月光④ 君のためなら
一皿並べる度に一人、また一人とその顔から感情を失って行く様は、いっそ美しい程だった。
最終的に広間を静寂が包み、長い沈黙の末、ジゼルさんが頭を抱えながらようやく口を開く。
「…………このダークマター……じゃない、料理の名前と、これをこの世に生み出してしまった理由をお聞かせ願えます……?」
「え? えーと、あたしが食べたかったから作りました。オムライスですっ」
元気よく答えると、審査員席が一斉にざわついた。あれ、オムライスみんな苦手だった……?
するとマヤちゃんがあたしを畏怖の目でもって見上げながら、青い顔に冷や汗を浮かべ震える声を絞り出す。
「ア、アリアちゃん、私の目が間違ってなければこのオムライス(?)、黄色いところが全く無いんだけど……!?」
「よく火を通せってマヤちゃんと約束したから……」
「だからって誰が消し炭にしろと!? ふわとろが主流のこのご時世にジャリジャリとか最先端すぎて誰も追いつけないわ!!」
「う、うう……でもほら、オムライスはオムが駄目でもライスがあるから!」
「オムに謝りなさい」
太一郎君は呆れ返った様子で目を伏せ、その横で高遠くんは深刻な顔をして歯を食いしばっている。何その討ち入り前みたいな絶望感??
マヤちゃんは慎重にスプーンで卵を割り……いや砕き……? ながら、眉間にしわを寄せライスをすくい取った。
「で、でも確かにこの黒焦げから覗くお米はちゃんと赤いわ……炊き加減とかは敢えて気にしないでおくけど……ところでアリアちゃん、このケチャップライス、トマトっぽい匂いがあんまりしないわね?」
「…………え? オムライスのごはんの赤色ってケチャップだったの?」
「何でここまで赤くしたの!? ねえ何で!!!!」
「やめろマヤちゃん、多分知ったら心理的に口に入れられなくなるぞ!!」
立ち上がるマヤちゃんを懸命に止めながら太一郎君が叫ぶ。
「くそ、調理中黒煙でほとんど手元が見えなかったから何が入ってるのかマジで分かんねー……! こんなの明るい闇鍋じゃないか!!」
「オムライスだよー」
「産んでくれたニワトリに謝れ!!」
ぎゃーぎゃー騒いでいるとジゼルさんが
「食事の席で騒ぐのはおやめなさい。そろそろ審査に入りますわよ」
とあたしと太一郎君の頭にダブルタライを落とし、あえなく全員がスプーンに『オムライス』を乗せてせーので口に入れることになった。何その罰ゲーム感??
「…………マヤちゃん、この審査が無事終わったら俺、君に言いたいことが……」
「太一郎待ってそれダメなやつだわ」
「………………(精神統一)」
「遺言は済みまして? それではいきますわよ、せーーのっ」
思い思いに悪あがきをした後、ぱくり、と4人は一斉にスプーンを口に入れ。
直後マヤちゃんと太一郎君が思い切り顔面からテーブルに突っ伏した。
「ま、マヤちゃーーーーーーん! と太一郎君」
「…………な、生米の、炭と卵のカラ包み……」
死にかけながらダイイングメッセージみたいに料理名を命名されてしまった。やだ、ちょっとフレンチっぽくて素敵……!
二人はしばらくテーブルの上で悶絶していたけど、やがて顔を上げた太一郎君が瞳孔の開ききった目で口火を切った。
「……い、いやあ美味しかったなあ! よし味は身を以てよぉーーく分かった、さあ時間がもったいないし投票に移ろう!」
「先に言っておきますけど、投票は完食が前提ですわ。皿の料理を食べきらない限り票は無効です」
「そ、そんな……」
「なんて残酷な!! これが極悪永久凍土と言われる所以ーー!」
魔女さんに冷静に切り捨てられ、二人は絶望に口元を抑え咽び泣いていた。
──しまった、どうやら溢れる駄目な方の才能を余すところなく発揮してしまったらしい。なんとなく勝敗の行方を察してあたしも目から生気を失い阿鼻叫喚に耳を澄ますのだった。終わった。
しかし大魔女さんはと言えばお上品な口を大きく開けて、何とも嬉しそうにオムライス(自称)を頬張っていた。もうすぐお皿が空になりそうだ。マヤちゃんたちが信じられない異形の物を見る目でそれを凝視している。
こ、これは──。
「ジゼルさん、もしやお口に合いましたか!?」
「──いいえ、不味い! 天才的に不味いですわ! この生焼けと黒焦げの融合、正に火力の魔術師と呼ぶに相応しい妙技! 〝少々〟だとか〝適量〟などという曖昧な指示をこの世の全てのレシピから消し去りたい程狂った味付け! 基本的に無視される下処理や切り方等の先人達の知恵! そして精神を掻き乱すような盛り付け…………たまりませんわ! 魔女とは貴女のことですか! この僥倖に感謝しわたくしは一票を投じます!!」
う、うれしくなーーーーい……。
まさかの主催者ポイントゲットだったけどとんでもない酷評レビューに心はズタズタだった。
「師匠は長生きしすぎて美味しいものなんて食べ飽きてるから、彼女の舌を喜ばせるのは味の良し悪しではなく、『味わったことがあるかどうか』という基準……味が極端なら極端な程評価は上がる、アリアちゃんの料理は正に未知の不味さの究極だったんだわ──」
さり気なく人をディスりながら解説してくれる渋谷先輩だった。
「……お、俺は食べれる……」
「暗示スキル使ってまで食べなくていいよ太一郎君のバカっ!!」
「ごめ、アリアちゃ……ごめんねっ……うっ……」
「泣かないでマヤちゃんあたしが泣きたい……」
もはや二人は戦意喪失、手が震えてスプーンを握ることもままならない。渋谷先輩の料理は綺麗に完食していたから、二票は自動的に先輩に入ることになるだろう。
ジゼルさんから一票入ったところでもう勝ち目は無い。渋谷先輩が勝ち、残雪は永遠にぽっきりと折れたまま。そしてあたしの不正異世界召喚も暴露されちゃって、高遠くんには幻滅されてしまうに違いない。
スオウ先生ごめんなさい。この上は不肖雨宮、腹を切って潔くお詫びを……
その時、誰かが息を飲む音が聞こえた。まるで信じられないものを見たような。
なんだろう、と、顔を上げ、失意に満ちた虚ろな二つの目を審査員席に向けると。
「…………………」
あたしもまた、息を飲んだ──
その、目の前の光景に、
苦しげに眉根を寄せ冷や汗を流しながら、ゆっくりとオムライスを口に運び咀嚼する高遠深也くんの姿に、どうして驚かずになんていられるだろう。
「……高遠、くん」
目の奥が熱くなる。
高遠くんはスキルの代償で苦しんでいた時より遥かに辛そうな表情で、だけどただただ真剣に、一口一口をよく噛んであたしの作ったオムライスを飲み込んでくれていた。
お皿の中はとてもゆるやかに、だけど確実に白くなっていき。
とうとう最後の一口を飲み込むと、高遠くんはスプーンを杖のようにテーブルについて片手で口元を押さえながら呻いた。
そしてうっすら涙の浮かぶ目をジゼルさんに向け、掠れた声で呟く。
「…………ま」
「ま!?」
固唾を呑むあたしたちの視線を浴びながら、一度大きく息を吸い込み。
意を決したように高遠くんは言った。
「……美味しかったです……」
そしてそのまま、椅子ごと背後の床に勢いよく倒れて気絶した。
「高遠くーーん!!」
「『まz』まで言ったぞ今」
「遺言が嘘なんて悲しすぎるわ高遠君……」
「い、息してない! だれかー! 119番! 救急車! AEDーー!!」
ぴくりとも動かない高遠くんに駆け寄りわんわん大号泣していると、ジゼルさんは呑気な声で困りましたわねと呟いた。
「ふむ、これでは票は二対二。勝敗が付きませんわ。仕方ありません、第二ラウンドを──」
「ふ……あは、あははは!」
突如広間に響き渡った大きな笑い声に、誰もが耳と目を疑った──
泣きすぎてこぼれた涙を拭い、お腹を腕で抑えながら……渋谷真姫菜先輩は、ひーと息を乱して笑いを堪えて言った。
「師匠、もういいです。私の負けでいいです。こんなに貴重なものを見せてもらっては何も言えません……我が侭を言ってすみませんでした。どうぞ、彼女の刀を修理してあげてください」
「せ、先輩……」
「ごめんね、アリアちゃん。意地悪して。でもよかった……本当に君がいてくれて良かった。ありがとう、アリアちゃん」
渋谷先輩は嘲笑ではなく、にこりと実に可愛く微笑んだ。
何のことを言ってるのか分からなかったけど、魅了スキルなんて目じゃないくらいの魅力的なその笑顔に思わず見惚れてしまう。先輩はぽーっとするあたしに「さて」と手を打つと、未だ倒れたままの高遠くんのそばにしゃがみこみ、冷たい目をして耳元で囁いた。
「……そろそろ生き返らないとアリアちゃんに君の恥ずかしい幼少期エピソードを惜しげも無くバラす」
「ハッ!? ……僕は何を」
秒で跳ね起きた高遠くんはきょろきょろと辺りを見回し、あたしを見つけるととても傷ついたような顔をして眉を下げた。
「…………また泣いてる」
「た、高遠くんごめんね、あたしのせいで生死の境を……大丈夫?」
「うん、なんか口の中の感覚が全く無いんだけど何かあった?」
「重症だー!」
わーわー慌てふためいていると渋谷先輩がまた吹き出して楽しそうに笑った。
「さあ! 無事に勝敗もついたことだし、敗者の手料理でよければおかわりタイムといかせてもらおうかな。温め直してくるから、食べたい人は教えてよ」
「あ、食べる! 雨宮食べます!」
「……まあ、残すのももったいないし……」
残像が見える速度で挙手するあたしに何だか素直じゃない高遠くん、他の三人ももちろん手を挙げて、賑やかに戦いの後の晩餐が始まる。
あ、そういえば…………
「あたしのオムライスも作り過ぎて大量に余ってるんですけど、ご一緒にいかがですか?」
氷魔法かなってぐらい超強力に場の空気がカチカチに凍って、音が全て消えた。
もしかしたら魔女の才能あるのかも、と、あたしは無事に勝負に勝ったはずなのになぜだか敗北感でがっくりうなだれるのだった。




