短い冬休み① エクストリーム雪合戦
「よーし、しねー!!」
「死ね!?」
人類が誇る『投擲』スキルでもって放り投げた渾身の雪玉は惜しくも太一郎君の脇をすり抜け、あたしはチッと舌打ちをした。んー、さすがは能力強化の『暗示』スキル持ち、「絶対避ける!」とか言う反則な自己暗示をかけていただけあって、さっきからなかなか当たらない。望むところだ! とあたしは次の雪玉を手に取りフッと笑った。
さて昨日の夜に高遠くんとノリで計画した早朝5時集合・第一回勇者雪合戦は、「不参加者と負けチームにはオムライスプレゼント」という条件の提示により参加率100%で幕を開けた。これって喜ぶとこ?
勝負はチーム対抗、あたし・マヤちゃん・渋谷先輩の女子チームと、高遠くん・太一郎君の男子チーム。雪玉を当てられて先に全滅した方が負け!
人数差はあってもそんなん男チームの断然有利じゃん悪いなー、とか余裕ぶっこいてた太一郎君は、開始数秒でその飄々とした顔を完全に崩して青ざめていた。何しろこの雪合戦、スキルの使用は無制限なのだ。
「くっそ、アリアちゃんはやたら飛距離長い豪速球投げてきやがるし、マヤちゃんはさっきから……」
「太一郎隙あり!!」
「どわっ!? ……ひ、卑怯だぞ小型化するのは!」
太一郎君は突然標準サイズに戻って目の前に現れたマヤちゃんに目を見開いて咄嗟に雪玉を投げたけれど、マヤちゃんの体は瞬時にその場から消えた────いや、再び小人のように小さくなることで難なく避け、こっちの陣地に舞い戻ってきた。
うーん、自在に体の大きさを変化させられるマヤちゃんのスキル、こういう逃げ隠れの要素があるゲームにおいてはなんとも便利、優秀なる戦力である。
「はぁ……はっ…………つーか、回避スキル持ちがいる時点でこっちに勝ち目なくねぇ!?」
「だから私はサポートはするけどノーカウントのお助けキャラなので。あくまでアリアちゃんと花木ちゃんを仕留めればそっちの勝ちだよ、私のことは空気か何かと思って気にしないでね」
キレながら太一郎君が雪玉を投げた先──女の子チームの陣地の後方にしゃがみ込み、せっせと雪玉をこしらえている渋谷先輩は、一歩もその場を動かなかった。にもかかわらず雪玉は勝手に先輩の体を避けて、ぺしゃりと悲しく地面に落っこちる。
回避スキルって便利ー、と思いながら、あたしはふんふんと鼻歌まじりに先輩の製造してくれた雪玉を両手に構える。
「そんなハイスピードで雪玉製造する空気がいてたまるかー! ……うおっ!?」
油断してる隙に容赦なく二連続で雪玉を投擲すると、暗示のかかった太一郎君の体はなんとも器用に体を捻らせてそれを避けた。だけど随分無理な体勢だったので、ちょっと攣ったのか悲鳴を上げて涙目になっていた。むー、なるべく早く太一郎君の方はだけでも仕留めておきたいんだけどな。何しろ……
ちょっと焦りを募らせるあたしの視線の先で、その焦りの元凶────太一郎君の隣、スキルとか関係なくその恵まれた運動神経を遺憾なく発揮しながら華麗に雪玉を避けては投げている高遠深也くんが、一切動きを緩めないまま鋭く叱咤する。
「こら田野上君、油断するな被弾するぞ。死ぬ気でやれ」
「あーもー唯一のチームメイトは負けず嫌いの度が過ぎて目が血走ってるしさあ! 怖ぇわ!」
「負けたらオムライスなんだぞ!?」
「分かってるよ、マジで完食がトラウマになってるね!?」
「いいから無駄口たたく暇あったらスキル 使ってよ、そろそろ効果が切れてきた」
「くーっそ、自分は使えるスキル無いからってノー代償で人をこき使いやがって……なんか最近キャラ違くねえ? はいはい分かりましたよ、高遠君が投げる雪玉はぜーんぶ最高速度が出せる! ハイッ!」
「うん。ご苦労様」
……暗示スキルで身体強化された高遠深也くんは強敵だ。この勝負、勝敗を左右するのは両チームの大将の技量に懸かっているだろう。
あたし達は互いの陣地の最前線に立ち、雪玉片手に見つめ合うとふっと口の端を歪めた。
「相手が雨宮さんでも容赦しないよ」
「もちろん。こっちだって手加減なんか出来ないから、当たっても泣かないでよね」
バチバチと火花を散らしながら、二人同時に腕を振り上げる。
負けられない勝負はまだまだ続く。
あたしたちの戦いは、まさに始まったばっかりなのだから────!
* * * * * *
「…………あっけない幕切れでしたわね、結局燃料切れの消耗戦とは。あなた方のスキル、でしたかしら? 諸刃の剣ですわね、そんなもので魔王に立ち向かおうとは本当に無謀な子供達です」
結局あれからも勝負は拮抗し、最終的にスキル持ち達の代償タイムがバタバタと訪れ。
唯一スキルを使っていなかった元気な高遠くんが「待ってました!」と爽やかに、ぶっ倒れるあたしとマヤちゃんに雪玉を落とし、男の子チームの勝利となった。いやぁ良い笑顔だった、我が片思い相手ながら鬼である。
現在マヤちゃんは睡眠、太一郎くんは発熱、渋谷先輩は貧血という代償により全員自室のベッドでお休み中。あたしだけは空腹という補給回復型の代償だったので、こうして広間でもきゅもきゅと食料庫にあったパンやら果物やらを貰ってひたすら咀嚼していたわけだった。
その横でジゼルさんは、お皿に盛られた暗黒物質……もとい、あたしの自称オムライスを嬉しそうに頬張っている。
負けた方の罰ゲームになる予定だったこの物体Xだったけど、
「これはわたくしの貴重なおやつですので、罰にするなど心外です。誰にも渡すわけにはいきませんわ」
という大魔女さんの主張により無効となった。捨てる勇者有れば拾う魔女あり?
そんなわけで罰ゲーム回避のため死に物狂いでがんばっていた高遠くんは今ショックと疲労で寝込んでいる。人生くそ真面目に頑張ってもろくなことになりませんなー、とあたしとジゼルさんはしみじみ頷いた。
「しかし、貴方達が来てからこの館は騒々しくて困りますわ……大人しい子だと思っていた弟子まではしゃいでしまうし。保護者になった気分です」
「はぁ……。そういえば渋谷先輩が来るまで、ジゼルさんはずっとこんな大きなお屋敷に一人だったんですか?」
「いえ、昔は別の弟子がいたのですけれど。その子がいなくなってからは数十年ほど門下を取っておりませんでしたので、ずっとと言えばそうですわね」
別の弟子、と、ジゼルさんは複雑な目をして呟いた。
「その旧お弟子さんは独り立ちしたんですか?」
「いえ、離反です。わたくしの一番大切なものを奪い、あの子は出て行った……。そのおかげでわたくしは、この館から一歩も離れることの出来ぬ体になったのです」
「そのせいで」、とは言わないことに違和感を覚えつつ、人にはいろいろ事情があるんだなあと一人思う。かく言うあたしも色々隠し事をしている身なので詮索できる立場でもない。もぐもぐイチゴ的くだものを頬張りながら疑問に蓋をした。
……それよりさっきから、すごーく居心地が悪い。
今あたしが座っている椅子、その正面の壁に、でかでかと肖像画が掲げられているんだけど。ジゼルさんの可愛らしい御姿じゃなくて、やたらブッサイクなネコの絵である。へちゃくむくれの鼻に凶悪な目付きをした、ブサカワからカワを削除したようなネコだった。妙に目があって気まずい。
「あのクリーチャーなんです? 魔除け?」
「あの獣は昔ここで飼っていたモノです。弟子のお気に入りでしたわ、こんな絵まで描いて……。弟子からしか餌を受け取らないので、わたくしはあまり好きではなかったのですけれど」
あたしは絵の右下、雑に走らされたサインを見やり、癖のある字をどうにか読み取る。
「ハイ……ネ。ハイネさん、ですか?」
「不遜な弟子でしたわ。才能だけはずば抜けていて、わたくしをも凌駕する魔法の腕を持ってましたけど、力の使い方を持て余す子だった……今頃どうしているか知りませんが、まあ碌なことはしていないでしょうね。人間をからかうのが何よりも大好きな子でしたから、そう言う点では今の弟子と似通ったところもあるのかもしれません」
へー、そのお弟子さん、味方になってくれないかな。この大魔女さんをも凌ぐ力があるのなら、一緒に魔王と戦ってくれたらすごーく助かるんだけど。うちの勇者パーティ、あたしを筆頭に魔法使い的スキル持ちの人いないし。
「……ていうか、女性に年齢を聞くのはどうかと思ってスルーしてましたけど、ジゼルさんって何歳なんですか? どう見てもあたしより年下だけど、数十年とか普通に言うし」
「答える義務がありまして? ……まあ、そうですわね、あなた方の十倍は長く時を刻んでいる、とだけ言っておきましょう」
…………。ひゃ、170歳?
なんてこった、せいぜい百歳ぐらいかと思ったら! さすが大魔女さん、普通の人とは物差しが違う。
「でもそれだとガラパゴスゾウガメぐらいとしか同窓会できなくないです?」
「わたくしは一体何をそんなに憐れまれているのです……?」
本気で同情して涙ぐんでいたら困惑されてしまった。コホンと品良く咳払いをして、ジゼルさんは言う。
「あまりにも長く生き過ぎますと、ひとつふたつの別れには無感動になるものですわ……哀惜を覚えるほど情の移った相手も、とっくの昔に見送っていますしね。もっとも、わたくしはそろそろ終わりも見えて来ている頃合いなのですが。まああと数年はしぶとく生きるでしょうね、残念ながら」
「数年…………」
「そんな顔をしないでくださいな。憐憫は魔女に対する侮辱ですわよ」
くすりと微笑み、ジゼルさんはスプーンを魔法の杖みたいに振る。
「……最近不死の人によく会うからですかね、なんだか感覚が変になってたかもです」
「不死。懐かしいですわね。そんな時代もありましたわ。あれは一昔前、まだわたくしが世界を混沌の渦でぐるぐるスープのように掻き回す悪逆非道の魔王軍に属していた頃──」
「はい?」
ぐるぐーる、とスプーンを振り回して回想に入りかけているジゼルさんの手首を、反射的に思わず掴む。い、いまこの人、何て???
「あら野蛮」と微笑む彼女は、間抜けに引きつっているだろうあたしの顔を見つめながら淡々と告げた。
「そもそも人の身の魔力で扱える魔法なんて、王都の高位魔術師であっても精々が元素の操作程度。わたくしのように無から有を生み、不可能を可能にする万能の魔法を行使できる存在は────この世界では、魔族と呼ばれていましてよ」
掴んだ手首を離すべきか否か逡巡しているあたしに、ふぅとため息を吐いて、大魔女さんは反対の指をついっと振り上げて机上のフォークをあたしの手元にふわりと泳がせた。鋭利な銀の先端が部屋のあたたかい照明を受けて光る。
「あなた、魔族を倒すのが目的なのでしょう? その大きな目は節穴ですか。何をぼんやりしているのです? いつもの愚直な勢いはどうしたのですか」
燃えるような瞳はだけどとっても冷ややかで、そこに映る自分の顔もまた青ざめ冷え切っていた。あたしはごくりと唾を飲み込み、すぐ近くの部屋で無防備に眠っているはずの高遠くんやみんなのことを思い、目の前のフォークを見つめ────
「……い、嫌です。あたしが倒したい悪い奴は」
震える手を伸ばし、空中のそれをはたき落とす。
「多分そんな風に美味しそうに、あたしのオムライスを食べたりしないです」
どうにか言い切ったあたしに呆れたように眉を下げ、ジゼルさんは頭を振った。
「甘い子。それ、いつか命取りになりますわよ」
そしてぱしっと軽く、あたしの腕を払うと、所作良く手首をさすりながら涼しげに微笑む。
「まあ、魔族といっても色々なのです。わたくしは諸事情ありまして魔王の傘下になる事を良しとしなかった異端の者ですが。しかし彼らと行動を共にした時期もありますし、その生態には一応見識がありますよ。獣飼いのマリア、あの獰猛な娘がこのまま大人しくしているとは思えない。今も虎視眈々と反撃の時に備え牙を研いでいることでしょう。再戦の日は近いですわよ」
「……話逸らしてます?」
「わたくしは戦いを拒み隠居した中立の魔女なのです。貴女に魔族の情報を与えるならば、その分彼らにも貴女方の情報を与えねばならないでしょう」
「ぐぬ……」
煙に巻かれてしまった……けど、大事なのはジゼルさんがあたしの敵じゃないってことで、それさえ本当なら、100%味方でいてなんて我が儘は言えないはずだ。
ていうかやっぱりまた来るのかあ、あの魔獣飼育員もといマリアさん。思わず魔雪峰の極寒が蘇り背筋が凍る。
「心配せずとも、可愛い残雪は責任を持って修復させていただきます。今はまだ子供は子供らしく、束の間の休息を遊んで過ごしなさいな」
ふっふと笑うジゼルさんの言葉に、あたしは椅子から立ち上がる。
「高遠くんの様子を見てきます」
「はぁー、本当に若い者の恋は雪を溶かす灼熱のごとくお熱いですわね、甲斐甲斐しいですこと」
「いえ、元気になったら次は雪だるま作りなのでっ!」
「……あの少年の未来が心底心配ですわ……愛のために人は死ねるのでしょうか……?」
食器をキッチンに運ぶべくカチャカチャ鳴らしながら、ふと思い立ち尋ねる。
「ジゼルさん。魔王ってどんな人なんですか?」
「それもまた、今はわたくしの口から申し上げることはできませんわ。立ち止まらずに邁進したいのでしょう? 愚直なら愚直らしく、余計なことは気にせず突っ走りなさい」
けち。
「顔に出てますわよ」
「ハッ!」
危うく魔法でおしおきされそうだったので、あたしは慌てて食器を抱えそそくさと広間を飛び出す。
「全く……どちらも難儀なことをしてくれたものですわね、子供を巻き込むなんて」
遠く背後でジゼルさんが腹立たしげにぽつりと呟いた言葉は、もうよく聞こえなかった。




