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恋する少女の異世界記録 〜スキルが強すぎてヒロインになれません〜  作者: 花苗カナ
第5章 雪と魔女の村

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月光⑥ 雪融け


 こんばんは、と呟いた後、高遠くんはしばらく目を瞬いてから、ようやく二言目を零した。


「……なんで雨宮さんが真姫(まき)ちゃんの部屋から?」


 おお、動揺のあまり呼び方が昔に戻ってる! いいなあ下の名前、しかもあだ名……。

 あたしもいつかアリちゃんとか呼ばれてみた……いや駄目だな、きゃっきゃとビスケットを運んでる虫感がすごい。雨宮さんでいいです。


「あの人、なんか変なこと言ってなかった? 僕のことで……」


 意を決したように切り出した高遠くんは何かに怯えるように眉根を寄せていた。俯いて揺れた金色の髪に月光が当たってとっても綺麗だ。

 うーーん、とこめかみに指を当てながら、あたしは思い起こす。


「変なことは特に……」

「そっか、よかった。あの人もまだ人の心を……」

「高遠くんが派手にキャラ変した話とか?」

「一番駄目なやつだ!?」


 何か逆鱗に触れてしまったのだろうか、高遠くんは過去最高に据わった目をぎらつかせると、ヘッ……と怪しい感じに笑いながら目の前の扉を睨む。


「あの魔女、僕がいつまでも非力な小学生だと思って面白がって……今日という今日は許さない、絶対ギャフンと言わせてやる」

「あ、ちょっと。駄目だよ高遠くん」


 シャツの襟首を背伸びして引っ張ると、ぐえっと声をあげて高遠くんはドアノブを握りかけていた手を空中にぴんと伸ばした。

 そしてけほっと咽せて、「??」と困惑に満ちた視線であたしを見下ろす。


「渋谷先輩は雪山で一晩明かしてようやく帰ってきてお料理までしてとっても疲れてるんだよ? それに女の子の寝室に夜中に殴り込みなんて絶対駄目!」

「え? あ、そっか、ごめんなさい……」


 ぱっと手を離すと、高遠くんは気恥ずかしそうに襟を直して顔を赤くしていた。

 ふむ、これでは渋谷先輩に駄目男と言われても仕方ないかも、とあたしはなんだか可笑しくなってくすりと笑ってしまう。


「高遠くんはどうしてここに? 渋谷先輩に用事?」

「あ、いや。あの人には別に会いたくないけど、ピアノの音が聴こえたからつい」

「そっか、高遠くんの好きな曲だもんね。渋谷先輩が言ってたよ」


 高遠くんは目をぱちくりさせて、


「あの人、覚えててくれたんだ」


 ピアノソナタ第14番、『月光』。懐かしそうにそう呟いて、ちょっとだけ嬉しそうに苦笑した。

 恋のライバルかもなんてびくびくしてしまったけど、きっとこの二人は姉と弟みたいな関係なんだろうなあ、と、気持ちがほっこりしてしまう。


「そう言えばあの曲ね、聴いたことある曲だったよ」

「あ、そうなんだ。良い曲だよね、特に中盤の……」

「あんまり好きじゃないなーって思ってた曲だった」

「え゛」


 露骨に固まる高遠くんだったけど、あたしは構わず理由を述べる。


「音楽の授業かなあ? なんか暗いし、いつまで待ってもサビがこなくて開始1分で寝ちゃって……」

「サビ!? く、暗いのは短調だから……」


 どうにか反撃した高遠くんだったけど、高尚すぎてあたしには効果ゼロだった。真剣に困ってる顔が可愛くて吹き出しながら、「でもね」とあたしは続ける。


「でも、高遠くんの好きな曲だって言われて聴いてみたら、最後まで聴けたよ。よく聴いてみたら悪くない曲だったね」


 ふふっと肩を揺らして笑う。クラシックなんてあたしみたいなのにはぜーんぜん良さが分からないと思って触れもしなかったけど、意外とそうでもなかった。元の世界に戻れたらもっと聞いてみようかな。


「不思議な曲だよね、なんだかもう思い出せないような昔の気持ちがふわーっと浮かんでくるみたいな。高遠くんのおかげで、嫌いだったものが一つ好きになったから、どうもありがとうございました」


 晴れやかな気持ちでぺこりと頭を下げたけども、なぜか高遠くんはうつむいて眉間にしわを寄せていた。何か言いたいことがある顔だ。

 これも渋谷先輩のアドバイスを律儀に守ってる結果かなぁと思いながら、「どうしたの」と助け舟を出してあげると、とても言いづらそうにか細い声で言う。


「……雨宮さんは僕といてもつまらないんじゃないかって不安なんだ。僕たちは正反対だから、共感できることが少ないし」


 なんだそんなこと、と、向こうの深刻さには悪いけどあたしは呆れてしまった。本気でそんな風に思ってるならなるほど彼の言う通りあたしたちは正反対だ。まるで考え方が違う。

 同じようなことを雪洞でも言ったけど、と前置きして、あたしはまっすぐに前を見て言った。


「好き嫌いがバラバラの人と一緒にいるとね、相手の好きを自分の好きにしていけるから、きっとすごく楽しいと思うんだ」


 好きな人が好きなものなら、例え自分が嫌いだったものだって好きになってしまう、そんな荒唐無稽が日常茶飯事になる病気が、恋愛というものだ。だからあたしたちは正反対でいい。

 胸を張って持論を主張すると、高遠くんは困ったような顔は変わらないまま、なぜだか苛立たしげに目を細めて、ほとんど聴こえないような声で呟く。


「…………君が、そんなだから。俺は君のことが……」

「?」


 やばい大事なとこが全然聞き取れなかった。愛読書に聴力系スキルとかないんだっけ??と憤っていると、ほんのちょっとだけ声を大きくして高遠くんが言う。


「……僕は雪が嫌いだ」


 そして伏せていた目を上げてあたしを見ると、


「でもいつか、好きになれたらいいな」


 ちょっとだけ寂しそうに眉を下げながら、そう言って苦笑した。

 あたしはふふっと胸を張って笑い、そうかそうかと大きく頷く。そうと決まれば話は早い!


「じゃあ明日は一緒に雪合戦しよう! その次は雪だるま、その次はかまくら、その次はそり滑りね」

「え、ええ? そんな小学生みたいな」

「きっと楽しいよ、マヤちゃんも太一郎君も渋谷先輩もジゼルさんも、みんな誘おう! わーい楽しみだなあ、早起きしようねっ、集合5時な」

「日の出前!?」

「負けた人には冷凍中のあたし作オムライスを処理してもらおうかな♪」

「あっこれデスゲームだ!?」


 高遠くんは顔を真っ青にしてなんでこんなことにとめちゃくちゃ後悔していた。

 それを見てあたしはにやにやと笑う。渋谷先輩の言うことは正しい、真面目に律儀に苦悩する高遠深也くんはすっごく楽しい。本人には悪いけど癖になっちゃいそうだ。


 明日も早いし、今日はでっかい狼に魔族に渋谷先輩にと激しい戦い続きで死ぬほどくたくただったんだけど、その顔がもっと見ていたくて、あたしはおやすみなさいも言い出せずにしばらくけらけらと笑っていたのだった。

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