月光② VS渋谷真姫菜
渋谷先輩からもらった薬を飲んで無事に魔雪峰を下山したは良いけれど、また雪深い村の中を歩くのかあ……と憂鬱に思っていたら、なぜか魔女の館までの道のりは綺麗に雪かきしてあった。あれ。
不思議に思い高遠くんと顔を見合わせていると、渋谷先輩が痛ましい顔をして口元を押さえる。
「やだ深くん、他に仲間がいたの? もしかして師匠の館に置き去りにした?」
「え、うん。それがどうかしたの?」
「むごいことをしたわね……。雪の中で友達の骨を拾うのは大変だよ、白いから」
恐ろしいことを呟きながら、渋谷先輩はふよふよと浮かびながら見通しの良くなった道を先へ行く。
どういう意味ですか、という疑問の答えは、館に着いてすぐに出た。
* * * * * *
「ああ……アリアちゃんと高遠くん……と誰? とにかく、帰って来てくれてありがとう…………。退勤」
「うわすっげー美人の幻覚が見える…………。退勤」
不可解な語尾を付けながら門のところで伸びていたのはお留守番チームの二人、マヤちゃんと太一郎君。その横には大きなスコップと、とんでもなく大きな雪の山が積もっていた。前を見れば館の建物から庭まで雪がすっかり綺麗に取り除かれている。これは……
「マヤちゃんたち、雪かきしてくれてたの?」
「うー……あの魔女、私たちのスキルが分かると目を輝かせて『ではそちらのおチビさんは巨大化して屋根の雪を払い、固まった雪を砕いて運んでくださいな! そちらのやる気のなさそうな少年は自己暗示をかけて死ぬまで疲労を感じず雪をかきまくってくださいね』とか言ってきて……」
「逃げ出そうとしたら魔法で脅されるんだもんな……。今ようやく休憩という名の代償タイム」
マヤちゃんは眠たげな目をこすり、太一郎君は熱っぽいおでこを冷たい雪にくっつけて気持ちよさそうにしていた。こっちはこっちで大変だったみたい、遅くなっちゃって申し訳ない……。
「……そ、それで。師匠は今どこに?」
「うわー美女の幻覚が喋った。魔女ならさっき館の中に戻りましたよ、なんか準備があるとかなんとか」
「そう、ありがとう。じゃあ深くんたちサヨナラ、私は今のうちに窓から自室に……」
「待ちくたびれましたわよ弟子」
飛行スキルでこそこそと館に入ろうとしていた渋谷先輩は、突如屋根の上から響いた威厳のある少女の声にびくっと肩を震わせ動きを止めた。
見上げるとそこに、三角帽子と金の髪を揺らして大魔女ジゼルさんが仁王立ちしていた。
その顔は明らかにめちゃくちゃ怒っていて、瞳は燃え盛る暖炉の炎のようにめらめらしている。
弟子たる渋谷先輩は、ふわりとこちらに舞い降りてきた魔女さんと居心地悪そうに向き合うと、そっと口を開いて歯切れ悪く言った。
「……た、ただいま戻りました、師匠……」
「遅すぎますわ、こんっっの馬鹿弟子があぁ!!」
ちゅどーーーーん、と突如特撮的な爆発が周囲で発生し、思わず耳を塞いだ。たぶん後ろで誰か吹っ飛んだんじゃないかなぁ、太一郎君あたりが。
「なーーにが『もう見過ごせません、私一人でも山を奪還してみせます』ですの!? そら見なさい獣飼いどころかそのペットすら屠れなかったでしょうに! 大体この『攻撃こそ最大の防御』を体現する大魔女ジゼルに師事しながら、貴女ときたらいつまでも突き詰めた防御力馬鹿! 身の程を知りなさい!」
鬼の形相で捲し立てながら、魔女さんはツカツカと渋谷先輩に詰め寄った。そして背の高い先輩との20cm近い身長差を埋めるために懸命に背伸びをしながら、氷点下で赤くなった先輩の耳たぶをつまんで容赦なく引っ張る。
「ひゃ! み、みみ、いま耳は駄目です師匠っ」
「不死だなんて余裕ぶっても貴女、痛いのは痛いし寒いのは寒いし毒が回れば苦しいのでしょう? 仮にも魔女の弟子なら痩せ我慢などという貧相な真似はおやめなさい恥ずかしい! まずはその冷えた体をどうにかすることです。湯をアツアツに温めてありますからすぐに入るように!」
「いたたたたた」
耳を掴まれたまま連行される渋谷先輩は、なんだか初めて年相応の女の子のようだった。なかなかエキセントリックな師弟関係だなー……。
「いたそー……」
「良い気味だ」
隣の高遠くんからおよそ信じられない発言が聞こえて、あたしは思わず目を見張る。た、高遠くんがグレた!?
ていうかなんだか、渋谷先輩と話してる時の高遠くんはいつもと少し雰囲気が違う気がする。ちょっとした違和感にそわそわしていると、館から大魔女さんの叱咤が飛んできた。
「そこの二人もですわよ! そのずぶ濡れの服を脱いで霜焼けを治すまでわたくしは口を聞きませんので悪しからず!」
あちゃー、と二人で目を見合わせて苦笑する。
淑やかクールだと思ったジゼルさん、なかなかに手厳しい魔女だった。絶対零度の太陽なんて言われるのがちょっと分かる気もする。
何にせよ無事に目的も果たしたし、あとはゆっくり妖刀修理を待つのみ。……なんだけど、なんかそれだけでは終わらないような?
* * * * * *
お風呂で体を温めた後、広間に集まったあたしたち勇者5人は、渋谷先輩を囲んで自己紹介タイムを始めていた。こうして高校生同士わいわい集まると何だか部活感が出て楽しいなぁ、まあやってる活動はだいぶ血なまぐさかったりもしますが。
「……そう。じゃあみんな二年生なのね」
「はい! ここにはいないけど、一年生の真白晴春君て子もいます。たぬきです!」
「説明雑すぎない?」
ツッコミ入れつつ、太一郎君は「そういえば」と渋谷先輩を見る。
「さっき深くんなんて親しげに呼んでましたけど。そこの美男美女コンビは元の世界からのお知り合いで?」
渋谷先輩がちらりと高遠くんに目配せすると、高遠くんは何だか嫌そうにため息を吐いて、彼女から目線を逸らしながら面倒くさそうに言う。
「渋谷真姫菜さん。高校三年生。この人と僕は……」
「許嫁です。来年は私たち十八歳だもんね、うちに挨拶に来てくれるの楽しみにしてるね。ハハハ」
館の空気が凍りついた。極寒の雪山よりも冷たく。
にこにこと微笑む渋谷先輩の隣で高遠くんは否定もせず静かに目を伏せ、マヤちゃんと太一郎君はぽかんと口を開けていた。
そしてあたしはといえば……ただいま一切の感情を失い、肉体から解脱し虚無の世界へと旅立っている最中。つまり精神的に死にました。
……い、いい……? ハッ、飯菜漬け?? わあなんか美味しそうってんなわけあるかい!
許嫁、つまり婚約者、つまりフィアンセ。ということは先輩は高遠くんの未来のお嫁さんで、むしろ高遠さん(仮)なわけで……? あれ? ならもしやあたしのこの恋心は時を超えた広義の不倫? 高校二年生にして倫理に背いてた? むしろ遡れば中三から?
なんてこった知らないうちにとんでもない泥沼恋愛経験値を獲得してしまったわ、かくなるうえは……
「またあんたは息を吸うように適当なことを……それは一歳の時に母親同士が冗談で言ったことだろ。約束を交わした訳でもないし。僕達はたまたま似たようなタイミングで生まれて近くで育っただけの知り合い以上友達未満だよ。…………雨宮さん、この通りこの人は大嘘つきの愉快犯で三度の飯より人をからかうのが大好きなサディストだから、騙されないように気をつけ……」
「け、けっこんしき、は無理かもしれないけど、二次会ぐらいはがんばって顔出すから……」
「いや何の話? ……ていうか雨宮さんなんで泣いてるの!? え、ちょっと、ああ、泣かないでっ」
ぽろぽろ大粒の涙をこぼし泣きじゃくるあたしに、高遠くんはかつてないほど狼狽えておろおろと焦っていた。
そして困り果てた様子でマヤちゃん達を見やり助けを求めたけど、
「あーあまた泣かせた」
「高遠くんがまた泣かせたー」
「なんで!?」
棒読みで冷たくあしらわれて頭を抱えるのだった。
「すっっごい、この子……ゾクゾクするぐらい泣き顔が可愛いね、次はどんな反応見せるかと思うと弄りたくてうずうずしちゃうよ……。逸材を見初めたね、よくやった深くん」
「うるさい黙れ、だから嫌だったんだよ! あんたに雨宮さんを会わせるのは!」
悩ましげに目を輝かせる渋谷先輩に、高遠くんが珍しく苛立たしげに舌打ちをする。
「雨宮さんは僕と違って純粋なんだから揶揄うのはやめてあげて。いいから早く撤回しろ撤回」
「ほーほーこの子のことになるとあっさりエセ王子様面が剥がれて面白いですなあ深也くん。まあそうだね、この子は君と違ってよい子だもんね」
渋谷先輩はあたしの頭にぽんと白い手を乗せると、労わるようによしよしと撫でてくれた。
「ごめんね、今のは冗談。あんまりにも可愛い子だったからつい」
「冗談……」
そ、そっか、そうだよね、いまどき許嫁なんて時代錯誤な……。
真に受けたことが恥ずかしくて慌てて目元を拭くと、「こすっちゃ駄目よ」と、渋谷先輩は指で優しく涙を拭ってくれた。先輩の指は細くて長くて爪が綺麗に手入れされてて、大人の女の人みたいだ。ちんちくりんのあたしとは違う。
そして先輩はそのまま、静かにあたしの耳に唇を寄せて囁く。
「本当に可愛いね。泣いちゃうくらい好きなんだ?」
「へっ? あの、なんでそれ」
分かったんですか──と、いい匂いにドキドキしながら慌てると、先輩はくすくすと可笑しそうに笑った。そして目を細めて、こんなことを付け足す。
「でもこれだけは忠告しておくね。……深くんのことは諦めた方がいいよ。君たちじゃ、到底釣り合わないから」
「え」
それってつまり、
「弟子。魔女たるものあまり子供を弄ぶものではありませんわよ。遊ぶのはもうおよしなさい。自己紹介は終わりまして? わたくし待ちくたびれて疲れてますの。早く本題に入りたいのですけど」
いつの間にやら広間の中央、豪奢な椅子に腰掛けていたジゼルさんがあくび交じりに告げた。
あたしはちょっとした衝撃発言にフリーズしていたけど、すぐに気を取り直し話題に食いつく。
「ハッ、そうでした……! 無事に弟子である渋谷先輩を連れ帰ったので、残雪を直してくれるんですよね?」
「ええ。魔女に二言はありませんわ。約束を果たしましょう。では早速……」
「お待ちください師匠」
ぴしゃり、と水をかけるように、渋谷先輩の声が広間に響く。
先輩は少し目を伏せ長い睫毛を揺らすと、毅然とジゼルさんを見据えてこう宣言した。
「私は反対です。彼女に妖刀を返すべきではありません」
「し、渋谷先輩?」
「ちょっと……」
驚くあたしと高遠くんを意に介さず、先輩は淀みない口調で続ける。
「力を与えるということは死地へと赴かせることです。でも彼女は戦うべき子ではない」
「弟子、どういうことです?」
渋谷先輩はちらりとあたしを見て、少しだけ申し訳なさそうに眉を下げると、凜とした声で言った。
「我々は皆、戦う意思と資質を持つが故に異界の神に選ばれ、死を覚悟した上でこの場所に来ましたが……彼女はおそらくそうではないからです」
……………………。
ば、バレてるーー!?
あたしが神さまに選ばれてもないのに勝手に魔法陣に乗り、帰してあげると言われたのに無理を言って召喚してもらい、そんでもってその動機が世界救済なんかじゃなく高遠くんに会いたかっただけ、という不純な異世界召喚事情がぜんぶ見透かされている!!
なんてこったさすがは魔女の弟子、ていうかまずい、それを暴露されるといろいろまずい恋愛的な意味で!!
「……ふむ。弟子の言いたいことは何となく理解しましたわ。ですがわたくしは誰の味方もしない中立の魔女──ということで、潔く勝負で決めましょう。勝った方の主張を受け入れます」
ジゼルさんの鶴の一声で窮地を脱したあたしはほっと胸をなでおろした。
ん、でもあれ? 勝負とかそういう流れ?
「勝負の内容はいかがなさいますか。戦闘では私のスキルの関係上勝敗が付きませんが」
「喧嘩など野蛮ですわ、淑女のすることではありません。……そう、この場に相応しい勝負、それは──」
ジゼルさんはどこか楽しげに胸を張り、パチンと指を鳴らす。
するとどこからかジャーーンと銅鑼の音が響き、金管のファンファーレが鳴り、シンバルが16ビートを高らかに刻みまくり
「いやうるせーわ1個にしろ」
太一郎君に同意しつつ魔女さんの言葉を待つ。
「ただいまより!! 第一回『魔女のキッチン超☆炎の料理対決』を開催しますわ!!」
ドーーン、と銅鑼がなり、しーん、と静寂が訪れる。
「雪の街なのに炎の……」
「高遠くん突っ込むとこそこ?」
うーん、そっか、料理かあ……。
偉大なる我が愛読書があれば大抵の勝負は余裕! と思ってたけど、ちょっと弱った。そのジャンルのスキルはもっぱら食べるか、作った量・長さを競うものばっかりなのだ。主観の絡む調理技術や美味しさは記録に残せないからしょうがないけどね。しかも渋谷先輩お料理とっても上手そう、むしろあたしが食べたいな……
う、うん、料理は正直得意じゃない自信があるけど折れたメイン武器修理のためには頑張るしかない。とりあえず火を通せば食べられないものはこの世にないし! 一生懸命頑張れば何事もきっと……!
激励を期待してみんなの方を振り返ると、全員目元を手で押さえて天を仰いでいた。
「料理かー……」
「おわった」
「さよなら残雪」
「し、失礼すぎない!?」
そんなわけでオッズがめちゃくちゃ高い中、渋谷先輩とあたしの負けられない戦いの火蓋は切って落とされたのだった。




