洗礼⑤ いきなり何してくれてんだ
「高遠くん高遠くん、生きてる?」
「…………………。は? うわ!? ごめん!!」
半分気を失っていたらしい高遠くんは、がばっと跳ね起きるとあたしの体から身を離し大いに慌てた。そしてその勢いで竜から落ちそうになり更に慌てていた。
だけど現状を把握して────その、視界の先一面に雨のように降る無数の稲光を見て、一気に冷静さを取り戻したようだった。
けたたましく鳴り響く雷鳴に体までビリビリ震えるようで、あたしはうーと顔をしかめる。
「雷? 雲もないのに……」
「たぶんそういうスキルなんじゃないかなあ?」
西の砦にいると言われていた、攻撃の規模がやたら派手だとうわさの救世主さん。これは十中八九その人がやってることだろう。
竜は狙わないっていう話は本当に信じてもいいのかな、そう不安になるぐらいには、その雷の威力は凄まじいものだった。
何しろ落下した地点の山肌が抉れるように砕け散っている。それが無差別と思えるぐらい広範囲に次々と落とされているのだ、間違って当たったらこっちまで見事にウェルダンだ。焼き肉は好きだけど自分がなりたいとはもちろん思わないね。
「……あんなに連発して、スキルの代償は大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃないと思うけど……でもとりあえず今は、自分の仕事を頑張らないとね」
あたしはくいっとドラ美ちゃんの手綱を引いて前進を指示した。聖女さんの予言では敵は五体、さっき落ちていた魔獣の死骸は四体。
というわけで目の前、無数の雷の直撃を受けながらもなお空を飛び吠え続けるあの一体こそが、不死を与えられた個体だろう。
スキルで目を凝らすと、その鷲のような鳥型魔獣の額には、お約束通り例の赤い小さな魔石を確認できた。さすがに雷の直撃は難しそうなあれを壊すのが、あたしの最重要任務だ。
「よーしドラ美ちゃん、おでこのあたりまでギリギリまで近づいて。くれぐれもテンション上がって旋回とかしないようにね」
「キュイ〜」
後ろで心配そうに何か言いかけた高遠くんは、子竜がぎゅんと加速した瞬間口を閉じて押し黙った。
あたしは落っこちないように慎重に、妖刀・螢火を鞘から引き抜く。大丈夫、『不死斬り』なら万が一魔石を砕き損ねても切った部位は再生しないし……と慣れない空中戦に緊張感を高めていたら、すぐ真横で雷が光り「うぎゃっ」と変な声が漏れた。これ早めにケリ着けた方がいいやつだ!?
竜を狙わないというのは本当のようで、幸い接近するまでの間感電死するようなことは無かった。けどちらちら下を探して見たんだけれど、どこにも術者と思しき救世主さんの人影すら見当たらない。こちらの姿を確認できてるなら近くにいるんだろうけど、どこに隠れてるんだろう?
そうして巨大な鷲の正面に回ると、あたしは息を吐き刀を構え直す。
「よし、もうちょい近く……にっ!?」
ぐわん、と頭上から腕のように振り下ろされたのは、大きな鳥の翼だった。危な!!
く、空中戦ってむずいかも、逃げ足の速さが生かせないとなるとなかなか厳しい。隙がないと近づくに近づけないし、焦って空振るとこっちが隙だらけになるから、狙いは十分に定めないと……と逡巡していると。
直後に抜け落ちた無数の羽と、落下していく翼の先端に、やや遅れて鳥の悲鳴が響く。
驚いて振り返ると死にそうな顔で果敢にも竜の背に片膝を立てて腕を伸ばし、羽根のまとわりつく聖剣を握りながら、高遠くんが虫の息で歯を食いしばっていた。
「高遠くん! ありが……」
「ちょっとこれ以上は頑張れないからなるべく早めにとどめを……」
「りょ、了解しました……」
真っ青な顔で切実に急かされてしまった。高所恐怖症なのに申し訳ない……。
そうしてあたしは刀を振り上げると、痛みの隙に乗じて最大限接近した竜の背の上から、赤い魔石目掛けて思い切り刃を振り下ろした。パキン、と石が砕ける音がしたのと同時に、遥か上空から声が響く。
「ナイスアシスト! ……なとこ悪いけど、速攻で避けてくれ。竜を丸焼きにするとめちゃくちゃ怒られるんだ」
あれ、この声どこかで。
そう思うより速く、ドラ美ちゃんは本能的に何かを察知したのか、素早く急降下して魔獣のそばから離脱する。
そして空から忽然と降った大きな稲妻が辺り一面を照らし──魔獣の頭上に見事直撃すると、ただ一撃で真っ黒に焼け焦げたその体は、真っ逆さまに地面に落ちていった。
「…………すごー」
ちょっぴりビリビリした。空気に残る静電気みたいな名残に身震いしていると、どうやらドラゴンより魔獣より遥か上空に潜んでいたらしいその人は、背中の大きな羽を風に揺らしながら、ふわりとあたし達の目の前に現れた。
「はー、お疲れお疲れ。もうすぐ他の異世界召喚者が教会に着くってのは予言で聞いてたけど……来て早々ありがとな。救世主なんて呼ばれてるけど、小さい的を狙うのは苦手なんだ。オレの今後の課題だな」
救世主さんと名乗ったその人は、あははと笑ってあたしの顔を見て。
そして、器用に空中でずっこけた。
それはあたしも同じだ。まるで鏡のように、同時に顔のパーツというパーツを全開にして驚き、互いに互いを指さしわなわなと震える──
「……………あ、」
「……………ああ!?」
「雨宮さん、どうし……」
「雨宮さんだあ? てことはお前、本当に雨宮アリアなのか!? なんでここにいる!?」
背中越しに心配する高遠くんを遮り、その人は天使のような羽を広げてあたしの目の前に詰め寄ると両肩を掴んでぶんぶんと振り回した。脳みそがシェイクされる。
「わーー?」
「まさかお前も異世界召喚に──いや、お前みたいな平々凡々頭ゆるふわ女子高生が勇者に選ばれるわけないよな、ってことは魔族がオレを動揺させるために化けた偽物か? そうだ、本物のアリアならへその上にホクロが二つ並んでいい感じに顔のように見えるはず」
「わーー!?」
言いながらあたしの服の裾をスカートから引っぱり出してめくり上げようとするその人の手を必死に抑えていると、ふいに顔の横を金に輝く何かが走った。わお、伝説の聖剣。
高遠くんは目の前のその人の鼻先すれすれに切っ先を突き付けながら、低く吐き捨てるように言った。
「死ね。………………じゃない、いきなり何してくれてんだこの変質者!」
「うわっ何だこの光り輝くイケメンは……まぶしっ、陽キャオーラがやばすぎて目がチカチカするっ」
「だ、大体、なんであんたが雨宮さんの体のそんなとこ、まるで直接見たかのように分かるんだよ?」
少し切っ先を揺らしながら歯切れ悪く問う高遠くんに、その人は不思議そうにぱちくりと目を瞬き、ぽつりと呟く。
「まるでも何も……一緒に風呂入った時に直接見たし、何回も」
直後、ゆっくりと剣を鞘に収めると。
高遠くんはその優秀な頭をたぶんこれまでで一番フル回転させ頭を抱え、やがて結論に至ったようにハッと顔を上げた。そしてなんだか今にも死んでしまいそうな血の気のない顔であたしを見ると、信じられないといった様子で口を開く。
「年上の恋人がいるなら言ってくれれば……」
「いるわけないでしょ高遠くんのバカーー!」
あまりにもダメダメなその推理にばしっと本気チョップをかまし、あたしは前に向き直ると、その救世主さんを指さして叫んだ。
「ていうかそれ見たの、ちっちゃい頃の話でしょ! 紛らわしい言い方やめてよお兄ちゃん!」
しん、と、岩山に静寂が訪れる。
やがてきゅわーとドラ美ちゃんのあくびで背中が少し揺れたのを合図に、ようやく意識を取り戻したらしい高遠くんが、消え入りそうな声で復唱する。
「……おにいちゃん……?」
「ん……その何とも言えないまぬけ感、やっぱりお前アリアなのか? 異世界で何してんだ!?」
そうしてその人、あたしの実の兄──
雨宮カノンお兄ちゃんは、あたしにあんまり似てない賢そうな目をまあるくして、心底びっくり仰天するのだった。




