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恋する少女の異世界記録 〜スキルが強すぎてヒロインになれません〜  作者: 花苗カナ
第5章 雪と魔女の村

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月光① 最弱の愛読書 


 なーんにも変われてないね、と言われて、高遠くんはムッと子供っぽく顔をしかめた。


「十年ぶりだろ。全然違うよ」

「いやいや、そのすぐムキになるところ、七歳からさっぱり成長してないね。せっかく忠告したのにやっぱり先天性ダメ男は死んでも治らないんだな。でもそうだね、少しは……」


 すらすらと会話を始めた二人にぽかんとしていたけど、十年ぶり、という言葉にハッとする。

 こ、この人もしや、雪洞で言っていた高遠くんの幼なじみさんでは!?

 異世界で再会なんてロマンチック、と思ったらその美女──真姫菜さんは、急にふらりとよろめいた。


「あ……!」


 危ない、と咄嗟に駆け出しかけたあたしの足は、だけど──高遠くんがすっと大きな手を伸ばして真姫菜さんの細い肩を受け止めたのを見て、所在なくきゅっと雪を鳴らして止まってしまった。


「おっと。……何やってんの、そんな普通の女の子みたいな」

「……はは、弱ってなかったらその生意気な口に雪玉詰めて塞いでやるのに後で覚えといてね……。貧血(これ)がどうやら私のスキル使用の代償みたい。あの神さまも難儀なおまけを付けてくれたものだよね」


 心配そうに見下ろす高遠くんに体を支えられながら、真姫菜さんは青白い顔で苦笑した。

 な、なんてか弱い代償……! 守ってあげたい感が半端ない、養ってあげたい感のあるあたしの代償とぜひトレードしてもらいたい。


 ……ていうか、この美男美女二人、この体勢、尋常じゃなく絵になる。大きな手に包まれた細い肩、お互いだけを見つめ合う視線。少女漫画の一コマみたい、キラキラトーンの幻覚が見える。あたしは背景で顔すら省略されるモブの人のような気持ちでその眩しい光景を見つめていた。


「深くん、さすがに背伸びたね……昔は私の方が大きかったのに。こーーんなにちっちゃくて可愛かったのに」

「僕は豆粒かよ?」


 こーんな、と親指と人差し指で数センチの空間を作り、そして笑顔と共に勢いよくブチっと潰す仕草をするお茶目な彼女を半目で睨み、高遠くんは眉間に皺を寄せた。


「ていうか僕ってウケる~、昔みたいに俺って言えばいいのに」

「なっ……真姫菜さんがそうしろって言ったんだろ! こっちがどれだけ苦労して……」

「それに昔みたいに、真姫ちゃんって呼んでくれていいのに。……ふふ、本当に面白いね、君が律儀にクソ真面目に苦労してるのを見ると元気が湧いてくるよ」


 言って彼女は高遠くんの腕を払うと、まだ青白い額を押さえながら毅然と自立した。


「ところで君たち、毒性の雪を浴びても平然としているあたり、大魔女に言われてこの魔雪峰に登ったのかな? 弟子を連れ帰れとでも言われた?」


 ぽけーっと間抜けな顔をしていたあたしはハッと現実に舞い戻った。

 そうだ、お弟子さん探し!! 見つけるどころか、雪洞や戦闘のタイムロスでもう無事に帰れるかすら怪しい。どうしよう、薬の効果が切れたら……。


 おろおろするあたしに優しく微笑みかけて、真姫菜さんはそっと頭を撫でて積もった雪を払ってくれた。その温かさに思わず焦った気持ちが凪いでいく。本当に美人だなぁ……。そういえばこの人、こんな軽装でどうして寒くないんだろう?


「まったく、師匠も心配性だな。ありがとう、私なんかのために頑張ってくれて。おめでとう、目的は無事達成したよ、可愛い勇者さん。お名前は?」


 師匠、という言葉に目を丸くする。

 この人が大魔女さんのお弟子さん??

 困惑しつつも、その綺麗な顔面の破壊力に気圧されてぽーっと答える。


「アリアです、雨宮アリア……」

「そう。アリアちゃん。名前まで可愛いんだね。私は真姫菜、渋谷(しぶや)真姫菜。学年は君たちより一つ先輩だと思うけど、硬くならずに気軽に接してくれたら嬉しいな」

「……はい、渋谷せんぱい……」


 長い睫毛が触れそうなくらいすぐ近くで目を合わせて、渋谷先輩はうっとりするような笑顔であたしの頬を撫でた。

 撫でられた側から溶けるみたいに肌が熱くなって、あまりの気持ちよさに今まで出したことがないような変な声が喉から漏れてしまった。なぜだか高遠くんが「は!?」と目を見開くのが見えたけど、視界もぽーっとしちゃって先輩以外よく見えない。

 ……な、なんかいい匂いがする、すごいドキドキしてきた、なんだろうこの気持ち、これはもしや……恋……?


「ストーーーーーップ!! 近い近い近い、雨宮さんから今すぐ離れろ! ……おい、そのいかがわしい()()()は何だ!?」


 血相変えて割り込んできた高遠くんによりあたしと渋谷先輩は引き剥がされる。あー……。

 そこで急に意識がはっきりして、胸のときめきもストンと落ち着く。あ、あれ? さっきのいっそ陥落したいような甘い気持ちはいったい……?


「深くんのケチ。まあいいよ、こんな可愛い子なら魅了スキルなんかに頼らずにちゃんと仲良くなりたいしね」


 ごめんね、と悪戯っぽく舌を出す渋谷先輩に目を瞬く。

 み、魅了スキル……? 『飛行』『回避』といい、随分トリッキーなスキルを取り揃えている。愛読書は一体何だろう??


「ていうか代償から回復したそばから無意味にスキル使うなよ」

「ハンッ、どこかの誰かさんと違って自分のスキルと代償の匙加減ぐらい把握してるつもり。この程度なら平気だよ。……さて、そろそろ下山しましょうか。薬の効果もそろそろ危ないんでしょう?」

「あ、そうだった……! でも高遠くん、山を降りるまで保つかなあ?」

「……そうだね、ちょっとギリギリかもしれない。急がないと……」

「雪山で急いだりしたら命取りだよ。そんな後輩二人にお姉さんから頑張ったご褒美をあげよう。ていうかお礼。私のせいで手間かけさせてごめんね」


 言って渋谷先輩は着物の懐から何かを取り出し、目の前で揺らして見せる。

 それを見て────その、二本の紅い小瓶見て、あたしと高遠くんは絶句した。

 ま、魔女さんは言っていた、弟子に薬を二本渡したって。つまり……


「…………飲んでないのか?」


 どうにか声を出した高遠くんに、渋谷先輩はふっと目を細めて冷たく答えた。


「そう。『不死』なら毒が回っても死なないから薬もいらない。……これで私の所有するスキルは全部見せたかな。残念ながら、私は君たち勇者の中でおそらく、最弱の愛読書(ギフト)の持ち主よ」



 * * * * * *



 飛行、回避、魅了、不死。

 つまるところ防御スキル全振り。攻撃スキル全振りの高遠くんとはちょうど対極の勇者だ。


 魔族マリアの言っていた「絶対に負けないけど絶対に勝てない」というのはつまり、敵の攻撃が通らないから負けないけど、かと言って敵に勝つための攻撃をする力もないから勝てない、って意味らしい。

 彼女は一切の攻撃スキルを持たずに、ここまで一人で旅をしてきたということだった。


「……日本最古の物語文。なるほど、SF好きな真姫菜さんらしい選択だな」


 三人で下山しながら、少し考え込んでいた高遠くんは呟いた。あたしのなんでだか未だに謎のままの本とは打って変わって、あっさり彼女の愛読書が分かったみたい。

 に、日本最古の……? あ、それは授業で教わった気がする。頑張れアリア、脳の地層深くにまだ知識が残ってるはず……! えーっと、それって確か……


「ああ! かぐや姫?」

「当ったりー。アリアちゃん賢いねえ、いいこいいこ」

「はぅ……」

「おい! パブロフの犬的に刷り込もうとするのはやめろ多分出来るから!!」


 よしよしと撫でられて、さっき魅了でうっとりした時の感覚を思い起こして思わずふにゃふにゃしてしまう。あぁ、なんだかスキルを使われなくても好きになっちゃう体に変えられちゃいそう……。


「そう、私が選んだ愛読書は『竹取物語』。もっとも、投影してるのはかぐや姫以外の登場人物や逸話にまつわる能力も多いけどね」


 なるほど、それなら着物風の衣装も納得だ。あれ、でも竹取物語ってSFだっけ? 日本昔ばなしでは??


「かぐや姫は月の罪人で、地球は月の流刑地だった……っていうオチだからね。ある意味宇宙人の話、サイエンス・フィクションの一種といってもまあ間違いではない」

「そんな話だっけ?? 桃太郎の亜種かと……」

「アリアちゃん冒頭しか読んでないでしょ、竹パッカーン割って終わってるじゃない」


 ちょっと心配そうに呆れられてしまってちょっと落ち込む。早くも新しい仲間にもバカが露呈してしまった……。そんな愚かなあたしに優しく懇切丁寧に、先輩は教えてくれた。


 曰く、かぐや姫はその美しさにより五人の男性に同時に求婚され、時の帝にすら熱烈に求愛された。これが『魅了』の元ネタ。

 そして月から迎えに来た使者は弓を射ても矢がその身を避け攻撃することができなかったという。これが反映されて『回避』。姫は羽衣を纏い空に浮かび月へと帰る。これが『飛行』。


 そして物語の最後、かぐや姫は帝に手紙と共にある薬を置き土産として残した──これが有名な富士山の由来とも言われる、不老不死の薬。この逸話が投影されて『不死』。

 なるほど確かにぶっ飛んだお話だ、大昔の人もファンタジーが好きだったのかなあ?


 でもお姫様、という設定は女の子らしくてお淑やかな渋谷先輩にぴったりだった。あたしの愛読書の筋骨隆々っぷりと比べてしまうとすごーーくヒロインっぽい。いいな~。


「でも高遠くんよかったね、久しぶりに幼なじみさんに会えて。しかも異世界召喚先で! なんだか運命感じちゃうよねっ」


 ふんふーん、と新しい仲間との出会いに鼻歌交じりに笑うあたしに反し、高遠くんは淀んだ目をして言葉を濁した。


「ええ……うーん……そうですね……死にたい」

「?」


 そんな高遠くんに、渋谷先輩はとっても愉快そうにあはっと吹き出すのだった。


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