祭の夜② 真昼に光る
館の外に出ると、途端に眩しい太陽に照らされて目を細めた。太陽?
見上げると、いつも薄暗い雪雲に覆われていた空はすっかり晴れ、気持ちいい青空が広がっている。祭りの日は年に一度、雲が晴れる──って言うのは本当だったみたい。緩やかな日差しが積もりに積もった雪をじわじわと溶かして、真っ白な庭はキラキラと輝いていた。
ここ数日、怪我を理由に高遠くんに外出を禁じられてずーっと看病されていたので、ひっさしぶりの外というのもあいまってテンションはうなぎ登りだった。思い切り息を吸い込むと、冷たい空気が肺に浸透する。晴れていようが冬は冬だ。
「うひゃひゃ、さむーい」
あはっと息を吐くと、その白さにまた笑う。
そしてあたしは雪解けにキラキラ光る庭に駆け出そうと一歩踏み出した。すると。
「うわ」
「走るな。雪が解けて余計に滑り易い」
淡々と告げる声。振り返ると、真剣な顔をした高遠くんが、あたしの腕を掴んで眉間にしわを寄せていた。
散歩を中断させられた犬のように落ち込んでいると、ハッとして高遠くんはその手を離し、それからじっと手の平を見つめて。
「手を……」
「うん?」
「その、走らなくても、滑って転ぶ可能性はあって。いま雨宮さんが転ぶと、咄嗟に手を地面に着いて怪我した左手に負荷がかかる心配があるわけで。せっかく治りかけてるところに本末転倒……ああいや、別に転倒と掛けてるわけじゃないんだけど。とにかく危ないわけで、だから、その……」
淡々と粛々と理路整然と、頰を少し赤くしながらそんなことを言う。だけどなっかなか着地点に落っこちそうになかったので、あたしはくすっと笑い、口元を押さえる彼の大きな手にそっと指で触れる。
「へ」
「手、繋ぎたいから、繋いでもいい?」
わお、勢いに任せたけどこれ照れるな。
照れ隠しにふへへと笑っていると、高遠くんはなんだか悔しそうな目であたしを見下ろし、それから、中途半端に取った手を握り直して力を込めた。そのまま、長い脚でずんずんと雪道を進んで行ってしまう。
遅れないように歩きながら見上げる耳の赤さに、あたしも何だかうれしくて恥ずかしくてまたくすくすと笑いが溢れる。
「あ、そういえば、雪は好きになってくれた?」
「……まだ嫌いだ。でも前よりは」
はぁ、と吐いた彼の息は白く、空気に溶けていく。
「雪が降ると、いいこともある」
直後あたしは間抜けにも足を滑らせ、高遠くんの背中に豪快に鼻をぶつけた。
* * * * * *
「あ、いたいた! マヤちゃーん! せんぱーい!」
人気のなかった頃とは一変、所狭しと慌ただしく人が行き交う村の中で、大きな籠を抱えてせっせと働く二人を見つけると、あたしは大きく右手を振った。その勢いで繋いでいた手が離れ、高遠くんもちょっとだけ不機嫌そうに小さく手を振る。
「アリアちゃん!と、高遠君。手の調子はどう?」
「ぼちぼちですなー。もう痛くないよ」
「そっか、よかったね。……全く、そこの彼氏気取り軟禁野郎が入り浸って面会謝絶にするもんだから、お見舞いもろくに出来ずに私はイライラがピークだよ……助けてもらった恩義がなければ今ごろ魅了で言うこと聞かして、ひとり強制一発ギャグ大会で祭りの余興にしてやったのに」
「なんだその公開処刑……田野上君は?」
マヤちゃんと手を取り合いきゃっきゃとはしゃぐあたしの横で、先輩と高遠くんはべー、と舌を見せて睨み合いつつお話ししていた。仲よさそうでいいなー。
「太一郎は向こうで材木運びの力仕事してるわ。私たちは飾り付けの手伝いが終わったから、今から別の仕事よ」
飾り付け、とマヤちゃんが見上げた先、村のいたる所に張り巡らされたロープに、星型の可愛らしいランプが括り付けられて揺れている。
「花木ちゃんの巨大化で大きな木にも簡単に括れたからね。あっという間に作業が終わったって感謝されちゃったよ」
「子供によじ登られて大人気アスレチックにされましたけどね……。で、この後は仕出しの煮込み料理の仕込み補助。これは材料」
ずい、と抱えた籠に詰め込まれた野菜を見せてマヤちゃんはふうと息を吐く。おお、あたしがリンゴのエサやりをされてる間にみんなめっちゃ頑張ってる! これは遅ればせながらあたしも貢献しなくては、と鼻息も荒くどーんと胸を叩いて進言する。
「あたしも手伝うよ! 片手だって味付けとか、鍋をかき混ぜるくらいはできるしっ!」
あと味見係なんて最高ですね、と胸を張っていると、ひゅっと息を飲む音が響いて三人の目から光が消えた。あれ?
「……アリアちゃん」
「は、はい?」
「手、痛いのに無理しちゃ駄目。料理は私たちに任せてゆっくり休んでて? ね? 渋谷先輩の言うこと聞けるよね?」
「はひ……」
肩を掴まれ、先輩のド綺麗なお顔をくっつきそうなほど寄せされて囁かれては頷くしかない。ほっぺが熱い、頭がぽーっとして胸がドキドキする。あれ、これ魅了スキル使われてるな。なぜに。
目をとろんとさせて胸にしな垂れかかり、すきにしてください……と舌足らずに呟くあたしの頭を撫でながら、先輩はキッと高遠くんを睨み切羽詰った様子で言った。
「おい深くん今のうちだ、祭りが始まるまでどうにかアリアちゃんを連れ回して鍋から遠ざけなさい」
「いやその手を離せよ羨まし……じゃない、分かった、善処する」
「頼んだわ高遠君、この村を守って……!」
クライマックスみたいな盛り上がりを見せる三人にぽーっと首を傾げていると、深刻な顔をした高遠君に手を引かれ人混みの中へと追いやられた。あー、先輩……。
そこでハッと正気に戻る。な、なぜ私は今スキルを使われたのでしょう??
「なんだったんだ今のは……」
「こうして多くの人の命が救われたのだった……」
「んー!? よくわかんないけど失礼なこと言われてるのは分かるよ!!」
だしだし雪を踏みつけて怒っていると、ふと疑問に行き当たる。
「そーいえば魅了ってそんなに持続しないみたいだけど、あの赤い魔族の魅了はどうなったの?」
「すぐ切れたよ。でも変わらず愛を訴えて燃やそうとしてきたな」
「えっ、なんで?」
「真姫菜さんの顔がどストライクだったらしい。恋愛感情は無くても執着する程度の審美眼はあるみたいだね。厄介なことに」
「…………美人って大変だなー」
ってことはまたアイツと戦う時は、渋谷先輩ロックオンされちゃうのか。可哀想に。あたしもペット惨殺からの片目ぶっ刺しという怨みの役満みたいなことしたから、あのマリアさんには狙い撃ちされるんだろうなあ……。
来たる再戦の時を思い渋い顔をしていると、不意にくいっと手を引かれて顔を上げた。高遠くんは安心させるように微笑んで、通りの向こうを指さして言う。
「色々あるけど、せめて今日ぐらいは気楽に楽しもう。ほらあっち、雪像コーナーだって」
雪が好きでもないくせに、本当に嬉しそうな顔でそんなことを教えてくれる。いま胸がドキドキしてるのは、魅了の名残なんかじゃないはずだ。
うん、お日様よりも眩しくてあったかい、やっぱりあたしはこの人のことが……。
高遠くんは、あたしが答えずにぼんやりしているのを見て怪訝そうに首を傾げた。
「どうしたの? やっぱり手が……」
「ううん。あのね高遠くん、『告白祭』の話覚えてるかな」
え、と一瞬狼狽えて、高遠くんは小さく首を振る。
言ったら嫌われるかなあと思うけども、やっぱりこの人に隠し事なんて、好きだよってこと以外はしたくなかった。
「あたしね、高遠くんにずっと隠してることがあるんだ。お祭りが始まったら、ちょっとだけ聞いてくれる?」
高遠くんはきょとんとして、だけど一つ確かに頷いてくれた。




