洗礼③ 結構得意なので
街の中心、そびえ立つ大聖堂は通常立ち入る事は出来ない神聖な場所らしく、今も厳重に封鎖中。
というわけでひとまずあたしたちが案内されたのは、聖堂を囲むようにぐるりとドーナツ状に建設された聖職者達の生活の場、修道院の中だった。
聖女さんを含め、危機に瀕した世界で信心深い方々が粛々と祈りを捧げる厳かな地……ということもあってか、どうにもピリッとした緊張感があってなんだか落ち着かない。
────ていうかそれは多分、さっきからずーっと自分に向けて浴びせられている、聖職者さん達の「で結局誰?」という疑問符の嵐のせいが九割なんだけど。
聖女さんも存在を許可してくれたのはいいけど特に補足説明をするでもなく、むしろあたしを避けるように頑なに目を合わせてくれなかったりする。うーん、つまみ出されるのは回避したけど依然立場は宙ぶらりんだなぁ……。
十数名の厳めしい神官さん達に引き連れられてぞろぞろと、修道院内の真っ白な長ーい廊下を歩くこと数分。一つの扉の前で聖女さんが「こちらで」と呟くと、一団はぴたりと止まり、扉の横に規律正しく整列した。
「……私はこれより、神より賜った命をこの者達に伝えます。終わるまで決して立ち入らず外に控えているように」
淡々と告げる聖女さんに礼を返す彼らを横目に、あたし達五人は誘われるまま後に続き室内へと入り──
そしてパタンと扉が閉まった瞬間、聖女さんを視界から失った。
「こ、こ、この度はほんとーーーーーに失礼しましたぁー!! ごめんなさいーー!!」
記録に残したいほどの神速のスピードでいわゆる土下座の姿勢を取った聖女さんは、冷たい床に額をくっつけて震える声を張り上げた。
「………………???」
さっきまでの威厳たっぷり神々しい雰囲気とのギャップに、全員なかよくフリーズすること数秒。
しかしどうやらその土下座の頭頂部が自分に向けられてるっぽいことに気づき、あたしは慌てて頭と両手をぶんぶん横に振った。
「い、いいですよそんな! 乗り心地最悪だったけど無事に辿り着けたんだし!」
「良くないです! もっと自分を大切にしてください!!」
「あ、はい……」
くわっと目を見開いてリアル聖職者に説教されては思わず頷くしかなかった。聖女さんはよろよろ立ち上がり胸の前で手を組みながら、懺悔するように切々と言葉を紡ぐ。
「本当にすみません、しかしこれには退っ引きならない神的事情が……」
「事情?」
「その、私が神に付き添って例の異世界召喚に出掛ける前にですね、当初伝えられていたとおり『勇者は6人来る』と信徒達に予言してしまったもので……。つまりその……雨宮アリア様は教会にとって、予定外に7人目になってしまったのです」
「......別にそれなら訂正すればいいだろ。戦力が増える分には歓迎される。その程度の事情で雨宮さんを危険に晒す必要は無かったはずだ」
聖女さんの説明に、高遠くんは珍しく不機嫌さを隠さずに苛立ったような声で言った。ここに来る途中、最高潮に真っ青な顔で口元を押さえて神官の人に何処かへ連行され離脱した後、実にすっきりした様子で復活していたので体調は良さそうだった。何があったのかは個人のプライバシーに配慮して追求しないけど……。
「う……それは仰る通りなのですが.……。聖女の予言というものは一度告げてしまったら訂正できないものなのです。そんなことをしたら大事件です。神と聖女という、非常に曖昧で形而上的な存在そのものの信憑性が大きく揺らぎます。神は完全で、間違いがないことが前提ですから」
ふむ、絶対性の崩壊ってやつかあ。確かに「6人来る」ってキリッとした顔で宣言してたのに、「やっぱり7人でした!」なんて言われたら、少なくとも最初の予言は嘘だったのかー?ってことになるのかな。あとからいくらでも修正される予告なんて価値が下がるし、何より単純にうさんくさい。
「……それに、お恥ずかしながら、私は先代が亡くなってから聖女になってまだ日も浅く、あまり信用されてもいないのです。そんな私が『すみません、やっぱり7人でした』なんて突然言っても……」
「信じてもらえない、と?」
「はい。この世界において、そういった解釈しきれない事象は魔族の幻術であると糾弾されることが多いですから。そもそもこの勇者召喚自体が不審な行為と見なされて、皆さん全員が敵対視される危険性も有りました」
……あ、あの神さま、そんなリスクがあるのにあんな気軽にあたしのわがままに応じてくれてたんだ?
神さまにとって人間のゴタゴタなんてその程度の認識なのかな、ていうかここまで辿り着けない可能性高かったし問題ないと思われてたのかなぁ。あたしだしあの神さまだしそれも否定できないかも。
7人目のことを伏せた聖女さんの判断はたぶん間違ってないし、あたしが勝手についてきた結果でこんなに気に病ませちゃって何だか申し訳ない……と思っていると、さっきからずっと静かに目を伏せていた渋谷先輩が口を開いた。
「ますます気に入らない。それだってあなたが頭を下げるようなことじゃないでしょう? そういう事情を本来説明するべきはあの神様の方だ」
そうしてつかつかと足早に歩み出て聖女さんの前に立ち向き合うと、
「会わせてくれるんでしょう? 例の神様に」
有無を言わさぬ威風堂々たる声でもって、そう言った。でも、
「……ご、ごめんなさい、それはできません」
「なんで?」
「ひゃ……」
縮こまりつつ拒否した聖女さんに、先輩も間髪入れず噛み付く。せ、先輩レベルの美人が凄むと迫力がすごい、豹に睨まれたハムスターのよう………。
「い、今すぐには、できません。いつでも自由にお会いできるというわけではないのです。私の力が満ちなければ……。その、つい先日魔族との戦いがありまして、竜を使役するのに随分力を使ってしまったのです」
おお、あの竜、聖女さんのペットだったのか! しかし調教がなってない、優しい乗車拒否のやり方と安全運転の心得を厳しくしつけるべきである。
「……。その充電、いつ終わるわけ?」
「数日は待っていただくことになるかと……」
先輩は納得行かなそうにムッと眉間にしわを寄せていたけど、ふるふる申し訳なさそうに震える聖女さんを見ると諦めたように嘆息し、頷いた。
「直接文句言ってやりたかったけど、それは後にする。……でも聞きたいことにはあなたに代わりに答えてもらおう。あの召喚に関わったのなら、おおよそは知っていることでしょう?」
聞きたいことは三つ、と先輩は指を立てる。
「一つ。わざわざ異世界の子供である私たちをこの世界に呼ばなくてはならなかった本当の理由は何か。二つ。倒せと言う割にこの世界の人間にすら詳細が不明な魔王とはそもそも何なのか。三つ。わざわざ授けておきながらスキルに代償なんて致命的なデメリットがあるのは何故か」
聖女さんは自分の指を一つずつ立てて考え込み、そして一本ずつ苦々しげに指を折り────最終的にきゅっと拳を握り、力なくうな垂れた。
「……いずれにもお答え出来ません。神の許可無しに、それらの質問に私の独断で答えることは今は出来ないのです。ご理解下さい……」
しゅんと落ち込む彼女にさすがに毒気を抜かれたみたいで、渋谷先輩はふっと肩の力を抜き首を横に振った。
「……怖がらせてごめん、あなたも難儀な上司を持って大変だね。分かった。大人しく待たせてもらうよ」
そうして緊張した場の空気が緩んだ瞬間を待っていたように、今度はすいっと元気よく挙手した晴春君が冷静に言った。
「あのー。それで結局、ここに滞在するにあたってアリア先輩のことはなんて説明するんスか? 俺らの知り合いってだけじゃちょっと危うくないっスか?」
さ、さすが晴春君、あたし本人がすっかり失念していた大問題をしっかり指摘してくれる──!
先輩の威厳を地に落としつつ、あたしも聖女さんの回答に期待し視線を向ける。
「え、ええと、それは……」
考えてないんかい。
ものすごく目を泳がされてしまった……でも、この部屋を出たらまたすぐにでもあの神官さん達に詰問されそうだし、これはなかなか由々しき事態??
なんて小さい頭を悩ませていたら──ふいに聖女さんがハッと目の色を変えてどこか遠くを見るように目を見張り、直後に扉に向かって叫んだ。
「神官長! 此処に!」
待ち構えていたように即座に開かれた扉から、さっき列の最前を歩いていた、歴史を感じる皺くちゃおじいちゃん的な神官さんがずかずかと入って来る。
「視えたのですか。今回はどこに?」
「西側の砦です。……中型の飛行型魔獣が五体……」
聖女さんは天井の方に視線を向け目を凝らすようにしている。どうやら遠く離れた場所で起きていることを見ることが出来るようだ。わお、竜を使役できるとも言ってたし、さすがは聖女様!
「西……それでしたら救世主どのが丁度巡回されているはず。五体程度、赤子の手を捻るようなものでしょう」
「……いえ、ですが一体は、不死の石を与えられているようです」
聖女さんの追加情報に、勝ち誇ったようだった神官長の顔がにわかに曇る。
「ああ、それは……苦戦しますかな。あのお方の力は威力こそ神がかっていますが、いかんせん派手過ぎて小さな石を砕くには適さない。援軍を出しましょう」
「しかし竜たちも先日の出撃でまだ疲弊しています、いたずらに数を減らすようなことになっては……」
「……ですが竜舎で無傷なのは17番だけです。アレは二人乗りが限度ですし、そもそも……」
「あの、あたし行ってきます」
深刻な顔で話し合っていた聖女さんと神官長さんが、不意を突かれたせいでぽかんと間抜けに口を開けてこちらを見る。
「あたし、不死を殺すの結構得意なので! 力になれると思います」
胸を張って言いながら、腰に下げた鞘から妖刀・螢火の赤い刃を少し抜いて見せる。
「ま、魔石の刀……? 稀代の刀鍛冶の幻の作品、どうしてあなたが……」
あれ、そんな伝説の剣的なのだったんだこれ。さすがスオウ先生! ……じゃなくて。
「……、あたし、呼ばれてもないし、自分が何なのかって聞かれてもはっきり答えられないけど。無事に魔獣をやっつけて帰ってきたら、ここにいることを認めてもらってもいいですか?」
あたしの打診に聖女さんは目をぱちくりと瞬いて神官長さんを見上げる。神官長さんは唖然とした様子であたしを見つめ、しばし頭を痛めるように目を伏せてから──いたしかたないといった感じで、静かに頷いた。
「……不死殺しは我々に影を落とす大きな試練。それに値する力があるというのなら、勇者ではなくとも得難き福音。良いでしょう、貴殿の力、確かに示す事が出来るならば」
「よし!」
げんちとったー! とガッツポーズしたあたしに、後ろで完全に呆気に取られていたみんなが大分遅れてわたわたと慌て始める。
「……ちょ、ちょっと待って! アリアちゃん一人じゃ心配だわ、私も行く!」
「だよな、知力パラメータ的に危うすぎる!」
「無茶はダメですよアリア先輩、俺様も行けるっス!」
「わ、私も戦力にはならないけど盾ぐらいには……」
「いえ、ダメです。死にますよ」
聖女さんの可憐な声に似合わない一刀両断に一同ぴしゃりと口を閉じた。あれ、あたし今から行くんだけど死ぬんだ??
「そんなに強い魔獣なんですか!?」
「いえ、不死ではありますが。強いのは魔獣ではなくこちら側の方です」
「こちらがわ?」
「西の砦付近は、あなた方と同じ勇者──『救世主』と呼ばれるお方が警護にあたっているのです。あなた達がぞろぞろ出向いていったら虫と間違われて打ち落とされますよ」
な、なにその悪魔みたいな救世主は……。
「とにかく攻撃の規模が大きい方なので……とりあえず教会の竜は攻撃しないように気をつけてくれてるので、竜に乗って行く事が大前提です。そして今出せる竜は二人乗りの子竜だけでして」
つまり、あたしともう一人が限界ってことか。なんか魔獣よりその救世主さんの方が怖いんだけど……。
「では、俺が一緒に行きます。一番戦闘向きですから」
即座に聞こえた凜々しい声に、不安だったのも忘れてあたしはあっさり目を輝かせてしまう。
なんだか文句言いたげに他のみんなは一斉にぐぬぬと口を閉ざした。なんだかんだみんなトリッキーなスキルが多いから、竜に乗ったまま空中戦とか向かなさそうだもんなあ……。
迷い無く手を挙げてくれた高遠くんに思わず顔を綻ばせつつ、しかしあたしはついつい心配に眉根を寄せてしまった。
「でも、高い所だよ??」
「大丈夫。もう出すもの無いから」
「……………」
格好いいんだか格好悪いんだか分からないことをキリッと宣言する高遠くんに目を細めつつ、ふへっとにやけるのを止められない。自分のためなんだし本当は一人で行くべきなのかもしれないけど、ついつい知らないふりして甘えたくなってしまうぐらいには、とんでもなく嬉しかったのだ。
「では竜の手配をしましょう。……しかし、その」
神官長はあたしと高遠くんを痛切な目で見やり、胸の前で手を組んでなぜだか祈りを捧げた。
「……神よ、この子らにどうかご加護を……。いえ、良い竜なのですよ、心根は。ええ」
とっても不安になるフォローを入れながら、ついに目を合わせることなく、神官長はしずしずと扉を開け出て行ってしまった。




