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恋する少女の異世界記録 〜スキルが強すぎてヒロインになれません〜  作者: 花苗カナ
第5章 雪と魔女の村

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魔雪峰の戦い③ 地を揺らすもの


 どちらかと言えば猫より犬派だった、一緒に遊んでくれるから。

 もちろん大型犬だって大好きだけど、大型にも限度ってものがあるんだなぁって、今──目の前の()()を見上げていると、実感せずにはいられなかった。


「……お手とか教えたらぺちゃんこにされちゃわない?」

「いや雨宮さん、あれは犬じゃなくて狼だと思うからそもそも躾けるのは無理なんじゃないかな」


 真剣に心配するあたしに真剣にツッコミを入れながら、高遠くんはその思慮深い瞳を細め、吹雪に顔をしかめながら懸命に目を凝らした。


「………全高五メートルはあるか? 『口を開けば天まで届く』と言われた神話の獣(フェンリル)みたいだな。……それに、嫌な予感がするけど額に光ってるあの赤い石には見覚えが……」


 巨大な狼、一本一本が宝石みたいにキラキラ輝く白銀の(たてがみ)。その中でまばゆく異彩を放つ赤色は、かつてあたし達が最初の街で、最初の大型魔獣と対峙した時に見たものと同じ色をしていた。


 ……ていうか、その石よりもうちょいベクトルをずらしたところに、どうにも見覚えありまくりな黒い人影が────


「袋のネズミとは正にこの事ね。斜面ごと吹き飛ばしてあげても良かったんだけどそれじゃあつまらない。よく穴蔵から出てこられました、勇気があるのね。褒めてあげるわ。では死になさい」


 吹雪く風切り音の中でも、どういうわけかよく通る凛とした声。

 巨大な狼の耳と耳の間、頭の上に長い脚を組んで腰掛け──その赤い瞳をした魔族は、氷よりも冷たく言い放った。


「あれがこの山を占拠してるって魔族か?」

「……で、出たな、名前だだ被り養豚牧場主!!」

「誰?」


 ずびしっ、と天を指差し叫んだあたしに、敵は浮かべていた余裕たっぷりの笑顔をわずかばかりひくりと歪ませた。


「……怖い物知らずは相変わらずね。そのお粗末な脳では記憶が保持できなかったようだからもう一度だけ教えてあげましょう。私の名前はマリア。遠くから来たお嬢さん、よく頑張ってここまで生き延びられたわね。褒めてあげるわ。死になさい」


 忘れもしない最初の町、魔獣の森で出会った魔族。何の罪も無い、ていうかあたし達に美味しいタルトを焼こうとしてくれていた素晴らしいエリュシカを怖がらせたあげく、あわや高遠くんの命まで奪おうとした因縁の相手! あとついでにアリアとマリアとかほんとに紛らわしい、改名を要求する!!

 あたしの憤慨をよそに、にっこり微笑むその顔は可憐な花の様に綺麗だった……けど、こめかみに浮かぶ青筋が全てを台無しにしていた。あれ、向こうは向こうでなんかすごい怒ってたりする?


 それにしてもさすがは魔族、この極寒の雪山の中で防寒具一つ身につけず涼しい顔をしてる。

 軍服のスカートから覗く真っ白な素肌の脚が見てるだけで凍死しそう。風に靡く長い黒髪も、凍ってしまってもおかしくないのにさらさらと柔そうで、彼女が人間ではないってことを改めて思い知らせてくれる。


「……『獣飼(けものが)いのマリア』? 最初の街で巨大猪を放った魔族か!」

「その黄金に輝く剣、お前が私の可愛いペットを一刀両断した剣士ね? その節はどうも……いいえ、それだけではないのよね。お前達が私にしたことは」


 マリアは優雅に足を組み直すと、赤い瞳に明らかな怒りの火を燃やして、一言一言噛み潰す様に告げた。


「南端の森で子豚達を皆殺しにしただけでは飽き足らず、不死の魔石を分け与えたとっておきの個体すら嬲り殺し……水の遺跡で平和に暮らしていたスライム達は燃やして切り刻み、眺めの良い島で元気に駆け回っていた亀や鬼達もズタズタに切り刻み……そして愚かで可愛いあの双子はさんざん苦しめられた後で轢死。先日は砂塵の遺跡のトカゲ達まで惨たらしく爆散されて……その全てが同一犯による凶行だと知ってなお、見逃してあげるほど私も気まぐれじゃないの」

「え!? いやいやそんな惨たらしいこといくら何でも高校生のあたし達が……したかも!」

「したかもねぇ……」


 み、身に覚えがありすぎてぐうの音も出ない!

 高遠くんと半目で顔を見合わせ、同時に首を横に振る。


 これは恨まれても仕方がない。こっちは勇者なので当たり前のことをしてきたんだけど、向こうにしてみればあたし達はペットというペットを蹂躙して回るとんでもない奴らだったみたいだ。まあ燃やしたのはサリさんで轢き殺したのは晴春君だった気がするけど?


「港を出て北大陸に向かった所までは()の情報で確認していたから、この村に拠点を敷いて待っていて正解だったわ。見逃した気まぐれについては看過出来ないけれど……あれはあれをどうこうしようとするほど私に暇が無いことを幸運と思うべきね。ついでにあの大魔女に声をかけてみたけど相変わらず強情な女ね。フラれてしまったわ。まあどうせあの館から離れられない死に体ですけど」


 彼? 誰のことだろう。大魔女さんとの関係も謎だけど……

 ていうか、街のおじさんが言ってた「誰かを探してる」ってまさかのあたしと高遠くんのこと??

 いやあうっかり敵をサクサク倒しまくるもんじゃないね、知らないうちにここまで恨まれてるなんて……


 しかしそこでふと、うっかりごめんねモードに入ってたあたしは思い出した。そうだ、あたしだってこの人に言ってやりたいことがある。

 そう────


「……あなただけは絶対に許さない! 絶対泣かーーす!」

「あら。あなたに直接、個人的に何かしたことがあったかしら?」

「ありまくりだよっ! ……あなたがあの双子に教えたらしいおかしな術のせいで、あたしは大事な人に怪我させちゃったんだから。ギャフンと言わせなきゃ気が済まないっ!」


 顔を真っ赤にして宣言するあたしに、高遠くんはぽかんとして。それから「あ」、と右頬、もう見えないほど薄く線の入った箇所を指で撫でる。


 ……あの島で、双子の魔族に隙を突かれて。

 そのせいで意識を乗っ取られたあたしは、妖刀を振るい高遠深也くんに斬りかかり、その戦いの中で刃を頰にかすめてしまった。悔やんでも悔やみきれない一生の不覚だ。


「まだ高校生なのに顔に傷なんて付けて、高遠くんがお婿に行けなくなったらどうするわけ!? 責任とれ、あたしと一緒に慰謝料を払えー!!」

「雨宮さん脱線、脱線してる」

「首が繋がってるだけ幸運でしょう、あなた今までに私のペットを何匹殺したか分かってるのかしら?」

「数えてるわけないでしょそんなの、今までに食べた焼肉の枚数じゃあるまいし!」

「そっちは覚えてるんだ?」


 降りてこいやーーーと暴れるあたしを諌めながら、高遠くんもキッと遥か頭上の魔族を睨む。


「……各地の人々に危害を加え、平穏な生活を阻害している魔獣。それを管理しているのがお前ということか?」

「いかにも。人間など、そのほとんどが我々魔族が相手をするのも愚かしいほどのちっぽけな存在です。我々が王都で存分に力を振るうために、取るに足らない土地の害虫駆除は私の可愛いペット達に任されているの。とっても働き者で可愛い子達だったでしょう? ……なのに、随分と可愛がってくれたわね」


 ギリ、と歯噛みする音が聞こえる様だった。

 主人の怒りを感じ取ってか、巨大な狼がぐるるると牙の奥で喉を鳴らす。それだけで足元の地面が揺れ、吹雪が一層荒々しくなった気がした。思わず息を飲み、尻込みしてしまう。

 あ、圧がすごい。多分あれはマリアのとっておき中のとっておきだ、今までの敵とは明らかにやばさが違う。

 怖い、弱ければ殺される。メイン武器を欠いてこんなのと戦うなんて────


「いいね。それじゃあお前をここで倒せば、魔王側の戦力を大きく削げるってことか」


 隣から聞こえた場違いに明るい声音に耳を疑い視線を向けると、高遠くんは聖剣を指揮棒の様についっと振り上げ、口の端を上げて歌う様に言った。


「雑魚をちまちま斬るのも面倒だと思ってたんだ。良いことを聞いた。会えて嬉しいよ、死んでくれ」


 惚れ惚れする様な甘い顔に似つかわしくない冷たい笑顔を貼り付けて、高遠くんは剣を構える。


「……た、高遠くん、また代償が……」

「大丈夫。さっきのでどれぐらい使えば死にかけて、どれぐらいなら()()()()()()()()()()()大体分かったから。ここは僕に任せて……って言えれば良かったんだけど。敵の動きをできるだけ止めるから、額の宝石の方はお願いしてもいいかな?」


 申し訳なさそうに微笑み、回転式拳銃(リボルバー)を指差す。穏やかな声とは裏腹に有無を言わさないその雰囲気に気圧されて、あたしは冷や汗をかきながら静かにこくりと頷いていた。


「あら、もしかしてナメられてるのかしら。それは良くないわね、ムカつくもの。……さて、おすわりが長くなってごめんね、お利口さん。そろそろ牙を剥く時間よ」


 言ってマリアはぽんぽん、と狼の頭を優しく撫でる。喉を鳴らし金の瞳を少しだけ細める、巨大な白銀の狼。さすがは獣飼い、気難しそうな狼も完全服従といった感じで躾も完璧だ。まずあの番犬を仕留めなければ飼い主に手を出すことは許されないだろう。


 あたしは引き金に指をかけながら、緊張に唾を飲み込んだ。

 ……狼のあのギラついた瞳、唸る喉、牙から滴る涎。あの表情には個人的にシンパシーを感じる、そう、おそらくあの魔獣は今とっても──!

 

「『待て』はお終い。朝からおあずけで我慢の限界でしょう、骨まで残さず味わいなさい!」

「や、やっぱりお腹が空いているっ! 気をつけて高遠くん、あの状態まで追い詰められた胃袋は理性を吹き飛ばし限界を超えた底力を発揮させる!」

「すごく経験に基づいてそうな警告だなぁ……」


 未踏の領域に感心したように頷きながら、高遠くんは咆哮を上げる巨大な狼を見上げて薄く微笑んだ。

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