凱旋③ 約束
空中を引きずられるように連行された先、人気の無い中庭のような場所にどさっと雑に降ろされると、あたしは即座に立ち上がって猛抗議を開始した。
「いきなり何!? あたしはお兄ちゃんの残念さが残念で妹として申し訳ない気持ちでいっぱいなんだよっ!」
「うわ、お前に残念とか言われるとマジでショックだからやめて……」
誠に遺憾ながら死にそうな顔で落ち込む兄だった。何その反応!
……日当たりの良い中庭は、木々に囲まれてとても静かだった。深呼吸して沸いてた頭の温度を下げると、あたしは渋々口を尖らせて言う。
「……まあ、創造スキルが制限付きって分からなかったなら調子に乗って使いまくったとしてもしょうがないかもしれないけど……。それにまだ一回分は残ってるわけだし。使い方次第では他のみんなのスキルと合わせてすごーい戦力になるかも……」
「それよりも、だ。アリア、お前別に勇者に選ばれたってわけじゃないんだろ。どうやって、何のためにこの世界に来た?」
急に真面目モードになったお兄ちゃんに気圧され、かつ答えにくいことを単刀直入に聞かれて、思わず口をへの字に曲げる。…………いや、さすがに実の兄に押しかけ的恋愛事情を説明するのは気がひけるな、ともごもごするあたしを見て、お兄ちゃんは呆れたように嘆息した。
「まあいいや。お前のことだから金魚すくい感覚で世界救いに来ちゃったんだろうし」
「ば、馬鹿にしないでよ! せめてマグロ一本釣りくらいの覚悟ぐらいは……」
「お前の愛読書ってギネスだろ?」
「な」
なぜそれを!? ……と思ったけど、あたしの本棚スカスカ事情なんて家族にはバレバレなのだった。
ていうかこの本、もともとお兄ちゃんのだしね。
胸に手を当てて渋々頷くと、お兄ちゃんはちょっと申し訳なさそうな目をして淡々と呟く。
「軽い気持ちで押しやった本がお前をこんなとこまで連れてきちまったなら、オレにも非はあるわけだが……ここから先は戦いの最前線で、お前みたいなぽやぽやしたやつはうっかり死ぬこと間違いなしだ。所詮は地球人類の身体能力の範囲内のスキルしか持たないお前じゃ太刀打ちできない状況も出てくる。最後の手段で残しておいた創造スキルだが仕方ない。お兄ちゃんが元の世界に戻してやるから、お前はもう家に帰れ」
ぴしゃり、と告げたお兄ちゃんの言葉に閉口する。
いろんなことが頭をぐるぐるして、だけどようやくひねり出せたのは、実に子供じみた短い言葉だった。
「……や、やだ」
「……あのなあ。お前、こっちに来てから危険な目に何回あったか数えたことあるか?」
「え? そんな大した回数では……」
言いながら、指を折って回想する。えーと、最初の街では森の魔獣と命懸けおにごっこ、それから王立騎士団のルードさんに危うく皮剥きされかけて、でっかい不死の猪と戦って……二つ目の街では開幕早々詐欺師に売られそうになり、遺跡で水没しかけてあわやどざえもん……。それに三つ目の島では──
そうこうしているうちに両手の指を全て消費してしまい焦るあたしを見て、お兄ちゃんは「いや、もういいわ」と手首を振った。
「うう……で、でも、結局こうして元気いっぱい生き残ってるし!」
「それはたまたま運が良かったからだ。運が悪ければその指の数より多く死んでたんだぞ。いいか、ここから先は遊びじゃ……」
「こ、ここまでだって遊びなんかじゃなかったよ。そりゃ怖いことも痛いこともいっぱいあったけど、でも今ここであたしだけ帰るなんて絶対に嫌だ!」
「お前がいなくてもオレ達だけでどうにかする。そのために6人呼ばれたんだ。……こっちの気も少しは考えてくれよ。妹が死ぬかもしれなくて、自分にどうにか出来る力があるのに、黙って見てろってのも酷い話だろ?」
あたしは下ろした手をぐっと握って俯いた。いや、お兄ちゃんの気持ちは分かるし、自分が言ってることがワガママだってことも分かる。もしかしたらこの先本当に死んじゃうようなピンチだってあるのかもしれない、けど、
「…………お兄ちゃんには悪いけど、あたし、一人で帰ったりしたら、きっと心配でどっちみち死んじゃうよ」
地面を見つめながらどうにか声を絞り出すと、お兄ちゃんははあーーと長いため息を吐いて半目であたしの顔を覗き込んで言った。
「やっぱりあのタカトーくんか?」
「なっ、なんで分か……!? あ、しまった」
「それで隠してるつもりなのか、我が妹ながら可哀想なやつめ……」
やれやれと首を振りながら、諭すように片手を広げてお兄ちゃんは切々と言う。
「あのなあアリア、さすがにあのレベルのハイスペックは駄目だ。今は物珍しさでお前みたいなのにも目を向けてくれるのかもしれないが、大学入学あたりで行動範囲と交友関係が広がった途端にあっさり飽きてポイ捨てされるんだぞ。あれはやろうと思えば顔だけで一生食っていける部類の人間だ、学年どころか学内でもトップクラスだろ。大人しくクラスで5番目くらいの目立たなくとも実直な男を選びなさい」
「やけに現実的な説得やめてくれないかなぁ!?」
兄からのリアルな恋愛ダメ出しに赤面して叫びつつ、あたしはぼそりと呟き返す。
「……別に振り向いて欲しくてついて来たんじゃないもん」
嫌だったのだ、単に。自分の知らないところで危険な目にあうのが。
黙り込んだあたしに、お兄ちゃんはまだ何か言いたそうに口を開いたけれど、ちょっと逡巡してから、やがてぽつりと呟いた。
「……水族館の、ラッコの水槽の前だったか」
「は?」
「オレが小2でお前が年中の時。あの時もお前、絶対帰んないって鼻水垂らして駄々こねてた」
「ああ……」
それはおぼろげに記憶がある。
たしかラッコの持っていたホタテがあんまりにも美味しそうだったので、「あーちゃんも水族館の子になる」とか言って水槽にヤモリのように貼り付き、飼育員さんをさんざん困らせていた。あの時は結局、見かねたお兄ちゃんが売店でさかなの形の飴を買ってくれて、水色になった舌に大笑いしながら、手を繋いで家に帰ったのだ。……あの頃から食い意地が張ってたのか自分……。
「……まあそうか、お前だってもう、オレに引っ付いてまわってたガキじゃないんだもんな」
諦めたように首を振りつつ、お兄ちゃんはぴっと指を立てて言った。
「1秒以内に答えろよ。あいつのどこが好きなんだ?」
「全部」
思考より早く迷わず即答した後で、その安直さに自分で呆れていると、反対にお兄ちゃんは感心したように目を瞬いて、うんざりしたように笑った。
「顔とか優しいとことか舐めたこと言ってくれれば、問答無用で送り返せたんだけどな……まあいいや。でも危ないと思ったらお前が何と言おうと送還装置を創造して強制的に元の世界に帰すからな。それが嫌ならお前も精一杯死なない努力ってやつを頑張ってくれ、頼むから」
「……うん。ごめんねお兄ちゃん」
「うるせー」
ぴしっとおでこを弾かれて呻いていると、近づいて来た足音と鞘の揺れる聞き慣れた音に、あたしはぱっと反射的に振り返った。そして駆け寄って来たその人に、一も二もなくあっけなく顔を綻ばせてしまう。
「雨宮さん!」
「高遠くんっ」
あたしの目の前で立ち止まった高遠くんは、膝を抑えて乱れた呼吸を整えていた。どうやら教会中を走って探してくれていたらしい。
「ご、ごめんね、疲れたでしょ」
「平気だよ。それより雨宮さんこそ……よかった、何もされてないみたいだね」
「おいおいそりゃどういう意味だタカトーくん」
首を斜めにして威嚇するように睨むお兄ちゃんに、高遠くんは全く怯まず整然と返す。
「……今ごろ、無理やり元の世界に帰らされたりしてるんじゃないかと」
「残念。未遂だよ、良かったな」
「……いえ。もしそうだったら、むしろお礼を言わないといけないでしょう」
なんだかバチバチと火花の音がしそうなぐらい、二人は真顔でしばし睨み合ってしまった。
よく分かんないけど実の兄と片思いの相手が仲悪いのってあんまり嬉しくないな……とおろおろしていると、お兄ちゃんがへっと嘲笑して心底嫌そうに舌を出した。
「うそつけ、紳士ぶりやがって。本当は危険だろうがそばに置いときたいと思ってるくせに。おいアリア、このタカトーくんは多分見た目に反して中身は真っ黒なやつだぞ」
「すごーいお兄ちゃん、よく分かったね!?」
あたしも最近知ったことなのに! と目をキラキラさせてたら、ものすごくうんざりした顔で一歩引かれてしまった。
「うわ、全部ってそこも了承済みなのか……。もういいわ、邪魔者は帰りますよ。おいタカトーくん、くれぐれも変なことすんなよ」
「なっ……できませんよ」
「高遠くん変なことってなに? 一発ギャグ?」
「は? いやそれは別に何でも……」
なんだか耳まで真っ赤になって狼狽える高遠くんに、お兄ちゃんはけらけらと実に愉快そうに笑う。
「まあこの教会はノエルの結界のおかげで敵も易々とはやってこないし、神と対面する日までせいぜい仲良くのんびり過ごすといいさ。……ま、あの神にはあんまり期待しない方がいいと思うけどな、どうも一波乱ありそうだ」
言ったっきり振り返りもせずすたすた行ってしまったお兄ちゃんを見送りながら、未だにしどろもどろしている高遠くんをじーっと見つめる。
「……な、何?」
「高遠くん、あたし頑張るね」
「え?」
「もっともっと強くなって敵を薙ぎ倒すから!」
「……はあ」
ぐっと拳を握って宣言する。そう、高遠くんともっと一緒にいるためには、あの兄に強制送還されないようにあたしは最強でいなければならないのだ!
よっしゃーと闘志を燃やし両手を空に突き上げる。なぜだかほっとしたような顔をしながら、「たくましいなあ」とおよそ女子にかけるべきでない言葉を片思いの相手に呟かれつつ、決意も新たに大いに気合いを入れるのだった。
とりあえず、神さまに会えるまでのわずかな休日を楽しもう。不思議そうな高遠くんの隣で、あたしは鼻歌交じりにへらへらと笑っていた。




