祭の夜① そういう星の元
「はい、口開けて」
「………...」
言われるがままあーんと口を開けると、高遠くんは小さく切ったリンゴ的な果実をフォークの先に刺し、あたしの口に入れる。
もぐもぐとそれを咀嚼しながら、しかしどうにも噛み砕けない状況にあたしは眉を顰めた。
────魔族との再戦から、数日。
踏み潰された左手は大分回復して腫れも引いてきたけど、まだ力が入らず何かを持つには心許ない状態だった。そんなわけで今日も早朝、自室のベッドで上半身を起こしながら、こうして高遠くんからの食事介助という願っても無いイベントが発生したわけだけども、どうにもその内容がおかしい。
あたしの口内が空になったことを確認すると、高遠くんは再びフォークでリンゴの欠片を突き刺しこちらの口元に差し出す。その顔は真剣過ぎて甘さのかけらもない。よどみない手つきには強い責任感が滲む。
──これって多分、世に言う「はい、あーん」ってシチュエーションなんだよね──?
しかしさっきから有無を言わさずリンゴを口に突っ込まれてる状態、明らかに「目的は栄養の摂取」という黙々たる手つき。これではまるで……そう、言いたくないけどまさしく……
「動物園のエサやり体験……」
「え? 何?」
「いえ、リンゴおいしいです」
もしゃもしゃ腑に落ちない気持ちと一緒にリンゴを頬張っていると、高遠くんは満足そうに手にしたリンゴの皮むきを始めた。うんうん、包丁を持つ手に全く危なげがない、確実にあたしより料理スキルが上ですね。看病のはずなのに精神的に大ダメージを喰らってしまった。
「……ていうか、片手は動くんだから自分でリンゴぐらい食べられるよ? お世話しなくて大丈夫だよ」
「それは雨宮さんの意見でしょ」
暗に、お前の意見なんか聞いてないと言われてしまった。おお、俺様ー。
仕方なくシーツの上で膝を抱えて、ほっぺををむにむにと膝に押しつけて遊びながら、じーっと俯いた金色の頭、つむじのあたりを眺める。すると真剣にリンゴを剥いていた手を止めて、高遠くんはくすぐったそうに顔を上げた。
「何。……ていうか、これぐらいさせてよ、そもそも俺……あ、いや、僕が……」
「もう俺でいいじゃん、めんどくさい」
ハハハと笑うと、ムッと子供っぽく口を尖らせて、皮むきを再開する。
「……俺がちゃんと雨宮さんを守れてれば、そんな怪我はしないで済んだのに」
「いやいいよ守るとか、そういうのがして欲しいわけじゃないし」
ザクッ、と、包丁が深くリンゴに突き刺さった。
微かに震えるその手元をちょっと可哀想に思いながら、これはもう良い機会だから言ってしまえとあたしの中の悪魔が囁く。ちなみに天使の存在は確認しておりません。
「高遠くんさ、女の子守るの向いてないもん」
「む、向いてない……のか……?」
「うん、全然。さっぱり。才能がナシ。今までの数々の冒険を思い起こせばさもありなん。だって高遠くん、敵を見ると後ろなんか気にせず一生懸命がんばって戦っちゃうでしょ。あたしを庇って気が散っちゃっても嫌だし、向いてないことは無理しないですっぱり諦めちゃった方がいいと思うな」
何か反論しかけて口を開けたけど、その明晰な頭脳は何が正論かを瞬時に弾き出したんだろう、ぐぬぬと歯を食いしばって悔しそうに黙り込んでしまった。
それがなんだか可愛くて、あたしはくすっと笑って付け加える。
「それにさ、あたしも多分守られるのって向いてないんだよね。才能ナシ。じっとしてるの苦手だし、それにそんなに弱くもないでしょ? だからお互い無駄な抵抗はやめて一緒に攻撃力ツートップとして頑張ろうよ、ね」
そして二人で魔王の首を取ろうぜ、と、にししと笑って見せると、高遠くんはちょっと苦笑して、なんだか悲しそうに目を伏せた。
「……守りたかったんだけどな」
「あたしもどっちかと言うと守られたかったですけど」
でもまあ、そういう属性の星の元には生まれなかったみたいだししょうがない。あたしたちはきっと、お互いがお互いを守るぐらいの方がちょうどいいのだ。
それはそれで良い。どんな形でもそばにいられるなら大勝利だ。
「それに高遠くんはあたしが一番怖かった時に助けてくれたから、もういいんだよ。十分。……助けてくれて、ありがとう」
真っ暗なバス停に一人座っていた夜を思い出す。あの時抱いていた印象とは随分変わってしまったけど、高遠くんの優しさはきっと何にも変わってない。
「なんのこと?」
「覚えてないならいいよー」
ふふふ、と笑ったけど、納得できないような顔でじーっと見つめられた。負けず嫌いめ。
仕方なくあたしは目を閉じ、「おなかすいた」とうそぶいてあーんと口を開けた。
程なく事務的な食事介助が再開され、あたしはリンゴの甘さを堪能しながら、形はどうあれ二人きりで過ごす朝の幸せを噛みしめるのだった。
* * * * * *
食事を終えた後、高遠くんと二人で一階に降りると誰もいなかった。
「あれ? みんなは?」
「さあ……どうせまた強制労働じゃないの?」
「まるでわたくしが悪徳雇用主のような言い草ですわね居候」
ヒッ、と息を飲んで二人で振り返ると、いつの間にか椅子に深々と腰掛けていたジゼルさんが愛らしい瞳を細めてこちらを睨んでいた。
「い、命だけは……」
「……わたくしを何だと思ってますの? 皆は村に出ています。祭りの準備を夜までに終えなければいけませんから。いくら人手があっても足りませんわ」
「祭り……ああ! 今日なんですね」
渋谷先輩が話していた、星宵祭。──またの名を告白祭。
それを思い出し、あたしはドキリと心臓を鳴らしていた。い、いや、秘密は互いに打ち明け合わなきゃ意味がないらしいから、高遠くんにその気がなければダメなんだけど……。ちらりと隣を見上げると、高遠くんもなんだか頬を赤くしてそわそわしているようだった。ちょっと淡い期待なんてものをしてしまって、らしくもなくもじもじしてしまう。
そんなあたしたちを見てジゼルさんはハアー、と、鬱陶しそうに息を吐くと、しっしと追いやるように手を振って言った。
「ああ嫌ですわ、わたくしは冬が好きなのです、春めいた空気をこの館に持ち込まないでくださいな。……少年、小娘を連れて出て行ってくださる? 村の飾り付けは粗方住んでいるはずです。なかなかに壮観ですわよ、子供は子供らしくお祭りを楽しんでらっしゃいな」
ジゼルさんの提案は願っても無いことだった。お祭りは大好きだ、食べ物が美味しいし、みんなで大騒ぎするのは楽しいし、食べ物が美味しい。
出店とかあるのかなあ、と、それこそ子供みたいにワクワクしていると、ふと思い当たり浮かれた気分を押し込める。
「あ、でも、ジゼルさんはこの館から出られないのに……」
お祭りの賑わいのそばにありながら、自分だけ参加できないなんて可哀想だ。この人にはとってもお世話になった。自分だけお気楽に遊んでくるというのはどうにも忍びない。
手のこともあるし、あたしも一緒に留守番しよう。そう思ってしゅんと項垂れていると、ジゼルさんはくすくすと笑って首を横に振った。
「わたくしは良いのです。一応、祭においては大役を任されているのですよ? ふふ……その時まではのんびりと休ませていただきますわ」
大役? 外に出られないのに、一体何だろう。うーんと考え込んでいると、早くしなさいと苛立たしげに指を振り上げられ、高遠くんと二人で慌てて広間を後にする。
「ジゼルさん、おみやげ買って来ますからねー! わたあめかイカぽっぽ!」
「いかぽっぽ……?」
待ってろ出店、一つ残らず制覇してやる!
きょとんとするジゼルさんに行って来ますと手を振って、あたしは肌寒い外へと元気よく飛び出して行った。




