再戦の魔女③ 赤い刃
グサグサと、高遠くんが聖剣を足元に突き刺す度に、剣先の赤が雪に溶けて薄まる。
苛立ちが如実に現れるそのリズムとは対照的に、あたしはたこ焼きに突き刺されるつまようじを思いお腹の音を一層大きくした。過去最強にお腹減ってる。ぶっちゃけ恥を忍んで雪にかじり付くべきか今真剣に悩んでる。
「皮膚の下。臓器の中。骨に埋め込んでるって線もまあ有りか」
「……教えると思った?」
「いや、いいよ。クイズはノーヒントが好きなんだ。それに全部調べれば良いだけの話だしね」
寝そべる雪の上から見上げる、高遠くんの背中。それと向き合う魔族マリアは、さっきまで一刀両断されていた腹部をさすりながら青白い顔で無理に口の端を上げていた。
あたしとバトルしてた時とは違って明らかに余裕無し、いかにも強敵を前に怯んでいる様子がとってもムカつく。相手が高遠くんじゃなきゃ抗議していたところだ。まあ、さすがに出会い頭に体を半分こにされたんじゃ仕方ないけど……。
しかし高遠くんのさっきの台詞、おそらくマリアの魔石の在処。
見た所これまでの大型魔獣の様に額とか、この前の双子魔族みたいに手の平とか、ぱっと見で分かりやすいところには埋め込まれてない。それを壊さない限りいくらでも再生されてしまうのだから、早々に排除するに越したことはない。でも調べるってどうやって……?
天然かき氷を食べるか否かと並行して考え込んでいると、くるっと高遠くんはあたしを振り返る。
「雨宮さんごめん、手痛いのに……。コイツを片付けたらすぐ街に戻って手当てするから。もうちょっとだけ待ってて」
「あ、いえお構いなく! あのねなんかもう痛くないっていうか、むしろもはや感覚ないから全然平気だ、」
その瞬間の高遠くんの目を、
「し……… 」
たぶん一生忘れないと思う。
ひくり、と笑顔を瞬間冷却したあたしのそばに片膝をつくと、高遠くんは血のついた手で触れることに丁寧に断りを入れてから、優しくあたしの体を起こして、両肩に手を置いた。
「雨宮さん」
そしてその整った顔にこれ以上ないくらいの甘く蕩ける様な笑顔を乗せて、最上級に優しい声で言う。
「俺が良いって言うまで、目、瞑っててね」
* * * * * *
「……もういいかーい」
「まーだだよー」
寒空の下目を閉じてかれこれ数分。やあと元気に外出する鼻水をすすりながら、暗闇の中であたしは悟りを開きかけていた。
────いや、おかしいじゃん、少女漫画のヒロインだったら「目を閉じてね」の流れの後は見開き大ゴマでキスとかじゃないのかな? ヒロインじゃないけど。
ちょっと一瞬でも「いやあまだ付き合ってもないのに高遠くんてば大胆ですなあ!」と浮かれてしまった自分を雪に埋めて春まで眠りたい。
シャットアウトされた視界の先、目の前でマリアと対峙しているはずの高遠くんだけど、実はさっきから戦いの音らしきものは全くしてこない。代わりに、ぐちゃぐちゃとかゴリゴリとか、日常ではあまり耳にしないえげつない音が響いている。あと半端ない鉄の匂いが……。
ていうか高遠くん、なんか今までになく生き生きとしていたような……? すっかり『僕』から『俺』に戻ってるし……。渋谷先輩のプロデュース大失敗の予感を感じつつ、恐る恐る暗闇の中声を絞る。
「た、高遠くん? 聞いたこともない様なすごい音がするんですけど一体何が?」
「あ、まだ目隠し取っちゃダメだよ、今結構えぐいから。…………おい、どうせ再生するならもう少し速くしてくれよ、雨宮さんが目を開けられないだろ?」
「……獰猛だとは思っていたけど、ここまでの猛獣だとは思わなかったわ……」
そこで放送禁止的な音が止み、しばらくしてから高遠くんが「もう開けてもいいよ」と声をかけてくれた。
あたしは冷や汗をだらだら流しながらそっと目を開き、久々の雪の眩しさに顔をしかめる。そして目に飛び込んだ一面の赤に「うわー……」とさらに顔をしかめまくった。
一仕事終えた顔で肩を揉んでいる魔族マリア、その足元は、根雪まで染み込むほどに大量の血で濡れていた。切り刻まれた無惨な軍服を見るに、どう考えても彼女の中から流れたものだろう。だけど体の三分の二以上なんて余裕で超えてる致死量オーバーの大量出血にも関わらず、彼女はふうと息を吐くだけで、変わらず余裕たっぷりに微笑み佇んでいた。
それとは反対に、柄まですっかり赤くなった聖剣を握る高遠くんの表情は青白い。代償のせいだろう、少し肩が上下している。
「……全身隈無く解体したはずだけど……一体これ以上どこに例の赤い石を隠してるって言うんだ?」
「か、かいたい?」
「ふふっ……」
苛立たしげに恐ろしいことを問う高遠くんに、マリアは可笑しそうに肩を揺らして笑った。そして軽く両手を開いて、足元の血溜まりを示す。
「この色、人間の目には何色に見えるのかしら?」
「…………赤だろ。それが何か……」
そこでハッと高遠くんは息を飲んで目の前の敵を凝視した。それに気を良くしてマリアは一層笑みを深め、胸に手を当てて可愛らしく小首を傾げて言った。
「いくら探したって無駄よ。私は魔石を埋め込んではいない……溶かし込んでいるの。血液が一滴でも残っている限り、そこから肉体はいくらでも再生する。便利でしょう」
唇の端から赤い舌を覗かせて笑う彼女に、あたしはあんぐりと口を開けた。
な、なにそれずるくない!? 自分のペットとか後輩にはめっちゃ狙いやすいとこにくっつけてたくせに! この悪徳飼育員!
「なるほど。だったらあの暑苦しい魔族、急いでたとはいえ逃すんじゃなかったな……あの炎があれば血液ごと蒸発させるぐらい簡単だったろうに」
一人憤慨するあたしに対しどこまでも冷静に高遠くんはそんなことを言っていた。だけどその顔は青白く苦しげだ。ずっと剣を使いっぱなしだったから、スキルの代償でかなり息が上がっている。
「さて。私が好き好んで板の上の魚みたいに切り刻まれてあげていたんだと思う? 貴方達の厄介な能力に制限があるのは織り込み済みよ。……空腹と動悸でまともに動けない獲物なんて、狩るのも可哀想なぐらいだけど。二人一緒だから、寂しくないわよね?」
あ、これやばいやつだ。
あたしと高遠くんは半目で冷や汗をかきつつ、マリアが腰に括っていた長い鞭がピーンと左右に引かれてしなるのを眺めていた。わあさすが飼育員キャラ。いやーあれで叩かれたら痛いだろうなあー……
よし、雪を食べよう。恋する女の子としての絵面的な死を受け入れる覚悟を決めた瞬間、それは空から落ちてきた。
とすん、と、雪の上に落ちた赤。
──何かを認識するよりも速くほぼ本能的にそれを手に取り、あたしは大きく口を開けて叫んだ。
「り、リンゴだぁ! いただきます!!」
「あっこら雨宮さん、落ちてるものを食べるな!」
犬のしつけみたいな高遠くんのツッコミを無視し、あたしは手にしたリンゴ的な果物にかじり付く。お、おいしーい! 五臓六腑に染み渡るー! まさに禁断の罪の果実! むしゃむしゃしているうちに代償の空腹感も和らぎ、あたしは気づけば元気に立ち上がっていた。
「ふっかーーーーーつ!!」
「なっ……! 小娘、興を削ぐな!」
怒りに顔を歪めたマリアが振り上げた鞭が空に向かう。あの鞭伸びるんかい。
だけどその先、宙に浮く目標──羽衣を纏った渋谷真姫菜先輩は、ひらりと華麗に攻撃を回避すると、あたしを見下ろして眉を下げた。
「ごめんねアリアちゃん、私が下手を打ったせいで手が……」
「渋谷先輩! よかった、ほんとに無事ですねっ!」
わーいと地上から両手を……いや、片方はさっぱり動かなかったので片手をぶんぶん振るあたしに先輩は苦笑し、ものすごーく辛辣な顔で高遠くんを睨んだ。
「おい深くん、間に合わなかったのは仕方ないとしてもさ、敵が元気一杯なのはどういうことなわけ? 攻撃力馬鹿なのに戦闘で良いとこ見せないでどうすんの? ほんっっとに君って期待通りの期待ハズレだねまったくもう」
「……うるさいな、落ち込んでることをズケズケ言うなよ戦闘力ゼロ」
上空と地上で低レベルなきょうだいゲンカみたいなことをしつつ、渋谷先輩はさて、とあたしを見る。……その手に握られたものを見て、あたしは目を見張った。
「アリアちゃん、師匠からの言伝だよ。『わたくしは気前の良い魔女ですので、これは餞別です。兄弟刀のようなものですから、一緒に振るってあげなさい』」
言って先輩は鞭を回避しながら、ぽいとあたしにそれを投げてよこす。
無事な方の手で受け取ったその────鞘に収められた日本刀に、ドクンと心臓が鳴る。
腰に下げた残雪が共鳴するように騒めくのが分かった。柄を握り思い切り振り下ろし、鞘を落とすと、現れた刀身は残雪の白とは対照的な鮮やかな色をしていた。
刃先に向けて、赤から朱のグラデーション。血とも炎とも違う、だけどとっても綺麗な赤い刀だった。
「『妖刀・螢火────その特性は不死斬り。気難しい子ですがあとは貴女に任せますわ、料金は取りませんのでご安心を。では』……だそうだよ。アリアちゃん、リンゴ一個で悪いけど、もうひと頑張りよろしくね」
先輩は一際空高く舞い上がり、マリアは舌打ちと共に鞭を引きあたしを睨んだ。おお、ロックオン。
しかしジゼルさん太っ腹、そんな「今なら一本買えばもう一本」みたいな! 長さは残雪より少し短い。打刀と脇差ってとこかな、ますます武士じみてしまった。しかし有難い、正直まだまだしんどいんだけど、ここで頑張らなくちゃ偽勇者の名折れ!
鞭を手に、マリアはこちらに踏み出していた。片手で刀を振るい戦うのは心許ない。そういうわけで、遠慮無く──
「そぉーーれい!」
あたしは妖刀・螢火を棒のように握ると、そのまま勢いよく振りかぶり……偉大なる愛読書、記された栄光の槍投げ記録に願をかけた。
ヒュンと良い音で吹っ飛んで行った妖刀は、その刃先を勢いそのままに────進行方向から向かって来ていた、魔族の赤い左目に突き刺した。
「ぐ……………あぁぁ!?」
鍔が肌に当たるより早く、素早くマリアは妖刀を引き抜いた。血がぱたぱたと雪を染める。すぐに苦痛に顔を歪め、両手で目元を押さえた──けどそこから溢れる血は、いつまでも止まる気配はなかった。
おお、さすが不死斬り! 切られた箇所は再生しないと見た。 これはイケる、と、放り投げられた螢火を拾いに行こうとしたら、
「……………うひゃ」
ぴた、と、あたしの足は止まった。
それはおそらく動物的本能だった。目の前の彼女から放たれるとんでもない圧──ていうか殺気に、生物としてただただ純粋にヤバさを感じて身動きが取れない。
魔族マリアは顔から手を離し、真っ赤な左目でもってなおもあたしを睨んでいた。
「許さない……貴女だけは許さないわ。覚えておいて、必ず倍にして同じ目に合わせるから。それまでその可愛らしい目で、せいぜいこの壊れゆく世界をよく見ておくことね」
さり気なく「次会ったら目潰し」宣言をされて血の気も引かない。と、とんでもない人に恨まれてしまった……?
マリアはパチン、と指を鳴らし、あたしから少し視線を外して一瞬笑ったように見えた。だけど次の瞬間にはその体は忽然と目の前から消えて、後にはただ血溜まりだけが残る。
「…………逃げられた」
のは、どっちなんだろう、この場合。
とりあえず今生きていることにはあーーと息を吐いて安堵し、あたしはとぼとぼと雪の上を歩き螢火を回収した。
だけど直後、背後から聞こえた唸り声にぴたりと動きを止める。
観念して振り返ると、倒したはずの狼がその四肢を急速に再生させて立ち上がる、まさにその瞬間だった。
「な、なんでー!?」
すっごくがんばって倒したのにー!
ハッ、さっきの指パッチンか!? 見れば狼の目はでろんと死んだ魚のようで、まともな意識は感じられない。一回限りの蘇生術、ゾンビ化ってとこだろうか。なんて真面目に考察していたら狼はスンスンと鼻を鳴らし、……とても悲しいことに、その鼻先をあたしに向けた。
「人違いです!!」
咄嗟に間抜けなことを叫びながら一目散に駆け出した。即座にその後を巨大狼が追いかけてくる。こ、これは地獄の鬼ごっこの予感ー!
「雨宮さん!」
「あ、やばい、しぬ、しぬよー」
「アリアちゃん、村の方に走って!」
逃げ惑うあたしに向かい、渋谷先輩が妙なことを叫んだ。
「ええ、でもそんなことしたら……」
「巨大化した花木ちゃんが運んでくれて、住民の避難は済んでいたよ。壊れたものは直せば良いけど死んだアリアちゃんは戻らないんだから早くして! ……残念ながら私は無力だし、深くんもアリアちゃんも戦う余力は少ない。師匠の所まで連れていければあとは大丈夫だから。頑張って走って!」
「は、はいぃー……」
リンゴ一個で重労働すぎ、と思いながら、先輩の言葉を信じて俊足スキルで駆け抜ける。
狼の脚はめちゃくちゃ速かったけど、渋谷先輩が目の前を飛び回ったり高遠くんが後ろから聖剣でちょっかいかけてくれるおかげでどうにか一定の距離は置けていた。
村の入り口をくぐり、背後で無残にいろんなものがぶち壊されていく音を聞きながら振り返らず腕と脚を振り続け無人の街を駆ける。空腹で頭がどうにかなりそうだったけど、スキルで遥か先の魔女の館を視認することでどうにか気力を保っていた。あと少し、がんばれ自分!
そしていよいよ館の門を抜け、屋根の上に毅然と仁王立ちする大魔女さんを見上げた瞬間、あたしはへらりと笑った。
「ご、ゴール…………」
「ご苦労様でしたわ。でももう一踏ん張りなさいな、横に飛びなさい!」
考えるより先に勢いよく、あたしは右方向の茂みに飛び込んだ。
巨大な狼にそんな機敏な動きができるわけもなく、勢いを殺せぬまま突っ込んでいくその巨体に──
「残念ですがわたくしは────犬より猫派なのです」
無慈悲に呟いて、ジゼルさんが軽く顎を上げると、遥か上空から閃光のように降り注いだ大きな稲妻が的確に狼の脳天に直撃した。
一瞬、静寂があって。
ぐらり、と傾いた狼の体は轟音とともに雪の庭に沈み、二度と起き上がることはなかった。
「…………」
「ふう。久しぶりに戦場に出たので肩が凝りましたわ……後でマッサージをお願いできます? ちなみにわたくしはちょっと強めが好みです」
「…………中立の魔女とはいったい…………」
「あら、見てませんでした? いま明らかにこの駄犬が、何の許可も無くわたくしの館の敷地内に不法侵入したのです。つまりこれは正当防衛ですわ」
にこりともせず言って、ジゼルさんはふわあと欠伸をした。
やや遅れて追いついた高遠くんが息を切らして汗を拭っているのを見ながら、ぼんやりと呟く。
「…………魔王をここにおびき出してジゼルさんにやっつけてもらえば良いのでは……?」
「……どうやっておびき出すの?」
「……手料理作ってホームパーティ、とか?」
高遠くんは一瞬目をぱちくりさせて、それからあはっと吹き出して。
「ばっかじゃないの」と、無邪気な顔で笑った。




