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恋する少女の異世界記録 〜スキルが強すぎてヒロインになれません〜  作者: 花苗カナ
第1章 剣と記録とはじまりの町

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ホームシックとピザパーティ


 さて無事に疑いも晴れて自由の身となり、倒すべき相手も(皆殺しにしたので)いなくなり。

 それなりにスキルを使えるようにもなったし、木こりのバイトで旅の資金も少しは貯められたし、町にはしばらくギュスタさん達が駐在してくれるということで安全安心だし……ということで、あたしと高遠くんは明日この町を出発することにした。いよいよ世界を救う旅の始まりだ。


「さみしくなりますねぇ、二人がいなくなっちゃうと……」

「そうだね、それは僕達も。でもこの宿も、森が正式に通行できるようになったらお客さんで賑やかになるだろ? 部屋は空けておかないと。お父さんももうすぐ退院できるんだよね?」

「はい。でもあんなにいっぱいおいしそうにごはんを食べてくれるお客さんは、もう二度と来ないかもしれません」

「はは。それは僕もそう思うな」


 高遠くんは膝を折ってちいさなエリュシカと目線を合わせると、しゅんとうつむく胡桃色の頭をそっと撫でて、励ますように笑った。

 ハッとしてこれ見よがしに負けじとしゅんとうつむいてみたら爆笑しながら頭を撫でてくれた、エリュシカが。目論見は外れたけど笑ってくれたならよかったよかった。


「でも本当にいいんですか? 畑のお手入れなんてお願いして……。今日も騎士様と森のパトロールの予定だったんじゃ?」

「いいんだよ。昨日の段階であの森に魔獣復活の兆しは無さそうだったし。エリュシカに恩返しをする方がずっと優先順位が高いからね」

「あら……。怒られてまた尋問されたら、弁護するので呼んで下さいね」

 

 宿のお庭、ほんの一部屋ほどの面積の畑にしゃがみ込んで黙々と根強い雑草に鎌を振りながら、あたしは「そう言えばギュスタさんに連絡を入れるのを忘れてたな」とぼんやり空を見上げた。あの人すごいうるさそう、ドタキャンとかされたら。今ごろ憤死してルードさんに弔われてるのかもしれない。


 ……それにしても結局、戦いに関しては高遠くんに遠く及ばないまま旅が始まっちゃいそうだな。


 確かに神さまも聖女さんもその本じゃすぐ死んじゃうよって心配してくれてたけど、やっぱりこのスキルでどこまで異世界でやっていけるかって言うと、あんまり自信はない。だいぶ運動神経が良いだけだし、戦闘手段は暴力と投石ぐらいだし。


 魔獣はギリギリどうにかなったけど、なんかそれより強そうな魔族とかいうのもやっつけないといけないとなるとさすがに……。


「雨宮さんほっぺ。土付いてる」

「え? あー、さっきこすったから」

「そっちじゃないよ。ごめん、両方になったな……」


 言って高遠くんがあたしの顔を正面から見つめて両頬に手を伸ばし、ようやくとんでもなく奇跡的な状況に身を置いているってことに気づいた直後。


「おい!! なんで来ないんだ遅くとも5分前には着くようにするのが常識だろう、遅れるなら報告連絡相談しろ!! 倒れてるのかと思って心配したんだぞ!?」

「うるさっ」

「バイトリーダー来ちゃった」


 甘い空気をショベルカーで根こそぎ撤去するような大声が庭に響き、高遠くんは指を引っ込めた。ああ。


「そんな弛んだ精神のままでは王都の最前線ではやっていけな……なんだアマミヤアリア、その夢に出てきそうな虚ろな目は」

「死人は夢を見ませんよ」

「待て。なぜ鎌を振り上げている?」


 庭の入り口に偉そうに仁王立ちするギュスタさんの横で、なんだか淀んだ目をしたルードさんが小さく会釈してくれていた。クールビューティーが崩れるほど疲れ切っている、きっと延々と森の入り口でブチ切れるギュスタさんの文句を聞き流していたに違いない。それに関してだけは本当に申し訳ない。


「怒らないでくださいよ。行けたら行くって言ったでしょ」

「それは行くという意味だろう」

「我々の故郷ではほぼほぼ行かないという意味なので……」

「ていうか君達、何してるんだ? 土だらけじゃないか」


 ギュスタさんはキリッとした表情を崩し、物珍しそうに畑と、爪の中まで土の入り込んだあたしの手、積まれた雑草をきょろきょろと眺めていた。王都出身のようだし、もしかしたら畑仕事なんて初めて目にしたのかもしれない。


「雑草を抜いてるんですよ。ギュスタさん畑のお手入れの仕方も知らないんですか?」

「なっ……何だ……? 無知を咎められることはむしろ己の見聞を広げるための有り難い施しと思って生きてきたが、君に馬鹿にされると耐えがたいほど苦しい……」


 どうやら生まれて初めてバカにバカと言われたっぽいギュスタさんは大いにショックを受けて嘆いていた。傷ついた素振りでちゃっかりあたしのことまで傷つけるのはやめてほしいけど。


 なんて思っていると、さっきから高遠くんの背中に隠れて静かだったエリュシカが「あの……」とおずおず顔を覗かせた。ほっぺが赤い、そういえば憧れの存在だったんだっけ王都の騎士さん。


「アリアさん、騎士様とお友達になったんですか?」

「うん、そんな感じ」

「誰がお友達だ。君、この宿の家人か? 責任者に挨拶をしたかったのだが今は不在なのだろうか」

「あ、あの、お父さんは森で魔獣に襲われてから入院していて……。今は私が代わりに店番を……」


 だんだんと小さくなって落ちていくエリュシカの声に真剣に耳を傾けた後、ギュスタさんは小さく頷いて、スッと姿勢良く土に片膝をついて頭を下げた。


「それは失礼した。挨拶が遅れた非礼を詫びよう。朝から押しかけて済まない、この二人がこちらの宿にはいつも大変世話になっていると聞いた。毎日主に片一方が喧しくて大変だろう、代わりに礼を言わせてくれ」

「そ、そんな、顔を上げて下さい! もう慣れましたから………」

「やかましいことを否定してくれなかった……」

「あ、雨宮さん気にしないで、元気出して?」


 一生懸命慰めつつも決して否定はしてくれない高遠くんだった。うんうん、そんな自分に嘘をつけないところも好き……。


「あのー、そういうわけなのでギュスタさん。今日は忙しいのでシフトには入れませんよ。お引き取り下さい」

「だからなんなんだそのシフトとかバイトとかワンオペだとかは……。まあいい、森の安全性もほぼほぼ確立されたしな。今日ぐらいは足を休めてもいいだろう」


 言いながらギュスタさんは隊服の分厚いコートを脱いでルードさんに手渡すと、シャツの袖を肘まで捲って畝の前にしゃがみ込んだ。


「ハッ!? 騎士様何を!? お、おやめください、ご公務中でしょう? うちの畑の土は堆肥をいっぱい入れてますし、手が汚れてしまいます!」

「いや、守るべき民の暮らしぶりを知ることもまた騎士としての大事な務めだろう。何、体力と力仕事には自信があるからな。この草を抜けば良いのだろう?」

「騎士様……いやちょっと待ってくださいそれは雑草じゃなくて苗ですよ!!!」


 キュン、とときめいたコンマ数秒後に鋭く手を叩いてきたエリュシカに、ギュスタさんは目を丸くし、ルードさんは「だから駄目なんですよ箱入りは」と呟きながらものすごい勢いで雑草の山を築き上げていた。



* * *



「というわけで、お疲れさまのピザパーティです~」

「わ~い! 生きてきたんだよなこのために」

「ピザとは何だ?」

「エリュシカが僕達の故郷の料理を振る舞いたいと。まあ厳密には違うんですけど、寿司を握ってもらうわけにもいきませんからね」


 畑仕事を終えたあたし達はテーブルを囲み、大きなお皿いっぱいに君臨する焼きたてのまあるいピザを見下ろしていた。

 パンがあるならいけるでしょと思ってたけど、想像以上にピザ!とろけたチーズに溺れそうなベーコンとスライストマト、カリカリの耳までパーフェクト!早く食べてあげなきゃ罪に問われるね!


「切るのが難しくてちょっと不揃いになっちゃいましたけど……」

「ピザカッターがあれば切り分けやすいんだけどね」

「聖剣だったらそこにあるよ?」

「切れ味がよければ良いってものじゃないんだよ雨宮さん」


 お腹が空きすぎて頭がさらに悪くなってきたあたしを見かねて早々といただきますの声が揃い、神々しくのびるチーズに心のボルテージをあげながらぱくりと口に迎え入れる。ン~~~~~!!!!(感無量)


「む………! これはなかなか……」

「お見それしました女主人、この味は王都でも店を構えられる絶品と言えましょう」

「えへへ、そんな……。お兄さんの書き起こしたレシピが良かったんですよ、故郷ではピザ屋さんだったんですか?」

「いや、ただの学生だよ。雨宮さんとは同じ学校に通ってたんだ」

「は? 君と彼女が同じレベルの授業を受けていたということか? どうやって?」

「どうやってって何!?」


 ピザ屋のデリバリーのお兄さんな高遠くんっていいな……と幸せな妄想をしていたら突然悪口を言われて現実に引き戻された。どうやってってそんなもんどうにもならないに決まってんでしょうが!!


「君、身の丈に合わない環境で無理をしても賢くはならないぞ。進路指導は受けなかったのか?」

「うう……なんで先生と同じことを異世界の騎士さんにまで言われなきゃならないの? ……別に、ちょっと今の高校じゃなきゃ出来ないやりたいことがあっただけです。死ぬ気で受験勉強して無理やり入ったら死後の世界で赤点祭りみたいな……」

「やりたいことって?」


 ピザを片手に不思議そうにこちらを見つめる高遠くんに、あたしは視線を返せず口を尖らせた。

 それは……うー……ていうかこの話は高遠くんにだけはちょっと……。


「……あーもう、そんなこと言ってたらピザの寿命が来ちゃうよ! ピザは冷めたら死後硬直がはじまるので! おしゃべりおしまい!!」

「ええー気になりますよぉ、明日出発しちゃうのに……」


 むくれるエリュシカの呟きを最後に、あたし達は黙々とまだぬくもりのある内にピザを平らげ、やがてパーティはお開きとなった。ごちそうさまでした。



「さてと、留守番は任せてねエリュシカ。これから退院手続きとお見舞いでしょ?」

「本当にいいんですか? すみません、旅立ちの準備もあるでしょうに……」

「恩返しも準備の一つだからね。お父さんによろしく」


 ピザパーティ閉会後、ぺこぺこと何度も頭を下げながらうれしそうに玄関を出て行くエリュシカを見送り、ふふっとこちらまで笑顔になってしまう。

 エリュシカ、いつもは気を張ってがんばってるけどまだまだお父さんに甘えたい年頃だもんね。お互い離れてて心配だったろうし、ゆっくりできるといいなぁ。


「……アリアちゃんとタカトオ君、本当に明日この町を発つんですね。残念です、お二人には私の仕事運の無さを大いに埋めていただいていたので……」

「その点は本当に心苦しいです、どんなに遠く離れてもずっと応援してるので……」


 本気で悲しそうなルードさんを慰めていると、横でギュスタさんは大真面目に「なんだルード、職務に関して悩み事でもあるのか? 上司としていつでも相談に乗るぞ」などと胸を叩いていた。まあ同僚としては何とも言えないけど悪い人じゃないから……。

 

 ちなみに偉そうなことを言ってるギュスタさんはあたし達より3つ年上とはいえ、ルードさんの方が更に1つ年上らしい。階級の上下が無ければ完全に関係が逆転しそうな二人である、ギュスタさんの前では言わないけど(長時間うるさいから)。


「しかし世界を救う旅、だったか。君達が異世界から来たという話も正直未だに確信は持てていないが……。この世界に関する一般常識が無いのは事実のようだからな、聞きたいことがあれば餞別に教えてやらんでもないぞ」

「じゃあお言葉に甘えて一つだけ。この先魔族と戦って勝てる算段は?」

「ない。遭ったら逃げろ。俺から言えるのはそれだけだ」


 高遠君の問いに、ギュスタさんは表情を変えずに端的に答えた。


「奴らは神出鬼没で、病的に気まぐれな生き物だ。人知を超えた能力を有し、魔獣を操る者もいれば精神を蝕む者もいる。人間と虫の区別も付いていないような、基本我々には関心を向ける価値も無いと考えている連中だが……君の剣が脅威と認識されれば執拗に牙を剥いてくるだろう。あれらは人間と同じ姿をしていても、中身は心の無い化け物だ。勝とうと思うな、被害を最小限にして生き延びることだけを考えろ」


 最後は忠告と言うよりお願いするような声で、ギュスタさんは苦々しげに口を閉ざした。

 あれだけ自信家で騎士としての誇りが高いギュスタさんが「勝てない」と言い切るのだからそれは従うべきことなんだろう。でも勇者として呼ばれた以上、遠からず立ち向かわなきゃいけない時がくるんだろうけど……。


 黙り込んだあたし達に、ギュスタさんは少し言いにくそうにしながら、だけど心から心配した様子でこう言った。


「その……余計なお世話かもしれないが。家族や友人とはちゃんと話はしたのか? 心配してるんじゃないのか」

「え」


 カン、とスプーンでクレームブリュレのカリカリを割るみたいに何かが粉々に崩れて、頭の中がぐちゃぐちゃになる。


 あたしを見る3人の表情がみるみる深刻になっていくのが分かって、そこでようやく、どうやら自分がひどい顔をしているらしいことに気づいた。

 遅れてぽろ、と目からこぼれ落ちたものに、「は!?」とさすがに弾かれたように立ち上がって声を張った。


「な、なんかお腹いっぱいになったら走りたい気分になっちゃった! ちょっと行ってきます!」


 きゅっと目を閉じて胸の奥の愛読書(ギフト)を開き、トップスピードに乗って逃げるように外へ駆け出す。


 スキルがあってよかった、さすがにお別れの前に暗い空気を持ち込みたくない。

 道行く人にびっくりされながら爆速で通りを抜けて、宿が見えなくなったころ、適当な路地裏に入りふらふらとしゃがみ込んで膝を抱える。


 ……油断した、ホームシックになるなんて勇者失格だ。きっと神さまはこんな思いをしないように、あたしみたいな子を選ばないでいてくれただろうに。

 資格も無いのに連れてきてもらったんだから、こんな風に泣く資格なんか無い。


「……お父さん、お母さん、お兄ちゃん、ミユちゃんチカちゃん……」


 我慢してたのに恋しくなっちゃって、声を殺してすんすん泣いていたら、ふいに何か背の高いものに通りの光が遮られて真っ暗になる。

 目を瞬いて見上げると、高遠くんは少し上がった息を整えながらあたしの横に立ち、長く息を吐いて壁に背を預けていた。


「はは、すぐ追いつけると思ったんだけど……さすがに練習休みすぎたかな、体が鈍ったかも」

「いやそんなことないよ、スタートダッシュに数秒遅れたら明暗が分かれてしまうのは勝負の世界では仕方の無い……じゃなくて、えっと、十分速いと思うよ高校生男子の部としてはだいぶ!」


 自信持って、と励ましつつ、走って追いかけてきてくれたらしいことが申し訳なくて余計に泣きたくなる。


「ごめんね、大したことないんだよ、でもなんか全然止まんなくて……。すぐ泣きやむから」

「いや、いいよ。ギュスタさんが大声で突撃してきても大丈夫なように壁になってるだけだから」

「……贅沢な壁だねぇ」


 へへ、と情けなく笑ってから、あたしはありがたく高い壁に隠れて人目を気にせず泣いた。


 あんまり考えないようにしてたんだけどな、行くなって言われても聞かなかっただろうし、もしも時間が巻き戻せても、あたしはきっとまた同じようにここに来ることを選ぶと思うから。


 でも、もうあの世界のどこにもあたしはいないのに、今こうしてる間もみんなが一生懸命探してくれてたらって思うと……ちょっとだけ帰りたいなって思っちゃう自分が嫌だった。

 それじゃあまりに可哀想だ、あの時勇気を出して一人で飛び込んだ自分が。


 しん、と静かになった路地裏になんだかいたたまれなくなって、無理やり涙を引っこめて顔を上げて笑う。


「ごめんねめそめそ泣いて! でも高遠くんはやっぱりすごいな、少しもくよくよしたりしないもんね?」

「まあ……そうだね。自分がやるべきだった事や残して来た人達には悪いと思ってるけど、それが分かってる上で自分で決めたことだから。でも後悔が少しもなかったと言えば嘘になるかな」


 後悔? と見上げる視線の先、高遠くんは路地裏の壁を見つめながらぽつりと呟いた。


「正直あの魔方陣を踏んだ後、騙されてる可能性もあるなと思ったんだ。あまりにも荒唐無稽だったし、あの神様はそこそこ怪しかったからね。他にも仲間がいるなんて言ってたけどそんなのは体よく人を勧誘するための甘言で、蓋を開けてみれば、あんな馬鹿げた誘いに乗って世界を救いに来たお人好しはこの異世界に自分だけなんじゃないかって」


 でも、と高遠くんはあたしを見下ろして、少し気恥ずかしそうに目を細めて言った。


「あの路地裏で初めて雨宮さんを見た時……ああ、一人じゃないんだなって、間違ってなかったんだなって思えた。だからそれからは後悔はないよ。おかげさまでね」


 屈託なく笑う顔に、あたしは目を瞬き、おずおずとずっと心配だったことを尋ねる。


「あたし、ここに来てもよかったのかな?」

「え? それはもちろん」

「……そっかぁ」


 あたしはへらっと笑って、だったら全部報われちゃうな、と最後の一粒を拭った。

 まあそうとなればやるべきは落ち込むことなんかじゃなくて、無事に異世界を救って元気にお家に帰れるようにがんばることだけだよね!


 へらへら笑うあたしを見下ろしてほっとしたように笑い返した高遠くんの瞳が、キラキラと青く輝いてとってもきれい、と思わずじっと見惚れていると。

  

「今なんか区切りよく終わったっぽくないか? そろそろ行ってもよくないか?」

「どこかですか、むしろここから盛り上がるところでしょうが。貴方が入り込む隙間なんかこの先1秒もありませんよ、だからすぐ追いかければ良かったのに。初めて女の子を泣かせたショックで呆然とするとかそれでも王都の騎士ですか?」


 通りの壁際に隠れて絶賛会議中のギュスタさんとルードさんの囁き声が耳に届いて、見つめ合っていたあたし達の視線はすばらしい吸引力でそちらへ引き寄せられた。

 ああ、あのギュスタさんがあんな母猫に首根っこをくわえられた子猫みたいにしおらしくなって……。


「その……済まなかった。君の気持ちも考えずに酷いことを言って」

「いやいや、大丈夫です! むしろおかげで良いことあったし?」


 きゃ、と頬を押さえるあたしに首を傾げつつ、ギュスタさんは情けなさそうに苦笑すると恭しく胸に手を当て、紳士然とした礼を添えて言った。


「騎士が淑女を泣かせて詫びもしないなど、除隊レベルの大罪だ。今度王都に来た際はぜひ俺に食事を奢らせてくれ。腕と雰囲気の良い名店にいくつか顔が利くんだ。食べるのが好きなんだろう?」

「え!ありがとうございますギュスタさん大好きです!食べるの!」

「…………??」

「タカトオ君、今のはたまたまどうしてそうなったレベルで語順がとんでもなかっただけで、きっとアリアちゃんも他意は……そもそもうちの上司がアホすぎるのが悪いのでこの場はどうか……」


 そんなわけでホームシックとの戦いにも無事に勝利して、あたし達は出発前日の短い時間を賑やかに過ごした。これでさよならも寂しくないだろう、きっといつかまた会えるしね、生きていれば。


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