右端、黒いもじゃもじゃに立ち向かう人影を眺めてみる。二刀流の剣士っぽい人に魔女っぽい人、魔法使いっぽい人、聖女っぽい人の四人。なんかやたらMP消費激しそうなパーティだった。


「…………って、あれ?」

「雨宮さん、これ……」


 驚く高遠くんと目を見合わせて二度見した先、絵の先頭に立つ男の人が持っている物を見て、あたしは絶句した。

 よくよく見ればその形は刀のそれ、そして一本の刀身は雪のように白く、もう一本は切っ先に向けて朱から赤に変わるというどこかで見た仕様。どう見てもあたしが今腰に帯刀している二本の妖刀、残雪と螢火だった。


「これは最後に魔王と相対した四人──稀代の天才刀鍛冶スオウ、異端の大魔女ジゼル、その弟子ハイネ。そして当時の聖女を描いたものです。この戦いの後、聖女以外の3名は生き残ったようですが、帰還した彼らは詳細を語ることを拒み、人を避けひっそりと暮らしていたと聞きます」


 普通に四人中三人に出会ってるのに誰もそんなこと教えてくれなかった!!!

 ていうか現役時代のスオウ先生とか多分あたしより強そうだし、ジゼルさんもサリさ……いやそれは偽名なハイネさんも魔族だし、反則級に強かった気がするんだけど……。


「……あれ、でも、魔王と戦ったのによくみんな生きて帰れたね?」


 三人とも、別に大きな怪我をしたような様子にも見えなかったし。そんなに強いのに無傷で逃げる隙はある魔王ってどんな? うっかり系ドジキャラ??


「えっと……それはおそらく、魔王が彼らに……」


 きゅっと眉根を寄せて、言いにくそうに言葉を濁したノエルちゃんだったけど、ふいに外から鳴り響いた鐘の音を耳にすると弾かれたように顔を上げた。


「あ、午後の礼拝……。すみません、もう行かなくちゃ」

「えっ! ご、ごめんね、お仕事忙しいのに付き合ってもらって……」


 ノエルちゃんはふるふると首を振り、胸の前で手を組んで目を伏せる。


「仕事なんて言っても、私はただ祈るだけです。聖女に選ばれた者の祈りは力を持ちます。この世界が平和であるように、人々の心が安らかであるように、聖女とは祈り続けるものなんです。命を賭して戦うみなさんに比べればなんでもないことです」


 それは心からの言葉だったろうけど、あたしはなんだか悲しくて何も返せなかった。


 あたしが友達と遊んでふざけたり、テストの点で大騒ぎしたり、日がな一日お菓子を食べてごろごろしたりしている間、同い年のノエルちゃんはずっとこの狭い教会でただただ祈り続けていたんだと思うと、どうにも何かしてあげたくなってしまう。


 でも何をしたらいいのかは足りない頭ではさっぱり思いつかなかったので、とりあえず二回手を叩いて合掌し、深々と頭を下げて目を閉じる。


「……………」

「…………あの、アリアちゃん? 何してるんですか?」

「いや、祈ってくれる聖女(ノエルちゃん)のために祈る人も必要だなと思って……大丈夫、いいことありますようにって祈っといたから。そのうち何かしらいいことあるよ、絶対!」


 にかっと笑って言ってから、ああでもノーお賽銭じゃさすがにダメ? と急に不安になってしまう。さらにそこに追い討ちをかけるように高遠くんが無慈悲にツッコミを入れてきた。


「雨宮さん、さすがに異世界までは日本の神様も手が回らないだろうし二礼二拍手じゃダメなんじゃない?」

「あ、やっぱり? えーとじゃあ、父と子と精霊の名において……」

「その神も忙しそうだからダメな気がする」


 わーわー騒ぎながら二人でああでもないこうでもないと真剣に議論していたら、目をぱちくりさせていたノエルちゃんが急にくすくすと笑いだした。


「もーノエルちゃん、遊びじゃないんだよ。こっちは大真面目に……って、あれ? どしたの!?」


 その目にきらりと光る涙に気づいて、あたしは大慌てで駆け寄った。だけど彼女は懸命に首を横に振り、


「似てないって言ってたけど、やっぱりアリアちゃんはカノン様にそっくりです。ありがとう、優しいお二人に神のご加護が────いえ、何かいいことが、きっとありますように」


 そう言って祈りの代わりに、ただの女の子みたいに笑うのだった。


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