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恋する少女の異世界記録 〜スキルが強すぎてヒロインになれません〜  作者: 花苗カナ
第6章 竜と祈りの教会

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洗礼① なんだってこんなことになったのか

 前略、元の世界のお父さん様、お母さん様、お兄ちゃん様。お元気でしょうか。私はピンチです。


「………………」


 ヒュォォォォという風切り音が長く響く。

 一体高度何百メートルなんだか知らないけど、険しい山々の合間を縫ってあたしは空高く飛んでいた。もちろん人類は飛行スキルなんてものは持ってないので自力じゃない。運ばれていた。しかしその運ばれ方が問題だ。


 もうずいぶん長いこと飛んでいるんだけど、今は丁度、両脇を切り立った崖に挟まれた、とんでもなく雄大かつ流れの速い川の上空だ。

 ()()()()()()()桃太郎withoutおばあさんって感じでどこまでも果てなく流されていくだろう。つまり死である。


 しっかり掴んでてよね、と恨めしく手足を無力にぶらんと下ろしたまま、どうにか首を上げて頭上に視線を巡らせる。全身硬い鱗に覆われた巨体の、その腹部だけは実に柔らかそうですべすべとしている。


 そこから視線を下ろし、まじまじと今度は自分の腹部────をがっちりとホールドしている、鋭い爪が伸びた指を眺める。これを少し気まぐれに動かせばあたしの体なんて茹でる前のパスタより簡単にぽっきりいってしまうだろう。


 はあー、と深くため息をつきながら、進行方向を睨む。おそらくはこの先に、目指す『教会』本部があるはずだ。

 コイツの背中に座っているはずのみんなはつつがなく空の旅を楽しんでいるだろうか。高所恐怖症の高遠くんが気がかりであたしは眉を下げた。


 半目のあたしを鷲掴みにしたまま、コイツ──もとい、大きな大きな(ドラゴン)はその広い翼を羽ばたかせて悠々と空を渡って行く。


 なんだってこんなことになったのか。つい数十分前のことを、あたしは虚ろな目で思い返していた。




 * * * * * *



 雪深い町を出発し、雪原を抜けた先は、一変して広大な草原が広がっていた。

 そしてその先には標高の高い山が幾重にも連なり山脈を成している。教会はその深部に、外部存在が立ち入ることを拒むかのようにひっそりと隠されているらしい。


 平地の間は巨大化したマヤちゃんに乗っけてもらうことで楽々と移動することができたんだけど、さすがに山脈越えとなると話は別だった。


 ジゼルさんによれば教会は秘匿性の高い組織で詳しい位置ははっきりしておらず、ていうかそもそも切り立った崖の遥か下にあるから人の足では降りられないらしい。

 そこは飛行スキル持ちの渋谷先輩や晴春君に順番に下ろしてもらうでもして何とかするにしても、問題はそこまでの道のりだ。


 見るからに岩肌のゴツゴツした山々は登山には適していない。時間も体力も著しく消耗する。移動系のスキルだって代償がある以上、常時使用しっぱなしというわけにもいかない。

 特に時間は死活問題だ、うかうかしていると某ブチギレた獣飼いの人がリベンジに乗り込んで来かねないし。そうなると恨まれランキング筆頭のあたしとしては大ピンチだったりするのでした。怖。


 そんなこんなでどうしようね、と山の麓で輪になってあーでもないこーでもないと勇者会議してた時。

 ソレはあたしたち六人にめちゃくちゃ大きな影を落として現れた。


「……………」


 全員薄い目でちらちら目配せして、誰が最初に上を見上げるかで無言の牽制が始まる。気が合うね、嫌な予感しかしない。


「……深くん、いいとこ見せるチャンスだよ。ほら、私と一分差だから君ってほぼ最年長みたいなもんだし……」

「えっ嫌だよ、こんな時だけ姉面(あねづら)を引っ込めるな卑怯だぞ」

「……じゃ、じゃあ新参者の俺様が!」

「そんな無茶してアリアちゃんのポイントを上げようとしても今更手遅れよ真白君(中二病)

「ごめんなぁこのお姉さん逆恨みが酷くて……」

「そ、そんなこと言ってたらなんかグルグル嫌な唸り声が聞こえて来たような!? 仲間割れしてる場合じゃないよっ、ここはせーので行こうっ!」


 あたしの提案に一同頷き、円陣を組んでふーっと息を吐く。


「それじゃあいくよ、せー、のっ!」


 ガバッと一斉に顔を上げた先、頭上の空にはバサバサとはためく翼。

 その銀色の巨大な生き物は、巨体を縮こませるようにしてゆっくりと高度を下げると、あたしたちの目の前に地響きと共に物々しく着地した。

 …………。


「…………羽のあるでっかいトカゲ…………?」

「いやドラゴンってやつでしょ、そうやって何でもすぐ斬ろうとしない!」


 爬虫類への恐怖心に震えながら妖刀の柄に手をかけるあたしを、慌てて高遠君が手で制す。いつの間にか恐ろしく不名誉なイメージを抱かれてるな??


「……獣飼いが放った新手の魔獣って可能性は?」

「敵意は感じないっスよ。むしろ友好的な感じがするっス」


 訝しむ太一郎君の横を通って、晴春君はスタスタと巨竜の体に歩み寄る。相変わらず最年少ながら肝の据わった子だ。


 そんな晴春君に竜はその金色の目を細めると、長い首を静かに擡げ、まるで恭しくお辞儀するように瞼を閉じた。ぐるる、と、大きな喉が鳴る。

 か、可愛くなくなくなきにしもあらず…………?


 そして竜はその長いしっぽを器用にひょいと持ち上げ、自身の背中をごそごそと弄る。程なく、細い梯子がずり落ちて、鱗の上を伝いながら地にその端を降ろした。

 よくよく見上げれば巨大な竜の広大な背中には、簡素ながら木で出来た枠で囲まれた座席のような物がちらりと見える。……これはつまり、


「乗れってこと……?」

「おそらく。……こちらの都合の良いように考えれば、願っても無いことだけど」


 高遠くんはしばし考え込むと、竜の正面に立って毅然と問いかける。


「君は『教会』から、俺たちを招くために遣わされたのか」


 竜はよくよく見れば思慮深く見えなくもない瞳で真っ直ぐに高遠君を見つめ、ほんの少し、でも確実に首肯した。

 こ、この竜人語を解してる……!? あたしより頭良かったらどうしようと一人対抗意識を燃やしていると、高遠くんは粛々と頷いて、降ろされた梯子の方へ向かう。


「え、え? 乗っちゃうの?」

「うん、直感で動くのはあまり好きじゃないんだけど……多分これは大丈夫だ。それにもし怪しいとこに連れてかれたとしても、どうせ敵がいるだけだし。いつか倒す相手なら返り討ちにすれば良い」


 爽やかな笑顔で物騒なことを言いつつ、高遠くんは梯子を登り遥か頭上の竜の背に軽々と乗り上げた。


「……そうよね。地獄の登山よりずっとマシだわ」

「まあ無料送迎車に文句言いたかないけど、乗り心地だけが不安だよなぁ」

「いえーい、ドラゴンに導かれるとか超痺れるっス!」

「いざとなれば緊急時の飛行避難要員として私と真白君もいるしね、不服だけどここは深くんに同意しよう」


 狼狽えるあたしを残し、他の皆々様もぞろぞろとその後に続く。さ、さすが勇者ご一行様、勇敢なことで……。


 迷っていると竜の上から身を乗り出し、高遠くんがスッと手を差し伸べてくれた。そうされてしまうとあたしには掴む意外の選択肢はなかったりするので、本能と理性の狭間で苦悩する羽目になって更に困る。


 ……うーん、なんかさっきからもの凄く嫌な予感がするんだけど、ここは覚悟を決めるべきかー……?

 そうして恐る恐る足を踏み出し、垂らされた梯子に手をかけようとした瞬間。


「う、うっぎゃーーーー!?」


 素っ頓狂な叫びと共に、あたしは『体操』スキルでもって後方にバク宙三連続して下がった……下がって避けた、突然目の前に飛び込んできた、竜のしっぽを。


「な、な、なにすんのこのトカゲ、当たったら痛いでしょー!!」

「いや痛いどころじゃないような……って、雨宮さん大丈夫!? 一体どうして……」

「わっかんないけど、……うひゃっ。……なんか歓迎されてない感じが……よっ。……ふつふつと……ほぎゃっ」


 何かの間違いかと思って果敢にも乗車を試みるあたしを、その度竜はしっぽを振り乱し妨害してくる。こ、これは確実に乗車拒否!?


「なんで雨宮さんだけ……!? おいやめろ、彼女もお前が連れて行くべき勇者の一人だろう!」


 高遠くんの一声に、ピタリと竜はしっぽを止める。しかしあたしが梯子に近づこうとするとキシャーーと物凄く嫌そうに叫んで威嚇された。な、なぜにここまで……。


「おかしいね、ちゃんと座席は六人分あるのに……あ」


 首を捻っていた渋谷先輩は、そこで何か思い当たったようで気まずそうに口元を手で覆う。

 ……あたしも多分、先輩と同じことを思っていた。お祭りで事情を告白したから、高遠くんも気づいただろう。おそらくその六人目の座席は、おまけで追加されたあたしの分ではないのだ。


 となればこれはこちらの不徳の致すところ、この竜は何も悪くない。観念して首を振ると、あたしは気恥ずかしさに頭をかきながらあははと笑って言った。


「仕方ない、あたし歩いて行くよ」


 あたしの提案に、高遠くんは目を見開いて珍しく感情任せに声を荒らげる。


「はあ!? 何言ってんだ、だったら俺も一緒に降りる!」

「バカ深くん、無闇に格好つけるならそれなりのスキルぐらい有しててよね。心配しないでねアリアちゃん、私が飛行スキルで連れてくから」

「そっちこそ格好つけるなよ、山脈を越えて飛び続けるなんて無理に決まってるだろ。代償の貧血でまたぶっ倒れるぞ」

「もうちょっと優しく心配できないわけ? じゃあ他に案があるなら出してみてよ」

「ぐっ……」


 あ、しまった、あたしのせいで姉弟喧嘩的なものが勃発してしまった。まあまあと嗜めるマヤちゃんの横で太一郎君は呑気にあくびしてる。止めに行きたいけど、背中には登らせてもらえないし……。


 と思ってたら、いつの間にか竜の頭上に腰掛けて何やら話し込んでいた晴春君がうんうんと頷いていた。

 おお、さすがは変化使いのたぬき、動物と心を通わせるのは得意と見た!


「ふんふん。……ふーん、お堅い組織の仕事って制約も多くて大変なんだなあ……まあ頑張れよ。……うん、アリア先輩には悪いけどそれしか無いなら頼むわ。くれぐれも安全面には配慮してな。うん、じゃあそういうことで」


 あっという間に仲良くなった風にそんなことを言うと、晴春君はぽんと竜の頭を叩いた。そしてすぐさま振り向いて叫ぶ。


「先輩たち、揉めてる場合じゃないっスよ。座ってしっかり掴まってて下さいね!」


 その忠告遅すぎない? と思うほど即座に、竜は閉じていた翼を広げバサバサと動かし始めた。上から数名の悲鳴が聞こえる。そんなことには構わずに風を巻き起こし、その巨体はぶわっと宙に浮いた。あれ!? 宙に!?


「ちょ、ちょっと真白君!」

「浮かしただけっスよ、置いてったりするわけないでしょ。……アリア先輩ごめんなさい、乗り心地の悪い席ですけど確保できたんで、ちょっとだけ我慢して下さいね!」

「ええ? ありがとう……? でも席って、」


 見下ろす晴春君を見上げながら、きょろきょろと竜の体を見やるけど、座れそうなとこなんてどこにもない……と思っていたら、飛び上がった竜があたしに向かいその手をずずいと伸ばした。

 ………………。


「…………まさかこれ、シートベルト?」

「ギャオーーー」


 どこか自信たっぷりに返事をする竜に嘆息しながら、あたしは観念してその手の内に歩み寄るのだった。


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