祭の夜③ 星に願いを
満天の星空は絶景だった。口を開けたまま、首が痛くなるぐらいてっぺんを見上げて四方を見渡す。真っ黒な空の、どこもかしこも星だらけだ。
「きれーい……」
プラネタリウムみたいだなって思いながら、隣にいる高遠くんを見ると、何やら難しい顔をして星々を睨んでいた。
「……目ぼしい星や星座は見当たらないな……まさか銀河が違うのか……?」
「い、異世界別惑星説??」
こんな時まで真面目に状況分析しちゃうあたりが実に高遠くんだった。くっくと笑うと怪訝そうに見下ろされる。あたしは気付かないフリをして視線を横にして、寒さに顔をしかめるマヤちゃん、ふああとかったるそうに欠伸する太一郎君、姿勢良く凛と佇む渋谷先輩をちらりと眺めた。
広場の真ん中、丸太で出来た簡素な舞台の上に一列になり、あたしたち5人は祭りの開会セレモニー的なものに参加させられていた。
集まった人々の視線を一斉に浴びて、なんだかちょっと気恥ずかしい。一歩前で広場を見渡していた村長さんが、人が集まり切ったのを見定めるとすうっと息を吸い、大きな声で告げる。
「皆、準備ご苦労様。開会に先立ち、ここに無事に祭りの夜を迎えられたことを感謝し……魔族を見事追い払い、村に平和を取り戻してくれた、勇敢なる旅人さんと大魔女のお弟子さんに大きな拍手を!」
わあっと歓声が湧き上がり、割れんばかりの拍手が響く。いやあそれほどでも、と恐縮してしまうけど、村の人たちの笑顔を見ていると頑張ってよかったなあと思い、あたしたちも顔を見合わせて笑った。
「それではこれより、星宵祭を開始します! 今日だけは寒さも明日の雪かきも忘れて大騒ぎして良し! なお、例のアレは大魔女の合図があるまでは控えるように。そしてどんな酷い告白でも笑って流すこと! 今年ぐらいは血を流すなよ、以上!」
なんだか後半不穏な開会宣言の後、広場全体が飛び上がるような歓喜と口笛に飲み込まれて、お祭りは賑やかに幕を開けるのだった。
* * * * * *
「あ、高遠くん冷やしリンゴだって! 何本食べる?」
「な、何本? ……ていうか雨宮さん、まだ食べるの!?」
市場のような簡易的な出店が立ち並ぶ通りの真ん中で、人混みに埋まりかけるあたしを見失わまいと高遠くんは必死に人の流れに逆らっていた。でもあっちの背が頭一つ抜けているので、あたしとしては見失う心配がないのがありがたい。
どさくさに紛れて手を繋げたりしたら良かったんだけど、残念ながら手は買いに買いまくった食べ物で埋まっていた。
「ふっふっふ、お祭りにおいて量を気にするなんてナンセンスだよ高遠くん。胃袋拡張スキルを使えばそんな心配は杞憂に過ぎないのだよ」
「そ、そんなスキルが……!? 一体どんな愛読書なんだ……!」
いえ、それはあたしの自前の固有スキルです。
それにしても、さすがに買い込みすぎたかなあ。はぐはぐと右手に持った肉串(トナカイ的なお肉らしい。美味しーい)を咥えて片手を空ける。と、
「あ、射的だ!」
「いっそ目隠しでもするべきか……」
空いた手で即座に新たな出店を指差すあたしに、痛そうに頭を抱える高遠くんだった。
うーん、どうもさっきから高遠くん、あんまりお祭り気分をエンジョイなされていないご様子。せっかくのハレの日なのにそんなの勿体無い。あたしは射的の看板を見つめながらちょっとばかし思考を巡らせる。よし。
「高遠くん、勝負しない? 得点が高い方がなんでも一つ言う事を聞くってのはどう?」
勝負、という単語にぴくりと高遠くんの眉が上がる。おお、さすがは渋谷先輩も呆れる血気盛んな負けず嫌い。効果は抜群だ!
「なんでも、なんて言った事後悔するかもよ」
「あはは、まるで自分が勝つと信じてるような言い草だね」
根雪も溶かすような闘志をメラメラと燃やしながら微笑み合い、そんなわけで射的対決エントリーが完了した。あたしから言えることは、勝負をするならきちんとルールを確認しておくべきってことだ。特にこんな異世界においては。
「ど、ど真ん中〜…………」
「よぉーし、十発十中! 満点大勝利ーー!!」
ドン引きする店主のおじさんの前でオモチャの銃をくるくると回し、あたしは威勢良く吠えた。
いつの間にか出来上がっていたギャラリーからは拍手と驚嘆の声が湧く。ふふ、人類の射撃能力を持ってすれば、こーんなコルク栓が飛び出すせいぜい数メートルの的当てなんて、片手を負傷していようが児戯にも等しき茶番なり!
視線の先、大きな円形の的は中央に行くほど点数が高くなる仕様で、真ん中が十点。あたしはもちろん十発のうち十発をど真ん中にヒットさせ、残念ながら高遠くんは九発が真ん中、残り一発は僅かに中央を逸れて九点だった。
「…………雨宮さん、何かスキル使ったでしょ」
「いやあ、使っちゃ駄目って言われなかったもので」
じとりと半目で睨む高遠くんの視線をかわし、鳴らない口笛をぴぴすーと吹いてうそぶく。ていうかさすが高遠くん、普通に射撃もめちゃくちゃ上手いな……。
中央に当たるごとに景品一つらしいけど、さすがに二人で十九個も貰っては山賊なので、あたしが代表してネコ的なぬいぐるみを一つ貰った。暇してるだろうジゼルさんにお土産にするのだ。
「雨宮さん、猫派?」
「ううん、断然犬派」
「あ、そう……」となんだか落ち込まれてしまった。どうやら高遠くん猫派らしい。あたし達とことん趣味が合いませんなあと思いながら、腕に抱えるぬいぐるみの手をぴこぴこと動かして遊ぶ。
「あ、そうだ、勝った方の特典……」
ぐっと歯を食いしばり悔しそうに言う高遠くんに、ああそういえばそんなこと言ったなと思い出す。別に勝負に乗ってもらうための口実だったからどうでもいいんだけど、と少し考え、あたしは言った。
「あたし特にないから、高遠くんどうぞー」
「え」
「んー、じゃあ、何でも一個して欲しい事を言いなさい。勝者命令」
ぴっとぬいぐるみの手を持ち上げて指さして見せると、高遠くんはなんだか腑に落ちない顔をしながら、それじゃあ、と小さく呟く。
「静かな所に行きたい。疲れた」
素直でよろしい、とあたしは笑い、人混みを抜けるべく通りの先を目指した。
* * * * * *
通りから少し離れてしまうと、辺りを照らすのは月と星と雪灯りだけだった。遠くにお祭りのはしゃぐ声を聞きながら、大きな切り株の上に二人で腰掛ける。よっこらせと吐いた息すらあっという間に雪に吸い込まれる。とっても静かだ。
「そういえば誰にも会わなかったね。みんな楽しんでるといいな」
マヤちゃんと太一郎君は二人で仲良く(たぶん)お店を回っているはずで、渋谷先輩は上空を飛びながら巡回パトロールの役を担っていた。どうもジゼルさんの連絡係も仰せつかっているらしく、何だか分かんないけど重大なお仕事らしい。働き者で立派だ。
「ああ、うん。そうだね」
途中で買った冷やしリンゴを囓りながら、気の無い感じで高遠くんは言う。
ふむ、これはやっぱり。
「高遠くんてあんまりお祭りとか好きじゃないよね」
「え、」
「人がいっぱいいるのとか、賑やかでうるさいのとか、あんまり得意じゃない?」
「……………うん」
申し訳なさそうに頷かれた。あたしがあんまりにもはしゃぐからきっと気を使ってくれたんだろう、別に無理しなくたっていいのに。
「なんか意外だね、学校じゃいっつも人に囲まれてわいわい楽しそうだったのに」
「楽しくなかったわけじゃないけど……」
それもまた、渋谷先輩曰くの処世術ってやつなんだろうか。周りが放っておかない人気者体質っていうのも大変だなあとあたしはあっという間に食べてしまった冷やしリンゴの棒を口に咥えて同情する。
直後、ドォォォーンと爆発音が響き渡った。
「て、敵襲かー!?」
「いや雨宮さん、空だ!」
館に置いてきてしまった残雪と螢火の代わりに咥えていた木の棒を振り回すあたしに、高遠くんが空を指差す。そこには、
「…………は、花火!?」
ドカン、バゴーンと、情緒のへったくれも無い轟音を立てながら夜空に打ち上げられるのは、まさしく大輪の花火だった。妙に一発一発がデカく、とんでもなくカラフルで目に痛い。花火は村の外れ、魔女の館の方から打ち上げられているようだった。
「もしやジゼルさんの魔法……?」
祭りで大役を任されてるって、このことだったのか! しかしもうすこし侘び寂び的奥ゆかしさを学んで欲しい、とんでもないラスベガス的花火だった。爆撃か。
程なくして爆発音が止み、静かになりつつあった夜空に例のお上品な声が響き渡る。
『……只今より、恒例の告白タイムを始めますわ。皆の者、この夜限りはあらゆる秘密を根雪の奥底に埋めなさい。咎めることはわたくしが禁じます。どんな内容でも笑って流すこと。それではどうぞ、存分に暴露しあってくださいな』
凛としつつも面白がってるのが隠し切れないジゼルさんの声が、おそらく魔法で村中に拡散された。……不思議な伝統だなって思ってたけど、もしかしなくてもこの人が発案者なのでは?? 呆れつつもまあ良い機会だし、とあたしは上がる方の手を挙手して高遠くんに告げた。
「先手、雨宮行きます」
「あ、はい」
気圧される高遠くんにコホンと咳払いをして、あたしは隠し事を明かすことにした。
「高遠くん、あたしがこの世界に来たのってなんでだと思ってる?」
「え? それはあの放課後、俺と同じように神さまの声に呼ばれて……」
ぶんぶんと首を横に振って否定する。
「声なんか聞こえなかったよ。あたしは神さまに選ばれてなんかないし、ほんとはみんなみたいに勇者の資格もないんだ」
目を瞬く彼の優秀な頭脳では今、いろんな思考が目まぐるしく展開しているんだろう。きっと答えなんか出ないだろうにと不憫に思いながら続ける。
「だからさ、みんなみたいに正義感とか覚悟とかがあってここにいるわけじゃないんだ。そういう風に思ってくれてたら悪いなあと思って。ほんとは勇者面して肩を並べる立場じゃないんだよね、全く」
苦笑するあたしに、「じゃあどうやって?」と高遠くんは首をかしげる。
……それはあなたを追いかけてですけど、そこまで言ったら一番重要な秘密がバレバレじゃないですか。あたしは曖昧に笑って受け流した。
「それはいつかちゃんと言うからまだないしょ。以上です」
ふー、と星空を見上げ息を吐く。うん、すっきりした。ジゼルさんありがとう、と、未だにキーンとする耳を憐れみながら目を伏せていると、高遠くんがシュッと勢いよく挙手する風切り音で慌てて目を開けた。
「わっ。何?」
「先手が終わったら後手が行かないと……」
「りっちぎー」
別にいいよーと言うあたしに首を横に振り、高遠くんは意を決したように言った。
「あの島で双子の魔族に見せられた幻覚のことだけど……」
とんでもなく懐かしいことを切り出されて記憶を引っ張り出すのに数秒要した。……島……おにぎり……たぬき……お菓子の城……。
あーあーあー、そんなこともあったなあ。自分の見たはっずかしい幻覚を思い出して思わず赤面する。そういえば確かに、高遠くんが何を見たのかははぐらかされてたっけ。
「あの時見たのは、雨宮さんが俺に」
「えっ、あたし?」
な、何をした幻覚の雨宮アリア!? どんな酷いことを……大食い対決でもけしかけたのか? そんなの余裕で大勝利してしまうだろうがなんて極悪非道を!!
残雪を取りに立ち上がりかけていたら、高遠くんが思い出すのも嫌そうな苦々しい顔で呟いた。
「『思ってたのと違う』って言う夢……」
「え? それだけ?」
なんだ、と、すとんと座り直して拍子抜けすると、ムッと目を細めて高遠くんはそっぽを向いた。
「それだけだよ。以上」
「えーだって、そんなの事実だし、わざわざ幻覚で見せること?」
呆気に取られて返すと、高遠くんはくわっと目を見開いて心底傷ついたようにわなわな震えてあたしを見ていた。
「じ、事実なんだ?」
「うん。だって学校の高遠くんと異世界に来てからの高遠くん、なんか全然別人だったし。思ってたのと違う違うー」
ガーン、と音が聞こえそうなぐらい肩を落として項垂れられてしまった。
「爽やかだと思ったら案外頑固で融通きかないし」
「ぐ…………」
「誰にでも優しいと思ってたけど相手によって結構態度変わるし」
「ぐう………」
「紳士だと思いきや意外と口悪いし喧嘩っ早いしムダに戦い方グロいし」
「(ぐうの音も出ない)」
「完璧な人だと思ってたのになーんかしょっちゅう泣かされるしピンチの時にいないこと多いし」
「(虫の息)」
あとはー、と続けようとしたところで、なんだか真っ白に燃え尽きそうになってしまったので中断する。しまった、なんか抉ってはいけないところを容赦無くぐりぐりしてしまった……?
「で、でも、気にすることないよ! あたしは今の高遠くんの方がいいと思うよ??」
「下手な慰めは傷に粗塩を塗り込むだけなので……」
「ぬ、塗り込まないよ胡瓜じゃあるまいし塩が勿体無い! ……じゃなくて、だってほら、学校にいた頃の高遠くんてなんか雲の上の遠い人だったけど、今はちゃんとおんなじ地面に立ってるんだなーって感じがするもん。だから今の高遠くんの方があたしは好きだよ」
まだ半信半疑な目で高遠くんはあたしを見て、すんと鼻を鳴らした。寒さのせいか別の理由かは分からないけど、なんだか可笑しくて笑いながら、思うことを付け加える。
「だから高遠くんはそのままでいいんだよ。話してくれてありがとね」
高遠くんはじーっと眉間にしわを寄せてあたしを見つめ、それから、視線を星空に上げて微かな声で呟く。
「…………俺はたぶん、君のことが少しだけ嫌いだ」
「え゛っ」
「馬鹿みたいに真っ直ぐすぎて」
「馬鹿??」
「自分の屈折具合を思い知らされるから……でも」
お願い事をするみたいに、そっと目を閉じて、高遠くんは苦笑する。
「君を見てると、自分もいつかそんな風になれるかなってちょっと思う。だから俺は、雨宮さんと一緒にいるのが好きなんだ」
「……………」
目を見開いて、横顔に見惚れること数十秒。
「…………わー!?」
「わー!?」
二人同時に一気に冷静になり、お互いの恥ずかしい発言の大反省会に追われる。
ふ、雰囲気に流されてとんでもないことを言ったような!?
「あ、いや、その、俺はっ、人として尊敬してるって意味で他意はなくてその!?」
「あ、あたしも以前よりさらに好ましいという意味でして大袈裟な意味では決して!?」
ぎゃあぎゃあ小学生みたいに大騒ぎしていたら、再び空に爆音が響いてあたしたちの叫びは飲み込まれる。
『はい、終了ーー!! 今年の星宵祭はこれにてお開きですわ! 皆の者、片付けに勤しみ、明日からの厳しい冬に備えさっさと眠りなさい。今日の楽しみを糧に、また一年を慎ましく生きること。以上!』
ジゼルさんの高らかな宣言によって、祭りは花火とともに華々しく幕を閉じた。
しばらく心臓をばくばくさせていたあたし達だったけど、どちらともなく片付けに行こうとぎこちなく声をかけ、ロボットみたいに不器用な動きで町の中心へと歩き出す。
……この秘密を打ち明けるのは、ちゃんと無事に異世界を救ってから。
そう決意を新たにしながら、だけど何となく胸に芽生える期待に、あたしはぶんぶんと頭を振って、冷たい空気で熱い頰を冷やした。




