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恋する少女の異世界記録 〜スキルが強すぎてヒロインになれません〜  作者: 花苗カナ
第5章 雪と魔女の村

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魔雪峰の戦い① エクストリーム・デート


 雪は冷たいものだって思っていたけどそれはぬるい感想だった。本気の雪は痛いのだ。そのことをたった今、文字通り痛感している。


「たたた高遠くん、結構歩いたけど疲れてない? 休む? ていうかそもそも()()?」

「あああ雨宮さんこそ大丈夫? なんだか随分リュックにいろいろ詰め込んでたみたいだし重いでしょ、ていうか()()?」


 そう、あたしたちは今、街の裏側にそびえ立つ魔雪峰(ませっぽう)登山の真っ最中。

 そしてこの山、猛吹雪が元気に暴れまくっていた。顔面に飛び込んでくる雪でほとんど前が見えない。


 雪の降る中二人きりなんてロマンチックじゃんやっほい、とか思ってた馬鹿をひっぱたいてやりたかったけど、あたしがやるまでもなくさっきから暴風雪氏が容赦なく全身を打ちのめしてくれていた。痛い。


 雪山用の重装備でしっかり身体を保護しているとはいえ、突き刺すような極寒の世界に、さすがにあたしも高遠くんも一歩足を踏み入れるなり絶句してしまった。魔女さんに教えてもらった山の地形なんて、そもそも見えないから何の役にも立ちやしない。

 それでも弱音も吐かずに重い雪道を懸命に歩き続けていたけど、ものの十数分でもう命の危機を感じ始めていた。


「こ、ここまでとは思わなかったね……こんな状況でお弟子さん一人を見つけるなんてできるのかなあ?」


 ガチガチと歯を鳴らしながら呟いてみたけど、返ってくるのは吹雪の唸る音だけだった。


「……高遠くん?」


 二人なら何とかなると思って来たけど、お互いの姿もろくに見えないんじゃさすがに心細くて、あたしは真っ白な視界の中で必死に手を伸ばす。


 高遠くん、本当に近くにいるのかな。

 はぐれてしまったかもという不安に立ちすくんでいると、ふいに手と手が触れて、泣きそうなくらいほっとしてしまった。

 その手を取ろうとしたけど、分厚い手袋越しではどうにも上手くいかず、風に煽られてまた距離が開きそうになる。すると、


「ごめん」

「わっ?」


 急に強い力で腕を引かれたかと思うと、あたしの体は高遠くんに抱き寄せられるようにされていた。びっくりして瞬きすると、凍ったまつ毛が当たってくすぐったい。高遠くんは、吹雪の音を差し引いてもあまりにも小さすぎる声で言った。


「その、本当はザイルとか使えばいいんだろうけど……無いから。だから今だけ、離れないようにしてて」


 言うなり、そっけなく左腕を後ろに伸ばして歩き始めてしまう。

 あたしはちょっとだけぽかんとしていたけど、すぐにその腕にぎゅっと抱きつき、ぴったりくっつきながら後に続く。


「うん! 遭難したら困るもんね!」


 照れくさいのか赤くなった耳を見上げてもっともらしいことを述べつつ、声がお気楽に浮かれるのを抑えられなかった。ありがとう吹雪、サンキュー豪雪、メルシーボク寒波!


 こんな幸運に恵まれるのならちょっと死ぬほど寒いぐらい全然へっちゃらだ。高遠くんってすごいなあ、ほんの一言であたしをぐーんとステータスアップさせてしまう。ついつい感心してしまった。


「雨宮さんはすごいよね」


 だけど高遠くんはあたしと真逆のことをいたく感心したように零した。


「こんな状況でも前向きで全然へこたれない。どうしてそんなに余裕でいられるのか教えて欲しいぐらいだよ」


 そこであたしは自分がゆーきやこんこ〜と調子のずれた鼻歌を披露していることに気づいてはっと口を押さえた。ずんずん積もったら死ぬでしょうが。


 ……でも、余裕でいられるのには一応理由がある。愛読書(ギフト)のおかげだ。

 曰く、人類ってものはどうにかしていかなる環境にも適応し、なんでだか攻略したがる生き物らしい。


 今のあたしは()()()()()()すら登頂できるスキルを有しているので、ぶっちゃけこの程度の雪山恐るるに足らずって感じなのだ。逃げ帰らせたいなら標高をエベレスト以上に伸ばしてから出直して欲しい。

 そんなわけでつまりずるをしているので、別にすごくもなんでもない。すごいのは偉大なる記録に挑んだ地球人類様だ。


 でも、前向きという点ではもう一つ大きな理由はある。あたしは高遠くんの腕に頬をくっつけながら、くすくすと笑った。


 雪に顔をしかめながら不可解そうに首を傾げる高遠くんに、「別に大したことじゃないんだけどね」と、あたしはそっと打ち明ける。


「こうやって二人きりで冒険するのって、何気に久しぶりだなーって思って」


 そう、なんだかんだでこの異世界に一緒に召喚されてきたわりに、あたしと高遠くんの旅は二人旅感にはそんなに恵まれてこなかった。

 王立騎士団の二人に、マヤちゃんと太一郎君、高位魔術師のサリさんに、真白晴春君。

 心強い味方と常に一緒に戦えたことは勇者として幸せなことだったけど、やっぱり一個人としては、高遠くんと二人きりの時間というのは何にも代え難い特別なものだった。思わず不謹慎ににやけずにいられないくらいには。


 へらへらと笑ってそんなことを言うあたしを、高遠くんはじっと瞬きもせずに見下ろしていた。眼球に雪が当たって痛そうだ、と心配していると、ふいにその目を逸らして「驚いた」と呟く。

 何が、と尋ねると、とても言いづらそうに、高遠くんは口元を押さえて呻くように言った。


「……同じようなこと考えてたから」

「え?」

「だから……二人きりになれてちょっと嬉しい、って」


 ごうごう、と雪を乗せた風の音だけが耳に響く。

 こんなに極寒なのに、あたしはなぜだか全身がぽっと熱くなり汗すらかきそうなことに驚愕していた。高遠くんの耳がこんなに赤いのは、霜焼けのせいだけなのかな。


「…………」

「…………」


 立ち止まり、しばらくお互い無言で見つめ合いながら、雪山の鳴らす音に耳を傾ける。


「……高遠くん、」

「……雨宮さん、」


 そして。


「なんか変な声がするのは気のせい?」

「…………気のせいだったら良かったよね!」


 言うなり高遠くんは左腕にあたしをくっつけたまま右手で聖剣を引き抜き、雪雲が覆う空に向けて高々と掲げた。


「光れ!」


 瞬間、スキルにより燦然と輝いた黄金の剣は、愛読書に記された描写の通り太陽のような明るさと温かさでもって辺り一面を照らす。

 その光は視界の雪を少しだけ晴らし、あたしたちに現状をまざまざと見せつけてくれた。


 囲まれていた。雪と同じ色をした、白銀の綺麗な毛に覆われた、大きな狼の群れに。

 ぐるるる、と唸る声はその大きな口から漏れるもので、上下の牙の隙間から垂れた涎は熱く、その下の雪を溶かす。姿は元の世界で見たのとほぼ相違ないオオカミ、だけどサイズは随分と大きかった。

 数は……数十匹。雪に紛れているだけでもっといるかもしれない。


 あたしは高遠くんの腕から名残惜しく身を離すと、回転式拳銃(リボルバー)に指を添える。

 カチリ、と音がしたのと同時に、高遠くんが剣を構え振り返らずに言った。


「頼りにしてるけど、弾は温存しておいて。なるべく残らず仕留めるようにするから取り零こぼした時はよろしく」

「うん!」


 背中合わせになり、ぐるりと周囲を囲む狼の魔獣に向き合う。

 そして獰猛な金の虹彩、その中心の黒い瞳孔が大きく開かれた瞬間──敵は一斉に飛びかかってきた。


 狙うのは頭!

 そう言い聞かせて銃口を前に向けた時にはもう、高遠くんはこちら側に向き直るとその輝く剣を振り上げていた。


「……へ?」


 状況を把握するよりも早く燃えるような光が頬をかすめ、思わず片側の目を瞑る。

 狭まった視界の中で、向かってきた狼が十数匹、聖剣の一振りでもって吹き飛ばされ、雪の上に叩きつけられるのが薄く見えた。

 そして再び目を開けて銃を構えた時には、あたしが狙うべき獲物は一匹も残っていなかった。


「…………あれ?」


 撃鉄(ハンマー)、起こしちゃったのに。

 呑気なことを思いながら360度をぐるりと見渡す。あたしたちを中心に、半径5m程の範囲に、狼の群れは点々と力無く転がっていた。ぴくりとも動かない。


 だけどその下の雪がじんわりと赤く染まっていくのに気づいて、あたしは雪のせいではなく背筋を凍らせた。こ、これはいわゆる────


「……皆殺し再び……」

「だから、その言い方は勇者っぽくないからやめてってば!」


 困ったように言う高遠くんは可愛かったけれど、彼がしたことは全く可愛げがないただの瞬殺だった。


 そう、高遠くんの聖剣は巨人すらも殺せる伝説の剣。

 一人で四百人を斬り伏せたとか言うその威力は並ではなく、その強力さゆえに、今まで狭いところとか市街地とか味方相手とか諸々の制限がかかってなかなかその真価を発揮できていなかったけど、こんな風に開けた場所で思い切り力を解放できれば向かう所敵なしなのだった。


「よし。一発も撃たせなかった!」


 ぱあっと爽やかに笑って言った高遠くんの言葉は、有限である神様の銃弾を案じてのものだろうし、あたしとしても格好良く守ってもらえちゃったりしてありがたいことなんだけど、なんだか出る幕なしで物足りなくて子供っぽく口を尖らせてしまった。


「うー……ありがとうございました……。でも、この発射準備(コッキング)しちゃった一発分ぐらいは撃たせて欲しいかも。そうだ、空に向かって銃声響かせればお弟子さんに気づいてもらえないかな?」


 銃口を上に向けて、ばーん、とおどけて見せる。

 だけど高遠くんはぴくりとも笑ってはくれず、むしろその表情を険しくすると。じっとあたしの背後を見つめながら剣を握る手に力を込めて言った。


「……一発と言わず、装填した全弾撃ってもらうことになりそうだ」


 その言葉にあたしは即座に後ろを振り返り、そして「ひえ」と間の抜けた悲鳴をあげた。


 背後の斜面。そそり立つ白い壁のようなその上に、びっしりと無数の狼が群れをなし、満点の星空のように金の瞳をぎらつかせあたしたちを捉えていた。わお。


 思わずたじろぐあたしに対し、高遠くんはどこまでも冷静に勇敢に聖剣を構えると息を吐いた。


「数が多すぎる……敵は俊敏な狼、攻撃の隙に襲われれば不利だ。一撃で終わらせないと」


 おお、これは聖剣史上最大出力をお見舞いする予感!

 ふふふ、残念だったねオオカミ軍団、高遠くんを敵に回したのが運の尽き。本気の聖剣の一振りは山をも削るぶっ壊れ性能なのだっ! 覚悟するがいい、その斜面ごと跡形も無く消し去ってやるっ!!(高遠くんが)


 しかしそこであたしの脳内に警鐘が打ち鳴らされた。

 愛読書に眠る記憶、偉業を極めし偉大なる登山家たちがあたしに語りかけている。


 ……そう、ここは雪山。

 雪山の斜面に、そんな超威力の攻撃をぶつけたりしたら────


「……高遠くん、だめ!!」


 あたしの咄嗟の叫び声は残念ながら一瞬だけ遅すぎた。

 聖剣は眩い光を纏い振り下ろされ、熱を帯びた鋭い風が狼の群れを根こそぎ薙ぎ倒す。斜面を揺らし雪を巻き上げながら──

 そして。


「…………? この音……」

「高遠くん、避けるよ!!」


 遥か上から響いた、ドンという爆発のような音。


 直後凄まじいスピードでもって斜面を()()()()()()()()雪の大群に目を見張る高遠くんの腕を掴むと、あたしはスキルを使いながら全力で思い切り横方向に飛び退く。


 雪崩(なだれ)は全てを攫い尽くすとただの雪の塊として沈黙し、雪山には再び吹雪の音だけがただ悲しげに響くのだった。


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