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恋する少女の異世界記録 〜スキルが強すぎてヒロインになれません〜  作者: 花苗カナ
第5章 雪と魔女の村

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(おまけ)冬と猫の話


 冬の日は短い。

 放課後、小学校からピアノ教室までまっすぐ向かい、1時間のレッスンを終えるころには外はすっかり真っ暗になっていた。

 朝からちらついていた雪が積もり、景色はしんとした黒と白に染まる。


 わたしは、冬は特別好きでも嫌いでもない。手が冷えて指が回らなくなるのは困るけど。

 でもあの子は嫌いだったな、寒がりだから、と、今日はまだ見ていない幼なじみの仏頂面を思い出して眉をひそめる。


 いつもは一緒に登校するけど、今朝は日直だとかでさっさと先に出て行ったのだ。ちなみにそのことを伝えてくれたのはあの子のお母さんで、本人からはわたしに一言もない。

 本当に可愛くないやつだ、王子様みたいな顔をしてるくせに、中身はただの生意気なお子さまなのだ。


 そういえばその幼なじみのことで、また良くないうわさを聞いた。

 同じピアノ教室に通っている女の子の妹が、あの子と同じクラスらしくて、たまに様子を伝え聞くのだけどまあろくな内容じゃない。

 全く、いくらひねくれ者でも、もう少し上手く立ち回れば友だちだってすぐにたくさん……


 と、ぶつくさ考えながら雪を踏みしめて歩いていたら、自宅マンションの向かいの公園に、その幼なじみの姿を見た。


 思わず目をまるくする。

 人のことは言えないけど、小学校低学年が一人で出歩くには、心もとない時刻と暗さだ。


 寒がりのくせに、ベンチにちぢこまってぽつんと座ってる。いつもぐるぐるに巻き付けているマフラーは、なぜだかひざの上に丸めて抱きしめるようにしていた。


 サラサラの黒髪に雪が積もり、いつも小さなしわが寄っている眉間がさらに険しくなっていた。伏し目がちな長いまつ毛を露が伝い、街灯に照らされてキラキラと光る。


 あの子の両親は帰りがおそく、一人息子の不在に気づくにはまだまだ時間がかかるだろう。

 わたしははあ、と白いため息を吐いて、それから、くるりと進行方向を変えて歩き出した。ここで見捨ててカゼでも引かれても嫌だし。


しんくん、何してんの。馬鹿でもさすがにカゼ引くよ、はやくお家に……」

真姫まきちゃん」


 歩み寄って声をかけた瞬間、ぱっと顔を上げたその目に思わず面食らう。


 いつもかわいげなくとがる大きな目が、今は何だかすがるように弱々しくわたしを見上げている。

 深くんはひどい負けず嫌いで、わたしに頼ることをかたくなに拒むことが多かったのだ。こんな風に助けを求めるように見つめられたのは、いっしょに過ごした7年間でもはじめてのことだった。


 そして困惑するわたしをお構いなしに、深くんはそのかたちの良い眉を下げ、がらにもなく必死な声でこんなことを言った。


「真姫ちゃん、ネコが何食べるか知ってる?」


 は? と聞き返そうとして、すぐにその意図を理解する。


「みぃ」、と小さな鳴き声と共に、()()は深くんの抱えるマフラーのすき間から顔を出したのだ。


「…………深くん!」


 反射的に非難の声を上げたわたしに、深くんはきゅっと唇を噛んでまたいつものしかめ面でうつむいた。

 そうして隠すように、マフラーの端をその──胸に大事そうに抱える、クリーム色のふわふわした毛の猫にかぶせた。


 小さい。子猫だ、まだ生まれて数日程度だろう。

 とてもかわいい子だったけど、目は力なく閉じられ、鳴き声にも元気はなかった。明らかに弱っている。


 わたしはやるせない気持ちを抑えながら、一応、年長者としてたしなめるように告げる。


「だめだよ深くん、うちのマンションはペット禁止なんだから」

「……震えてたんだ。そのまま置いていったら死んじゃいそうだった」

「今は深くんが震えて死にそうだよ」


 薄紫になってしまった唇を引き結んで、深くんは黙り込んだ。わたしが味方についてくれないと判断した瞬間これだ。まったく勝手な合理主義も大概にしてほしい。


 まあ大方、今朝の登校中にこの子が捨てられてたのを見つけて、放課後大急ぎで走ってきてずっと暖めていたとか、そういう流れだろう。


 それなら今日聞いたうわさ話にもつじつまが合う。

 聞いた時は眉をひそめたものだけど、そういう事情があったのなら納得はいく。深くんは根はまじめな子だから変だとは思ったのだ。


「……放課後のそうじ、サボったんでしょ? またクラスの子にひんしゅく買ってたらしいじゃない」

「サボってない。業間にすませておいたんだ。うちの班は図工室そうじの番で、俺はゴミすて係だった。自分に割り振られた仕事はちゃんと終わらせてる」


 突き放すような言い方にかわいくね~~とにらみ返しつつ、一応、その主張を聞いてあげる。


「今日の午後に図工室を使うクラスは無かったから、業間休みから放課後のそうじまでの間に誰かがゴミを入れるタイミングはほぼなかった。だから業間休みに袋をかえても、放課後に袋をかえても、結果的にはほとんど変わらない」


 ……はあ、なるほど。まあ言ってる意味は分かる。

 でも放課後のそうじというものは作業タスクではなく教育の一環なのだ。

 わたしは呆れつつ、いつのものように社会の暗黙のルールというものを丁寧に教えてあげた。


「……分担制って言っても、班で割り振られてる以上は自分だけ終わってハイさよならってわけにもいかないでしょう? こういう場合は自分の分が終わったら他の子の仕事を手伝うのがのぞましいんだよ」

「みんなおしゃべりばっかりして全然手を動かさないからすごく時間がかかるんだ。真姫ちゃんがいつも俺に言う協調性って、待ってる間にこいつが死んじゃっても守らなきゃいけないもの?」

「いや、そりゃまだ一年生だから手際が悪いのはしょうがないし……ていうかそういう事情があるなら、ちゃんと話せばみんなだって」


 そこまで言いかけて、口をつぐむ。

 そう、まだ一年生なのだ。子猫の話なんてしたらみんなでぞろぞろと見に行って、ぬいぐるみのように抱き上げてかわいがらずにはいられないだろう。

 この体力の落ちきって弱った子猫が、その無邪気さに堪えられるかと考えれば、答えはノーだ。


 理屈はわかる。でもそれじゃ、結果的にそうじを友だちに押しつけて一人で先に帰った嫌なやつだ。こういうことは今までに何度もあった。


 わたしにはそれが腹立たしい。クラスメイトたちのことじゃない。誤解を招くような不器用な態度を取って勝手に孤立していくくせに、それを無視もできず、いちいち傷ついてる馬鹿な深くんがむかつくのだ。

 こんな寂しそうな横顔をずっと見てきて、わたしはもううんざりだった。もどかしくてとても付き合いきれない。


 わたしはむかむかしながら、「ちょっと待ってて」と深くんに冷たく吐き捨て、一旦自宅にランドセルを置くと、必要なものを持って戻る。わたしの家も親の帰りが遅いから、不審がられることもなく調達することができた。


 きょとんとする深くんを無視しつつ、わたしは温めた牛乳入りのマグカップに、ガーゼを巻きつけた指をつっこんで、たっぷり染みこませたそれを子猫の口に近づけた。


「ほら、ミルクだよ、飲んで……」


 子猫はほんの少し舌を出したけど、吸いつく余力もないのかすぐに首を引っこめてしまう。

 心配そうにとなりで見つめていた深くんは、そっと子猫のひたいを優しくなでて、「だいじょうぶ」と小さくつぶやく。言葉のわりに赤い目尻が、どうにも胸をざわつかせた。


 だけど子猫はそれで少し安心したのか、小さな舌でちろりと、わたしの指先をなめた。

 そこからは、ちいさな体で一生懸命に指に吸いつきはじめ、わたしと深くんはほっと息をはく。


 しばらく二人で、無言でそうしていた。

 雪の公園に音は無く、子猫がミルクを吸う小さくも確かな音だけが耳にとどく。


 やがて子猫が舌をしまい、眠たげにのどを鳴らしはじると、わたしと深くんは寝床の準備をはじめた。


 わたしたちはまだ7歳の子どもで、こんな時どうするのが正解なのかなんて分からなかった。

 家に連れて帰れないのならせめて家を作ってあげよう。そんなつたない解決策しか思いうかばず、わたしたちはダンボールにブランケットをあふれんばかりに敷いて、布でくるんだカイロを置いてそこに子猫を寝かせた。


 朝になれば陽が当たるあたり、公園の木の陰に隠したけれど、ちらつく冷たい雪は風に乗って寝床までおりてきて、深くんはうらめしげに空を見た。


「俺は雪なんかきらいだ」


 視線で雪雲を殺せるんじゃないかと思うほど、かわいい顔を台無しににらみ上げながら深くんは言う。


「ずっと冬が来なければいいのに……」


 全ての冬生まれを敵に回すような一言の後、深くんは口をとがらせてひたすらはげますように子猫の頭をなでていた。

 なんて返せば良いのかなあと思いながら、ぽつりと適当な言葉をつぶやく。


「でも冬を越さないとわたしたち、誕生日来ないじゃない」


 冬を越し、4月が来ると、わたしと深くんは一日違いで一つ年を重ねる。

 毎年お互いの家族を交えてそれを祝っていたんだけれど、そういえば次の誕生日はそんなこともできないんだな、とふと気づく。


 4月になったら、深くんはもうこの街にはいない。お父さんのお仕事の都合で、別の県に引っ越すことが決まっていた。

 わたしたちは生まれた瞬間から7年間ずっといっしょに育ってきたから、それはなんだかふしぎなことに思えた。


 深くんがそばにいなくなったら、この不器用さにやきもきすることもなくなって穏やかに過ごせるのかな。

 そんな風にも思うけど、この先この子はちゃんと誰かに理解されたり、たしなめたりしてもらえるんだろうか。こんな面倒くさい子に歩み寄ってくれる良い子なんていないかもしれない。そしたら本当に一人ぼっちだ。


 そう思うと、なんだかまた胃の奥がむかむかしてきて、わたしはいら立ちを落ち着けようと子猫のやわらかな背をなでた。ふわふわして、あたたかい。


「……おめでとう」

「は? 何とつぜん」

「次の誕生日は顔見てお祝いできないんだなって思って。だから」

「………………」


 くだらない負けず嫌いは一日だってわたしが年上になるのが許せなくて、明日までの天下だから、とか毎年にくまれ口をたたいてばかりだったのに。

 わたしはなんだか色んなことが腹立たしくて、雪が積もったその頭をばしっとたたいた。


「いたっ」

「3月まではこっちにいるんでしょ。せめてもう少し近づいてから言いなさいよ」


 深くんはたたかれた頭をむすっとさすっていたけど、わたしを見て、ほんの一瞬だけ子どもらしく笑った。


 それから、もはや後ろ歩きという頻度で何度も振り返りながら、わたしたちは子猫に手を振り家に帰ったのだった。




 だけど次の日の朝見に行くとそこに子猫の姿はなくて、わたしたちは無言で巣の片付けをした。


 深くんは何も言わなかったし表情一つ変えなかったけれど、それからしばらくの間、空を舞うカラスというカラスをものすごい眼光でにらんでいた。

 せっかくのきれいな顔が本当に台無しだなと思いながら、気づけばわたしも似たような顔で眉間にしわを寄せていて、うんざりしたりしながら、季節は過ぎて。



 3月、引っ越していく深くんに、わたしは一つアドバイスをした。


 それは余計なおせっかいだったと思うし、彼の人格を否定するようなひどい言葉だったかもしれない。

 でも嘘でもなんでも、あの子が見知らぬ街で一人ぼっちで生きていくさみしさを思えば、どうにも言わずにはいられなかった。

 深くんは反発するかと思ったけど、「分かった」と一言言ってうなずいた。それが最後のやりとりだった。


 今、どうしてるかは知らない。電話でもすればとお母さんは言うのだけれど、お互いの負けず嫌いがじゃまをして、自分から連絡するなんてわたしにも深くんにも絶対できっこないのだ。

 わたしたちはもちろん姉弟ではないし、かといって決して友だちなんかでもなかった。

 だからきっとこのままずっと、また会うということもないのだろう。何かきっかけがなければ。


 そんなことを思いながら、一人で歩くようになった通学路を淡々と進む。にくまれ口をたたいてくる幼なじみがいないと、ずいぶんと静かでいいものだ。

 4月の風の音、小鳥の歌う声。耳にとどくものはひどくおだやかで今までとは世界が違ってしまったようにすら感じる。


 するとちりん、と鈴の音が聞こえて、わたしは塀の上に視線を上げた。


「あ」


 みぃ、と小さく鳴いて、それは軽やかにせまい足場を駆けて通り過ぎていった。

 少しふっくらとした、クリーム色のふわふわした毛の子猫。首につけた鈴付きの赤いリボンがとても似合っていて、わたしは吹き出してしまった。

 どうやらわたしたち、カラスに謝らないといけないのかもね。深くん。


 いつかあの子の不器用な優しさを、ちゃんと分かって笑い飛ばしてくれる誰かが現れると良い。ただそう願う。わたしにはしてあげられなかったことだ。

 その人が、素直で明るくて元気で前向きな人で、隣にいるうちに深くんも、そういう色に染まってしまえばもっと良いな。


 頰をなでる風に目を細める。とてもあたたかく、どこからか桜の花びらを運んでくる。


 だからわたしは笑って、また一人歩き出す。もう心配はしなかった。

 あの子が住む街にもきっと、おんなじように暖かな春が訪れているはずだから。


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