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恋する少女の異世界記録 〜スキルが強すぎてヒロインになれません〜  作者: 花苗カナ
第5章 雪と魔女の村

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短い冬休み② 復活


 聖剣の描く軌跡が目の前の壁を切り裂く。

 (サイ)の目状に縦横に走らせた線が、うず高く積もった硬い雪を角砂糖みたいな大きなブロックに裁断したのを確認すると、高遠くんはふっと息を吐き輝く剣を鞘に収めた。


「よっと……。こんなものかな?」


「ばっちりー! 高遠くんすごーい! さっすが最強の除雪機(聖剣)かっこいーー!!」

「い、いやあそれほどでも……」

「深くん、多分そんなに褒められてないよ」


 てれっと頭を掻く高遠くんに冷たく告げながら、羽衣を揺らめかせ上空を漂う渋谷先輩はくるりと周囲を見回し、あたしに声をかける。


「アリアちゃん、右斜め後ろ。溜まったらまた声かけるね」

「よろしくです先輩! よし、がんばりますよ~」


 あたしは視界を埋め尽くす積雪の山、聖剣が入れた切れ込みの一つに沿って平たいスコップを深く突き刺す。そしてスキルで強化された腕力でもって渾身の力を込めると、


「そーれいっ!」


 持ち上げた雪のブロックを、思い切り右斜め後ろ方向に放り投げた。続けざまに隣のブロックも持ち上げ放り投げ、その隣も持ち上げ放り投げ。その間にも、高遠くんは聖剣で雪の壁をサックリと切り分けていく。投げた雪が彼方で山になり崩れかけると、すかさず空を飛ぶ渋谷先輩が「左に修正」と指示を飛ばす。

 そんなこんなであたしたち三人は上手いこと連携しながら、魔女の館庭園を埋め尽くす、この背丈より高い積雪をせっせと除雪していたのだった。



 昨晩降った雪があっという間に硬い氷の様な根雪になり、朝起きるとそこらじゅう真っ白でびっくりしたものだけど。朝食の席に集ったあたし達に、すかさずジゼルさんは雪かきを命じると、眠たげな目を擦って自身の工房へ籠もりに行った。どうやら寝ずに残雪の修理を進めていてくれるみたいで、ありがたいけれどちょっと申し訳ない。

 そんなわけでせめてものお礼に! とあたしはスコップを握る手に力を込める。……直後、ぐーきゅるるとお腹の虫が騒いだ。


「はあー…………」

「ちょっと休憩しようか。深くんも私もそろそろ代償で怠い頃だし」


 渋谷先輩はふわりと、雪の下からようやく顔を出した通路に降り立つと、腕に下げていたバスケットからリンゴ的な赤い果物を取り出しにこりと微笑んだ。わーい。

 三人で雪の壁を背にして並んで座り、しゃくしゃくと頬ばっていると、高遠くんは「それにしても」と不機嫌そうに顔をしかめる。


「敵が来なければ来ないで馬車馬の様に働かされるんだな……田野上君たちは無事かな?」

「師匠は『若いうちはよく遊び、それ以上にあくせく働け』が口癖だからね。まあ魔雪峰チームもさすがにそろそろ帰って来る頃でしょう、もうひと頑張りしたらお昼にしようね」


 やったぁお昼、と、あたしはリンゴを咀嚼しながら気持ちを弾ませた。


 ──魔族マリア撤退から数日、未だあの獣飼いは鳴りを潜めている。


 魔獣も毒性の雪も無くなった魔雪峰では枯渇しかけていた木材の調達が再開され、村にはちょっとだけ元気が戻りつつある。でも油断はできないので、万が一の時のために、ジゼルさんの指示でマヤちゃんと太一郎君が護衛に着き、いざという時は巨大化して村の人を担いで逃げられるようにしている。


 敵の沈黙の意図が読めないのは気がかりだけど、おかげでどうにか残雪の修理も間に合いそうだし、その時は今度こそギッタギタにやっつけてやるぞ~とあたしは雪を背にメラメラと闘志を燃やしているのだった。


「それにしてもこの雪、地道に撤去してないであの大魔女の魔法で一掃できないの?」

「それは無理。師匠は館の外には出られないし、魔法も使えないから。師匠が動けるのはせいぜい屋根の上か玄関から数メートルってところかな。そもそも居候の身で家主の力に頼ろうとするんじゃないよダメ深くん。お姉さんは嘆かわしいよ」

「……ほんの数十秒早く産まれたぐらいで姉ぶるなよな」

「ほーほー生意気ですなあ、いいのかなあ君の恥ずかしい話なら私、文集が出せるぐらいストックがあるんだけどなあ」

「ぐ…………」


 歯噛みする高遠くんに、渋谷先輩は淡々と楽しげにいじわるを返す。わーいいなあケンカするほど仲が良い、あたしも高遠くんと……あ、いや無理だな、口喧嘩をするには知能指数に差がありすぎて1ターンで言い返す言葉がなくなりそう……。


「まったく、深くんてばほんとに可愛げってもんがないよね。アリアちゃんのこの有り余る可愛さを少しは見習うといいよ。ねーアリアちゃん?」

「え? あの、そんなことないです……」


 ねー、と高遠くんから引き離すように抱き寄せられてドキドキしつつ、ふるふると首を横に振る。

 ……美人な先輩に褒められると舞い上がっちゃいそうになるけど、あたしは幼少期よりお兄ちゃんに


『いいか、他人がお前に言うカワイイは赤ちゃんとかハムスターとかカピバラとかそういう生き物に対して抱く感情と同じなんだからな。調子に乗って騙されたり搾取されたりするんじゃないぞ、特に男相手にはなおさらだ。分かったか? 分かったら飴をやろう』


 との徹底した教育を受けているので、お世辞や社交辞令を真に受けたりはしないのである。飴おいしかったです。


「……というか、余裕ぶってるけど大丈夫なの? あの魔族、去り際に真姫菜さんを必ず倒すようなこと言ってたけど」

「やめてよね深くんの癖に心配なんて。平気だよ、私には不死スキルも回避スキルもあるんだから。むしろ剣撃ゴリ押し一辺倒の自分の心配をしなよね、この攻撃力馬鹿」


 つーんとそっぽを向く渋谷先輩を睨みつつ、高遠くんは思うところありげな顔で言う。


「……回避スキルといえばあんた、そういえばこの前の雪合戦の時にどうして……」

「魔女さんこんにちはー!!」


 切り出した高遠くんの言葉は、突如庭に響いた元気いっぱいの女の子の声で遮られる。

 あたしたちの視線の先、雪の壁に挟まれた狭い道を駆けて館へと向かって来るその小さな子には見覚えがあった。最初の日、魔女の情報を聞いたおうちでお父さんにしがみついていた子だ。


「こら、雪の硬い日は走らないの……ああ、すみません。魔女のお弟子さんと……えっと」


 女の子の後ろを心配そうに着いて歩いて来たのは、多分この子のお母さん。渋谷先輩を見て微笑み、あたしと高遠くんを見て怪訝そうにしている。


「旅の者です。先日はこの子のお父さんに親切にしていただいて助かりました」

「まあ、主人をご存知なんですね。こんな雪深い街の、こんな危険な時に来てくれてありがとう」


 丁寧に挨拶する高遠くんに、お母さんは上品にお辞儀をする。「村長さんの奥さんだよ」と渋谷先輩は耳打ちしてくれた。わお、第一村民がそんな人だったとは。


「ご夫人、師匠に何かご用ですか? 生憎しばらく工房から出られなさそうで……」

「いえ、お渡ししたいものがあっただけですので」

「『星宵祭(ほしよいまつり)』の招待状だよー」


 女の子はにっこり笑って、大事そうに手に持っていた封筒を渋谷先輩に手渡す。祭り……そういえば村長さん、あたしたちを見たら開口一番「祭りは中止だ」とか言ってたっけ。


「このまま魔族が戻って来なければ、予定通り開催しようと会合で決まりました。大事な伝統で、私たちの数少ない楽しみですから。大魔女様にもぜひいつも通り参加をお願いしたくて……」

「分かりました。必ず伝えます」

「ありがとう。お弟子さんと旅の方もぜひ楽しんで行ってね」

「ばいばーい」


 帰って行く二人に手を振りながら、あたしと高遠くんは首を傾げる。


「先輩、お祭りって何です?」

「村の古い伝統だそうだよ。雪深いこの地には年に一日だけ、雪雲がすっかり晴れて満天の星空が見える日がある。人々はその星々を見ながら厳しい雪の中の暮らしを讃え、夜通し飲めや歌えや大騒ぎする。だから星宵祭。この祭りは別名『告白祭』とも呼ばれていてね」


 告白、というワードに思わずどきりとする。隣の高遠くんもちょっとだけ目を見張っていた。そんなあたしたちに面白そうに笑いながら、渋谷先輩は付け加える。


「まあこの場合は恋愛に限らず、広義の『打ち明ける』告白ね。──この祭りの夜に限り、告白された隠し事に対してはどんな内容であっても咎めることはご愛嬌になる。そして秘密を告白しあった二人は、より強い絆で結ばれる……そういう言い伝えがあるんだよ」


 ひみつ、と、唇の前で人差し指を立てて、先輩は悪戯っぽく口の端を上げた。


「まあ秘密って言っても大抵、つまみ食いレベルの小さな隠し事や酷くても浮気とからしいけどね。この日に告白されたら糾弾できないから、村の人は祭りの前にあらゆる不正を暴こうとちょっと殺伐としちゃうみたい。今年はそれどころじゃなかったけどね」


 な、なんだ、告白したら高確率でオーケーがもらえる祭りかと思った……いや、そうだとしても勇気がなくて出来っこないけども。

 でも絆が深まるっていうのはなんだかいいなあ。打ち明ける秘密の内容っていうのが問題だけど……。


 ちらりと隣を見ると、高遠くんもまた難しい顔をして何か考え事をしていた。最近高遠くんは、こうやって眉間にしわを寄せていることが多くなった気がする。何について思い悩んでいるのか分からないけど、あとになっちゃいそうだなーと勝手に心配していたら。


 ピーンポーンパーンポーン、と、間の抜けた館内放送的な音が館から響く。


『あー、あー……。小娘。小娘に告ぎます。注文の品が出来上がりましたわ。即刻、至急、命懸けの全力疾走で工房まで引き取りに来なさい。以上』


 響き渡るジゼルさんの声に、あたしは脊髄反射で立ち上がる。注文の品!

 ぱっと高遠くんを見やると、「いってらっしゃい」と明るく笑ってくれた。そもそもあなたのせいで折れましたとは口が裂けても言いませんが、どうもありがとう!!

 二人に見送られ、あたしは雪かきのおかげで走りやすくなった道の上を軽やかに駆け出して館の奥、大魔女さんの工房へと向かうのだった。




 * * * * * *




「ありったけの魔力を込めておきましたわ……以前より更に切れ味も鋭くなったことでしょう。今度こそ大切になさいな」

「わーい残雪ー! よーしよしよしよし」

「言ってるそばから頬擦りしようとするんじゃありませんわ! そのお気楽なほっぺたがズタズタに切り刻まれますわよ!!」


 見事その美しい刀身を蘇らせた妖刀・残雪に、喜びのあまり飛びついてスキンシップを取ろうとしたらジゼルさんに殴られた。ま、魔女なのに物理攻撃を……しかも結構強い。

 でもおかげで冷静になったあたしは柄を握り直し、改めて新生残雪の刃をまじまじと見つめる。その雪のような白さは輝きを増し、薄暗い実験室みたいな工房の中で、一層妖しく綺麗に光っているように思えた。


「残雪とは、暖かな春が訪れようともなお残る、しぶとく我慢強い雪のこと……丈夫さは折り紙付きですわ。二度と心を折るような真似をなさらぬようゆめゆめ気をつけてくださいな」


 ジゼルさんの言葉は激励ではなく厳しい警告だった。あたしはぎゅっと指に力を込めて頷く。


「大丈夫です。あたしの心を折れるのは、後にも先にも一人だけなので!」


 そしてその人に何を言われても諦めない、ともう決めていた。自分の気持ちさえしっかりしていれば、どんなことがあってももう刀を折るようなことにはならないはずだ。


「そうですか。……その図太さ、せいぜい大事にしてくださいね」


 ジゼルさんは呆れ気味に笑い、くああと一つ欠伸をした。


「ところで、いかに残雪と言えど不死を討つのは至難の業。先日は危うく追い詰められたようですけど、ちゃんと勝算はあるんですの?」

「えー? うーん……でも不死って、あの赤い石を砕いちゃえば終わりですよね? あたし、でっかい猪と魔族の双子と戦ったけど、それでなんとかなりましたもん」

「赤い石……あれは魔石と呼ばれるものです。正確には、生物に癒着させるとその再生能力を異常に刎ね上げる魔力を与えるのです」


 ほぉ、さすがは元魔族。有益な情報に、あたしは調子に乗ってぱちんと手を打って小首を傾げてみる。


「マリアの魔石はどこに埋まってるんですか?」

「他人の身体的特徴について口外するのは憚られますわね」

「うわーリンク踏ませといて結局情報載ってないダメなタイプの攻略サイトだあー」


 非異世界用語を使えば通じないだろうと思って悪口を言ったら、悪意はばっちり伝わったようで拳骨で怒られた。い、痛い!! この魔女物理攻撃力の方が高い!!


「顔に出てますわよ」

「あいたたた」


 鼻を思い切り引っ張られて涙目で手をばたつかせる。このまま引っ張ってもらえば鼻が高くなるかも、とかポジティブなことを考えてたらコンコンと高い音がした。

 見やれば音の出所、二階であるこの工房の窓の外で、ふわふわと浮かぶ渋谷先輩がガラスをノックしていた。あれ。


「弟子。何用です」

「緊急事態です、師匠。再戦の時は思ったよりも早く来たようです」

「!」


 あたしは先輩の一言に弾かれたように工房を飛び出し、階段を駆け下りて館の外に出る。

 そして急に肌に触れた冷たい空気に息を詰まらせながら、前方、息を切らして膝に手を付く太一郎君を見た。


「太一郎君、何があったの!?」

「で、で、出た!」


 それだけ言うと太一郎君は激しく噎せて、熱っぽく額の汗を拭った。多分、自己暗示スキルで無理矢理全速力を出し続けて山から走って来てくれたんだろう。こんなに急いで駆けつけたということは……何が起こったのかは、聞かなくても分かる。


「魔族マリア? ふっ、残雪の戻ったあたし相手に一人で乗り込んでくるとは命知らずめ! 刀の錆にしてくれるフアーーーハッハッハッハ」

「いやそれが女じゃない、男の魔族だった! しかもなんかすげー濃いやつ!」


 くわっと目を見開いて言う太一郎君の言葉に、ぱちくりと瞬く。すげー濃い??

 何はともあれ、メイン武器も戻って来たことだし迷うことは何もない。あたしはリベンジの舞台へと赴くべく、残雪を天高く掲げると打ち首じゃー! と空に向かって吠えるのだった。


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